地図を描く女
その女性はピンっと背筋を伸ばして真っ直ぐに湖から伸びる大樹を見据えていた。
ざっくりとした獣皮で作られた簡素な衣装に大きな織物を巻きつけている。足元は厚底の革靴。
トラジェからタフトという『水没都市』に向かいたいとシーファに要望を出してきた女性だった。しかも何か事情があるらしく至急らしい。
手早く出発の準備をするシーファに驚いたのは俺も彼女も一緒だった。
クレメンテは『出る』と言うシーファに軽く頷いただけで済ませ、俺の方を見て笑った。
「また会おう」
その言葉を聞いて俺は知った。俺も一緒に移動することになっていることを。
移動はやっぱり木馬だった。ただし、二頭で馬車はティーカップでなく寸胴鍋っぽいものだった。
前に通った荒野。ああいった場所はたくさんあるらしく、総じて【空白の大地】と呼ばれているらしい。
それを教えてくれたのは彼女だった。
「空白の大地は魔物達や幻獣達、強きもの達の生息圏だ。彼らの縄張り意識はとても強い。危険な場所なのだ」
そこを無防備に彷徨っていたのかと思うと血の気が引く。
聞いていけば、魔物はヒトを襲うらしい。
シーファはのんきに木馬を操る小動物を眺めていて気にも留めていなかった。
「よく襲われなかったな」
そう呟いた時、踊るように御者をするあぎゃが爪を鳴らした。
「トラジェからタフトまでは道なりなら三日はかかる。それも道が壊れていない前提でだ」
名乗らない彼女はそう説明してくれる。
木馬がひく寸胴鍋のような物の中はひとつのカンテラが吊るされているだけで外は見えないつくり。見えないうえに聞こえない。
木馬のひく寸胴鍋はあまり時間をおくことなくとまった。
「休憩か?」
何処か不満そうな彼女の言葉。印象は急いでいるのになぜとまる? と、言いたげだ。
「ココからタフトまでは既存のルート使うから、降りなー」
シーファがそう言う。
下りればそこには森がひろがっていた。
木馬のひく寸胴馬車は何処かへと走り去っていく。
「ここはタフトから半日程度のポイントで、タフトの農産区画だ。食料と備品を入手できる村がちょっと行ったとこにあるから寄ってから行く。舟で行った方が楽だしな」
そんなやり取りを経て、今湖と大樹を見ているのである。
長く睨んでいたかと思えば、彼女は服のひだに手を突っ込み、一枚の紙のようなものを引っ張り出した。
そしてそれを草の上に広げ自分もしゃがみ込む。
何をしてるのかと気になった俺はそっとその背後にまわってみた。
紙ではなく皮なのかほんのりとベージュの色。
彼女は呼吸を整え、そろりと指先をあてた。
金属が鳴るような音が響く。
じわりと表面にシミのようなものが浮いてきた。
そしてそこからはあっという間だった。
言葉と思考が止まった。
「すげぇ!」
叫んだ俺に彼女は不満そうな視線を向ける。
「騒々しい」
「あ、ごめん」
とりあえず謝罪する。でも、すぐに我慢できなくなった。
彼女の眼差しは煩わしく思っているコトを隠そうともしていない。
そこに広がるのは幻想的な砂糖菓子のような立体地図。
童話の挿絵のようなえっと、パステルっぽい? そんな感じの柔らかなミニチュア。
その中央にあるのは大樹。その周りは水色。大樹には小さな実が大量に飾られ、小さな人を模したっぽい人形が取り付いている。水色の部分に小さな木の葉のような物。小さな舟まで再現された浮かび上がる模型。
ゆっくりと広がっていく光景に目を奪われる。
紙らしき物の上に広がる世界。流石に俺も気がついた。コレは地図なのだ。ゲームの地図のようだと思う。
ところどころが欠けているが構築される立体地図。
くるくると縮尺を変える。どうやら操作可能のようだった。
「なぁ」
声をかけるとちらりと睨まれた。
「後。精度が……低い」
うっとおしそうに唸る。
ちょっと行動を躊躇う。そっと口をつぐんで一歩下がる。
視界に地図を残す。
だって、カッケーじゃん。
不思議な地図。縮尺が動きどこまでを知れるのか、コレを手に入れるにはどうすればいいのか。
そう、俺はあの地図が欲しかった。叶うならば自分の手で作りたいという欲求を感じていた。




