互助会
ワニの頭にウサギ耳、筋肉質な身体は人間の男。四肢は革手袋革靴に包まれている。ゆったりめの布のズボンと丈がやたら短い肌着。なぜか胸部と腹部は曝け出されている。
コレはナニ!?
「キミガ迷い客ダネ」
ぎこちない言葉。発声法はわからないが翻訳が効いているのがわかる。
通じるのが凄いと感じる。
クレメンテは彼(おそらく男性)が来た途端、そそくさと用事があると何処かへ行ってしまった。
ああ、感想は逃げやがったって感じだよ。
「そっ。こいつがそうだ」
シーファが軽い口調で俺を指し示して紹介する。慌てて頭を下げる。だけど、怖いのですぐに顔を上げる。動きを少しでも把握できるように。
「は、はじめまして」
ググっと強調される胸の筋肉。
暑苦しく、ドン引きだ。しかも顔はワニ。つまりは爬虫類で表情の変化がわかりにくい。
「不運ナル我らが同胞よ! 我ら互助会が力を貸ソウ! 幸いは言語理解が済んでいるといウコトだな」
この世界の権力者は叫ばないと喋れないのかとツッコミたい。
「はぁ」
「ナニ。不安に思うコトハない。強き者の庇護を受ければ、この世界ニテ生きるのに何の不自由がアロウか!」
そのまま食堂で行われたプチ授業。
多少の貨幣流通はあるが、基本は物々交換であり、店舗の商品は基本時価であり、売り手の思惑と交渉ひとつがモノを言うらしい。それでも業界ごとの基準があり、それを逸脱し過ぎれば、叩かれるらしい。(高い方向なら問題がないらしい)
魔獣・魔物と言う存在がいる。
ヒトであってもヒトを襲うことはあり、そう簡単には罪に問われないと言うこと。町中での殺傷事件は各町の基準があるが証拠さえ残さなければ、問題がないらしい。ただ、上位者に危害を加えると問題が発生する率は高いらしい。
基本無法な世界なのかと問えば、頷かれた。やっぱりこえぇよ。この世界。
「この世界において弱者に優しい法を浸透させるのは不可能。なぜなら、強き者こそが権力を握り、庇護者タリえル」
そして、聞くうちに聞こえる言葉は非常に滑らかになっていった。
クレメンテの魔薬補正恐るべし!
あと、筋肉ワニウサギのマーベットさんの説明によると互助会とはその名の通り、助け合いの場らしい。基本知識の説明(モンスターがいるとか、精霊や神がリアルに存在するとか、地形がころころ変わるので基本的には国家による保護は存在しないとか)や、初期の物々交換に必要な物の提供や、希望があるなら宿泊・労働場所の提供が基本的な役割らしい。七日である程度のメドを立てることが望まれるらしいけど。
迷い客は多いが、運営資金は限られているがゆえの七日間らしい。
一週間で慣れることができるんだろうかと思う。
「トラジェはまだ安定した町だからな。労働場所もあるんだよ」
シーファが教えてくれる。
「もちろん、安定している場所は国家として安定している場所も多い」
「シカシ、トラジェはそこまでの安定性はない」とワニウサギ氏の言葉が続く。
「クレメンテがこの町における最高魔力保持者でね。彼女がいないだけで、大きな変動の波に襲われたらしいよ」
シーファが教えてくれてそれをただ肯定するワニウサギ氏。
「何人もの迷い客や、住人が命を落トシ、行き場を失ったノダ」
口調は沈んでいる。
「ま。クレメンテのせいじゃねぇけどな」
あくまで明るく切り捨てるシーファに剣呑に見える視線を向け、ワニウサギ氏が大きな口を開く。牙がすごい。
「シカシ、彼女が町にいたのなら、防がれた災害だ。責任ガないとは言い切れない」
でも、それでクレメンテが拘束されるのは問題な気がする。
だからといって何かを言えるほど『当たり前』を知ってるわけでなく黙るしかできない。
ただ、クレメンテがそこにいるのを当然としつつ、敬意を払うわけでもない態度が寄生をしているように見えてあまり好きじゃない。あくまで俺の感情に過ぎない。
「力がある者の義務を放棄すルのはよくないではないか」
「別に義務なんかねーと思うぜ。クレメンテには」
ばちりと二人の視線が交差する。
もしかしてと思ってたけど、ワニウサギ氏嫌われてねぇ?
「力有る者が弱き者を助けるは当然ではないか」
「ざけんな」
容赦なくシーファが切り捨てる。
「お前、クレメンテの情けに縋らなきゃ生きていけないんなら、互助会の代表として迷い客達に手を貸す立場に不足があるって自分で認めているようなものだぜ?」
「なんだと!?」
ワニウサギ氏が吼える。
「ちゃんと庇護者としての義務は果たしてオル!」
それを見据えるシーファのまなざしは冷たい。ついで、組合の他の人たちの眼差しも冷たい。
「うまく丸め込んで隷属契約にもっていくさまは感心できませんが?」
とっと滑り込んでくる言葉と飲み物。
それはユークスだった。
「ちゃんと説明はしている! あの契約は彼らが望んだコト! 思考放棄し、庇護下に入ることを彼らは望んだダケだ!」
え?
それって、互助会組織が率先して他の迷い客を切り捨ててる?
それとも、言うように思考放棄するような人ばかりが残っている?
「まぁ、見る限り残っているのは特に発展性の見込めなさげな人員ばかりだからなぁ」
遠巻きの研究員がぼやく。
「……貴様らにはワカラヌ」
そっとユークスに袖を引かれる。
席をはずした別室でお茶を貰う。
「彼はまぁ、ああいうヒトでして。ウチの組合がむこうも嫌いなんですよ」
苦笑いと共に説明される。
「彼は三代目でしょうか? そう、だったと思います。一族で迷い込んでこられたんですけどね。最初、こちらの者は彼らの言葉を理解できず、捕食対象として見ました」
え?!
「なかなか肉としての味は上質でしたしね。服を身につける習慣もなく、誰もヒトだとは思わなかったんですよ」
彼にとっても、そこからくるトラウマなのはわかっているんですけど。このトラジェの互助会を彼が仕切っているのは良い状況ではないんですが、うまくまわらなくてと。苦笑い。
すみません。俺、この世界でやっていけるんでしょうか?
あとでシーファに小袋と着替え一式を手渡された。
互助会支給による小銭とその他もろもろだったらしい。
「気になるんなら出発前に礼でも言いにいくか?」
シーファのその提案に俺はお願いしますと頭を下げた。




