2話 初めての会話 ②
――影鳥高校 2年1組教室――
僕は『傘の使い方:1級』みたいだね。
あれだけ政希が苦戦した雨風は僕に牙を向かず、隠した爪があるようにも感じなかった。
カッサカサに乾いたカバンを机に置く。
みんなだってそうだろう?
クラスメイト達を見ても、ずぶ濡れの生徒なんて居なかった。
見渡した世界の中に僕は探し物を見つける。
よかった、来てくれたんだ。
小雨とはいえ、この湿気。
それでもサラサラストレートな髪。本当にキレイだ。
今日はこの人のために学校に来たみたいなものだ。カバンをあさる。
結局、3度書き直す事になったノートを持って、僕は竹林さんの元へ向かう。
受け取ってくれるといいな。
「おはよう竹林さん。具合はどう? まだ悪かったりするの?」
竹林さんは母さんとは一味違うニコニコを僕に見せて、軽い会釈と共に話す。
「桜井さんおはようございます。お陰様でもうすっかり元気ですよ」
不思議だな。
母さんのニコニコは怖いけれど、竹林さんのニコニコは怖さなんて感じない。
微笑ましい? っていうのかな。
つられて笑顔になってしまう。
「よかった~心配したんだよ。あ、そうだ竹林さん、よかったらこれ使ってよ!」
心臓のバクバクが聞こえる。落ち着くんだ僕。
朝の優雅な気持ちを思い出すんだ。
竹林さんは「まあ!」と一瞬驚いたが、すぐにニコニコへ戻った。
「有難う御座います桜井さん。大切に使わせて頂きますね」
竹林さんは両手を前に出してノートを手に取った。
「どういたしまして。読みづらかったらごめんね」
受け取ってくれた。今すぐ飛び跳ねて叫びたいくらい嬉しい。
万里ならそうするだろうね。
でもここはあえて冷静を装うんだ。
ぁダメだ口角が重力に逆らってしまう。
「とんでもないですよ。有難う御座います桜井さん」
竹林さんは会釈したあと、再び僕にニコニコをみせた。
その笑顔は、本当に喜んでいると、僕には見えた。
ノートを渡した僕は席に戻った。
心臓は正直だ。まだバクバクいってるよ。
慣れない事はするもんじゃないね。一度落ち着こう。
そう、本来の目的を思い出すんだ。
やっぱり、僕の知っている普通の竹林さんだ。
昨日の話を思い返す。
“感情を制御している”ねぇ。
僕にはとてもそうは見えない。
それにそんな事、普通の人間に出来るのだろうか。
そもそも誰の手によって?
竹林さん本人が制御しているのか。
はたまた、別の誰かが意図的に制御しているのか。
それにどうやって制御しているんだろう?
最先端医療?
ダメだ、全然ピンと来ない。
そして、一番僕が気になるところ。
なぜ、そんな事を?
僕の頭を疑問が廻る。
次から次へと沸いてくる。
うーん。
やっぱり、凡人の僕にはわからないや。
気が付くと僕は腕組みをして目をつむり、頭をさげていた。
ん? これが政希のいう“無意識の動作”ってヤツなのかな。
でも、もし昨日の話が正解だとしたら。
――どうして制御が、解除しかけた?
べちょり。
聴き慣れない音が聞こえた。頭を上げる。
頭をヒネっていた僕の目の前に、もっと頭をヒネっている人間が表れた。
ヘンな意味で、ね。
そいつの毛先は水のせいでグルグルだった。
疑問は一旦置いといて、今日も一興といきますか。
「おはよう政希。君は『レインコート』を知ってるかい?」
************** Masaki.C
朝一の雑務を終えた。俺は教室に入る。
予備は傘だけではなかった。
靴下の予備も用意していたんだ。カバンの中に。
そのカバンが既にびちゃびちゃだがな。
ああ、全滅だ。
ノート・教科書は持ち帰らずに学校に置いておく。
俺が小1からそのルールに従っているのは、紙が水に弱いから。
そういう事だ。
びしょびしょのカバンを机に置くと、後ろから声がした。
「おはよう政希。君は『レインコート』を知ってるかい?」
ニヤニヤしながらそいつは俺に話しかける。
「見てたよ、今日も」と言いたそうなニヤニヤだ。
今日もこいつは俺をバカにしている。ちくしょう。
「知ってるさ。当たり前だろ」
レインコートか。
随分と懐かしい響きだ。
昔はそいつに頼りっぱなしだった。
集団登校という“縛りプレイ”をご存知だろうか。
家が近い人間同士で決めた時間に集まり学校へと向かう。
生徒主催ではなく、学校主催でそれは行われる。
その期間は好きな奴と学校へ行くことが出来ないのだ。
傘、傘、かっぱ。傘、傘、傘。
集団心理とは恐ろしいものだ。
俺がそれを「恥ずかしい」と思うのに時間はかからなかった。
それから数年、傘の特訓をしている。
俺だって毎朝濡れるのは御免だ。
でもな、ダサいんだよ。
高校生があんな黄色い服を身にまとって学校へ行けるか。
それに、俺にとってカッパは、自転車でいう補助輪みたいなものだ。
あんなモノは「私は傘をさすのが下手です」と周りに言いふらしながら歩くようなモノだ。
絶対にお断りだ。
友則はまだ笑っている。
何か“策”でもあるかのように。
「政希、君はどこまで『レインコート』を知っているんだい?」
なんだこれは。
全然黄色くないじゃないか。
黒、青、赤、紫、柄物までなんでもあるじゃないか。
友則に「見てみなよ」と言われスマホを投げられた。
映っていたのは、とある通販サイトだった。
ブックマークは何処だ。
クソ。なんだこのスマホは。
OSが違うせいで操作が全然わからねえ。
「勝手に人のスマホでお気に入り登録しないでよ」と友則。
うるせえ。
俺がサイトに夢中になっていると、友則は俺の腕を引っ張り、小声を出した。
「なあ、やっぱり竹林さん普通だよ。政希もそう思うだろ?」
……ったく。人が考えないようにしてる事を、こいつめ。
渋々々、目線を友則よりも後ろに向ける。
今日も来てるんだな、あの嘘つきは。
まだホームルームすら始まっていない教室で、竹林はノートを広げている。
それも2冊。
片方を見ながら、片方に書く。
昨日早退した分、誰かにノートを見せて貰っているのだろう。
「普通だな」
率直に感想を述べる。
友則も「だろ?」と賛同してくる。
「普通だから、おかしいんだよ」
「どゆこと?」という友則に「俺もわからん」と返す。
何が正しくて、何がおかしいのかも含めて、な。
「俺にわかるのは、嘘だけだからな」
チャイムが鳴る。
会話はここで切り上げた。
担任教師がなにか話をしているが、俺は全く聞いていない。
聞かなきゃ死ぬ訳でもないしな。
今は考えたい事だらけで大変なんだ。
竹林は感情無しで行動している。
友則が“普通”と感じたという事はそうなんだろう。
もし、制御状態でなければ友則は“別人”と感じるはずだからな。
それに。
感情無しで行動しているなら嘘なんてつくはずがない。
嘘なんて、意識しなければ人間はつけないんだ。
現に竹林は嘘をつかない。
1度の例外を除いて。
完全制御状態において竹林が俺についた嘘。
あれさえなければ、俺もおかしいなんて思わなかっただろうさ。
そもそも。
昨日の話はどこまでが正解だったのだろうか。
正直それすらもわからない。
頭がグルグルしてくる。
まだ材料が足りない。
竹林の謎に迫る何かが足りない。
俺が考え込んでいると、背中にチクリと痛みが走る。
振り返ると、シャーペンの先で友則が俺の背中を刺していた。
いてぇ。
加害者はニヤニヤしながら入り口のドアを指差している。
ニヤニヤしないとこいつは何も出来んのか。
背中を押さえながら友則の指先を追うと、ドアの向こうにうっすら人影が見えた。
なるほど。そろそろか。
勢いよく扉が開く。
日に日に元気が無くなるドアなんて気にもせず、元気な声が響く。
「おっはよーございますっ。真理ちゃん試作品だぞおっ。へいパース!」
バスケ漫画でも見たのか。
少女はドアから教卓に向かって3ポイントシュートを放った。
空中をパンが飛ぶ。
俺には嘘しかわからない。
友則はどうでもいい事しか見ていない。
これでは異常の原因に踏み込めない。
だがお前は違うだろ?
俺でも友則でもなく
ただ1人、今も続く“異常そのもの”を感知できる人物。
木下万里が登校した。
本文修正履歴
2020/06/30 視点切り替えの際キャラネーム追加




