1話 竹林華という女 ④
************** Tomonori.S
2限目、英語の時間。
チョークが無駄に削れる音がする。
「えー、次のところを、ぇ桜井友則。ぇ-訳してみなさい」
「はい」
僕はロクに授業なんて受けていない。
授業中に何回「えー」と先生が言うか数えている。
将来使うか分からない言語より、そっちの方が僕は興味がある。
このペースなら今日は記録更新かもね。
そんな自分の行いと、彼女の行いを比較して、少し羞恥心が沸いた。
噂の転校生、竹林華さん。
転校初日に体調不良を訴えたクラスメイトを保健室まで付き添った、聖人。
彼女から溢れ出す育ちの良さはクラスに新しい風を運んでいた。
万里を送ってから15分ほどして、彼女は教室に戻ってきた。
彼女は今、僕の3つ後方にある席に座って授業を受けている。
ふと、前を見る。
そこには、僕の知っている天才2人が居るはずだった。
政希と万里。今は1人しかいない。
こんなこと今までにあっただろうか。万里が体調を崩すなんて。
空白となった席を眺めて、僕は不思議に思った。
朝、いつものようにパンをモグモグ食べながら、遅刻なんてお構いなしにゆっくり校庭を歩いていた万里。あのパンが、当たったのだろうか。
あの手洗いにうるさい万里が? それはあり得ないだろう、飲食店の娘が食中毒なんて。
風邪でも引いたとか? もっとあり得ない。
ホームルームが終わってすぐ、あんなに楽しそうに話していたじゃないか。
なんだか今日の万里は、少し様子がおかしかったな。
竹林さんをあんなに怖がるなんて。
様子がおかしいといえば政希もそうだ。
保健室への付き添いを竹林さんに取られてから、ずっと政希は機嫌が悪い。
今だって、慣れない貧乏ゆすりまでしている。
なにか理由があるのかと話を聞きたかったが、1時限目が終わってから2限目開始まで政希はトイレから出てこなかった。
一体なにが2人をここまでおかしくしたのだろうか。
凡人である僕には、わからない。
わかるのは様子がおかしくなったタイミングだけ。
竹林さんと接点があった時。だからこそ、余計に謎が謎を呼んだ。
僕だって休み時間に竹林さんと話をしている。
あれから特に具合が悪くなったり、機嫌が悪くなったりしている自覚はない。
僕は、どんな精密機械で検査されようと正常と判断されるだろう。
つまり、おかしいのは僕じゃない。
――2人がおかしいんだ。
万里が向けた拒絶の視線、政希が見せた嫉妬心。
そんなモノを、転校初日のクラスメイトに贈っていいはずがない。
凡人でもわかる話だ。
竹林さんが可哀想じゃないか。
なにか悪さをした、という事もない。
僕は見ていた。
2人の態度を改めさせなければならない。
後方から声が聞こえてきたのは、丁度そんな事を考えていた時だった。
「すみません先生。調子が優れなくて、申し訳御座いませんが早退させて頂けませんか?」
僕は後ろを振り返る。竹林さんだ。
……もしかして、これは嘘なんじゃないか?
凡人な僕には、政希のように嘘かホントかなんて分からない。
万里のような直感もない。あくまで凡人の推測だ。
「付き添いも結構ですので、皆さまは授業をお受け下さい。後日、ノートを見せて頂けると幸いです。」
そう言った竹林さんは、少し照れくさそうに笑っていた。
竹林さんはゆっくりと歩きながら、退出した。
僕はクラスメイト達と一緒に「お大事に」とエールを送り見送った。
竹林さんもしかして、2人の態度にショックを受けてしまったんじゃないだろうか。
だから早退なんて申し出たのだとしたら……。
2人に謝らせないと。
竹林さんを見送った僕は視線を黒板に戻す。途中で政希が視界に入った。
政希は少しだけ首を横に向け、横目で竹林さんを睨みつけるように見ていた。
「政希、どういうつもり?」
まだ授業は終わっていない。政希にだけ聞こえるほどの音量で話しかけた。
もう、見過ごすなんて僕には出来なかった。
「……友則、あとで話がある」
願ってもない申し出だった。僕は「なら次の休み時間に」と提案したが、
「それじゃあ万里がいない。昼休みだ」
確かに、昼飯を1番の楽しみに登校している万里なら、
昼休みには戻ってきていると想像できた。
万里にも用事があった僕は、政希の提案を承諾した。
再び、チョークが削れる音が鳴りだした。
僕は視線を窓の外にずらす。
いつの間にか、あれだけ強かった豪雨は小雨となっていた。
校門には、走り去る黒髪が見えた。
……明日も、元気で登校してくれるといいな。
そう思いつつ、視線を机の上にずらす。
やべっ。
僕は殴り書きしたノートを一度消し、精一杯丁寧な文字で書き直す。
2人を竹林さんにどう謝らせるか考えながら――。
************** Masaki.C
昼。
俺は腹が減っているのだろうか。
突然転校してきて突然帰っていったヤツのせいで、普通の人間ならごく当たり前な生理現象ですら分からなくなるほどに、俺の脳はマヒしていた。
2時限目の途中、俺は友則と約束をした。あれから友則とは話していない。
万里を待っている。だが、まだ現れる気配はしなかった。
いっそ、俺と友則で保健室に行った方がいいかと頭を抱えていると、タイミング良く教室のドアが勢いよく開いた。
「木下万里っ。ただいまもっどりましたー!」
ポーズが気に入りマイブームとなったのか知らんが、万里は敬礼しながら帰ってきた。
軍隊モドキは俺たちに駆け寄る。
「マッキー! トモくん! 屋上にいこーぜぃ!」
すっかり元気を取り戻していた万里は、口角を片方上げる。
「久々に3人でご飯だべよ!」
俺は心の中で「にやり」と言った。
本文修正履歴
2020/06/30 視点切り替えの際キャラネーム追加
2020/07/21 外見描写追加・分割




