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旧:竹林華は俺だけを嫌っている  作者: 宇佐美ゆーすけ
第4話 桜井友則という男
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4話 桜井友則という男 ④



 その日の夜のこと。

 わたしは部屋から1本の電話をかけていた。

 お気に入りのチェアに揺られること4コール。

 耳に当てたスマホからお目当ての声はまだ聴こえてこなかった。

 朝が早いわたしとしてはそろそろ眠気が襲い始める22時過ぎだけれど、お相手に限ってもう眠ってしまったとは考えにくかった。

 今頃机に向かって頭をかかえているはずだ。


 集中しすぎて気付かないパターンが一瞬頭を過ぎった頃。

 17コールにしてようやく呼び出しは止まった。


『もしもし』


 その声は疲れを連想させるほど低く、若干の苛立ちすら感じさせた。

 どうやら、頭を抱えていたのは当たっていたみたい。


「夜分遅くにすみません。木下と言いますが千島くんはご在宅ですか?」

『スマホに直で電話した時に言うセリフじゃねえよそれ。あと、固定電話だったら出る奴全員千島だからな』

「あっはは。さすがマッキーっ。ナイスツッコミだぁ!」


 わたしたちがまだスマホなんて持ってなかった小学校時代。

 家から家へ、こうして電話をかけて遊ぶ約束なんかをしたものだ。

 失礼のないようにと沢山練習させられた決まり文句も、10年近く言わなければさすがに忘れてしまう。

 昔は完璧に言えてたのに、成長したら言えなくなってしまうのもなんだか少し寂しい。


『ったく。昔と同じ間違いしてんじゃねぇよ』


……え?


「いややや、昔はちゃんと言えてたでしょ!?」

『記憶を捏造すんな。毎回千島くん千島くん言ってたぞ』

「うっそぉ!?」

『さすがに親も何度も千島くん呼びすれば俺のことかって慣れたからいいけどな、最初の頃なんて大変だったんだぞ』

「うっ、ごめぇん」

『まぁいいけどな。で、どうしたんだ?』

「あ、そうそう!」


 危うく目的を忘れるところだった。

 懐かしい思い出話はまた今度。


「書いてるんでしょ? 次の手紙」

『あぁ。丁度14枚目に入ったところだ』

「多くない!?」

『破り捨てた枚数がな』

「お、おぅ……」


 丸まったノートが床に広がる中、頭を抱えて机にうなだれるマッキー。

 予想通り電話の向こうでは締切に追われる作家さながらの修羅場が広がっているようだった。


「煮詰まってるんじゃないかなーと思ってね!」

『……否定はしない』

「ふっふっふ。少しは『()()友達師匠』を頼ってくれたまえ?」


 電話越しの相手には絶対伝わらないのにエッヘンと胸を張ってみる。

 ふんぞり返ってわたしが気分良くなっても仕方ないのだけれど。


『そうだったな』


 友達師匠。

 昔、マッキーとトモくんに乗せられてわたしはそう呼ばれていた時期があった。

 最初は少し気恥ずかしかったけれど、何度も仲介するにつれてその気持ちは徐々に薄れ、小学校を卒業する頃には堂々と友達師匠と名乗っていた。

 全ては直感頼りだったけれど、一部では未だにわたしを『師匠』と呼ぶ友人達もいるくらい、仲介といえばわたしが一番の適任だった。


 そんなわたしにも絶対に出来ないことがあった。

 技の言語化だ。

 わたしからすれば勝手に解かってしまう“相手の気持ち”なんて、言語化しようがない。

 気付いた時には頭の中に情報が入っているのだ。

 そもそもの直感が備わっていなければ、わたしの技を受け継ぐことなんて出来ない。

 師匠ではあっても弟子はとれなかったのだ。


 それを可能にしたのがマッキーだった。


 わたしと知り合ってから数多の現場をみていたマッキーは、わたしの技にも法則があることに気付いた。

 マッキーはわたしの直感ではなく、言動に注目した。

 どんな話をしているか、どんな質問をしているか、どんな聞き方をしているか、どんな相づちを入れているか。

 事細かに分析して、ついに彼は直感が無くとも友達になる上で効果的な会話術を編み出したのだ。

 ノート4冊にもなる『万里式会話術』を読んだ時、わたしは喜んで2代目の称号を明け渡した。


 ともあれ、2代目は少々考えすぎる時がある。

 直感の初代に理論の2代目ならば、そこに差がでるのは仕方ないのかもしれない。

 だからこそ、同じ立場にあったわたしならば彼の力になれるだろう。


「何に悩んでいるのかねキミ?」


 ニヤニヤと笑うわたしにマッキーは『ちょっとムカつくな』なんて言いつつも話し始めた。



 伝えたいことは何か、どういう言い方がベストか、何を足して何を減らすべきか。

 どんな手紙がベストか、どう書けば華ちゃんにとって効果的か。どんな技があったらトモくんに歩み寄るか。


 いろんな悩みがわたしの耳に届いた。

 そのどれもが相手、華ちゃんを思ってのことだった。

 嫌われている相手にそこまでする義務なんてもちろんない。

 それでもマッキーには手紙を書かないという選択肢は存在しないようで、たとえ嫌われていたとしてもやり遂げてみせるという意気込みすら感じた。

 もしかすると、マッキーの中でそう決意させる出来事でもあったのかもしれない。



 30分くらい経った頃だろうか。

 悩みなんていうのは、口に出すことで半分は解決する。

 昔、誰かエラい人が言ってたのを聞いた記憶があるけれど。

 どうやら、それは当たっているみたい。

 

『正直、助かった。なんとかなるかもしれん』

「よかったよかった!」


 マッキーの声は初めに電話に出た時のようなどんよりとした声よりも、ワントーンツートーン上がった声に変わっていた。

 あとは彼の力をもってすれば、きっといい手紙が書けるとおもう。

 わたしが出来るのはここまで。

 一仕事終えた身体をチェアにどっしりと委ねた。



『さて、本題に入るか』

「…………ん?」


 本題とは一体。

 今の今まで話していたのが本題だとわたしは認識していた。

 そのつもりで電話をかけたんだし、事実間違ってないと思う。

 

「どういうこと?」

『言っておきたいことがあるんだろ? 万里』

「んーー。た、たとえば?」


 傾げた首がチェアからはみ出たまま待機する。

 心当たりも無ければ新たにおもいつくこともない。

 たった1つ。

 忘れようとしていることを覗けば。


 

『そうだな、『天使』と『魔女』について』

「ッ――!」


 

 身体がビクンと跳ね上がり、喉からゴクリと音がした。

 わたしがマッキーに話していないなら、トモくんから既に聞いていたのだ。


「知ってたの?」

『さっき1から10まで友則に聞いて0までしか解かってねぇけどな』

「全然理解出来なかったんだね……」


 マッキーの反応は無理もなかった。

 その場に居合わせたわたしたちも意味不明だったのだ。


『万里はどう思った?』

「全然わけ解かんないって感じかな。記憶が改ざんされてるんじゃないかってくらいピンと来なかったよ」

『そうじゃなくてだな』

「ん?」

『『天使』と呼ばれた意味を知りたくないのか?』


 答えはもう決まっている。

 でも、それを口に出すのは迷いがあった。

 『天使』と呼ばれた意味を知った時、知りたくなかったことも知ってしまう。

 そんな予感がしていた。

 だから、知りたくてもわたしは忘れることを選んだのだ。

 迷いから生じた無言をかき消すようにマッキーが口を開いた。



『友則曰く』

「えっ」

『《万里は万里らしくあってほしい》だそうだ』



 のんびりご飯食べてたくせに。

 ただボーっとしてただけのくせに。

 落とした箸にすら気づかないくせに。


 どうしてそういうところに気付くんだろう。

 彼は見ていたのだ。

 わたしがぐっと堪えた瞬間を。

 頑固を捨てて浮かんだ疑問を全て押し殺した瞬間をトモくんは、呆けたフリをしながら見ていたのだ。


 わたしはわたしらしく。

 直接言われればわたしはきっと「馬鹿!」と突っぱねていたと思う。

 それを見越してのマッキー伝い。


 彼のその優しさにわたしは――弱いのだ。



「知りたい……!」

『よく言った』


 きっとこの先は、わたしにとっていい事だけが待っている道ではない。

 わたしが『天使』である理由。彼女が『魔女』である理由。

 今まで生きてきた上で学んだ常識なんて通用しないかもしれない。

 でも、きっと大丈夫。


 わたしはわたしらしくあればいいのだから。 


『俺は竹林を動かす。友則には引き続き竹林と距離を詰めてもらう。

 万里、お前は『天使』について探ってくれ』

「うん!!」


 目には見えない優しさを感じながら、わたしは大きな声で返事をした。



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