4話 桜井友則という男 ③
食事を終え教室へ戻る途中。
わたしとトモくんより少し前を歩きながら華ちゃんは横顔を見せながら口を開いた。
「ありがとう万里。友則君も」
「んー?」
突然のお礼にキョトンとした顔をわたしとトモくんが向けた。
目が合うと、まるで顔を見られたくないかのように華ちゃんはすぐ前を向く。
「楽しい食事だったわ」
その口ぶりは少しトゲがあり、突然足元に氷水を流し込まれたみたいな冷たい言い方だった。
かといって、華ちゃんはぶっきらぼうにただの決まり文句を言っただけではないみたい。
慣れないことを言ったのか、右手右足が同時に前へ出ながら歩いている。
それだけ緊張ながらも言いたかった一言だったみたい。
であれば、自然とこぼれた笑みと一緒に喜びを送ろう。
「えへへー。ならよかったよ!」
「僕もいろいろ話せて楽しかったよ。またみんなでご飯食べよう!」
君はいろいろ話せたというより、趣味を聞いて魂が抜けて爆弾級な質問をしただけだよと、ちょっとムッとしたのは内緒。
ともあれ、わたしがまだ聞くタイミングじゃないと思っていた『人形化』についてトモくんが踏み込んでくれたおかげで、もう人形化にならないと知れたのは素直に嬉しかった。
もう華ちゃんは質問縛りにならない。
華ちゃんが聞きたいことを聞けるし、話したいことを話せるようになった。
それが嬉しいのは、わたしたちだけじゃない事は教えておこう。
「クラスのみんなもね、いい子たちばっかりだよ。話してみるとわかるとおもう!」
「そう、よね」
言葉に詰まりながらも、華ちゃんは賛同した。
歩みを止め、今度は顔だけじゃなく身体ごとクルッと振り返りわたしとトモくんをみたけれど、目を合わせるのは慣れていないらしくすぐ目線は外れた。
わたしたちも合わせて止まると、華ちゃんは問いをなげた。
「応援してくれる?」
間髪いれずに親指を立てた。
「もちろん! 華ちゃんがんばれぃ!」
「竹林さん頑張って!」
華ちゃんは外した目線を一瞬戻し、わたしたちの笑みを見ると再び前を向き歩き始めた。
「ありがとう」
2度目のお礼を言う頃には、手足はすっかり緊張も解け、自然なフォームで華ちゃんは歩いていた。
その背中はどこかやる気を感じさせるようにピシっと伸びていて、足取りは軽く、さっきよりもペースを上げて教室へ向かっている。
華ちゃんはきっと、これからどんどんクラスに溶け込んで、どんどん人気者になっていく。
そんな未来を想像して顔がフヤける。
コレだから仲介は辞められないのだ。
教室に着くとわたしたちは別れ、それぞれ自席に着いた。
わたしは廊下に設置されたロッカーへ向かい、次の授業で使う教科書を引っ張り出していた。
出したところでちゃんと読む気はないのだけれど、ちゃんと授業を受けているフリには必須の道具なのだ。
お目当ての品を見つけて立ち上がると、目の前にジト目さんが立っていた。
肩で息をするほどひどくお疲れみたい。
「どうしたのマッキー。マラソンの練習?」
「違う。逃げてるだけだ」
「逃げてるって、何から?」
「宮島からだ」
「マッキーなにしたの……」
聞けば、マキリンをクラス委員の仕事で無理矢理ねじ込んだみたい。
怒り狂う友人の顔が目に浮かぶ。
「それ大丈夫なの? くるみん怒るよ?」
「……まぁ大丈夫だろう」
目線がズリズリと横へずれる。
そこまで考えてなかったみたい。
頭良いんだか悪いんだか……。
「2組の子を勝手に使ったりしたら、2組のクラス委員が怒らないわけないでしょー?」
「そん時はそん時だ」
そのシワ寄せがわたしに回ってきそうな予感。
こりゃ大変そう。
くるみんのグチは長いのだ。
わたしの困った顔を見て思い出したのか、マッキーは例の話を振ってきた。
「そういや、友則はどうだった?」
「んん……まだ時間がかかるかも」
「やはりか」
「ぁでも、そのうち仲良くなれるとおもうよ!」
「まぁ、万里が居れば問題ないだろうな」
「えへへ。誰かさんのせいで仲介は慣れっこですから!」
「うるせえ」
そんな会話をしながらチラッと教室を見てみるとビックリ。
彼女は凄くフットワークが軽いみたい。
指差しをしてマッキーにも促した。
「みてみて。華ちゃん頑張ってるよ」
「んあ?」
教室の奥。
華ちゃんは自席から隣に座るさっちんに話しかけていた。
「なんの話してるのかな」
「どーせ、『好きな食べ物』聞いてるんだろ」
「あり得そ~!」
「あとで松岡に聞いてみるといい」
「おや、なんだか自信あり気ですなー?」
「あいつはその方法しか知らんからな」
そう自信満々に答えるマッキー。
「もしや、手紙の影響ですかな?」
「そうだ」
マッキーは手紙に書いた言葉を教えてくれた。
『相手の好きな話をしろ。解からないなら聞け』
凄く短い手紙だった。
これだけで華ちゃんが動いたことにビックリだけれど、きっと手紙には見えないだけで、マッキーの推測や計算も含まれているんだと思う。
この手紙を受け取った華ちゃんが何を思って、どんな行動に出るか。
マッキーはきっとそこまで読んでいた。
だから華ちゃんは動いたんだ。
だから、かな。
自分の手紙を力に行動へ移った華ちゃんをみて、マッキーは嬉しそうに笑っていた。
「今のお気持ちはどーですか師匠?」
「30点だな」
「あら手厳しい」
冷たい評価を下した師匠の声は、隠しきれていない表情からわかるようにどこか温もりが見え隠れしていた。
「聞き方がワンパターンすぎる。人間には食べ物以外に好物はないとでも思ってるのかねあいつは」
「ま、まぁまぁ抑えて」
「だが――」
昔はマッキーもそうだったんだよ、と言おうとしたところで接続詞が入ったので口から出す寸前で飲み込む。
続く言葉はあったかいものだった。
「悪くない1歩だ」
「同感っ!」
30点。
初歩でそれだけ取れれば上出来。
むしろ『大変よくできましたスタンプ』を押してもいいくらい。
言い方の差はあれど、マッキーも気持ちは同じだったみたい。
これから女の子で吊り目の効いたツインテールな子と知り合ったら、ゼッタイ性格が似ている気がするのでマッキー2号って呼ぼうと思ったのはさておき。
歪んでしまった口元を隠しながら問う。
「師匠はこれからどうするおつもりで?」
「んーどうすっかな」
なーーぜそこではぐらかすのかな?
どうするかなんてとっくに決めてるくせに。
「次は質問の仕方でも教えてみたらどうですかな?」
「んー、しゃーねーなー」
嫌々感が全く出ていない代わりにやる気を全身から感じさせながらマッキーは気だるい返事をしてみせた。
「頼んだぞい師匠!」
「あいあい」
マッキーの行いはいつか華ちゃんに届く。
わたしが届かせてみせる。
今は嫌われていたとしても、それが逆転することだってあるのだ。
わたしはそれを経験から知っている。
そう遠くないうちにそんな日が訪れることを祈りながら、自席に向かって歩き始めた。




