4話 桜井友則という男 ①
************** Banri.K
屋上から見える風景はいつもと変わらない。
そよ風に揺れる木が背の低い建物を隠し、空の青さと地球の丸みを引き立たせる。
木に囲まれた校庭にはレジャーシートが敷かれ、ピクニック感覚で食事をとるグループが3組。
たまに聞こえる野太い笑い声はおそらくそこから。
他愛もない話に華が咲いているみたい。
華が咲くといえば、今日は屋上にも1輪。
『一般生徒立入禁止』の張り紙を無視するわたしたちに若干オドオドしつつもついてきてくれた、わたしの新しい友人だ。
マッキーから鍵を借り、トモくんの首根っこを掴んで声をかけ、出会ってから4日目にしてついに相席となったのだ。
1人欠けてしまったのは悲しいけれど、いつか4人での食事会も必ず開催してみせるという野望を抱きつつ簡易テーブルに腰かけた。
「っしょっと」
真向いに座った華ちゃんが肌触りの良さそうな包みを解くと、中から手作りのお弁当が現れた。
小麦料理人のわたしから見ても食欲をそそられるなかなかの腕前。
チンして出来上がるタイプではなさそう。
「おぉーっ。前にトモくんの見た通りだ! ぜったい美味しいやつだよコレ!」
「いやぁーこうして近くで見ると圧巻だね。全部竹林さんの手作りなの?」
「えぇ。でも、そんなに褒められるようなものじゃないわ」
「またまたご謙遜を。それに引き換え僕のお弁当は……」
「うぇっ。……トモくん絶対お母さん怒らせたでしょ」
隣には全体的に真っ赤、という印象を受けるお弁当が展開された。
ご飯もナゲットも黄色いはずの卵焼きも赤い。
たぶん、ぜんぶ激辛。
口から零れそうだった唾液が一気に引いていくのを感じながら、わたしはパンの包みを開けた。
「帰ったらちゃんと謝りなよー?」
「……善処します」
震える手で箸を持つトモくん。
帰宅後のことを思っての震えみたいだけど、それより前に1つ乗り越えなきゃいけない壁があるのを忘れてそう。
トモくんはため息を漏らしつつ箸をつつき始めた。
もしかして、気付いてない……?
マッキーがわたしと華ちゃんの2人、もしくはトモくん交えての3人で食べてこいと言ったのは、きっとこの人のためだ。
マッキーはトモくんと華ちゃんが仲良くなるキッカケを作ろうと提案したのだ。
2人からはまだ距離を感じる。
トモくんはまだ人間の華ちゃんをよく知らない。逆もそう。
よく知らない人同士が友達になるには、共通の知り合いが間に立つのが一番手っ取り早い。
その役はもちろんわたし!
今まで何度もやってきた役どころだし、そこに関して不安はないけれど。
「……からい」
べぇーと舌を出すトモくん。
水筒に入ったお茶を消費しつつ再び箸でつつく。
わたしにはその一言で解ってしまうけれど、トモくんは華ちゃんと仲良くなることに関して特に問題視していないみたい。
楽観的なトモくんには何か策でもあるのかな。
無言で箸を進める華ちゃんに視線をずらす。
相変わらず何を考えているのか解からないけれど、それは華ちゃんが人形化じゃない証拠でもあるので、不安よりも嬉しい気持ちの方が大きい。
わたしにとって初めて聞かないと解からない友達というのは好奇心を大いに刺激した。
話題作りも兼ねて先ほどから気になっていたことを聞いてみる。
「そういえば華ちゃん。華ちゃんの好きな食べ物ってなに?」
「私の好きな食べ物?」
「うんうん。教えてほしいなって!」
「そうね……」
華ちゃんは視線を上へずらしてしばらく考え込んでいた。
午前に聞かれた質問だけれど、久しぶりに聞けた声が嬉しすぎて聞き返す事を忘れていたので改めて聞いてみた。
もしパンと合いそうな品だったら今度ミックスしてみようかと思ったのはさておき。
好物を思いついたようで華ちゃんは答えた。
「アイスかしら」
「ア、アイスかぁ~」
おやつだった。
アツアツのパンに挟まれたヒエヒエのアイス。
カバンの中で徐々に混ざりべしょべしょになる未来が見えたので残念ながら『あなたの好物詰めてみましたシリーズ』の続編はもう少し先になりそう。
「アイスいいねぇ。僕、今世界で一番アイスを欲している自信があるよ」
……70億のテッペンはそんなに容易いものじゃないとおもう。
「77億6千の頂点はそんな簡単なものじゃないと思うわ」
「て、手厳しいなぁ竹林さん」
「冗談よ」
「あっはは……」
目は本気だったのは気のせいかな……。
細かい数字はともかく、思考が似ていたことにわたしは驚いた。
少しだけ親近感というものを味わえた気がする。
知らないだけで、わたしと華ちゃんは結構は似ているのかもしれない。
「詳細な世界人口を知ってるみたいだけど、竹林さんってもしかして結構……博識だったり?」
「まぁ、勉強は嫌いじゃないわ」
「へ、へぇ~華ちゃん頭いいんだぁ~」
「普通よ」
全然似てなかった。
ガックリと肩を落とすわたしとトモくん。
憶測だけど、ゼッタイ普通なんてレベルじゃない。
ノートを広げるだけでも億劫なわたしと華ちゃんは住む世界が違うみたい。
勉強で解からないことがあったら華ちゃんに聞いてみよう……。
主席のくせにテスト勉強だけは全然付き合ってくれない誰かさんとは違うことを祈っておく。
「少し、聞いてもいいかしら?」
「どうしたの?」
同じリアクションをしたわたしとトモくんを交互に見ながら、華ちゃんは質問をしてきた。
何かを聞かれるなんてよくあることだけど、華ちゃんの場合は特別。
この4日してきた事を考えると、思わずニヤニヤしてしまうくらい嬉しい変化だった。
「万里と友則くんって、出会ってからどれくらい経つのかしら?」
「えーっと、トモくんと会ったのは……」
「10年前だね。小学校からの付き合いなんだ!」
「そっか。もうそんなに経つのかー!」
そう言って隣を見ると、やけに嬉しそうなトモくんがいた。
普通の人なら昔の思い出からくる笑みと錯覚するんだろうけれど、わたしの場合はそうならない。
この男、名前呼びされて浮かれている。
「懐かしいなぁ。万里とは昔からよく遊んでたよね」
「そうですね」
「ヒッ……」
感情のまま睨んでおく。
直感で読まれたことを察したようで、男は目をキョロキョロと動かし慌てふためいていた。
突然の不機嫌に動揺したのは男だけではないようで、華ちゃんも不思議そうにわたしを眺めている。
傍から見たら、いきなり不機嫌になるわたしに違和感を覚えるのは当然。
誤解を生まないように華ちゃんにも直感について話しておくことにした。
「あぁー、ごめんね華ちゃん。うまく説明できないんだけど……」
華ちゃんは斜めに首を傾けパチクリと瞬きを数回。
直感について何も知らない人に初めて説明するときはいつも緊張するけれど、華ちゃんなら教えても大丈夫だとおもう……。
「わたしなんとなく心が読めちゃったりするんだよねぇー!」
アハハと乾いた笑いと共に告げた。
しばしの沈黙ののち、華ちゃんは口を開いた。
「知ってるわよ? 『天使』でしょ?」
「……んっ?」
聴き慣れない単語に身体はデパートに並ぶマネキンの如く固まった。
言い放った本人は涼しい顔で口に米を運びモグモグと嚙みしめる。
理解が追い付かず一気に汗が噴き出るのを感じた。
目線だけを隣にずらすとトモくんは何も乗っていない箸を口に運んでいる。
頼りにならなそうなので放置。
「華ちゃん……今、なんて……?」
ショート寸前の頭をフルに使って言葉を絞り出す。
思い出したように瞬きをして、華ちゃんが再度口を開くのを待った。
しっかりと米を飲み込んでから届いたワードは聞き間違いでもなんでもなかった。
「だから『天使』。万里も知ってるでしょ? 私が『魔女』だってこと」
「て、んし……? まじょ……???」
トモくんの手から箸が落ち、コンクリートの床からカランと音がした。




