3.5話 風紀委員ちゃんとクラス委員くん ②
「なに嬉しそうな顔してるのよ」
次に私が千島を見つけたのはその日の放課後だった。
校庭に部活動で汗を流す生徒達の奥、見覚えのある憎き背中があったのだ。
隅っこで草むしりをしている姿が横から見えてしまい、行動と相反する表情からつい声をかけてしまった。
誰かに見向きもされないまま成長した草を抜きながら千島は、笑っていたのだ。
「いい事があったんだよ」
「ふーん」
適当な相づちを打ったのは仕返しだ。
あの後風紀委員の先輩に持ち場を離れた事がバレてしまい、私はこってりと叱られた。
挙句、プール監視員の件はうやむやなままなのだ。
早く取り消してもらわないと。
そんな事などつゆ知らず、千島は上機嫌な顔をしたまま草を引きちぎっている。
少しだけ、その表情の原因が知りたくなった。
「聞かせなさいよ。千島がそこまで気分良さげな日なんてもう来ないだろうし」
「いつも機嫌悪そうで悪かったな」
そう言いつつも楽しそうに草むしりをする千島が少し不気味に感じた。
恐らくは佐々木先生の命令で行動しているはずだ。
いくら気分が良くとも進んで千島が草むしりをするとは考えにくい。
そんな問題児は口を開いた。
「転校生が、ちょっとな」
「1組の転校生って確か、竹林……華さんだっけ?」
「あぁ。合ってるぞ」
名前は私が所属する2組にも届いている。
とんでもない美少女が転校してきたとか。
実は病弱でよく保健室に居るとかとか。
話したことは無いけれど、見かけた事は何度かあった。
「竹林さんいい子そうよね。誰かさんみたいに着崩さないし『模範的生徒』って感じ?」
「そうでもねぇよ。人の質問には答えねぇし、力で無理矢理ねじ伏せるし」
「……どの口が言うのよ」
昼間の強引さを忘れる鳥頭なのかと聞きたかったが、これで学年主席なのだから世の中理不尽だ。
ため息を漏らしつつ別の問いを投げた。
「で、その竹林さんがどうしたのよ」
「初の全日出席を成し遂げた」
「……それだけ?」
「アホか。めちゃくちゃ大変だったんだぞ」
そう言いながら千島はむしった草を投げてきた。
単純に、汚れるからやめてほしい。
とはいえ、こうして草むしりをしてるあたり。
不真面目そうに見えて、千島は千島なりにクラス委員として任務をこなしているらしい。
「初日は逃げられた。昨日はボコボコにされた」
「は、はぁ……」
「この3日、早退やら保健室やらで1日フルで出席した日は無かった。ようやく今日念願叶ったってわけだ」
「クラス委員も大変なのね……」
私の知っているクラス委員とイメージが違った。
犬としてクラスをまとめるという点では同じだけど、2組のクラス委員と違ってやり方が全然スマートじゃない。
「千島は竹林さんに何をしたの?」
「手紙を書いた」
「それって、まさかラブレ」
「ちげぇよアホ。そんなんじゃねぇ」
「あぁ、そう……」
眉間に寄せたシワが本気度を物語っている。
どうやら千島にもタイプというものがあるらしい。
「で、その手紙がどう作用したのよ」
「まだ時間はかかるが、クラスに溶け込む兆しを見せたってとこだな」
「なるほど」
寄ったシワが元に戻り、最初にみた笑みが浮かぶ。
きっと物珍しい表情の原因はこれだ。
全日出席はあくまでクラス委員としての建前で、効果的な手紙が書けたことに千島は喜んでいたのだ。
どうやら、何かを成し遂げた人はこうやって笑うらしい。
風紀委員として何も成し遂げていない私にとってそれは、今一番味わってみたい感覚だった。
その場にしゃがみ、まっすぐ千島を見て尋ねる。
「ズバリ、成功の秘訣とは?」
「なんだそれ」
「と、友達が悩んでるのよ。やってもやっても上手くいかない時、どうしたらいいのかなって」
「……」
いぶかしげな顔でこちらを睨む千島。
とっさについた嘘を誤魔化すように「クラス委員ならなんか無いの? アドバイスとか」と付け加えた。
大き目なため息をついた千島は作業の片手間で話し始めた。
「あれはダメこれもダメって制限するより、こうしたらもっと良くなるぞって言った方が、人は動くぞ」
「……たとえば?」
「子供に片付けさせたい時『片付けしなさい』って命令するより『片付けしたら綺麗になるよ』って教えろって話だ」
「……わかりやすいじゃない」
「そりゃどーも」
千島の話は私の心に深く響いた。
今までの私は規律を押し付けるばかりで……。
言い方の問題、ということなのだろうか。
千島に相談してよかったと、少しだけ感じてしまった気持ちを隠すために話題を変えた。
「にしても千島、クラス委員なんてよくそんな面倒な仕事続けてるわね」
「いや、正直今すぐにでも辞表を提出してやりてぇ。お前こそ風紀委員なんて嫌われ役よくやるよな」
「……? 当たり前じゃない」
私の返答が納得出来なかったのか不思議そうな顔でこちらを見ている。
「向いてないと私も思うけど、だからってそこで辞めたりしないわ。
風紀委員には私でも……ううん。私にしか出来ない事が必ずあるもの。
少なくとも私は、そう信じてる」
私の言葉を聞いた千島はむしる手を止めた。
私の顔をまじまじと見つめ、言葉を選ぶようにゆっくり口を開いた。
「たとえ……嫌われてても、か?」
「そう。たとえ嫌われていたとしても――私は風紀委員であり続けるわ」
千島が目を見開く瞬間を初めて見た。
私にとって当たり前のポリシーだったが、千島には何かおもうところがあったらしい。
その目もすぐに元に戻り、止まっていた草むしりを再開した。
表情は少し変化をみせた。
笑みは笑みだが、今までの笑みは過去の出来事からくるものだった。
なら今度の笑みは、未来を思って……なのかもしれない。
「悪くない答えだ」
どこか自信とやる気に溢れる声。
上から目線なのが腹立たしいが、私も人の事は言えないので見逃すことにした。
「さて、こんなもんかな」
みると、千島の周囲に草は見当たらなくなっていた。
いつの間にか話し込んでしまい日はオレンジ色に変化し、校庭で部活動をしていた生徒達も撤収作業を始めていた。
立ち上がった千島の声が上から降ってきた。
「あ、手紙の事内緒な。こっちもいろいろあるんだ」
「……? まぁ、誰かに言うつもりもないけど」
「ならよし」
「じゃあな」と、抜いた草が入ったゴミ袋をサンタクロースのように担いで千島はゴミ捨て場へ向かっていった。
荷物が荷物なだけあって魅力的には見えないが、妙にスタイリッシュな歩き姿を自然と目で追っていた。
その背中を見て、大事なことを思い出した。
監視員の話を取り消してもらうよう説得するのをすっかり忘れていたのだ。
交渉相手が居ないなら仕方ないので、1日だけ付き合ってあげる事にする。
まぁ、『勉強代』ということで。
翌日の昼。
物足りない食事もそこそこに再び2階東階段エリア。
昨日、任務を途中で放り投げてしまったせいで2日連続で戦場担当になってしまった。
ドタドタと激しめな足音が聞こえてくる。
我先に学食に向かって走る生徒を指差し、腕章を見せつけた。
「そこの男子、もっとスマートに歩きなさい! そんなんじゃモテないわよ!」
私は真剣な顔で堂々と生徒に言い放った。
指摘された生徒は不思議そうに私を眺め、速度を落とさず通過した。
通り過ぎる瞬間、フッと。
生徒は鼻で笑った――。




