3.5話 風紀委員ちゃんとクラス委員くん ①
************** Maki.Miyajima
ちっともお腹が満たされない昼休み。
授業終わりに、急ぎ大豆加工食品で空腹を補ったせいで抗議の声が内から届く。
苦手な勉学から一時的に開放された私は今、とある任務をこなしていた。
「ッコラ男子! 廊下を走るんじゃないわよ! 風紀委員の命令よ!」
今日の担当箇所は2階、東階段前エリア。
ここは私達にとって“重要地点”だ。
普段は利用者も少ない東階段だが、この時間は『戦場』に成り代わる。
目の前が学食入り口なのだ。
毎日、いち早く食事にありつきたい生徒達が平然と校則違反を犯す、いわば違反スポットだ。
『風紀委員 2-2 宮島真紀』
白ブレザーに筆字で書かれた黄色い腕章が今日も映える。
見せびらかすように校則違反者を指差しながら堂々たる声を響かせた。
だが。
違反者は速度を落とすどころか、私を見る素振りも見せず勢いよく通り過ぎた。
「ちょっ、ちょっと、聞いてるの!?」
なおも返答は無く、生徒は廊下をひた走り学食へと消えていった。
その次も、そのあとも。
何人もの生徒に「走るなーー!」と怒鳴ろうとも一切反応を見せず皆通り過ぎていった。
私は怒りから顔を真っ赤にして――なんてことにはならない。
ため息が漏れただけ。
いつものこと、かぁ……。
初めて風紀委員の雄姿を見たのは入学式だった。
どんな高校生活が待っているのかと胸躍らせて門をくぐった私の目に飛び込んできたのは、規律を取り締まる生徒だった。
真新しい制服を着崩して歩く生徒に対し、片っ端から指導していく凛々しい先輩達の姿に私は心を奪われてしまった。
風紀委員になるのは簡単だった。
どのクラスにも必ず1枠風紀委員の席があり、立候補者が居なければ無条件で無事当選となる。
私のクラスにも立候補する生徒は居らず、晴れて私は風紀委員となった。
以来、制服には黄色い腕章が2年装飾されている。
そこからが大変だった。
私の指導に誰も応じないのだ。
校内を走る生徒も、着崩した制服の生徒も、授業中ゲームに勤しむ生徒も、放課後いつまでも居座り続ける生徒も。
誰一人として改善しなかった。
指導しようとも改善されなければ、それは指導していないも同義だった。
それでも私は風紀委員であり続けた。
諦めかけていた私を救ってくれた友達がいるのだ。
先日、具合が悪いと聞いた時は驚いたけれど、今朝は元気に登校していたしもう大丈夫なのだろう。
学食から伝わる香ばしい匂いや、美味しそうにケーキを頬張る生徒の姿が腹の虫を刺激する。
お腹をさすりながら視線を階段に戻すと、上から格好の獲物が降りてきた。
来たっ……!
その姿で私の心は浮き立ち、ニマニマと口角が歪み始める。
何度注意しても一向に着崩した制服を直さない常習犯。
最近は髪までグレーに染めてむしろ悪化したともいえる。
上履きのかかとを潰して歩く生徒に私は指差し、ウキウキと弾む胸をなんとか隠しながら声を掛けた。
そう、この生徒だけは。
「こら千島政希! シャツのボタンは閉めなさいっていつも言ってるでしょ!?」
「……うるせえ」
私を無視せず答えてくれるのだ――。
2年1組クラス委員が放ったのはいつも通りの適当な相づち。
それでも私にとっては嬉しかった。
千島がこんな汚い声だったか疑問が生まれたが、今はスルーしておく。
「うるせーじゃないわよ。いくら暑くなってきたからってダメなものはダメなんだから!」
「はいはい……」
「『はい』は1回でいいのよ!」
「はーーい」
上機嫌になった私のことなど気にもせず、ぶっきらぼうな返答を続けた千島はそのまま通り過ぎた。
かと思ったらくるりと向きを変え、私に接近してきた。
千島が足を止めたのは目の前ギリギリだった。
「えっ……?」
突然のことに驚き心臓が加速する。
少し顎を上げれば、大切に守ってきた唇が奪われてしまうほど距離が近い。
空のように青い瞳で見つめられ、思わず身体が固まってしまう。
「な……なに、よ?」
手がゆっくり伸びてきた。
思考が高速で回転し、これは私にとって未知なシチュエーションだと気付いた段階で脳は止まった。
目を見開く事と血液の循環速度を上げる事しか出来ない。
「お前でいいや」
「……へ?」
瞬間。
ガッと左手首を掴まれた。
特に説明することもなく千島はそのまま私を引っ張り始めた。
「え!? ちょ、なに!?」
「いいから」
「いたい、いたいってば!」
「お前泳げるよな?」
「はぁぁあ!?」
ズカズカと進み階段を降りる千島と引かれる私。
その理由を一切説明ないまま千島は私に問いを投げてきた。
歩くペースが落ちることもなく、私はどんどん持ち場から離されてしまう。
「6月20日、土曜の9時から15時。予定を空けておけ」
「……はぃい?」
この男、適当にも程がある……。
ただでさえ加速していた鼓動が過熱し、今度こそ顔を真っ赤に染め上げた。
マンガで見た憧れのロマンティックなシチュエーションとはまるで違う。
任務中の私を無理矢理連れ出すなんて強引なやり方で。
千島は私を――デートに誘ったのだ。
「お願いだから説明くらいしなさいよ!」
「言ってるだろ。プールに行くんだよ」
「一言もプールなんて言ってないわよ!」
一向に力は緩まず、抵抗する私の力を物ともしないその様をみて、こいつも男なのだと再認識する。
千島は求めているのだ。
私の……水着姿を……。
「だ、ダメよ。風紀委員の私がそんな……」
「風紀委員は関係ないだろ」
「えっ、でも……」
このままでは押し切られてしまう。
でも。
何かが始まるキッカケなんて、そういうものなのかもしれない。
手を引く背中を見ながらそんな事を考えていた。
やがて千島は足を止めた。
職員室前。
こんな所に彼は何の用事があるというのか。
その疑問は扉が開いた瞬間に解決した。
「先生、プールの監視員確保しましたよ」
「お、宮島か。さんきゅー千島」
「……監視員、ですって……?」
騙された。
途端に熱はスッっと冷め、瞼は千島以上に細くなる。
この男は私をデートに誘ってなんかいない。
パンを頬張る佐々木先生の姿を見てそう確信した。
千島はクラス委員、先生の犬だ。
粗方、佐々木先生に頼まれて監視員役を探していたのだろう。
睨みつける私に対して千島は話した。
「当日は前もって8時に学校集合な。俺も行くから頼んだぞ」
「え、私行くなんて」
「じゃ」
それだけ言うと千島はスタートダッシュを綺麗に決め、どんどん背中は小さくなっていった。
「走るな馬鹿ぁあああ!!」
私の叫びを聞いてもなお、スピードはそのまま右手親指を立ててgoodサインを送るのみで、やがて姿は見えなくなった。
こうして半ば強引……じゃない。
強制的に私は監視員として1日働く事になってしまった。
廊下に呆然と立ち尽くす私だけが取り残され「うっそぉ……」というボヤきは誰の耳にも届かなかった。
私はこんな所で何をしているのだろう……。
「……いけないっ!」
任務の途中だったことを思い出した私は千島に続き慌てて廊下を走――。
……歩いて東階段へと戻り始めた。




