3話 友達師匠と馬鹿正直 ⑧
3限目が終わった。
教室に入った瞬間から大人しい竹林は相変わらず一切行動を示さない。
途中でトイレに行く事も無ければ、保健室へ逃げたりもしない。
ただじっと席に座ったままだった。
普段と違う。
そんな竹林を見て、クラスメイト達も徐々にその異変に気付き出したようだ。
今ではあちこちでコソコソと噂話が広まりつつあった。
単に「どうしたんだろう?」という疑問から「なにかあったのかな?」と心配する奴まで内容は様々。
それもそのはず。
あいつは初めて人形化を解いた状態で教室にいるのだから。
今までが異常だった。
自ら感情を制御した状態で登校していた。
そう真実を伝えて一体何人が信じるだろうか。
おそらく結果はゼロだ。
誰だって自分が知らないことを説明されても、素直に受け入れるには時間がかるものだ。
あとはお前次第、だな。
クラスメイト達がザワつきだした事もあってか、後ろと隣に座る2人にも焦りの色が見えだした。
ただひたすら待て。
そう命じて一度は納得したものの、理由を問い詰めにくるのも時間の問題だろう。
俺は1人窓の外を眺めつつ待っていた。
雲1つない空、とはいかないものの晴れた空と、デカい建物が無い代わりに高々と生える木々。
外の気温はどんなもんかと窓を少し開けてみれば、もわーんとした生暖かい空気が顔に纏わりついた。
緑のカーテンが揺れる様をのんびりと眺めていると、背中に痛みが走るわけでもなく、前方から声がした。
「ず、随分余裕そうじゃないですか政希さん?」
「まぁな」
俺の机に手をついて引きつった顔の友則に横目で返す。
片眉をピクピクと痙攣させるほどに友則に余裕は無いようだ。
「もうちょっとくらい、説明してくれてもいいんじゃないかい?」
「……狙い通りなんだよ。この状況」
「……へ?」
ここまで来ると、軽く説明しておかないと突発的な行動をしかねない。
余裕が無くなった人間はそれこそ異常な行動をするもんだ。
「俺や友則にもわかるように、あいつは今や人形化じゃない」
「それはそうだけど、全っ然動く気配がないよ?」
「構わない。あいつが人形化を解いた状態で教室に入った段階で、もう俺たちの勝ち確なんだよ」
「ぅん?????」
これ以上余計な行動をする必要は無い。
全てはあいつが決めることだ。
「だからただ待っているっていうのかい?」
「そうだ」
「……君は一体、何を待っているんだい?」
窓から視線を友則に移すと、ピクついた眉は正常に戻り、真剣な面持ちで俺の返答を待っていた。
隣席には焦りを抱きつつも、俺の言葉を信じて動かない万里。
一度深呼吸をしたのち、俺は答えた。
「準備だ」
友則はハッと目を見開き、俺よりも後方へ視線をずらした。
同時に。
遥か後方からガラガラと、イスを引く音がした。
誰かが、席を立った――。
『相手が好きな話をしろ。
それが解からないなら聞け。
友達師匠』
手紙にはそう書いた。
登校した竹林はこれを読んだ結果、人形化を解いた。
いや、解けてしまったのだ。
“感情が制御出来なくなってしまった”から。
『華ちゃん』というワードは“感情を制御出来なくなってしまう”ほど竹林にとって思い入れが深いものなのだろう。
同時に、思い入れの深いものなら何でも解除出来るということにも繋がる。
そんな竹林には、現在進行形で探し求めている情報がある。
『友達の作り方』だ。
足音が鳴り始めた。
友達を作る上で一番最初に引っ掛かる事。
“何の話をすればいいのか”。
そのやり方が記された手紙に思わず人形化が解けてしまったのだ。
だが、俺には懸念材料があった。
――あ、えっとね、『準備ができたら、私から話しかけるわ~』って言ってたよ。
万里が保健室で聞いた竹林の台詞。
ここで言う“準備”とは何か。
この“準備”が済んでいなければ万里が話しかけられないのと同様に、竹林は人形化を解いた状態で万里に会えない。
でなければ約束をした意味が無いからだ。
もし準備が済んでいなければ、竹林は下駄箱で人形化が解けた瞬間逃げ出すはずだ。
だが、そうはならなかった。
竹林は逃げ出さず、人間のまま教室にやってきた。
それは“準備”が既に完了しているという証明に繋がる。
足音が近づいてくる。
では、なぜ朝一で竹林は行動に移さなかったのか。
その答えは単純。
移せなかったのだ。
もう1つの“準備”が必要だったのだ。
『心の準備』だ。
欲しい情報は手に入った。
状況も申し分ない。
ただ1歩、踏み出す勇気が足りなかっただけだ。
その心情は俺もよく知っている。
そういう時こそ他人に邪魔をされるのが一番迷惑なのだ。
自分のタイミングで行動に移したいのだ。
だから2人には『待て』と命じた。
足音は大きくなる。
結局このまま何も出来ず1日が終わる可能性もあった。
だが、そうさせなかったのはクラスメイト達だ。
コソコソと声は聞こえずとも、視線から自分の話をしていることくらい察しが付く。
次第に悪化する未来も想像出来る。
この状況を打破する方法は1つだけだ。
動くしかない。
そして竹林はついに動いたのだ。俺に出来ることはここまでだ。
俺は嫌われているからな。
目の前で固まる友則と、緊張した面持ちの万里に目をやる。
大丈夫かよこいつら。
これから大変なのは俺よりもむしろこの2人なのだ。
今日はただのキッカケだが、これから竹林がどんな人間なのか知っていく事になる。
間違いなく竹林は普通の人生なんて送ってきていない。
出てくる情報はドス暗く、とてつもなく重い。
その全てを受け止める事を選んだ2人の道が楽な訳がない。
足音はすぐ後ろで止まった。
「ね、ねぇ……万里」
呼ばれた万里は振り返る。
いつ訪れるか解からない日を待っていた万里にとって、この2日は俺たちの何倍も長く感じていただろう。
潤いを貯めた目は真っ直ぐ深紅の瞳を見つめる。
溢れ出しそうな感情をグッと堪えたまま、万里は続きを待っていた。
前方で固まる友則は、なおも固まったまま竹林を見つめていた。
見惚れていた。と言う方が正しいかもしれない。
俺が見た睨みつける竹林。
友則が目撃した挙動不審な竹林。
万里が体験した泣きじゃくる竹林。
今回は、どれにも当てはまらない。
頬は瞳のように紅く、恥じらいつつも1歩踏み出した勇気ある少女の姿。
チラッと覗くつもりが、思わず見惚れてしまうほど、
美しかった。
「万里の……好きな食べ物って……なに?」
問われた万里は笑みを浮かべて答える。
「わたしはね、パンが大好きだよ」
「そう……ありがとう」
それだけ言うと竹林はクルっと反転し、自席に向かって歩きだした。
その背に向かって万里は問う。
「華ちゃん。もう、いいんだよ……ね?」
その問いに竹林は足を止めた。
振り返り小さく、それでもハッキリと。
首を縦に振ってみせた。
今の竹林にはきっとこれが精一杯だったのだろう。
慣れない事をしようとすれば大抵、思い通りに身体は動いてくれないのだ。
そんな状況を万里も理解しているようで、竹林の動作に対して短く気持ちを伝えた。
「うれしい……!」
チャイムがなり授業が再開された。
教師が唱える催眠術になんとか耐えつつ、俺は机の下に視線をずらした。
普段真面目に授業を受けている俺だ。たまには許されるだろう。
俺はスマホを開き、次手を打った。
まさきんぐ:昼は雑務で屋上には行けん。
まさきんぐ:飯は2人、もしくは3人で食ってくれ。
それだけ送ってポケットに忍ばせた。
直後、ずっと振動し続けるスマホは全て無視した。
大方、誰かがスタンプ連打でもしてるんだろう。
横目で解かるほど緊張した面持ちの隣人に、心の中でエールを送った。
がんばれよ。
挿絵イラスト:時雨jun様




