3話 友達師匠と馬鹿正直 ⑦
――影鳥高校 昇降口――
朝。
寝不足な顔を鍵開け担当の教師に校門で2度見された。
こっちにもいろいろあるんだよ。
アラームは無事に役目を果たしたし、雨が降って原稿が死ぬなんて事故も起こらず晴れ晴れとした通学路を難なく通い此処まできた。
楽な道のりではあったが、ここからがマジでキツい。
どうしたもんか……。
手紙をどうやって竹林に渡すか考えていなかった。
直接渡せば俺の顔面は変形するし、誰かに頼めばそれはそれで変な噂が流れかねない。
俺が竹林に手紙を渡す理由を知らない人間たちからすれば、男が女に手紙を渡すなんてラブレターにしか見えないのだ。
事実と相反する事を流されでもしてみろ。
入院は確実だろうな。
ん……そうか、ラブレターか。
目の前に広がる下駄箱に視線が移る。
古来よりラブレターの窓口と相場が決まっているソレは本校でも都合よく扉が付いており、中を覗き見ることは出来ない作りだ。
コソコソと近づき左右を見渡す。
時間も時間なだけあって周りには人の姿は見えない。
カバンから原稿を取り出すと、手の震えに気が付いた。
これはラブレターじゃない、これはラブレターじゃない……!
大人になった経験はあってもラブレターなんて渡した経験は一切ない。
罰ゲームでもなく自らの意思でこれを送る事実から、心臓の鼓動が加速する。
標的である真新しいシールが貼れらた扉に手を伸ばす。
震えと汗として具現化した俺の焦りをぐっと堪え、扉を一気に開けた。
今だ……!
手紙を押し込んですぐ閉じる。
肩で息をしながら「はぁ……」とため息を漏らした。
どっと押し寄せた疲労感から、その場に倒れこみたかったが、そんな現場見られる訳にはいかなかったので行動には移さない。
それに俺はまだローファーのままだ。
自分の名が入った下駄箱を開け上履きを出した瞬間、
「おぉ、今日は早えーじゃん。おはよう千島」
「……今日は早く起きたんで。おはようございます先生」
危なかった。
間一髪、仕事を終わらせた俺に声を掛けてきたのは担任教師だった。
生徒はもちろんこの時間には登校してこないが、職員たちの出勤は早いのだ。
職員専用の下駄箱は別に用意されているからこっちに来る必要はないはずなんだが……。
「さっき車で出勤したらお前が校門前で待ってるのを見かけてなぁ。ついにやる気でもだしたのか?」
「そんなんじゃないですよ……。それより先生、なにか用事ですか?」
「ああ。今日は朝から忙しいぞ。バリバリ働いてもらうからな」
「はぁ……」
どうせそんなことだろうと思っていたさ。
この教師が俺に話しかけるなんて雑務についてでしかない。
バリバリ働いたところで1銭も懐に入らないことを嘆きつつ、俺は職員室へ向かった。
「朝はまずこれと……あとこれ配っとけ。こっちは昼まででいいや。で、放課後はこっちな」
渡されたプリントの束が2つと指示書に記載がある項目が2点。計4点。
全教科テスト範囲表。テスト期間短縮授業のお知らせ。
これを朝のうちに配布すること。
それから昼までに市民プールの助っ人監視員を1人確保。
放課後は校庭の草むしり。
やってらんねぇ。
印刷日時を見る限り、どれもこれも数日前に刷られたものだ。
この女、ギリギリまで貯めていたのか、単に忘れていたのか知らんが、動かされる身にもなってほしい。
むしろ、それでも動く俺に対して感謝の言葉くらいかけてもいいのに。
職員室備え付きのコーヒーを飲みつつ「じゃ、よろしくー」と締めやがった。
普段の目力プラス寝不足のコンボ技で25パーセントほどしか開かない目で睨みつつ、出口を目指す。
「あ、まて千島」
「なんでしょう」
「……お前声どうした?」
尋ねた理由は心配したからでもなく、面白半分だろう。
普段の俺だったら適当に流していたが、慣れない事の連続でストレスが溜まっているんだ。
お言葉通りバリバリ働くんだ。
たまにはストレス解消に役立ってもらってもいいだろう。
「うるせえ」
「なっ……!」
迷いなく飛んできた竹刀を回避し、二の矢が来る前に俺は職員室をあとにした。
教室でプリントを配り終えた俺は机に突っ伏した。
残る雑務はどうにでもなるし、嫌われている俺が出来る事はもう残っていないのだ。
となれば睡眠不足を補わねばなるまい。
そっと瞼を閉じてチャイムが鳴るのを待とうとしたら、背中にチクリと痛みが走った。
見ればニヤニヤがシャーペン片手に俺を覗いていた。
こいつのシャーペンで人を呼ぶ癖はいずれ矯正させねばなるまい。
「おはよう政希。昨日はよく眠れたみたいだね」
「……うっせぇ。あと地味にいてぇからそれやめろ」
朝一で皮肉を言えるのはこの男くらいなもんだ。
まだ生徒が登校してこない時間に居るということは、友則も友則で居ても立っても居られずいつもより早めに登校したんだろう。
現に、カバンだけ置くとすぐ俺に詰め寄ってきた。
「なぁなぁ、手紙にはなんて書いたんだい?」
「さぁな。覚えてない」
「もったいぶっらないでよ!」
「そのうちわかる」
「っだー頼むよ。気になって昨日は全然眠れなかったんだよ」
少しでもその苦しみを長く味わってもらうとしよう。
「寝る」
「ちょっと政希ってば!」
再び目を閉じ机に身体を委ねた。
何度ゆすられようとも絶対に起こしてなるものか。
俺は眠いんだ。
この眠気は寝なければ無くならない。
もしくは吹き飛ばすようなデカい衝撃がなければ。
――バンッ!!
建物自体が歪んだんじゃないかと思うほどデカい音が俺の耳を襲う。
危機感を覚えた俺の身体は飛び起きた。
見ると入り口からちんちくりんがこちらを見ていた。
「おっはよーごっざいまぁす!」
お前もか。
お前も俺の邪魔をするのか。
「おはよう万里。すごいね二日連続でホームルーム前登校なんて」
「わたしこれでも学生ですからねっ!」
エッヘンと無い胸を張る万里。
日に日に凹んでいく戸には全く関心ないようで、真っ直ぐ俺たちの方へやってくる。
いつも振り撒いている笑顔のまま俺の鼻先まで詰め寄り、
「マッキー。なにが……無いだって?」
「…………なんでもありません」
「よろしいっ」
「よいしょっと」と言いながらカバンを置く後ろ姿に寒気すら覚えた。
とはいえ。
こいつもこの時間に登校するあたり、気になって仕方ない様子。
だが、変に情報を与えたせいでイレギュラーな行動に出られる方が俺的にはマズい。
2人には悪いがこのまま待ってもらうとしよう。
ホームルームが開始される2分前。
待っていた出来事が起きた。
どっかのバカよりよっぽど力持ちなくせに静かに扉を開け、竹林は教室に入ってきた。
やはり見た目のせいか、クラスメイト達から挨拶が飛ぶ。
いつもならどこぞのお嬢様らしく「おはようございます」と気品漂う感じで返すはずの返答を、固唾を飲んで待った。
その一言で全てが決まるからだ。
「…………おはよう」
気品も無ければ声量も無い。
そんな声をボソっと呟いた竹林はトコトコとそのまま席に着いた。
その姿はいつもの竹林とはまるで別人だった。
――勝った。
どうやら俺の読みは当たっていたらしい。
心の中でガッツポーズをすると、背中から何度もチクチク刺された。
友則も竹林の変化に気付いたらしく、俺にアピールをしてくる。
いてえ。
万里もこの瞬間を待っていたようで、驚きの表情で突っ立っている。
ピクリとも動かず固まっている万里に「とりあえず座れ」とだけ声を掛けた。
「友則、万里。今日はただひたすら待て」
「待つ……」
「な、なにを待てば……?」
「いいから待て」
余計な事は伝えず、それだけの指示を飛ばした。
それからホームルームに入り、1限目2限目と続く。
竹林は席に座ったまま、1歩も動かない――。




