3話 友達師匠と馬鹿正直 ③.5
本屋で本を眺める男が2人。
ごく普通な光景だが、俺も友則も言葉が出てこなくなるほどに思考は停止していた。
そんな破壊力のあった本『友達の作り方 ~入門編~』。
仕事放棄した脳の原因は本の内容ではなく、その本を欲する人物との接点が全く思いつかなかったからであろう。
あの暴力女……何を考えている……?
つい先刻、俺は竹林に接触し、失神した。
一部始終を記憶する俺から見た別人竹林は、とてもじゃないが友達募集中なんて思えないほど拒絶の連続だった。
そりゃもう、俺自身深く考える事を拒むくらいには。
「竹林さんあれだけ人当りもいいのに、こんな本要らないと思うんだけどなぁ?」
竹林が求めていた本を友則は手に取り、ぱらぱらとページを捲り始めた。
どうやら友則にとって竹林は“人当りがいい人”らしい。
直接見たことはないが、何度か人形化竹林と会話もしている友則からすれば、それが普通なんだろうな。
とはいえ、友則も別人竹林と接点を持ったのは今さっきの出来事が初めてだろう。
戸惑うのも無理はない。
俺にとっては“人当りが激しい人”だが。
「政希どう思う? 誰かへのプレゼントとかかな?」
「いや、これをプレゼントされる側の心情を考えるとあり得んだろ……」
「あぁ……それもそうだね……」
もしも誕生日プレゼントが『友達の作り方 ~入門編~』だったら。
考えただけで反吐が出る。
どんな間柄であったとしても余計なお世話でしかない。
あだ名の件で『センスに難あり』と俺に評価された竹林だが、さすがにそこまでヤバい奴ではあってほしくない。
プレゼント説は否定して問題ないだろう。
とすれば、用途は1つだ。
「自分用だろうな。友達が欲しいんだろ」
「んー、そうなのかなぁー?」
序文を読み終えた友則は第1章の黙読に入った。
本の内容のせいなのか、自分用に購入説のせいなのか。
首を傾げ眉間にシワを寄せながら読み進めている。
「イメージが結びつかないんだよねぇ。竹林さんとこの本って」
「同感だな」
万里に見せた泣きじゃくる少女。
俺が体験した怪力女。
友則が目撃した躊躇する女子。
この全てが同一人物だと言われてすんなり納得する方がおかしい。
何か共通点でもあるのだろうか……?
竹林が人形化であると見抜いた俺たちだが、別人竹林についてはサッパリだ。
また3人の体験した事を繋げば何か見えてくるのだろうか……。
その時俺は、今後のプランを変えるのだろうか。
不明瞭な点は多いが、幸いにも俺自身が今後どうしたいのか。
それだけは明確に見えていた。
踏ん切りがつかないのは事実だが……。
顎に手を当てて思考を巡らせていると、横から「うげぇ、これは買わなくて正解かもね」と声がした。
「どうした?」
「入門編ってことは最初も最初でしょ? それにしては不親切というか、この本を欲しい人達のこと理解してないっていうか……」
「見せてみろ」
1.目を見て話そう!
2.挨拶はハキハキ元気よく!
3.ジェスチャーを付けよう!
目次を見た段階で本を友則に返した。
著者には申し訳ないが、これ以上読み進める気にはならなかった。
「もう十分だ」
「だよね……。大事なポイントは抑えてるんだけど、初めの1歩が抜けてるんだよねぇこの本」
「“何の話をしたらいいのか”か。」
「そう。僕もそうだったように。政希もわかるだろ……?」
「ああ。よく知っている」
あの居た堪れない感覚。
仲良くなりたくてもいざとなると何の話をしたらいいのか解らず、口から何も出ずに生まれる無音。
数式のように絶対不変の回答が用意されている訳でもなく、何でもいいから話せばいい。
ただそれだけの事。
その“何でも”が出てこねぇんだよ。
張り詰めた空気に耐えかねて逃げ出したくなった記憶。
それが不正解であることは理解していた。
だが、誰も教えてくれない正解なんて俺たちに解かるはずもなかった。
俺たちはよく覚えている。
「懐かしいよね。今となっては笑い話だけど」
「あいつに救われた日か」
木下万里。
嘘を見抜くと恐れられていた俺と、話してもいない情報を知っていると気味悪がられていた友則。
この2人が浮いた存在になるのは必然だった。
浮いた2人と共通の知り合いとして、俺たちを引き合わせたのが万里だった。
無言のまま立ち尽くす俺たちを見かねた万里の仲裁で、俺と友則はなんとか友人となった。
だから俺たちは知っているのだ。
最初の1歩がどれだけ苦痛な事なのか、身をもって体験している。
その解決策が載っていないのにサブタイトルが入門編なのだ。
俺たちから言わせてもらえば、これは入門編の後に続く基礎編だ。
「万里が居なかったら僕ら、今頃どうなってたんだろうね」
「さぁな。っと、噂をすれば……」
スマホが振動したので見てみれば、やたら名前の長い奴から通知が1件。
夜の通話は可能だそうだ。
無事、今日のうちに今後の話が出来そうで何より。
すっかり隣の奴にスケジュールを確認し忘れていたが、まぁ大丈夫だろう。
友則のスマホも振動したらしく「んげ!」と青ざめた顔をしている。
まぁ大丈夫だろう。
「母さん、ブチ切れてるっぽい……」
「……それはマズいな」
画面には『ご飯出来たわよ』のテキストと共にドッグフードが皿に盛られた画像。
友則の母親とは何度か会った事があるが、あの人は常に本気だ。
散歩に出たきり帰ってこない息子にお怒りなのだろう。
こいつ殺されるかもしれん。
「こうしちゃいられない。ごめん政希、僕帰らないと!」
「あぁ待て。友則、今日の夜は空いてるか?」
「ん? 空いてるよ。例の話するのかい?」
「そうだ」
本を棚に戻しつつお得意のニヤニヤを見せた友則は「楽しみにしてるよ」とだけ言い、出口へ向かった。
俺も続けて外に出ると、手すりに繋がれた犬が飼い主の迎えを待っていたようでキャンキャン鳴いていた。
残念ながら犬は逃げ出さなかったらしい。
「じゃあね政希、また後で!」
「ああ、また後でな」
「キャンキャン!」
街頭に照らされた商店街を進む。
たこ焼き屋にラーメン屋、両サイドいたるところから旨そうな臭いが俺の鼻を刺激する。
マンションまで歩きつつ晩飯をどうするか悩んでいると、別れたはずの声がした。
「待って政希ー!」
「ん? どうした友則。早く帰らないとお前死ぬぞ」
「それはそうなんだけど、どうしても聞きたいことがあって……」
体力無いくせに走って追いかけてきたようで、肩で息をする友則。
息を整えてからマジマジと俺を見つめ、
「あの本屋で大人になる場合、死角になるって……どうして政希は知ってたんだい?」
アホだ。
死と引き換えにしてまで気になる事がそれか。
いや、たぶん死にはしないだろうが……。
知識欲溢れる少年に向かって、俺は腕組みをしつつ堂々と答えた。
「大人だからだ」
次回
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19時更新ですー!
おたのしみに!




