3話 友達師匠と馬鹿正直 ②
――商店街――
夕日が差し込む商店街を、僕はマイケルと共に歩く。
万里と別れた帰宅後、ここ数日は雨で散歩に行けなかったマイケルを連れ出したのだ。
ウキウキは人の行動力を上げると聞くけれど、どうやら本当みたいだね。
「キャンキャン!」
「お、どうしたのマイケル。今日はそっちの道に行きたいのかい?」
「キャーン!」
「よし、いいよ! 今日は遠回りコースだ!」
たまにはいいよね、こういうのも。
嬉しそうに尻尾を振るマイケルを見ながら余韻に浸っていた。
いつもの散歩では通らない、本屋さんの前を通ったのはその時だった。
「ごめんマイケル。ちょっとストップ」
「キャン?」
ガラス貼りの入り口から店内はよく見えた。
古びた外見に、いつもガラガラな店内からは閉店セール秒読みであることが伝わってくる。
でも、その店内に見知った人がいた。
あれ、竹林さんだ。どうしてこんなところに?
ここじゃなくて、駅前にある大きな本屋の方が品ぞろえだっていいはずなのに。
不思議に思ったのは、竹林さんが古びた本屋に居る事だけではなかった。
様子がおかしい。
知ってる竹林さんじゃない。
焦って……いる……?
周りをキョロキョロと何度も確認する顔は、彼女特有の肌白さなんてなく、瞳のように赤かった。
焦り、というより……恥ずかしい?
いつもの竹林さんとはまるで違う。
表情は、初日に見せた笑顔、走り去る苦悶に満ちた顔ともかけ離れている。
それでも、近い何かを感じた。
この感覚は……。
別人竹林さん……?
もちろん、“よく似た人”という意味ではない。
間違いなく竹林さんと同一人物だが、中身が違う。
僕が別人と感じるということは、きっと人形化を解いた竹林さんだ。
驚いた。こんなところで彼女に会うなんて。
でも、驚きは1つではなかった。
さっきから本棚に向けて手を前に出したり、引っ込めたり。
そして再び周りを見渡している。
……あれ、この光景知ってるかも。
3年くらい前。
僕と政希でジャンケンをして、負けた方がとある本を買い、大人になる。
そんな勝負をした。
負けた政希は偶然にも、今の竹林さんと同じ行動をしていた。
顔を赤らめ、キョロキョロ見渡し、本を取ろうと手を前に。
羞恥心が勝り、手を引っ込める。この繰り返し。
デジャヴ。
……僕は今、とんでもない秘密を知ってしまったのかもしれない。
しばらく見守っていると、大人林さんは結局諦めて、逃げるように本屋を後にした。
僕は物陰に隠れ、キャンキャン鳴くマイケルをヨシヨシしてその場をしのいだ。
今、彼女に話しかけるのは絶対にダメだろう……。
とんでもない秘密を目撃してしまったのかもしれない。
昔から、見たくもない、知りたくもない事を知ってしまう機会は多々あった。
ま、まぁ……女性もいろいろあるよね……。
今回の1シーンは、僕に新たなトラウマを植え付けた。
スマホが振動したのはこのタイミングだった。
着信。
相手は待ちに待った奴からだった。
今かぁ……。正直、聞く気分じゃないなぁ……。
さっきまで上機嫌だったはずなんだけどな。
ゲンナリは人の行動力を下げると聞くけれど、どうやら本当みたいだね。
まぁ、背中を押した身としては、聞かない訳にもいかないだろう。
ゲッソリした表情で、僕は電話に出た。
「や、やぁ政希さん」
『友則……今どこだ?』
「えっと商店街だけど……政希だよね?」
『ああ』
電話の相手が政希であるか疑うほど、政希の声はヘンだった。
夜通しカラオケではしゃいだ万里が次の日、こんな感じのガラガラ声だったな……。
「声がなんだかおかしいけど、どうしたの?」
『そっちは後だ。詳しくは万里含めて3人で話す』
「ん? うん」
報告を聞く気分ではなかったけれど、もったいぶられるのは話が違う。
すごく気になる……。
万里含めて3人で話すということは、きっと政希は動いたのだろう。
それくらいは確かめてもいいよね。
「竹林さんと話したのかい?」
『そうだ』
ガラガラとしつつも堂々たる受け答えだった。
政希は突き止めたのだ。
背を押した成果はあったようで何より。
げっそりした顔にもすこし元気が戻ってきた。
『で、友則。商店街で何をしてるんだ?』
「え? えっと、散歩だよ。マイケルの散歩に来てるんだ」
『……それだけか?』
「……もちろん。それだけそれだけ!」
結果だけ言えば、それだけではなくなってしまったんだけどね……。
大人林さんの話は……内緒にした方がいいだろう。
誰にでも知られたくないことはあるはずだ。
『……電話越しだと、さすがに震えはしないな……。」
「な、何の話?」
『誰かさんが嘘ついてるんじゃないかって話だ』
「んげ」
『なにか見たな。竹林関連か?』
「ななななな」
これ……とってもマズい気がする。
駄目なんだ。この話は……『大人林さん』は絶対に漏らしたらいけない秘密なんだ!
引いてくれ政希……!
いつもみたいに短めに「まぁ、いい」とか言って引いてくれ……!
『まぁ、いい』
「……!」
引いた……!
助かった!
守った、守ったよ大人林さん!
知ってしまった人間の勤めだ。僕は生涯この話を守り通すと誓うよ!
「直接問いただす」
『直接問いただす』
「――ッ!」
後ろから、コンマ2秒遅れて同じ声が右耳から聞こえてきた。
恐る恐る振り返ると、男が1人、僕を見下ろしていた。
……終わった。
「まッ、政希さん……ご機嫌、麗しゅう……?」
「言え」
裏返った僕の声にツッコミも入れず、要件だけ端的に伝える政希。
圧がとんでもない。目力だけで押しつぶされそうだ。
思わず目線を反らす。
「僕は何も見てないよ……?」
「震えたぞ」
「……何も知らないよ」
「わざとやってんのか」
どうしよう。
この人全然逃がす気が無い。
あぁ、急にマイケルが走り出して「マッテーマイケルー」とか言いつつ逃げられないかなぁ……。
脳内では体力の無さを度外視した計画が立案され、お偉いさん達が決議中。
これ以上逃走案を考えることは時間の無駄みたいだ。
逃げるのは不可能だろう。
ならば、別のアプローチで……!
「知らない方がいい事もあるとおもうよ……?」
「いいから話せ」
言語道断。問答無用。
そんな4字熟語がプリントされたTシャツを、今度政希にプレゼントしようと思った。
降参だ。
「竹林さん……大人目指してるみたい」
「……? あぁ、なるほど」
あああぁあぁぁああ。
言ってしまった。
こんなやんわりな比喩表現でも、共に大人を目指していた僕と政希なら伝わるだろう。
伝わってしまうだろう。
……こうなったからには政希にも罪を被ってもらおう……!
「いいか政希、知ったからには生涯絶対漏らすなよ! 絶対なんだからな!」
「うるせーよ」
「うるせーじゃないよ!」
「いいから聞け」
「……うん?」
何としても口封じをしなければならない僕を差し置いて、政希は「こっちは万里交える前に、2人で解決しないとな」と呟く。
解決も何もないだろう。
このことは忘れるしかないのだ。
そう思っているのは僕だけのようで、政希は立案してきた。
「友則、俺とじゃんけんをしろ」
「……え?」
「負けた方が大人になれ」
「え!?」
政希は実に腹立たしいニヤニヤ顔で僕に提案した。
驚く僕をスルーして目的を話す。
「あいつの無実を証明してやるよ」




