2話 初めての会話 ⑦
――影鳥高校 教室――
その日の放課後。
授業が終わり、生徒たちは帰宅なり部活動なり、各々準備を始めた。
この時を待っていた。
誰かと一緒に帰るなど、そんなリスクのある行動を竹林はしないだろう。
必ず竹林は1人で帰る。そのタイミングで話しかければいい。
……は!?
最後尾の席をみると、既に竹林の姿は無かった。
嘘だろ、いつの間に消えた!?
俺は急ぎ昇降口まで走った。
昇降口に着いた時、肩は上下に揺れ、口からぜぇぜぇと乱れた呼吸音がしていた。
途中、周りを見ながら来たが、竹林の姿はどこにもなかった。
改めて周囲を見渡すが近くに人影はない。
誰も居ないなら、丁度いいか……。
無人のうちに確かめておかなければならない。
誰も見てないよな……?
変な趣味と思われないように念のため、だ。
恐る恐る、『竹林華』と真新しいシールが貼ってある下駄箱を開けた。
ローファーが入っていると確認してすぐ閉じる。
まだ、校内には居るんだな。
なら、あいつが来るまで待てばいい。
息を整えつつ、俺は竹林の到着を待つことにした。
ここからが長かった。
万里や友則を筆頭に、続々々々と帰宅する生徒たちを見送りながら、竹林を待ち続けた。
放課後に入ってから既に、1時間は経過している。
部活動がない連中はとっくに学校を去り、校庭からは部活動が始まったのか、活力あふれる声が聞こえてくる。
今このタイミングで昇降口を通るなんて妙な奴もおらず、しばらく無人の時間が続いていた。
竹林を呼び出すべきであったと一瞬思ったが、おそらくそれは無駄だろう。
嫌われている奴からの呼び出しに、あいつが応じるとは思えなかった。
どちらにせよ、帰宅時には必ずここを通る。
逃がすつもりも、逃げるつもりもない。
必ず確かめてやる。
……だが、全っっ然こねえ。
たった1つ、質問したら終わるんだがな。
実に簡単な話で、竹林が来たら「お前は俺を嫌っているか?」と聞けば済む。
答えなんてどっちでもいい。
YESだろうがNOだろうが。本当だろうが嘘だろうが。
答えさえすれば、それでいい。
俺にはそれだけで真意が解る。
でも、いつまで待てばいいんだろうな。
ただ立っているだけというのもキツい。足がいてえ。
探しに行った方がいいかと悩んでいると、昇降口真横にある職員室の扉がガラッと開いた。
待機時間の終わりは、突然やってきた。
窓から差し込む斜陽はスポットライトのように、長い黒髪を照らす。
良くも悪くも目立つ髪の長さ。見間違えたりしない。
竹林華だ。
お前、そんな近くに居たのかよ……!
扉を閉めた生徒は俺の焦る顔を見ることなく、昇降口へ向かって歩く。
輪ゴム鉄砲の射程圏内くらいの距離が縮み始めた。
今だ。動け……!
待ち続けて疲労が溜まっているのか、これから俺がする事を思ってなのか。
1歩1歩昇降口へ歩く竹林に向かって、俺の足は動いてくれなかった。
べつに怖じ気づいた訳ではない。少し緊張しているだけだ。
そうに違いない。
俺を嫌っているヤツに話しかけるなんて、普通は避ける行為だからな。
当然だ……。
言い訳ばかりが頭の中を高速で駆け巡る。
いや、違う。
俺は、ヘタレじゃねえ……!
奥歯を嚙みしめながら1歩、前に出る。
そこで再び足は止まった。
言い訳を考えている間に距離は縮まり、竹林は目の前を通過しようとしていた。
マズい……話しかけなければ!
焦りで身体中から吹き出す汗を感じた瞬間、
「ごきげんよう」
…………は?
驚きのあまり、俺の目が丸くなる。
先に口を開いたのは竹林からだった。
こいつが自ら話しかけるなんて事、今まであったか……?
いや、こいつは出来ないはずだ。
無視出来ないはずの疑問だが、頭を支配する事は無かった。
脳が震えたからな。
「なぜ、嘘をつく……?」
脳の震えをキッカケに、ようやく俺は言葉を発した。
緊張しきった口から出たのは、必要最低限の言語のみだった。
それでも意図は伝わったんだろう。
俺の前を通り過ぎ、昇降口へ向かっていた竹林は、歩みを止めた。
ゆっくりと振り返る竹林。
俺の心臓が加速し出したのは、これが竹林との“初めての会話”だからではない。
こいつの言動のせいだ。
「あぁ、なるほどね。貴方も≪センジマ≫だものね」
振り返りながら発したその声は、俺の想像出来る反中を超えていた。
センジマ? なんだそれは。
俺の苗字が千島だからセンジマなのか?
なぜそんな呼び方を? 一種のあだ名のつもりなのか?
センス大丈夫かよ。
まあ、いい。ここは合わせてやる。
……おれがセンジマならば。
「それがどうした、チクリン」
次の瞬間――背中と頭に痛みが走った。
い゛っ、てぇ……!
壁から聞こえたガンッという鈍い音で、自分が壁に押しつけられたと理解する。
反射で閉じた目を開く。
目の前で竹林が俺の胸ぐらを掴んでいた。
「おま……なん、つう……」
「喋る余裕なんて与えたつもり無いのだけれど?」
冷徹な声と共に、竹林は胸ぐらを掴んだ拳をさらに押した。
拳は首を圧迫し――口から声にならない音が出る。
呼吸も覚束ないほどの圧に慌てて抵抗するも、か細い腕は微動だにしない。
なんだ、この馬鹿力……!
「暴れないで。このまま消すわよ」
「ちょ、ちょっとまて!」
消すってなんだよ!
それにさっきから口調が知ってる竹林と全然違う。
口調が変わったという事、それが示す意味を俺は知っている。
こいつは、ドールじゃない……!
いつ、どのタイミングで解いた……!?
俺は『華ちゃん』なんて言ってねぇぞ。
それに、万里が見た泣きじゃくる竹林と同一人物とは全く思えない。
だが、ここで怖じ気づく訳にはいかない……!
首を絞めつつ睨む竹林を、俺は睨み返した。
苦しくとも、見苦しくとも、あくまで強気に俺は聞く。
「俺の質問に答え、ろよ。なぜお前は嘘をつく?」
俺の声が聞こえていないのかと思うほど、睨んだ表情はピクリとも動かない。
こいつ、何考えてやがる……!
「……なんだ。お前、まだ半端者なのね」
呼吸が覚束ない俺に対し、いちいち意図が読めない言葉が飛んでくる。
嘘の挨拶、変なあだ名、消す発言に続けて半端者だと?
何1つ理解できねぇ……!
「まぁいいわ。教えてあげる」
腕の力を緩めることもなく竹林は告げた。
そして、本来の目的は達成された。
「――私はお前を嫌っているからよ」
脳が震えなかった事実は、飛びそうな意識でも忘れる事は無いだろう。
首を絞めつけ、相手を睨み、殺意すら感じるその言葉。
まさしく、ホンモノだ……。
何故、という言葉を返したかったが、俺の身体には吐き出す空気なんて残っていなかった。
もがく力も入らず、どうして未だ立っているのか不思議なくらいだ。
朦朧とする中、追い打ちをかけるように、さらに竹林は俺に問う。
その問いは、絶対に来るはずの無い問いだった。
「どう? お前の脳は震えたかしら?」
視界が暗転し、俺の身体が床に捨てられる直前。
竹林華は最後にもう1つ疑問を俺に与えた。
お前、何故それを……。
こいつは俺の能力を知っている――。




