2話 初めての会話 ③.5
――影鳥高校 2年1組教室――
「……保健室?」
さっちんの話では、ほんの数分前、華ちゃんは保健室に向かったそうだ。
一足遅かった。
「うん、昨日も華ちゃん早退したでしょ? まだ具合悪いみたい」
違うよ、体調なんて悪くないんだよ。
華ちゃんは再び逃げてしまった。
“様子を見よう”なんて言ってる場合じゃなかった……。
ドタドタと足音を立てて2人の男子が遅れて教室に着いた。
ごめん、わたし結構足速いんだ。
「万里……どう、だった?」
「だめだ、僕もう走れないよ……」
置き去りにしたのは数多の友人たちの声だけではなかった。
この2人もそう。ごめんね。
わたしは首を横に振った。
「華ちゃん保健室だって。具合悪いみたい」
さっちんから聞いたことをそのまま2人に伝える。
2人の顔が青ざめたのは、酸欠からではないと思う。
わかるかな? わたしの言った意味。
さっちんは2人に質問する。
「千島くんと桜井くんも華ちゃんのこと探してたの?」
マッキーの推測は片方当たっていた。
華ちゃんは今のところ対策なんてしていない。
だから、さっちんの「華ちゃん」というトリガーに反応を示した。
「あれ、松岡さんって竹林さんの事、華ちゃんなんて呼んでたっけ?」
「ううん、さっきお昼一緒に食べててね、呼び方変えてみたの!」
さっちんはモジモジしながら続けた。
「私も万里みたいに……華ちゃんと距離詰めてみようかなって」
悪気なんてこれっぽっちも無い。
さっちんはさっちんで、勇気を出して言ってみたんだね。
たぶん、その時華ちゃんは嫌がりなんてしなかったのだろう。
だからさっちんは、そんな顔してるんでしょう?
そんなに嬉しそうな顔されたら、さっちんを責めるなんて出来ないよ……。
予鈴が鳴った。
もうすぐ5時限目が始まる。
「……おーっと、いけない。忘れ物をしてしまったぜぃっ!」
このまま、授業を受ける……?
絶対ムリ。わたしは早足で教室を出る。
今更遅いのかもしれないけれど……。
わたしには行かなきゃいけない場所がある――。
廊下をまっすぐ歩く。足取りは重い。
今回ばかりは……自信ないなぁ……。
直感……効かないかもしれないんだよ……?
3クラス分くらい歩いて私は足を止めた。
理由は「待てよ嘘つき」なんて呼び方をされたから。
……マッキーのバカ。
「忘れ物って、これか?」
手に持っているのは、わたしがお昼用に持ってきた袋詰めのパンたちだった。
……そういえば、パンの事忘れてた。
屋上から走る時、一緒に持って来てくれてたんだね。
ありがとう、でも違うんだ。
「話すばっかりで一口も食ってなかっただろ。餓死するぞ」
「いやぁ、まぁパンもそうなんだけどね」
わたしには空腹より、大事な事もあるんだよ。
「いいから持ってけ。行くんだろ? 保健室」
あれれ。
「……ばれた?」
無理矢理わたしの手に袋を握らせたマッキーは「バレバレだ」と言った。
ん? あれって……。
マッキーの後方、教室の前にはトモくんの姿があった。
「万里は体調不良につき保健室で休むそうだ。教室ではそういう事になっている」
続けて「どっかのお調子者がそんなこと噂してるぞ」とマッキーは言う。
教室前からお調子者さんは、両手でOKマークを作ってニヤニヤをわたしに飛ばしている。
……トモくんのバカ。
ほんっともう……仕事が早いなぁ……。
目頭が熱くなり、前が少しボヤける。
「あのな、万里。昨日言えなかった事話してくれて……ありがとな」
えっ?
「……嬉しかったぞ。俺も友則も」
マッキーの照れ姿なんて、いつ振りだろう。
なんだか、すごく懐かしい。
――俺も木下みたいに、“力があってよかった”って思えるようになりてえ。
あ、そうだ。あの時以来だ。
まだお互い子供だったよね。
――わたしの嘘に気付いてくれて、ありがとう
あの日、マッキーは救われたって言ってくれたけど、
――これからは、助けが必要な時に嘘をつけ。木下から俺へのSOSサインってやつだ。
わたしだってあの日――マッキーに救われたんだよ。
突然肩を叩かれた。
「ちょっと万里! 具合悪いって聞いたけど大丈夫!?」
あれ、この子……。
「おいおい、万里でも風邪引くんだなあ! 市販の薬なら持ってるがいるか?」
「おーい万里―! すっごい勢いで走ってたけど具合悪いんだって?」
他のクラスの……わたしの友人たちだ……。
「相変わらず足はえーなあ万里! 風邪治ったら陸上部入ってくんねーか??」
「コラ万里聞いたわよ! 廊下は走らないでよね! 風紀委員は友達でも見逃さないわよ! それに具合悪化したらどうするのよ!」
「あれ、風邪って聞いたけど、もしかして万里って結構元気だったり?」
教室という教室からわたしの友人たちが集まってくる。
いつの間にか、廊下は人で溢れかえった。
どうして……みんな……。
――忘れんなよ木下。お前に救われた奴は俺だけじゃねーんだからな。
「ホントは万里お得意のトモダチヅクリにでも行くんだろ?」
「なるほどねぇ〜! 行ってあげなよホラホラ!」
「きっと、万里にしか出来ないことでしょう?」
「そこの男子、道を開けなさい! って風紀委員の私に交通整理までさせる気!?」
そっか……みんな……。
わたしのために……。
わたしを救ってくれた人は、わたしに言葉を届ける。
「自分を救ってくれた人の力になりたい。当たり前だろ? 万里」
そうだ……。当たり前だ。
マッキーの言葉は、いつの間にか当たり前になっていたことを思い出させてくれた。
わたしに友人が沢山いる理由を――。
……みんなのバカ。
そして、わたしのバカバカ。
みんなを救えたわたしなら、彼女だって救えるはず!
ありがとう。わたし行ってくるよ!
浮かんだ涙は引っ込み、自信がみなぎる。
今なら言えるかな。いつもみたいに元気よく。
わたしらしく。
「木下万里っ! 体調不良につき、5時限目欠席しますっ!」
『いってらっしゃい!』
マッキー、トモくんだけじゃない。
たくさんの友人たちに向かって。
わたしは敬礼しながら笑顔を振り撒いた。
――影鳥高校 保健室前――
5時限目が始まってお昼休みと違い、静かになった廊下に私は立つ。
来てしまった。
華ちゃん……今もここに居るのかな。
もしかしたら、荷物は教室にあるけれど、それすら放って帰ってしまった。
あり得ない話ではなかった。
今はとにかく確かめよう。扉に手をかける。
あれ?
手に持った袋からパンではない、何かが透けてみえる。
なんだろうこれ。袋から出して確認してみる。
これ、手紙だ。差出人不明、名無しの手紙。
でも、この内容を書ける人は1人しかいなかった。
『竹林はお前に嘘は付かない。
あいつ言葉は全て信じていい。
万里の本心もきっと――あいつに届く』
……バカ。また前がボヤけちゃう。
直感効かないこと、心配してくれてたんだね。
わたしは目をこする。ありがとうマッキー。
もう泣かないよ!
ぜったい。がんばる。
ぃよし!
頬をペチンと叩き気合を入れて、わたしは扉を開けた。
「し、失礼します」
緊張した声に対して返答はなかった。誰もいない。
外出中なのか先生すらいない。
身体の力が抜け落胆した時、カーテンの閉まるベッドルームから声がした。
「……万里さん?」
彼女の声だ。
もう、わたしは迷わない。
わたしは声の聞こえた方へ歩き始めた――。




