第96話 選択
「えッくし!」
「おや太一殿、くしゃみとは珍しい。まだまだ可愛いところもあるではないか」
玉藻と話しながら瀬戸基地中央棟の廊下を歩く。
彼女と店長と三人で基地防衛について方針を練っていたところ、クリスに呼び出されたのだ。
途中まで送ろう、とこうしてついて来てくれる辺り、彼女も可愛らしいところがある。
「んー、誰か俺の噂でもしてたかな」
状態異常耐性がついてからというもの、くしゃみなんて出たのは随分久しぶりかもしれない。
まぁ俺もすっかり有名人だから、噂の一つや二つくらいされるか。
「あながち戯言とも言い切れぬな。強い意思をもった言葉は、風の言霊が自然と対象へと送り届けようとするそうだから」
耳年増というか、実質相当な年増である玉藻がうそぶくように笑いながらそう言った。
強い意思…ね。素敵な噂話だといいんだけど。
「太一殿の失礼な考えはよく顔に出るの…」
南極から帰還した雪たち、特に雪とエルはかなり消耗していたため休眠中だ。でもその甲斐あってリーリャは無事筋力の限界突破を果たし、これで幻獣は四体全てが討伐された。宝玉も三つは温存できたので、エル少年のような有望な戦力のためにいざという時に使えるだろう。
「エル少年…といえば太一殿、聞かれただろうか。彼はわらわやボイタタですらも知らなかった神威の真の姿を開放しただけでなく、あまつさえ雪殿をその段階に導いたそうだ」
目を細める玉藻の問いに頷く。
報告は聞いている。二人が放った攻撃は、俺が最大強化して放った極大魔法の威力を超えていたそうだ。
彼は何かを隠しているのだろうか。だが兵士として採用する際にその身体情報は徹底的に洗っている。基地における遺伝子検査では彼はまぎれもない人間だった。どちらかといえば雪のほうがエラー値に近いくらいには。
『来る決戦に備えて、不安要素は摘んでおいたほうがよいのではないか?』
急に念話で物騒な話が飛んできたので視線を向ければ、冷徹な九尾の顔がそこにあった。
「…もし何か良くない結果になったらその時は、俺が責任をとるよ」
『ただいま兄さん、ボスゾンビ倒してきたよ。私たちで』
南極から帰還した雪はエル少年をこづきながら嬉しそうに笑った。
普通の十代の少女みたいに。
初めて年相応に笑った姿を見られたのかもしれない。それだけでも彼らを組ませて良かったと、心から思う。
「きっと彼は、人類史上最大の戦乱下に生まれ落ちた天才児かなんかなんだろうさ」
そう思いたい。
「はぁ、甘いのう…。ま、そこが太一殿の良いところでもあるか」
溜飲を下げてくれたらしい。玉藻も根は優しい奴なのかもしれない。
そうこうしているうちに呼び出された部屋についたので、玉藻に別れを告げた。
「渡瀬だ、入るぞクリス」
俺を出迎えたのは三人。クリスとジャン、それに背の高い女性だ。
「初めまして渡瀬大尉、オナリン・ソサです。お会いできて光栄です」
「初めまして。こちらこそ、お噂はよく聞いています」
彼女とはオンラインでは何度か顔を合わせているが対面は初めてだ。握手を交わす。涼しげな雰囲気だが、とても澄んだ目をしている人だった。
「ハァイ太一ちゃん」
「ジャンも久しぶり」
「…」
ジャンがビール片手に手をひらひらさせている。相変わらずバイタリティ溢れてるというか。そしてクリスは相変わらず無口だ。しかしアレク直属の三人衆が一堂に揃うなんて珍しいな。というか今日はソサさんの初来日に合わせてブラジルからやって来たクリスにわざわざ呼び出されたわけだからそれなりの要件があるのだろう。
「俺から話そう」
そんな中、本題はクリスの口から語られることになったらしい。
「タイチ、間もなく最終作戦のメンバー構成が決定される」
「そうか」
『最終作戦』では、地上に残って【主】の侵略に抵抗する地上班と、魔窟であるロシアS級ダンジョンの攻略メンバーに入るS級班、そのどちらかで戦うことになる。どちらに組み込まれたとしても命を投げ捨てる覚悟が必要だ。
「ノアと瀬戸基地における魔導装置の整備を担当するアレクと、アイツをテレポートで補佐しつつ負傷者をまとめて回復できるアナスタシアは地上に必須だ。そしてS級班に選ばれるのは、速やかな地上への帰還を期待される機動性に優れた者達となる」
「……そうなるな」
地上班:アレク、アナスタシア、リーリャ、次郎、クリス、オナリン、玉藻
S級班:雪、ジャン、シェル、エル、ルーパー
選別の条件までは俺も意見を挙げていたが、最終的にこのように決まったようだ。
「俺は?」
「お前がどちらに入るかは、お前が選んでくれ。直感で、どちらにお前が必要か」
わざわざ俺を呼んだのはそういうことか。
メンバー構成をみて、悩む。
【主】の力はその片鱗でさえ絶望的なほどに規格外だが、魔導核ミサイルでゲートが閉じてからはや1週間、侵攻はぴたりと止まっている。希望的観測だが、S級攻略中に何も起きない可能性もある。また地上班はアレクの要塞やアーティファクト、魔導兵大隊、オナリンのモンスター部隊、本部からの支援などが受けられる。
一方でS級班は孤立無援だ。しかもあそこは俺達が以前ルシファーに全滅させられて以来手つかずだから、周囲はスタンピードでモンスターが溢れかえっているはずだ。機動力がそこまででもないシェルがメンバーに入っているのは、彼がナーシャに次ぐ回復スキルの持ち主だからだろう。雪とエル少年……ジャンもついているし、戦力的にはかなりのものだとは思うが……。
「俺は……S級班に入ろうと思う。地上のことは玉藻や店長とも話してある」
「承知した。ではそれで決定とする。お前はダンジョン討伐からは外してあるから、作戦開始までは久方ぶりの自由だ。好きに過ごせ」
「あぁ、わるいな」
正直ありがたい。最近は修行する時間も満足になかったからな。
「じゃ太一ちゃん、同じ班員としてよろしくね。雪国では私の氷がそれはもうビンビンに冴え渡るから期待しててよね」
「はは、もちろん頼りにしてるよ」
よく見ると手にもったビールも氷魔法の冷気でキンキンに冷えわたっていた。この真冬によくやるよ。ジャンはいつでも楽しそうなぶん、底が知れない人だ。
「新たにS級化したダンジョンの内部は未だ得体が知れません。あなたの力が必要だったかと思います。大仕事になるでしょうが、宜しくお願い致します」と丁寧にオナリン。
「テイム制限のないあなたの能力は地上にとって本当に稀有なものだ。こちらこそ地上を宜しくお願いします」
「圧倒的な【個】の前に数の力は無力かもしれませんが、出来る限りの事を致します」
「ふう」
話を終えた俺は部屋を出た。
最終作戦のメンバー構成は決まった。
そこからの数日、皆任務に休息に、思い思いに最後になるかもしれない地上でのひと時を過ごした。
俺はといえば、オメガ戦での力不足を痛感していたので、ブラジルA級に潜って一人でレベル上げとスキル鍛錬に勤しんだ。経験値が豊富に手に入るモンスター部屋を複数個所残していたので、良い狩場になった。アレク様様だ。
もっともっと強くなっておかなければ、奴が第三スキルを解放した時、今度こそバラバラに消されてしまうかもしれないからな。
そうして、決行の日は訪れた。




