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第95話 二柱

 質量はすなわち破壊力である。それを地で行っているのが南極でリーリャたちが対峙している相手だった。端的に言って新型ゾンビ『ポセイドン』はあまりにも重かった。体格的にも生物としては桁外れに大きいのだが、生物としてありえない程の超質量を、その醜悪な生物は持っていた。

 黒光りする繊維質でデタラメに編み込まれた剥き出しの筋塊の打撃を受けとめて、リーリャはもう何度目になるか分からないが、南極基地にいくつもある観測棟の壁に叩きつけられていた。

「クソッたれ、受け流しきれてない」

 崩壊しふりそそぐ瓦礫を鬱陶しそうに戦斧で吹き飛ばしながら、彼女は短い怨嗟と共に淡い血を凍れる地面に吐き出した。

そして首を軽く振って、ヘイトを稼ぎ続けるべく真正面から怪物へと挑んでいく。短絡的なようでいて、実際は高度な技術で攻撃を受け流しながら、なんとか超生物との近接戦を維持していた。


 重量型の相手を得意とする雪は、コアの部位を探し続けていた。メインアームともいうべき剛腕は主にリーリャが引き受けてくれているが、時折ポセイドンの身体の至る所から射出された触手のようなものが独自の意思を持って自分を追いかけてくるため、『消滅』を仕掛ける対象となるコアの位置分析も、実際に仕掛けるだけの余裕もなかった。

「フッ!」

 大鎌を振るい複数の触手をまとめて薙ぎ払った。が、分断された触手は一瞬で接合し、何もなかったかのようにまた彼女の肉を求めて襲い掛かってくる。

「ああもう……」

 魔力総量の少ない彼女にとって貴重なそれを大鎌に纏い、一閃。

 それでようやく千切れて吹き飛んだ触手たちは、地面に落下しびちびちと蠢いた後、溶けてなくなった。

「こんな気味悪い有象無象相手に魔法剣を使わされるなんて屈辱……」

 だが、目の前の怪物が太一とアナスタシアの報告にあった個体『タイラント』よりも大幅に強化されたものであることは疑いようがなく、恐らくA級のボス並の強敵である。これが人間を食って成長したものであるならば、一体どれ程の一般人や兵士が犠牲になったのだろうか、検討もつかない。

 リーリャは体力を、雪は魔力を、それぞれじりじりと消耗させられていたが、ポセイドンの体力には一向に衰える気配がなかった。


 そんな状況下で、後衛二人の動きにも変化がみられた。

 会戦当初からシェルとエルはポセイドンに向けて超級魔法を連発していたが、足止め程度にもなっていなかった。それだけ彼我の実力差は乖離していた。

「いかんな。リーリャさんの回復役が必要だ。ということで臨機応変に対応することこそリーダーの務め!エルは引き続き援護たのむ!」

「はーい。気をつけてねー」 

 この状況に気後れしていたシェルが、ついに援護の任をエルに放り投げて、回復要員としてリーリャの元へと颯爽と駆けて行ってしまった。

「リーダーは回復ができていいねぇ。役に立ってる感あり。うーん僕はどうしようかな」

 ひとり残されたエルがぽつりとぼやいた。

 元々魔法があまり得意でないエルは遠距離からの援護が苦手だった。ポセイドンが海に逃げたときの追撃には一定の効果があるかもしれなかったが、どちらかといえば劣勢な今の状況で敵が逃げの手を打つとも思えなかった。

「それに、海に雷なんて落としたら魚がいっぱい死んじゃうから嫌だものね」

 この緊急事態下で、悠長にそんなことを言った。

 そして一応形だけ援護を続けつつ、エルはしばし思案した。

「よし、きめた」

 いつも無表情な彼が珍しく微笑を浮かべて、密かに独自の準備を始めた。


 誰もステータス閲覧ができないパーティーであったため分からなかったのだが、ポセイドンの腕力は限界突破のⅡ段階目にあった。太一とほぼ互角の力である。人間の域を出ずにそれと真向からやり合っていたリーリャの技量こそ驚嘆に値するものだった。

 しかしその均衡が、崩れようとしていた。

 

「ぐぅッ」

 リーリャが出血を押さえた。

 弾き飛ばされても押しつぶされても、肉だけは食われまいと寸でで回避していた彼女だったが、ついに剛腕の先の爪が直に肩の肉を掠めとっていった。

『ゲァゲァゲァゲァ』

 嬉しそうな異音を発しながら、肉を咀嚼し始めたポセイドン。

 巨体からすればごく小さなその一片だけで、これまで四人がかりで与え続けた傷はみるみるうちに修復されていった。

 リーリャは嫌悪感だけでなく恐怖を感じ始めた。相手を脅威に感じることで、自分達が戦っている相手は人食いの化物だったのだと思い出して(・・・・・)しまった。

 それは辛うじて攻撃を避けていた雪も同じだった。


「大丈夫ですか!リーリャさん!」

 距離をとってから、すぐにシェルが傷の手当を始めたが、彼の回復魔法では出血を止めるのが精いっぱいだった。

「ああ、すまないな」

 雪も駆け寄ってきた。

「悪ぃ雪、足引っ張ってしまった」

「いいよ。まさかここまで強いとはね。今からでも兄さんとアナスタシア呼ぶ?」

「あいつらも『主』の出現地と基地でミッションの最中だ。できればゾンビごときで手間をかけたくはないんだが……」

 余裕を浮かべようとしたリーリャだったが、その表情はひきつっていた。

『ゲァァァァァ!』

 リーリャの肉を食いつくして全快したポセイドンが三人めがけて剛腕を振るってきた。

「『POGパイルバンカー・オブ・ゴッドネス』!」

「ハァッ!」

 負傷したリーリャが奥義をもってそれを弾き返し、風穴の開いた前腕は、神威を纏った雪による全力の風魔法剣で切断された。

「どうだ!」

 思わず期待のこもった表情でポセイドンを見たリーリャの表情は、すぐ絶望に変わった。

 ゾンビであるポセイドンに痛みなどなく、表情ひとつ変えることなく切られた腕を拾うと傷口に当てて、みるみるうちに切断面は修復されていった。

『ゲァゲァゲァゲァ』

 愉快そうに笑うポセイドンを見て、雪はすぐに決心した。

「ここで私達が消耗する方がかえって迷惑。私が時間を稼ぐから、兄さんの助けを呼ぼう。シェルは一角獣の角を持ってすぐ船でここから離れて」

「は、はい!」

「エル!あなたも――」

 雪がエルにも退避を呼びかけようとしたその時だった。


 バチッ!!!


 辺りが眩く光り、一瞬だけ雪は目を閉じた。

 それが収まった時、驚くべきことに、再びポセイドンの腕が切断され地面に落下していた。

 そして姿の変わったエルが、三人の前に姿を現していた。

「助けは必要ないよ。僕達が力を合わせれば十分倒せるさ」

 彼は、いつものマイペースな口調だった。

「お、おい。エル。きみ、その姿はなんだ」

 思わずシェルがそう尋ねるほど、エルの姿は変わっていた。

 細身で気弱といった風貌のエマニエル少年だったが、今はとてもそうは見えなかった。

 逆立った髪に、全身至る所に紋様が刻まれ、圧倒的な存在感を身に纏っていた。

「第四神威の真の姿、人神合体、さ。今地球上でこれが出来るのはアレキサンダー総統と、僕と、あと雪ちゃんくらいだろうね。将来的にはお兄さんも……かな?」

「第四って……最終段階じゃないか!そもそも君神威ができるなんて一言も言っていなかったじゃないか!わたし達運命共同体――」

「あーはいはい。文句は後で聞くから」

 混乱するシェルの抗議は軽くあしらわれた。


 ポセイドンは落下した腕をくっつけようとしているが、切断面はうまく癒合しなかった。

 あの一瞬で傷口を焼き切っていたらしい。

 力を隠し持っていたことを雪も小一時間問い詰めたかったが、今は目の前の脅威をどうにかすることが先決だった。


「……その力はあと何回使える?」とだけ雪は尋ねた。

 にこりと笑って、エルは答えた。

「あと1回が限界。そこで雪ちゃんと力を合わせたい。薄々気づいていたかもしれないけど、風神と雷神は太古の時代にはひとはしらの神だったみたい。ぼくたち二人が人神合体することで、本来の力を解放できるはずだよ」


 風神と心を通わせていたことで、雷神に対する親和性のようなものは感じていた。彼に親近感を覚えたのも、それが理由の一つであったのかもしれない。

「だが解放には時間がかかるだろうから、リーリャさんには酷だけど何とか時間を稼いで欲しい」

「あぁ、当分片腕は生えてこないだろうから時間くらいは稼いでみせるさ」

「そしてシェル、トドメはまかせたよ」

「え、わ、わたしなどに務まるだろうか」

「リーダーじゃないか。君がやらなくて誰がやるのさ」

 シェルはぽかんとした後、胸を叩いて答えた。

「あぁ、任せてくれ」


 リーリャは雪とエルから引き離すよう、ポセイドンの注意を反対方向へとひきつけた。

 片腕を失い、怒りにかられたらしいポセイドンは、血走った両の目でギョロリとリーリャを見下ろした。

「片腕のお前にはなんとなく親近感がわくが、そのディスアドバンテージはしっかり利用させてもらうぞ」

『グォォォォォォ!!」

 挑発したのが癪に障ったのか、何十本もの触手が全身の至るところから飛び出して、先端が一斉にリーリャへと向けられた。

「……なるべく早めに頼むよ、二人とも」


 雪は、オメガ戦で第四神威を使ったときのことを思い出していた。あの時自分は脳に相当な負荷をかけ、オーバーヒート寸前だった。もう一度あれをやるのはかなりのリスクがある。

「ねぇエル――」

「大丈夫」

 だがエルは分かっているとばかりに雪の言葉を遮った。

「神の受肉召喚は超強力だけど禁忌の技。君が廃人にならなかったのは偏にそのアイテムのおかげさ。かたや人神合体は、受肉の受け皿は自分の身体であって、脳への負担ははるかに軽減される。君は最初からこっちをやるべきだったのさ」

「……なんでそんなことまで知ってるの?」

 思わず雪はそう尋ねた。だがボイタタも九尾ですらもそこまでの知識はなかったのに。彼女はよく知ったつもりでいた目の前の少年が、急に得体の知れない存在に思えてきた。


 すると、エルはすっと自然に雪の両手に下から自分の両手を重ねた。

 すごく冷やりとした手だと雪は思った。

「今だけは僕のことを信じて。きみに十全の勝利を約束するためだけに、僕は今ここにいるんだ」

 そう真っすぐに見つめられて、雪は一瞬思考停止した後、目をそらした。

「……はぁ、わかったわよ。で、どうやるの?」

「ありがとう」

 エルはにこりと笑うと、手を重ねたままで話を続けた。

「以前きみがやった受肉召喚。あれを自分の内側で行うイメージさ。僕が手助けするから。いいかい、自分の内側に目を向けるんだ」


 雪は目を閉じた。

 そして思い出していた。

 以前、目覚めたばかりで心身ともに不安定だった頃、よく兄が枕元で額に当てたタオルを替えながら、奥深くに語り掛けてくれていた。自分の内側で会話するのは、とても気分が落ち着いて。とても大切な時間だった。自分には兄さえいればいいと思っていた。

 それが今、自分には仲間がいて。

 そしてエルが目の前で笑っている。


 雪の中の風神はすぐに大切な従属の末裔たる彼女に呼応し、その力をより適切な形で彼女へと貸し与え、彼女のステータスは爆発的に増大していった。



 雪が目を開くと、以前のように瞳は緑色に輝き、髪も彼女の嫌う赤色を隠すかのように先端に至るまで全て淡い緑に染まっていた。

 そしてエルと同じく顔や手足には紋様が走り、雲のような淡く薄く光る衣を身に纏っていた。


「完璧。じゃ、片付けに行こうか」

「うん!」

 エルの言葉に雪は強く頷き、二人は瞬間移動の如き速さでリーリャの元へと跳んだ。


「リーリャ、お待たせ」

「あぁ、早かったじゃないか。ずいぶんキュートな姿になったもんだな雪」

 軽口に対して、リーリャは全身ボロボロだった。 

「一撃で片付ける」

「任せた」

 離脱するリーリャの背を守るように二柱の神々を体現した二人が立ちはだかり、恐怖のないはずのポセイドンが思わずたじろいだ。横並ぶ二人を中心に、大いなる存在の気配が吹き荒れていた。

 雪は風の大剣、エルは雷をつがえた大弓を召喚し、それを流れるように標的に向けて構えた。


 雪は静かに剣を振い、エルは無拍子に弓を手放した。

 まったく同時に解放された神器は混ざり合い、ひとつの、一色の光となって放たれた。


「なんて力だ」

 思わずリーリャは唸った。魔法ができない自分にはよくはわからないが、かつてロシアS級で太一が放った極大レーザーみたいな極大魔法があった。あの時の自分にとってはまさに救世の光だった。

 …あれよりも一段階、さらに上の威力だったと思う。

 そんな常識外れの合体技を放った二人は、意識を失ってその場に崩れ落ちた。

 その向こうには、全身の骨格と、その内腔で脈動するコアだけとなり果てたポセイドンの姿があった。

 その姿になっても、ポセイドンは動いた。身動きのとれなくなった二人を直接コアに取り込まんと、欲と執念の化身は骨を軋ませながら動く。まるで全身が呪いだった。


「やれ、シェル!」

「断罪!」


 そのコアをシェルが木っ端みじんにしてようやく、ポセイドンは完全に活動を停止させた。

 シェルは荒い息をつきながら、自分がはるかに格上の相手にトドメを刺した事実に放心しているようだった。

「よく頑張ったな」

 リーリャはシェルの肩をたたくと、ボロボロの身体を引きずりながらポセイドンの亡骸へと向かった。そこには、ひとつの虹色に光る小さな球体が落ちていた。噂に聞く宝玉の姿形と矛盾しないものだった。


「なんだ、もうとっくにこいつに食われていたのか、ユニコーンは」


 リーリャはしばし思考した後、その球体を錠剤みたいにポイと口に放り、飲み込んだ。

 できればユニコーンを倒し宝玉は温存したかったが、仕方ない。

 瞬時に全身から力が沸き上がった。今ならポセイドンと取っ組み合いでもできそうなくらい、先ほどまでの自分とはまるで別人のように強化されているのが分かる。


「やりましたね、リーリャさん」

 シェルはリーリャに肩をかそうとしたが、リーリャは全快しており必要なかった。

「そうだな、これなら最後の戦いでも多少の役には立てるかもな」

 リーリャはポセイドンの骨片を拾うと、ぐしゃりと握りつぶした。

「そんな百人力ですよ!……と言いたいところですが、最終決戦がシェルや雪さんが放ったレーザーみたいなのがびゅんびゅん行き交う戦場と考えると、ぞっとします」

「ははは、そうだな。ほんと次から次へと事態が変わって、嫌になってくるよなぁ」

 リーリャはパイプを咥え、火をつけた。冷たい空に、暖かな煙が鮮やかに立ち上る。

 二口ほど味わってから、リーリャは倒れた雪とエルをかつぎ上げた。

 二人とも意識は失っているが、苦しんでいる様子はない。驚くほど上手くやったようだ。

 エル少年の高い戦闘能力、そして神威への深い造詣は、問い詰める必要があるだろう。

「とりあえずまぁ、温かい日本に帰るとするか」

「そうしましょう」


 歓声とともに基地のスタッフに迎えられた一行は、簡単な手当てを受けたのちに、氷の大地を後にした。


――――――――――――――――――――


 アメリカS級ダンジョン、その深層――。


 「そこに、『研究棟』と呼ばれる建物があった。

 かつてアナスタシアが封じられていた場所である。

 その場所において、強敵との戦いを夢見ながら眠り続ける怠け者オメガとは対照的に、一秒たりとも眠りにつくことなく働き続ける男がいた――。

 そう、それが私、エウゴアでっす。まさしくミスター・プロフェッショナル。あーマイクテステス、入ってる?」


 アシスタントキメラからOKサインがでると、その奇術師は気をよくして話し続けた。


「ごほん、では私の実験ノートの音声記述を続けましょう。この私、人類最後の真の科学者であり最高の頭脳をもつこの私ですが、ひとつばかり気に入らないことがあります。それはなんと、一人のニンゲン。個体名、ワタセタイチ」


 スピーカーの向こうから突如ガシャン!と大きな音がして、アシスタントは思わずOKと書かれたサインボードを床に落とした。エウゴアは取り繕うように笑顔を向けた。


「あの個体が気に入らない理由は枚挙に暇がありませんが、一応あげておきましょうか。寛大な私ですから、ピュアでプライスレスなこの狂おしい程に怒れる気持ちもすぐ風化してしまうでしょう。それは避けたいですからね。えー奴が気に入らない理由…まず私という最高課金者をさしおいて貧相な給金でベストギフテッドとなったことから始まり、風の実験体の精神接続を解除したこと、オメガのブラジルA級到達を邪魔したこと、3か月もかけて美しく洗脳した光の実験体をダメにしたこと。そして…そして…貴様なにがOKかぁぁぁぁぁぁっぁあぁ!!!」


 実験室のガラスの向こうで血しぶきが上がると、サインボードは再び床におちた。


「奴はあろうことか私の可愛い魔道核ミサイルちゃんたちを掠め取っただけでは飽きたらず、それを【主】様の口にまとめて放り込むという前代未聞の所業を行いました。まさしく許されざる極悪非道を地でいく不届きものです。八百万の神が許そうとも、この私が許すわけにはいかないのであります。そこで私は考えました。争いや暴力が嫌いなこの私ですが、やはり最高の頭脳をもったものが、最高の力を手にし、世を制する必要があるのだと…」


 そこでエウゴアはマイクの㊙ボタンを押した。


「ここから先の事項は、誰にも聞かせられない。特にルシファーには。私は彼に与えられた遺伝子操作のスキルを独自に発展させた。私が作ったポセイドンが、彼の作ったタイラントの性能を超えた時点で、私のスキルは彼と同等以上のものとなったことを確信した。だから私はこれより計画を次の段階へと移す」


 そしてエウゴアは、かつてアナスタシアが寝かされていたベッドの上に、自らの身体を横たえた。


「私の脳髄は、これよりオメガの脳へと融合され、それを乗っ取る。知能の低いオメガが私にS級ダンジョン内での研究を許した時点から私はこれを計画していた。ミカエルが人の赤子を乗っとった時、私は成功を確信した。私の身体は彼らに近い存在であるため、拒絶も起きないだろう。今、オメガはとても深い鎮静状態にあり、危機探知が働くことはない」


 エウゴアは横たわったまま素早くキーボードを操作し、最後に軽快にエンターキーを押すと、短く息を吐いた。


「これで私は肉体的に完全に人でなくなるわけだ。ここに至るまで、思えば長い道のりだった。だが私の目的は最初からたったひとつ。ひとつだった…」


 そして目を閉じた彼に麻酔が打たれると、一斉に機械のアームが彼の頭蓋を切り、脳の摘出を始めた。

 薄れゆく意識の中、彼の声帯は最後の言葉を発した。


「人類に、救済を」

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