第91話 アレク
突然のルシファーとの戦いを何とか退けた太一とアナスタシア。
くたくたになって基地へたどり着いた後は崩れ落ちるように寝床についた。
ルシファーを倒すことは叶わなかったものの、以前は全く歯がたたなかった宿敵に対し、二人がかりとはいえ何とか五分の戦いにもちこめたことは、太一にとってもアナスタシアにとっても、確かな自信へと繋がっていた。
そして、数日が過ぎた頃。
「zzzzzzz」
リリリリリリリ!
枕元に置いてある受話器が、気の利いたフェードインなどなく瞬間最大音量で鳴り始めた。
浮上する意識──。
「……最近これに叩き起こされることが多いな」
「あ、太一、これ微妙に違う……秘匿コールだわ……」
秘匿コールってなんだっけ。
とりあえず、寝ぼけてむにゃむにゃ言ってるナーシャが可愛い。
「はい、こちら渡瀬大尉です」
寝ぐせにパジャマだが、ごほんと咳払い一つしてから凛々しくコールに応じた。
「あー太一、寝てたのかゴメンね。僕、いいや私はアレキサンダー総統である!なんつってね!」
「……」
なぜ寝てたのがばれたんだろう。
それより、こんな朝から珍しいな。
「アレク、おはよう」
秘匿コールとやらを堂々とスピーカーモードにして、ナーシャも会話に加わった。
「ハイ、ナーシャもおはよう!君の寝ぼけ声も貴重だね。こんな世でも愛し合う二人なら幸せだね。本当に素晴らしいことさ!!」
「ふふ、おかげさまでね。アレクはいい人いないの?」
「んー僕は機械オタクだからね、今の恋人は紫電かな。ねッ、紫電?」
『私はマスターの強化外骨格装備に過ぎません』
「そんなはっきり否定しないでよー」
『承知しました。否定はしませんが肯定もしません』
「よーし、今度見た目も可愛くなるオプション付けてあげるね」
『無駄な機能に貴重な魔素核を使うのはやめましょう』
「この世の中に無駄なんてものはないのさ!」
『この会話そのものが無駄です』
「辛辣ゥ!」
なんで朝からコント聞かされているんだろう。
「アレクの周りには綺麗な人多いのにね、もったいない」
ナーシャは楽しそうだった。
「そんな紫電を嫉妬させるようなこと言わないでよー」
『嫉妬という機能はついていませんしそもそも私には性別がありません』
「どっちもつけるつける!太一からもらった特大のでつけちゃうよー!」
『や、どうかやめてくださいマスター』
高性能AIをたじろがせるとはやるなアレク。
世界一忙しい人間な筈なのに、アレクは不思議といつもアレクのままだった。
彼の凄いところだ。
「なぁアレク、結局用件は豪華なモーニングサービスだったのか?」
なかなか楽しい目覚めだったが、そろそろ本題が気になってきた。
「おっとそうだそうだ、用件を伝えなきゃね。ちょっと君達二人に手伝ってほしいことがあるんだ。用件は、世界最大の人類避難居住施設『ノア』の建造、そのちょっとした力添えの依頼さ」
さらりと重要機密案件が飛び出してきた。
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目的地に向かう前に、養成所に少しだけ顔を出した。
雪たち三人は来ていなかった。まぁ雪を代理教官にしてあるおかげで、彼女たちは特例でサボる……じゃなくて課外授業に専念することが許されている。きっとそちらに専念するのだろう。
ちゃんと大鎌以外の練習もしてるのかなぁ。してなさそうだなぁ。
ナーシャも毎朝の輸送任務をこなして来てから、合流した。
「雪ちゃんたち、楽しそうだったよ」
彼女達も欧州のC級ダンジョンへ送り届けたらしい。今日は二カ所以上を周る予定だそうだ。
楽しそうに話すナーシャの様子から、雪パーティの雰囲気が想像できた。きっとその通りに楽しくやっているのだろう。
アディティア青年の加護神は最上位神の中でも相当強力な能力だから成長には期待がかかる。三鷹少年もどことなく存在感のようなものがあった。雪は無意識にスパルタそうだから、二人ともしっかり鍛えられていることだろう。
ま、雪は俺に体よく使われてるとか思ってそうだが、この人選の本当の目的は、ほんとに彼女に同世代の友人との交流を持ってもらいたかったからだ。
……じゃあ俺に友人が多いのかと言われると困るが。
いいんだよ、多感な十代とアラサーは違うんだから。
詳しい様子はまたのちのち聞くとしよう。
「んじゃ、行くとしようか」
「うん、『ノア』の建造地、ブラジルへ」
ナーシャと手をつなぐ。あ、任務で赴くので恋人繋ぎじゃなくて普通に握手ですよ。
彼女が小さく『テレポート』と呟くと、いつものように瞬間的に周囲の景色は消え去った。
時間では一瞬だが、加速された体感では長く長く感じるこの間、俺達は光のない漆黒の空間を漂いながら、ある方向へと真っすぐ進んでいく。ワープ空間というやつだ。光も風も空気抵抗もない謎空間なので進んでいるかなんて普通は分からないが、超高速で進んでいるということを俺の第六感が告げている。
最初はただ便利だとしか思っていなかったが、今は少し感じ方が違う。
このURスキルは、宇宙を股にかける超生物王国である敵さんが熱を上げて欲しがるくらいには、すさまじい能力なんだ。
次第に光が差し込んでくる。目的地についたようだ。
まばゆい光とともに熱気が俺達の身体を包む。
そして開けた視界の先で目に映ったものは、またしても黒。
黒いグラサンに黒い坊主頭、そして全身黒のスーツに身を包んだ男。
アレクの右腕でありダン協総本部の守護神、クリスだった。
「おークリス久しぶり!そんなに着込んで熱くないのか」
日本と地球を挟んで真反対にあるブラジルは、今、夏だ。
「熱い寒いを超越した人外のお前に心配される筋合いはない」
「はは、相変わらず愛想わるいやつ」
挨拶がてらにガチッと拳を合わせた。
体力が限界突破したクリスの拳はカチカチに固くて、ちょっと痛かった。
こいつ狙ってやりやがったな。
「雪は元気か?」とクリス。
「あぁ、元気さ。同世代の有望なのと組ませてあちこちで転戦させてる。いい刺激になってるみたいで。ナーシャは今日も会ったみたいだけど」
「うん、楽しそうだったよ、雪ちゃん」
「ミーシナ。あの子とは一悶着あっただろうが悪く思わないでやってくれ。悪いのは全部この男だ」
「俺かよ。お前が逆に過保護すぎんだろ」
「誰が過保護だと?」
「もう、二人とも喧嘩しないでよ。全部、よく分かってるよ。色々あったけど、今じゃ結構仲いいんだよ?私達。最近たまにチームのことで相談受けたりもするし」
へぇ。初耳だった。いつの間に。
「そうか、ならいい」
そう言って、クリスは珍しく少し笑った。
「では今からお前たちを『ノア』へと案内しよう。アレクより二人それぞれにミッションがあるので、道中説明しよう。しっかり頼むぞ、ミーシナ中尉、そして渡瀬大尉」
それが、オーエンス大尉からの通達だった。




