第90話 因縁との再会
「これは……」
二の言が出てこない。
軍服と、市民の私服と、半々だろうか。
大量の千切れた衣類が散らばっている。
でもその下にも周囲にも、死体やゾンビは欠片程にも残されていない。
ただ血痕だけが、最初からここら一体の地面の模様だったかのように、赤々と広がっていた。
まださっきのゴーストタウンのほうがましだった。
基地に到着した俺を悪寒と共に襲ったのは、そんなひどい感想だった。
「太一、警戒して。きっとまだいる」
ナーシャが構えた杖には既に魔力が込められている。
彼女は完全に臨戦態勢だった。
「……そうみたいだな」
俺も二丁拳銃を宙空制御しつつ、利き腕に太極棍を握る。
気配は二つあった。
そのうちの一つには、嫌という程身に覚えがあった。
彼女と目で確認し合う。
──奴が本当にここにいるのなら、どうせ誰も生き残ってはいない。
俺は杖で制御するでもなく、潤沢な魔力を込めた黒炎を即座に撃ち放った。
ドーム状に広がる漆黒。
ぼろぼろになった基地設備も、血も、残渣も、それで全部蒸発した。
ある一点を除いて。
根こそぎ平らになった地面にあって、一点だけが円心状に燃え残った。
そしてそこには大と小、まったく背丈の違う二つの人影があった。
否、姿形が似ているだけで、中身はどちらもまったく、人ではない。
黒炎の直撃を受けておきながら、涼しげに小さい方の人影が声を発した。
「久しぶりですね、ワタセさん?」
その声を聞いて、記憶が蘇る。
パーティ離散の大敗北を喫した、あの一戦の記憶が。
涼しい顔で笑っている。
少し耳の尖った青年。まるで人間のような容姿。あの時のままだ。
ルシファーだ。
ルシファーが現れた。
また、この地上に。
「太一、判断はあなたに任せるわ」
前を向いたままそう言ったのは、ナーシャだった。
つまり、即撤退か、会戦か。
「米国のほうでは随分とやってくれたらしいですね。結果として、お嬢さんが渡瀬さんをこの私から逃がし、渡瀬さんがお嬢さんをオメガから逃がした。エウゴアの洗脳を解いたのもワタセさんなのですか?ふふ、いったいどうやったのでしょうか。非常に興味があります」
俺達の気を知ってか知らずか、友人とでも接するかのような態度だ。
「……自慢気に連れてる隣のデカブツは?」
「ま、私達はいろいろありましたからね、素直に教えてくれるとは思っていませんよ。コレはですね、私の新たな駒『タイラント』です。扱いづらいエウゴアと違って、従順なのが良いところです」
「……」
タイラントと呼ばれた坊主頭の巨人は、無言で佇んでいる。
「僅かながら知性もあります。元々、本当にそこらにいたただのゾンビですよ?弱肉強食を生き抜いた複数個体を一つの檻に集めて競わせた結果、自然とこうなったのです。素晴らしいでしょう。神の祝福など受けなくても、人間はここまで性能を高められたのです。ただの共食いによって。これは『主』の細胞を受け入れた種族の中でも画一的なものですよ」
「ただの共食いだと?」
どれだけの人々が犠牲になったのだろう。
一体、どれだけを食ったら、ただの人間がそうなるっていうんだ。
こいつの感性が心底理解できない。
そうか、そうだった。
そもそも宇宙人なんだったな。こいつは。
「ええ、本当に人間の【適応性】には目を見張るものがあります。さて、ちょうど実験相手が欲しかったところです。タイラント、お二人と遊んでもらいなさい」
「オォ」
命令を受けて、初めて巨人が挙動を見せた。
クラウチングスタートのような姿勢をとって、いかにも今から襲い掛かってくると言わんばかりだ。
「太一、いいのね?」
「あぁ闘おう。巨人の相手はする。ナーシャはルシファーを見張っててくれ」
「わかった」
そして巨人は駆け出してきた。
かなりの重量があるのだろう、ズシンズシンと地面が軋む音がする。
動きは遅いし、パワーでも俺の方が上だ。
だが忘れてはならないのは、こんな姿でも、こいつがゾンビであるってことだ。
さっき短く喋った時に、するどい牙が見えた。俺の肉を僅かでもくれてやるわけにはいかない。
二丁拳銃『フォースリンガー』で魔力弾を乱射した。
一発一発が超級魔法程の威力があるそれを、タイラントは腕をクロスして防御し、ものともせずに突っ込んできた。
いや、確実に肉を抉っているのだが、痛みがないせいで怯まないのだ。
「じゃぁこれはどうだ」
銃を仕舞い、掌に魔力を集める。
ペネトレイ。極大の白色破壊光線をタイラントの胴体に向けて撃ち放った。
その威力に気づいたのか、初めて回避行動をとろうとするが、当然奴のスピードで回避は不可能。
タイラントの身体は上下に真っ二つに分かれて弾けた。
「……」
地面に伏した巨人は臓腑をまき散らしたまま、ぴくりとも動かなくなった。
「いやぁ渡瀬さん、あの時よりも随分強くなっていますねぇ」
すぐ耳元で声がした。
そして同時に、腕をつかまれる感触とともに視界が切り替わる。
「……ま、さすがにこれじゃやれませんか」
少し遠くで、ルシファーが、先程俺がいた場所に腕をつきだしているのが見える。
その腕は、バチバチと激しく点滅する光を帯びていた。
タイラントの背に紛れて、消滅攻撃を仕掛けてきたらしい。
「ありがとうナーシャ」
「ええ」
少しヒヤリとはしたが、打ち合わせ通りだ。
どうせ不意打ちしてくるだろうと踏んでいたので、ナーシャにテレポートで回避させてもらった。
「相変わらず不意打ちが得意なことで」
「いえいえ私とてダンジョンの外ではか弱い存在なものでね。渡瀬さんこそ、お嬢さんのワープで逃げ回るだけでは、私に刃を届かせることはできませんよ?」
「さてな。それより、自慢の駒とやらが真っ二つになったが、いいのか?」
「えぇ、まぁあくまで実験体ですから」
「人を玩具扱いするのも、今日ここで終わらせてやる」
ルシファー目掛けて再び白色破壊光線を放った。
突き出される腕。
俺の魔法は簡単に消滅させられた。
「なにを終わらせるんでしたっけ?」
だよな。
遠距離攻撃はこいつには通用しない。
だから、やるなら接戦しかない。
消滅攻撃をもったこいつと。
「太一、本当にやるの?」
「あぁ、今はあの時とは違う。俺を信じてくれ」
「……うん、わかった」
二丁拳銃を仕舞い、太極棍をも仕舞った。
「ほう……。正気とは思えませんね。私の能力を忘れたわけではないでしょう?この私と、徒手格闘戦でもされるおつもりですか?」
ルシファーが怪訝そうな顔を見せた。
「あぁ、そのまさかさ」
こっちには雪がいたんだ。
彼女と一緒に消滅攻撃への対応策は練ってきた。
バリアーも魔法も全て無効にする消滅攻撃にも、唯一だが通用する術がある。
それは、防御の神威【昏】だ。
【昏】を複数層で展開すれば、消滅を防げる。
コンマ一秒にも満たない極僅かな時間ではあるが。
そして攻撃の神威【戒/憑】は消滅に全て呑まれてしまうが、【昏】を纏った武具であれば、わずかではあるがその向こう側へと衝撃を伝えられることが分かった。
問題は、掌でしか発動できない雪と、オリジナルであるルシファーの発動条件には差があるかもしれないということだ。
だから俺は、奴の消滅攻撃の限界長を図りつつ、【昏】で武器ごと覆い、距離をとりながら戦う必要がある。
それは、激しいスピードで脳を消耗させるだろう。
一旦近距離戦になれば、ナーシャの援護も期待できない。
(だが一発でも『銀閃』を当てられたなら)
あのオメガを吹き飛ばした攻撃だ。
ダンジョンの外にいる今のルシファーになら、致命傷を与えられるはずだ。
『ステータス閲覧』
==========
ルシファー LV.??
種族:渡来種
性能:生命力Ⅰ, 理力Ⅰ, 霊力Ⅲ, 時制力Ⅰ, 運S
装備:なし
【スキル】
消滅魔法、深淵合成、?
==========
やはり、身体能力自体は俺の方が上。
……あとは、立ち回り次第か。
「ふぅむ。自信がおありのようですね。何か隠し玉でもあるのでしょうか」
ルシファーからは仕掛けてこない。当然か。
相手が接近戦を仕掛けると分かっている以上、消滅魔法は必殺のカウンター技みたいなものだから。
ただ、相手が深く懐に入り込んできたところを、消せばいいわけだ。
俺はゆっくりと歩いて近づいていく。
突進するだなんて愚の骨頂だ。
「あなたは確実に頭部を消した。それでもこうして生きているということは、蘇生スキル持ち、ということなのでしょう」
「……」
あと十五。
「いくら規格外のあなたでも、すぐ二度の蘇生はできないでしょう。だからあなたが身動きとれないくらい消滅した際は、お嬢さんが助けにこれないようにしたうえで、蘇生したところをもう一度消せば、それで終わりです」
「……あぁそうかい」
下手を打つと、奴の言葉通りになるだろう。
冷や汗が首筋を伝う。
あと十。
「お嬢さんももう用済みですからね、あなたを殺した後は、すぐに後を追わせてあげますよ」
あと五メートル。
動悸が聞こえる。俺の動悸が。
奴の目が、顔が、すぐ目と鼻の先にあるように感じる。
それを振り払うかのように、俺は口を開く。
「おい、宇宙人」
「……はい?」
「いいもんくれてやる」
そのまま大きく開いた口から、俺は竜のブレスのように白色破壊光線を放った。
「ッ!」
ルシファーが目を見開いたのが見えた。
完全に隙をついた。
「驚いた。そんな曲芸をお持ちだったとは」
なのに、ノーダメージ。
ということは、防御用に纏ってやがる。消滅魔法を。
くそ、予想外なのはこっちの方だ。
まさか、消滅を纏えるだなんて。
「さぁ、がっかりしてる暇はないですよ!」
腕を伸ばしてくる動作と共に、嫌な気配を感じて一歩バックステップした。
【昏】は三重に展開しているが、今ので第一層が消滅していた。
すぐに張り直す。
直線的な動きは避けなければ。
ナーシャに身体強化支援をかけてもらっている俺は、スピードで奴に数段勝っている。
常に奴の背後をとるつもりで、円心状のステップを踏んで距離を取り続ける。
「消滅に抵抗する防御術の気配……なるほど、あながち無策で挑んできたわけではないのですね」
奴に隙がないわけじゃない。
ただ、消滅魔法がやっかいすぎる。
アイテムボックスから量産型の槍を取り出す。
『龍の爪』を纏い、さらに【昏】で保護。
後頭部を狙って突きを放った。
しかし、槍は奴から十センチメートル近い距離を残して刃部分が消滅した。
わずかな衝撃は奴に伝わったようだが、ダメージにはまるで至っていない。
「ちッ!」
「ふふ、そぉら!」
振り向きざまに蹴りが放たれる。
長身から繰り出される蹴りは、絶望的な程に長く感じる。
身をよじって何とか回避したが、第二層までが消滅した。
すぐに体制を立て直す。
「ほう、まだ消えませんか」
「まだまだぁ!」
槍、長槍、鞭、弓、銃――。
距離をとって戦える量産武器はおおよそ試してみたが、どれも奴の消滅層を貫けないまま消滅させられてしまう。
こちらが身体能力で勝っていても、それ以上にあいつの能力が圧倒的すぎる。
剣道三倍段というが、武器を手にしているのはこちらのほうなのに、まるで素手で刃物をもった凶悪犯を相手にしているようなものだ。
雪との組手で消滅攻撃への対策は十分に練ってきたつもりだったが。
掌からしか発動できないのとでは、雲泥の差がある。
「なかなか粘りますね。ではこちらも面白い曲芸をお見せしましょう」
そう言ってルシファーは宙から何かを取り出した。
それは、剣だった。禍々しい黒で彩られた巨大な剣。
アイテムボックス?いや違う。この魔力反応は……今この場で、一瞬で創り出したんだ。
しかし消滅攻撃持ちが剣だなんて、なんのつもりだ?
「もう魔力切れか?それともハンデでもくれようってのか?」
「生憎そのような半端な魔力も優しさも持ち合わせていませんね。これはね、こう使うんですよ」
ルシファーはそう言って剣を投擲した。あさっての方向へ。
そして横に大きくカーブを描いた剣は、吸い寄せられるように俺の方へと一直線に向かってきた。
自律兵器――。
ギィン!
手持ちの魔導刀で刃を合わせると、ずしりとした重さを感じた。
さらに黒刀は宙で踊る様に刃を振るってくる。
くそ、こんなオモチャと鍔迫り合いしてる場合じゃない!
刃を滑らせ、いなしてから強打を与えて空へとはじき返し、即座にペネトレイで撃ち落した。
そしてわずかに目を離した隙に。
ルシファーは、既に四本もの剣を空に浮かべていた。
黒炎で纏めて焼き払うか――。
「遅いですね」
一斉にすべての剣が四方から俺を貫かんと投げ放たれた。
それと同時に、ルシファーが一呼吸おいて走り出すのが見えた。
五体一。
『超集中』。
さて対応を誤るとまずいぞ。
どうする。とっておきを試すか?
だがアレは魔力消費が激しいし、余程の勝機以外で安易に使うべきものじゃない。
金剛じゃ消滅は防げない。わざと黒剣をくらってカウンターを狙うか?いやダメージがでかい。
太極棍で『銀閃』を連発すれば突破できるだろうが、これもダメージがでかいし、武器は損傷度次第では直せない。
……逃げるのも手か。
「『水神召海七覇槍』!」
ナーシャの声で、現実に引き戻された。
「私じゃ三本が限界だから!」
ついに七本の召喚が可能となったナーシャの極大魔法。
美麗な碧い水の槍が二本一組となって飛来し、黒剣の三本を相殺させた。
向かってきた残る一本の黒剣は威力を溜めた『龍の爪』の一振りで叩き折った。
「隙あり♪」
しかし目の前には、既に白く点滅する死の掌打が迫っていた。
【昏】を全層にわたって砕かれる感覚を頼りに、圧倒的な死の気配から全力で回避する――。
「ぐっ!」
「おや、うまく躱されてしまいましたか」
肩の肉を削ぎ落されたが、なんとか急所は免れた。
大きく距離をとる。
そしてそこから更に追随してくる気配。
「『界絶瀑布』」
そこに突如として、奴を覆うようにドーム状の水壁が現れた。
極厚な水の防御壁。
またナーシャからの援護だ。
魔法だから【昏】は纏えないが、少しは時間が稼げるだろう。
「太一、すぐ治すわ」
そしてすぐにナーシャの超級回復魔法による肩の手当が始まった。
みるみる内に肩の傷が塞がっていく。
ふぅ、脳の疲労も今のうちに休めないと。
ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
「ありがとう、なんとか立て直せそうだよ」
「攻略の糸口は?」
ナーシャは心配そうに聞いてくる。
「今のところダメだ。あいつは全身に消滅効果を纏える上に、雪の倍は射程を伸ばせる」
「……そんなの無敵じゃない」
「いや、それでも無敵じゃない。衝撃が通ってる感覚はあるんだ。しかも纏うだけでも必ず魔力を消耗してるはずだ。ダンジョン外では長期戦にもちこめばこっちが有利。勝機は必ずある」
「わかった。引き続き援護はするから、気を付けて」
肩の傷は完全に治っていた。
咄嗟に気の利いた言葉も思いつかないので、サムズアップで応じた。
それと同時に、滝つぼでもくぐるかのようにルシファーが水壁を破って出てきた。
「お出ましだな。じゃぁ第二ラウンドと行くか」
ポキポキと首をならして、少し欠けた魔導刀を構えた。
「……はぁ、ワタセさん、肩も治ってお元気そうですねぇ。私、そろそろ帰りたくなってきましたよ」
「せっかく来たんだから、穴倉に戻る前に地球の綺麗な朝日でも拝んでから帰りなよ」
「嫌ですよ。私たちが地上にいるだけで消耗していくのをご存じでしょう」
「あぁ、だから朝まででも付き合うさ。そしてお前が干からびて死ぬのを見届けてやるつもりだ」
ルシファーは少しだけため息をついて、少し真面目な顔になった。
「ねぇ渡瀬さん、一応聞いておきますが、私の配下となるつもりはありませんか?」
「その問いへの答えは俺の顔を見て察してくれ」
「まぁそう言わず。あなたの強さは惜しい。正直私の能力を相手にここまで保つとは思っていませんでした。もしあなたが配下となるのであれば、地球が滅んだ後も、あなたとその仲間達の恒久的な安全をお約束しますよ?」
まさかの言葉だった。
エウゴアにもかつて同じような言葉をかけたんだろうか。
当然話に乗るつもりなんてさらさらないが、情報は引き出したい。
「安全を約束するというが……教えてくれ、どうやって地球は滅ぶんだ。お前たちのボスが、邪魔な人間や生命を皆殺しにでもするのか?」
「そうですね……もうあなた達の終末まであと僅かですし、大サービスで教えてあげましょう」
会った時からどこか飄々としていたルシファーが、そこで初めて表情を変えた気がした。
こいつ、こんな顔もするのか。一体何を話すつもりだろう。
「私たちの『母』である『主』はですね、あまりに多くを取り込みすぎました。もはや彼女の知性では、生命体と星体の区別すらつきません」
あまりに唐突な真実だった。
「……何を言ってるんだ。生き物と星の区別って。そんなのスケールが違い過ぎるだろ」
「いいえ同じです。彼女にとっては。彼女はオメガよりも遥かに巨大で、星を依り代にしませんので宇宙空間に単独で存在しています。だから食べるのですよ。この地球ごとね。そして混ざり合います。そこに在る全てと」
「まさか、『主』が、知性のない存在だったなんて」
ナーシャもいつの間にか傍に近寄ってきていた。
今のところ、ルシファーから継戦の意思は感じないから大丈夫か。
しかし、単独で宇宙を漂うような存在が、果たして生命体と言えるのだろうか。
いや、そんなことよりも確認しておかないといけないことは他にある。
「じゃぁゲートっていうのは……」
「彼女があまりにも強大なエネルギーを持つため、人工物であるゲートは彼女の身体の『一部』を通すことしかできません。そこを通って、彼女は攻略惑星のエネルギーを根こそぎ吸い尽くします。でもそれは効率が悪いやり方だった」
「そこで、テレポートを使うつもりなの」
ナーシャの声は、震えていた。
「その通りです、お嬢さん。彼女がテレポートを取り込む作業は難航していますが、確実に進んでいます。もし彼女がテレポートを習得すればどうなると思いますか?」
嫌な予感しかしない。
「ほぼ無尽蔵の魔力を持つ彼女は、一瞬で直接惑星の直近にテレポートし、直にその惑星に取り付くことが可能になるでしょう。つまり彼女に見つかった星は、瞬く間に消滅していきます。そうして近海の宇宙ごと破滅させた彼女は、また次の宇宙を探して旅を続けていくのです。なにせ、彼女の飢餓は、満たされることはないのですから」
「あなたは!それを何とも思わないの?!」
ナーシャが叫んだ。
「知性のない生命体が欲のままに宇宙を破滅に追いやることを!あなたほどの知性をもった存在が!本当になにも感じないの?!」
「……………………」
ルシファーは、沈黙を持ってそれに答えた。
俺には、その表情からは何も読み取ることはできない。
「さぁ……どうでしょうね。オメガはオメガの、私は私なりの理由があって仕事をしていますからね。そして彼もまた、ね。一つ言えることは、私達は皆等しく、ただの彼女の『子』に過ぎないということです」
ルシファーは俺達に背を向けた。
「おい、どこに行くつもりだ。妙な話で煙に巻いたつもりかもしれないが、お前が死ぬまで俺達は攻撃を辞めるつもりはないぞ」
その背中に剣を突きつけた。
「いろいろとお話したいのは山々ですが、そろそろ本当に時間切れなものでね。これで失礼しますよ」
奴は動かなくなったタイラントの元まで行くと、妙なリング状の機械を取り出した。
「ではワタセさん、お嬢さん。次に会うときは、母を紹介することになるでしょう。果たしてその時までに死んでおいたほうが幸せなのかどうか。判断はあなた方に委ねます。それでは、しばらく」
どう見ても撤退する流れだ。
しかしどのみち俺たちはルシファーにすぐに致命傷を負わせる術を持たないのだ。
深追いせず、黙って見送ることにした。
ルシファーは俺達にひらひらと手を振りながら、タイラントと共に消えた。
「ゲート……の、小型版みたいなものか」
「……」
「ナーシャ」
俺はうつむくナーシャの背をさすった。
思わぬところで明かされた真相。
なぜ俺達に話した?
ルシファーは、あいつには何らかの意図があるのかもしれないが、今は知る由もない。
滅びの時は、もう足音を立てて近づいてきている。
その足音が、生々しく聞えてきたような気がした。
でも、最後まであがくしかない。
この星と共に。
とりあえず、まずは本部に電話で報告するとしよう。
アレクなら何かいい案を授けてくれるかもしれない。
はぁ。
とりあえず、明日からまた、忙しくなるな。




