第87話 新世界
「……て」
んん。
「おきて。ねぇ、朝だよ」
朝かぁ。
次第に意識が浮上してくる。
ネズミ色をした毛布をどけると、少し肌寒さを感じた。
まぁ、何度だろうとだいたい適温なわけだが。
そんな面白みのない感想を抱きながら、白いシーツに手を置き、ベッドの軋みを感じながら立ち上がった。
声のした方へと歩いていく。
窓辺に佇む彼女が熱々のコーヒーを手渡してくれたので、慣習のように啜りながらそれを味わった。
外は一面、雪景色だった。
「綺麗。いい眺めだね」
彼女は雪景色が好きらしい。
故郷を思い出すのだろうか。
雪景色よりも、君のどこか憂いのある横顔のほうが、よっぽど綺麗だけどね。
てへ。
「午前はいつもの、加護者養成所・総武官としての入学祝いでしょ」
「あぁ。内容もいつもの通過儀礼だな。ちなみに今は養成所じゃなくて、神威軍訓練基地な」
「神の軍だなんて名前、好きになれないんだけどなぁ」
「同感。まぁ死んだ加護者が子や親しい人にその加護を移してから、新人が戦えるように仕上げるまで二週間の極短プログラムだから。それもC級での実戦訓練込みのね。養成所なんて悠長な名前はもう合わないんだろう」
「そうだね。あ、そういえば、今回は雪ちゃんも参加するのよね」
「雪は面倒がったけどね。出来れば大鎌以外の武器も練習しておいてほしくて。あれが壊れたら替えがきかないから。あとは国内C級の討伐の引率、有望なやつのスカウトも頼んでる」
「ちょっと頼みすぎじゃない?」
「…そうかも。ところでナーシャは今日も?」
「うん。負傷者の回復と、各地ダンジョンへの輸送担当、それが終わったらC級攻略をいくつか」
「気をつけてな、ナーシャ」
「うん、太一も午後は韓国B級の単独攻略ミッション、頑張って。輸送いる?」
「いや、近いからワイバーンにでも乗ってくよ」
「わかった。じゃ…」
「うん…」
ふぅ。
ナーシャとひとしきりイチャイチャしてから部屋を出て、瀬戸基地の中を歩いた。
歩きながら、幸せをかみしめる。
くぅー、俺ってばなんてリア充☆
っと、最近ふとした拍子に魔神の口癖が出るな。
誰が見てるか分からないんだから、キリっとしてなくちゃ。
ここは一般区画ではなく中枢区画。だから以前とは違って養成所は外に向かう方向だ。重装備の警備役の魔導兵が俺を見るなり、びしりと姿勢を正して敬礼で見送ってくれた。
こっそり忍び込んでいた頃が懐かしい。
俺もナーシャも、今は一般区画ではなく、中枢区画にマンションの一室をもらっている。
なぜかというと、少々有名になり過ぎたからだ。
特に俺が。
俺の要請もあり、ナーシャが聖女として広告塔に使われることは一切なくなった。代わりに今はアレクと俺、あと会ったことはないがオナリンという女性がダン協の看板をしょっている形だ。
今、俺には肩書きがある。
ダン協は元々が民間組織だから序列には緩かったのだが、秩序が崩壊しつつあるこの世界の命運を握る組織として、やはりきちんと軍化して命令系統を確立しなければ、という流れが加速した。
そんなこんなで俺にも階級がついたのだが、核ミサイルを単独で一万発以上迎撃した俺は飛び級に飛び級を重ねた。
そしてついた肩書きが…。
「渡瀬大尉に敬礼!!!」
これだ。
世界中から集められた訓練兵たちは今期は三十名ほどだが、先の魔導兵さながらに敬礼して俺を出迎えた。その中には面白くなさそうに敬礼の真似事をする雪の姿もあったので、思わず吹き出しそうになったが。
彼らが俺を見る目には、色々な感情を感じ取ることができる。
その殆どが、畏怖。
まぁそれでいいんだが。
ん?
そんな中で、今一瞬、妙な視線を受けた気がした。
気のせいか。
雪は変わらずジト目で俺の事を見ていた。
「初めまして、俺が渡瀬だ。まぁ一応ここの責任者だな。君達はこの『世紀末』な世界を救うための数少ない希望の星だが、残念ながら悠長に育ってもらうだけの時間は残されていない。年が明ける頃には、もう『ゲート』が開くかもしれないんだからな。早速今から、訓練開始に際してのクラス分け試験を行う。上級クラスに入った者は、俺が直接担当することになる」
そして俺は、ストックしてある下級~上級モンスターを、それぞれ訓練兵の人数分だけ召喚した。
訓練兵の反応は様々だ。早速腰を抜かして座り込む者もいれば、笑いを浮かべる者、雪のように興味のなさそうな者。
「こいつらは君達に反撃しない。今から君達の好きな方法でモンスターを殺して、経験値を得るんだ。びびる暇も憐れむ暇もないぞ。五日後には君達全員がC級ダンジョンに潜って、嫌という程こいつらを殺さなければならないんだから」
武器をもたない訓練兵には魔導剣もしくは魔導銃が与えられ、各々がモンスターを倒した。
体力Fのモンスターしか倒せない者以下は下級クラス。
体力Dのモンスターを倒した者は中級クラス。
そして見事に体力Bのモンスターを倒した者は上級クラス。
それぞれに割り振られた。
俺が担当する上級クラスは、雪を含め、三人だった。
これが少ないほうか?
むしろ逆だ、随分と多い。
俺が送り込んだ雪はさておき、最初から体力Bのモンスターを倒せる訓練兵なんて、過去に殆どいなかった。ここに来るまでに、よほどの修羅場をくぐってきたのだろうか。
ちなみに雪以外は二人とも男だ。
「初めまして、大尉。今世の英雄と名高いあなたとお会いできて光栄です」
「どうも。宜しくな」
手を差し出してきた青年と握手を交わした。
一人目の彼は、インドから来た褐色肌の青年。シェル・アディティア。
ライオンという意味を冠する名の通り長身で精悍な顔つきの、礼儀正しい20歳の青年だ。
ヴィシュヌというヒンドゥーの名高い最上位神の加護を授かっており、回復と水系魔法、戦技を全て使える、一柱にしてオールラウンダーな能力を持っている。レベルも既に60を超えている。インドには奉魔教会がかなり根深く入り込んでいたらしく、ここに来るまでに随分と地獄を見たそうだ。
「コンニチワ大尉、ご指導よろしくどうもお願い致しマス」
「あ、あぁ」
二人目に、雪がいかにも片言な中国人さながらの、やる気なさげな自己紹介を行った。
「渡瀬…?もしかしてお二人は親戚かなにかですか?」
「そうだな、そんなところかな」
シェル青年が興味深々で聞いてきたので、ぼかして答えた。
半年ちょっと前から兄弟だ、しかも義理の。
とはさすがに言いづらかった。
「ふぅん」
そこで初めて、三人目の少年が口を開いた。
どこか不思議な雰囲気の少年だった。
見た目は…ゲルマン系か?ちょっとアジア系が入っている気もするが。
美少年という言葉はあまり使ったことがなかったが、それがしっくりとくる容貌をしている。
白い肌と青い瞳、輝くようなプラチナブロンドの髪を肩まで伸ばした、中性的な少年だ。
「初めまして皆さん。僕は三鷹イマヌエルと言います。母は日本人で、父はドイツ人です。どうかエルと、気軽に呼んでくださいね」
そう言ってニコリと笑う彼とも握手を交わした。
やっぱりハーフなのか。青い瞳って劣勢遺伝だったような気もするけど…。まぁいいか。
彼もまた、雷神という最上位神をその身に宿していた。加護の能力としては…攻撃に特化しているようだ。レベルは70と、かなり高い。彼がスカウトされたのはモンゴルだったらしい。そこで魔物の群れに襲われて両親は死に、自分だけなんとか生き延びたのだそうだ。
三者三様に、その境遇には同情しかない。
「三人とも、素質は十分みたいだな。これから早速だが、上級クラスだけ課外授業だ。夕方までに、北海道のC級を三人だけで落としてきてくれ」
ま、雪がいるんだから、どうとでもなるだろう。




