第85話 終焉と英雄の始まり
「またしてもあの男か…」
ダン協内部は、パニックを起こした群衆と同様、恐慌に近い状態だった。
ブラジル、日本、欧州、アフリカにある、今や四つのみとなった本部基地、その全てにおいて、防衛対応および、緊急の世界会議の準備に全員が追われていた。
「知力や権力をもった個体をいいように操って同族討ちをさせる。これも奴らの常套手段なのかもしれんな…」
総本部付総司令官のヨゼフ・カーネマンは、そう感じていた。
彼がもつ『千里眼』のスキルは、地上の全てを見渡すことができる。
よって、エウゴアが宣言した内容が、全くこけおどしではない事が否応にも分かってしまった。
「まさか、堕ちた米露中から接収した、現存する核弾頭の99%を魔導砲に乗せて、すべて瀬戸基地へ向けて撃ち放つ、などと…」
瀬戸基地は、人類存続のためのまさに瀬戸際に位置する場所。
その想いをもって建造された、アレクの技術の生粋を集めて進化し続けている砦だ。
絶対に失うわけにはいかない。
かつてゲートバスターズを壊滅させた最強最悪のマスター、ルシファーが守護する中国S級の地上入り口の周囲には、テレビのジャック配信があった本日未明を皮切りに、おびただしい数の砲台が配備され始めている。ダンジョンの中で、こつこつと準備は進められていたのだろう。
そしてそれらは全て宣言通り、日本の方角に向けられていた。
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エウゴアが行った放送は深夜ではあったが、一人でに大音量で流れ始めたテレビを、全世界の人々が目撃することとなった。
当然、全ての対ダンジョン協会においても、厳重なセキュリティ対策や録画、位置特定、逆ハックなど様々な試みを行いながら、その放送を注視した。
「…と、そういうわけでして。明日のちょうど今と同じ、二時。私はそこで、ミサイルの雨によって目障りな瀬戸基地を滅ぼします。私がこうしてわざわざ申告しているのは、私の慈悲によるものです。対ダンジョン協会を信じたばかりに命を落とすであろう愚かな大勢の皆さんを憐れんで、私は逃げるための時間を用意しました。明日、基地とその周囲の半径100キロメートル四方は、海の藻屑と消えます。どうぞ皆さん、お逃げなさってください」
エウゴアはそこで、グラスに入った、緑に濁る謎の液体をぐいっとあおった。
「あぁまずい。もう一杯ッ。なんちってね。日本で流行ったらしいですよ。ゴホン、まぁ私からのお悔みみたいなものですね。…おっと話が逸れましたが、本題に戻ります。先ほど奉魔教会を解散すると言いましたが、それには教会を維持できなくなる悲しい理由があるのです。これは私の上司の決定なので仕方がないのです…』
いかにも残念だ、という表情で。
「火花が上がったその日から、敬虔な教会会員の皆様のお体は急激な進化を遂げ始めます。『主』の細胞が皆さまの体をオーバーライドしまして、他者の細胞を己に取り込む欲求を際限なく高めていくのです」
そして一呼吸おいて、笑顔でこう言った。
「つまり分かりやすく言いますと、ゾンビになります。人肉大しゅき!ってね。全世界でおよそ十万人の選ばれた会員様方が、いっせいにそうなりまぁす!!き、教徒がゾンビだらけじゃ、さすがに教会は維持できませんものねぇ…プ、プククククククククッ!ププププククククククックアアアアハハハッハハハハハハハァアハハァァァ!!!!」
その後、数十秒の間にも渡って、彼は笑い続けた。
テレビを見ていた人々には、なにが可笑しいのか、理解できなかった。
ただ、狂った目の前のアレにとっては、愉快な話なのかもしれない、とだけ、ぼんやりと感じた。
「いやぁ失敬失敬。全国放送でこういう重大発表を行う気分は中々良いものですね。ではそういうことで。共に人類の進化・存続のために!切磋琢磨してまいりましょう!以上、奉魔教会教皇あらため、新人類代表エウゴアがお送りしました。ではさようなら」
そして、放送は唐突に切られた。
人々に残されたのは、静寂と、砂嵐の画面。
全世界はパニックに陥った。
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―ここは、サハラ砂漠のどこかに位置する、対ダンジョン協会アフリカ支部。
軍をもたない途上国のダンジョン攻略を支援するNGO団体の運営本部が、ここにはあった。
その理由は、ここに、渡瀬太一以上の女性モンスターテイマーが存在するからである。
彼女の組織するモンスターの軍団は強力であり、一小隊ともなれば加護者に匹敵するだけの戦闘力を誇った。
「あの野郎、何かやらかすとは思ってたが、まさか魔導核攻撃に加えてリアルバイホハザードやらかすとは…クレイジーだぜ」
アレクは、今後の【プランB】の要となる、この組織を支援するためにやってきていた。
組織というよりも、彼女個人を保護する意味合いが強いが。
彼女さえいれば、別に組織はどこでだって成り立つのだ。
だが彼女は他の二人と違って強情で、めったなことでは故郷を離れようとしなかった。
「あの小物は所詮、ルシファーの言いなりになっているだけでしょう。…おいで、セト」
目の前のモデルさながらの長身、長い黒髪の黒人女性、オナリン・ソサは、そう静かな口調で返した。
アレクの懐刀、クリス、ジャンに続く三人目の『ガチャ勢』が、彼女だった。
彼女の目の前には、セトと名付けられた大型のキメラ型魔獣が、彼女に頭を垂れていた。
体長十メートルはあろうかという狼の魔獣。
その眼は白く細く、狩人さながらで、歴戦の魔導兵でさえ、目が合っただけで金縛りを免れないだろう。
「いつ見てもすごい迫力だな。そいつ、ロシアS級の初スタンピードで流れ出た奴だろ。救護班で現地に向かった際に捕獲したと聞いたが…よく捕まえたものだ」
「ええ。ダンジョンと共に、生まれたてだったのが幸いでした」
「もうそいつ一体で、僕より強いんじゃない?」
「ご謙遜を。あなたが得た『アーティファクト』の力をもってすれば、この子だって簡単に消し去ってしまうでしょう」
「オナリン、あれは燃費が悪すぎるんだ。壁作りに魔素核はいくらあっても足りない。太一みたいに突き抜けた存在を除けば、今必要なのは個の力より群の力さ」
「そうですね」
「その点、オナリンの能力は他に代えがたいものがある」
『ステータス閲覧』
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オナリン・ソサ(22)Lv105
加護:獣神
性能:体力C, 筋力C, 魔力S, 敏捷A, 運D
装備:魔導改一式(銃、短剣、スーツ)
【スキル】
戦技:ゲイル・クロウ
魔法:初級(土,風), ソリド・テイム, ジディ・ビースト
技能:物理耐性-中
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『獣神の加護』:生物系において最上位の一柱。
レベルアップ時の成長補正(魔敏-中+)
『ゲイル・クロウ』命令した魔物が、命を使って超強力な物理波動攻撃を放つ。自爆強制奥義。
『ソリド・テイム』魔力を消費するテイム。魔物の保有制限がない。
『ジディ・ビースト』魔力で一個体の筋・敏を二倍に強化。効果時間5分、クールタイム24時間。
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「世界が終わるその日まで、どうか長生きしてくれよ」
「ええ、善処しますね」
にっこりと笑ったオナリンと共に、アレクは作戦指令室に入った。
現地には、復活したナーシャのダンジョンマップとリンクしたコンピュータが、プロジェクタにとある地図と数値を映し出していた。
「司令官さん、アフリカ中の全C級を落とすのにあとどれくらいかかる?」
「ハッ、オリヴェイラ総統。ソサ様のお力により、アフリカは世界でも類を見ない程の進撃を続けてはおりますが…それでも残存するC級はあと125カ所。あとひと月半はかかる目算です」
「それじゃダメだ。他が間に合わない。全魔獣軍団にライフル数門とキャノン砲一門を取り付けるための工場をあとで基地内に作るから、それで三日で魔導兵部隊ごと再配置し直して、一カ月で落としてくれ」
「ハハッ!命に代えましても」
「働ける命は貴重なんだから、健康と安全第一でよろしく」
「ハッ!」
アレクとオナリンは、地図に示された数値を眺めていた。
「全世界における残存ダンジョン数は…C級2246カ所、B級90カ所、A級1カ所、S級3カ所…か。オナリン、この数値をどう思う?」
「控えめに言って、絶望的ですね」
「…はは、だよね」
アレクは宙を仰いだ。
(やっぱり母数が桁違いのC級が一番のネックになったか)
兎にも角にも、時間が、圧倒的に足りなかった。
だが、アナスタシアが今回新たに持ち帰った情報は、千金の価値があるものだった。
それは、オリジナルS級内に神は封印されていない、ということ。
アナスタシアが捕えられている間に、ダンジョンマップが分析し判明した新たな事実だった。
それは唯一【プランB】という滅亡からの逃げ道を用意してくれるものだった。
つまり、S級ダンジョンの根絶によりゲート出現阻止を狙う【プランA】ではなく。
S級ダンジョンを除く全てのダンジョン根絶により太一の覚醒を狙う【プランB】。
この狙いは、絶対に敵側に知られるわけにはいかない、最大機密である。
ただし元々地球内に存在していたロシアS級には、神が封ぜられている筈だ。
だから一つは、S級を堕とさなければならない。
更に、覚醒した太一の力が『主』に及ぶかどうかは全く未知だ。
それでも、ルシファーやオメガのいるS級二つを現状の戦力で攻略するのは、どちらも全滅のリスクが高く、どう考えても無謀であった。
「…はぁ、とりあえず、今日の会議に提出する戦略文書の作成、修正に修正を加えて、宜しくね」
「はい。会議までにあなたは少し、お休みください。アレク」
「そだね。工場の基幹部分の作業はこいつに任せるか…」
アレクの身体を覆っていた、魔素核(大)で作られた特製の強化外骨格。
それが独りでにアレクの身体を離れると、みるみるうちに、人型ロボットの形を形成した。
「紫電、じゃ、宜しく頼むよ」
『心得ました、マスター』
アレクの最後のスキル『アーティファクト』で作り出した、装備型独立稼働兵器だ。
彼の好きなステルスゲームのキャラクターにあやかったもので、デザインもそれに寄せていてスタイリッシュである。
ニンジャのように素早く工場開発現場へと向かっていく紫電を、手を振って見送った。
紫電には高度の人工知能に加え、兵器生成能力までが付加されてある。
ここのスタッフと一緒に働けば、半日あればそこそこの兵器工場を作ってくれるだろう。
まさにアレクの手と足となって働く、頼れる相棒である。
…あとは刀を持たせて戦う機能があれば完璧だが、それを追加する時間も、魔素核の余裕もないのが現状だ。
「ふぁ。じゃちょっと寝てくるよ。最近あったいいニュースといえば、リーリャ達の無事と、太一とナーシャのおめでたと、A級がいっこ落ちたことくらい、か」
「ブラジルA…あなたの故郷が報われる日も近いですよ、アレク」
「…そうだといいね。ふぁ、おやすみ、オナリン」
「おやすみなさい、アレク」
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ダン協のおいて「滅亡回避プロジェクト」と。
そうシンプルにネームドされたその会議は、正午を待って慌ただしく開始された。
会を仕切るのは、総本部司令であるカーネマン卿と、瀬戸基地司令である諸国司令だ。
それに連なり、各ダン協基地の司令部と、世界各国で未だ機能している政府のトップが数名。
最後に、ダン協が誇る最精鋭部隊【ゲートバスターズ】の全員。
あわせて千名ほどが、魔導ネットを経由し、十分なリアリティをもって列席している。
議題は、目下二つの脅威への対応法。
一つ、明日二時に瀬戸基地に対して行われる魔導核攻撃を凌ぐこと。
二つ、その後に散発するであろう人々のゾンビ化とそれによる被害拡大を防ぐこと。
議題といっても、千名で決められる議題などは、実際ないようなものだ。
時間もない。
あらかじめ少数で決議された内容を、全員に流布するための場のようなものだった。
「皆さん。早速ですが、我々が現在立案できる作戦内容を伝えます。一議題目ですが、諸国司令、よろしくお願いできますか」
「はい」
カーネマン卿に指名されて、諸国司令が説明を行った。
「まず、瀬戸基地は、基地全体を覆う規模の広範囲の物理・魔力に耐するバリアフィールドを持ちます。通常の核であればエネルギーの保つ限り耐えられますが、魔導コートされた弾頭に対しては、直撃に耐えられるのは恐らく1000発程度。しかも、周辺地域への汚染は免れないでしょう。次に、ビーム兵器およびレールガン、さらに【主砲】による迎撃機能に関しては、半径一キロメートルから数百キロメートルに渡って数百発の同時迎撃が可能ですが、毎秒数十~数百発の撃ち漏らしが発生するでしょう。つまり…」
会場全体が息をのむ。
「我々の装備だけでは、今回の魔導核攻撃を耐えられません―しかし」
議場が奮狂する前に、司令は二の言を繋いだ。
「対ダンジョン協会の描く終末回避作戦の中心人物が、自ら迎撃を名乗り出てくれました。彼は一人の日本人男性であり、三柱の神の加護を受ける加護者であり、そして我々の最後の希望である、一人の…勇気ある人です」
諸国司令の合図をみて、俺は立ち上がった。
ひとり、大会議場の中央へと歩みを進める。
(人類全体の命が、俺一人の肩にかかっている、か)
それも、勝率など一切推し量ることのできない、【力】なんていうあやふやな希望だけを持たされて。
(でも…)
俺は、背後に立つ仲間達の姿を見る。
そして、俺を見つめるナーシャの姿を。
最初からこうなる可能性があることは、分かっていたんだ。
それでも、RPGゲームの勇者みたいにスライムを倒すところから始めて、こんな所までやってきた。
やりきろう。
俺を信じてくれる人たちの期待に応えたい。
俺は大きく息を吸った。
この会議は世界中に中継されているらしいから。
エウゴアの狂言に怯える、全ての人たちに、わずかでも希望が届くように。
さぁ始めよう。ここからが、最後の戦いだ。
「私は、ワタセ・タイチといいます。皆さんに約束します。私たち【ゲートバスターズ】は、必ず人類の砦たる瀬戸基地を、そして私の故郷を守ってみせます。そしてその後に起こるであろう脅威を、人類が一致団結して乗り切った暁には―」
エウゴア、お前も見てるんだろ。
そして、ルシファー、お前もだ。
よく聞け。
「私がこの手で、侵略者『主』を打ち倒すことを、ここにお約束します」
友人がルーパーとリーリャを描いてくれました♪
(*≧∀≦)ノワ(☆´□`)人(´Д`☆)―イ




