表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/134

第79話 脱出②

 リーリャが皆の待つビルディングの上へとたどり着いた時、もう既に雪は転移陣を起動させていた。

 彼女の表情には苦悶が見てとれて、転移陣がかなりの魔力を消費させていることが分かった。

 

「多分、いつでも、飛べます」


 つらそうに声を絞り出す雪の肩に手を置いて、リーリャは耳元でそっと呟いた。


「大丈夫、太一は生きてる」


「…え?」

「おっと、そのままちゃんと維持してろよ」


 そしてリーリャは、今度は呆然自失状態のアナスタシアの顎をくいっと上に向けて、背けられない程に目と目を近づけて、こう言った。


「お前に贖罪の気持ちがあるのなら、これからダンジョンの入り口に転移し次第、即座に日本の瀬戸基地の中枢区画までテレポートしろ。いいな?」


「てれぽー…と?」


「あぁ、エウゴアの奴にいじられて出来なくなった訳じゃないよな?」


「…ええ、でき…ます」

「よし」


 リーリャは頷き、雪へと合図を送った。



 ―そして聖女パーティは、約四カ月ぶりに、日本へと生還した。


 予定していたとおりに、雪という最重要人物をきちんと連れ帰って。

 そして何よりも、捉えらえていた聖女自身を見事に救出して。

 

 だが、要人や魔導兵しか滞在できない中枢区画にあってさえ、彼女たちの姿を見たものは思わず目をそむけた。


 その姿は全員がボロボロで、生気がなく、大怪我を負って動かない者までいたという。


  


----------


「通してくれ、急患がいる!」


 リーリャは、太一の指示を忠実に実行し続けていた。


『瀬戸基地に着いたら、まずは中枢区画にある医療棟を目指して…。

 そこでナーシャを…。』


「悪いが、拘束させてもらうぞ、ナーシャ」

「え…」


 かつて雪がそうされていたように、閉鎖病棟にある、錯乱した者を拘束するための椅子に下肢・体幹を固定し、なおかつ魔法が撃てないよう、両腕を頭上で組んで拘束帯でさらにぐるぐる巻きにして鎖でつるし上げた。

 その過程において、アナスタシアは、一切抵抗しなかった。


 そして、ここまで運んできた太一をベッドの上に寝かせると、冷たい水の槍を引き抜いた。

 ぶしゅッと血が飛び出すが、やはり、たいした量ではない。

 地面に流れた量と足しても、せいぜい2Lか3Lか。

 常人ならショック死しても全くおかしくないが、この男はこれくらいじゃ死なない。

 

 槍は、心臓を避けて、片側の肺の一部を潰すに留まっていた。


「え、間違いなく、心臓の位置に刺さってたのに…」


 雪が信じられないという風に漏らした。


「雪、お前はもう少しこの男を見習って、頭を冷やすことを覚えるといい」


 そしてリーリャは、事前に預かっていた上級ポーションを太一の口に押し込んだ。


「え…なにを…やって…」


 アナスタシアはそれを理解できないという風に眺めた。


「この男に騙されたんだよ、あんたらは」


 そしてポーションの瓶が空になる頃。


「…ごほ。げほっ。げほっ。さぶ…。あぁ…ひどい体験だった」


 太一は蘇生された。


----------


 蓋を開けてみればなんていうことはない。


 念動力の力で、槍が刺さる前に心臓の位置を右胸郭へと押しやり、出血と低酸素を防止するために左の気管支動脈と肺動脈の血流を遮断した。その時流れ出た血はせいぜい細い肋間動脈やら静脈性の出血だ。俺の体ならそれくらいすぐに止まる。ついでに心臓の中の血を全部締め出してロックして脈圧をゼロにしておけば、仮死状態の出来上がりだ。

 虚血に最も弱い脳へのダメージだけが課題だったが、これはナーシャの水の槍が勝手に全身の体温を下げてくれたので、あとは能力とともに代謝を下げに下げたおかげでクリアだ。


 まぁ、常識的には全然クリアじゃないだろうけど。

 そこはまぁ、限界突破してるからね。なんとかなるもんよ。


 こうして俺は、後遺症ゼロで一時間にも及ぶ仮死状態から見事復活したというわけだ。

 いやぁ、軍学校で習った人体解剖生理学の授業がこんな所で役に立つとは思わなかった。


 そうして身体を起こした俺の前に、雪の姿があった。


「兄さん、なにか私に言うべきことがあるんじゃないですか?」


 彼女は顔を臥せて、目を合わせようとしない。

 手はきつく握り締められて、震えている。


 これは、どうみても、怒ってる。


「悪かった。でも、お前に言っても絶対反対されると思った―」


 そこまで言おうとして、雪に抱き着かれた。


「兄さんが私のことを信頼してくれていないことがよく分かりました」

 

 俺の腹に顔を埋めたまま、雪は言った。


「…信頼してるよ。強さだけなら、誰よりも」


 俺は雪の頭に手をおいて、正直に言葉を返した。


「じゃぁ、何が足りないんですか」


「何だろうな…余裕?」


「…宿題にします。でも兄さん、これだけは約束してください」


「うん?」


 雪は少し顔を上げた。

 そして少し赤くなった両目から、射るような視線が投げかけられた。


「これは戦争ですから、人間いつかは死にます。それはもうとっくに割り切ってます。でも、兄さんがもし死んでしまうのなら、私が助けられなかったことを一生後悔するような死に方にしてください。決して、私の手の届かない所で訳の分からない理由でいなくなることだけはやめてください。…お願いだから」


「…うん。宿題にするよ。ごめんな」


 雪はそれですっと俺から離れた。

 俺のTシャツには二つの丸い染みができていた。

 鼻水?


「鼻水じゃありません。いいです。私も言いたいことが言えてすっきりしました。これが私達の初めての兄弟喧嘩でした。めでたしめでたし」

「はは、喧嘩だったのやらな。聞き分けのいい妹をもって幸せだよ」

 

 その時、苦しそうなうめき声が聞こえてきた。


 声の主は、ナーシャだった。


 ナーシャの目は、また赤く染まりつつあった。


「わ…わたしは…こんなこと…望んでない…のに」


 ナーシャは、何かと争っているようだった。

 

「たいちと…また会えて…本当に嬉しいのに…どうして…こんな」


 そして、ひどく苦しんでいた。

 エウゴアの洗脳によるものだと思う。

 一回俺が死んでみせることで洗脳が解けることを期待したが…ダメだったようだ。


「あああああああ!!!タイチ…コロス…タイチ…シネ、シネ、シネェェェェェ!!!」


 だが、果たしてこれは本当にただの洗脳なのだろうか。

 そもそも俺は、彼女のことを、どれくらい知っていると言えるのだろうか。


 俺は計画通り、彼女の心の中に踏み入ってもいいのだろうか?


 俺は彼女と通じ合えていると思っていたが、それは俺の見当違いだったんじゃなかろうか。


 怖い。

 入っていった先で、正気の彼女に真向から拒絶されたら、俺、中でショック死して出てこられなくなるかも…。




「兄さん。行ってあげてください」


 机に腰かけて足をぷらぷらさせながら、雪が言った。

 つまらなさそうに。


「…人って、あんな悲しい顔が出来るんだって、あの時初めて知りましたから」


「え?」


「アナスタシアさんが、兄さんを撃った後のことですよ」


「…そっか」


 なら、俺も腹をくくろう。


「なぁ雪、他人が心の中に入ってきた時って、どんな気分だった?」


 俺はかつて雪に対して行い、今からまた行おうとしている禁忌の所業について尋ねてみた。


「案外、悪いものじゃなかったですよ。初対面でしたが兄さんはとても真摯でしたし。それに、あそこより悪い場所なんてどこにもないんです。それはきっと彼女もそうです。だから、連れ出してあげてください」


「分かった。ありがとう、勇気が出たよ」

「どういたしまして」


 俺は店長とリーリャにも挨拶しておくことにした。


「太一くん、頑張って来てください。きっとナーシャさんも待ってますよ」

「あぁ」


「もう金輪際お前とはパーティは組まないからな。とりあえず、帰ってきたら一発殴らせなさい」

「悪かったって。今後も頼むな」


 さて。

 さっきから罵詈雑言を当てられてギャリギャリ削られてる俺のMP?がこれ以上減らないうちに、行きますか。


「ナーシャ」

「あぁぁぁぁぁ??!」


「愛してる」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ