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第76話 赤い目

「雪、大丈夫か?」


 キメラの足止めに徹してくれている雪に声をかけた。

 ナーシャからの魔法が及ばないよう距離をとってだが。


「うん。本調子じゃないけど、これくらいなら」


 あのキメラは決して弱くない。

 オメガの代わりにここの守護を任されるだけはある。

 現に、ドラゴンがいなければリーリャが数分も保たないであろう程度には苛烈な攻撃を繰り出してきている。

 それを青い顔をしながらもすいすいと避けている雪はさすがの一言だ。

 だがあの機動は風魔法によるものだから、少なからず魔力を消費しているわけで。

 

「転移装置の起動にお前の魔力が必要だそうだ。囮役は店長に任せて、お前は下がっててくれ」

「うん。迷惑かけてごめん」

「俺が危なかったところを救ってもらっておいて、迷惑なんて或るわけないだろ」


 エーテルを何本か渡すついでに念動力で雪を後方へと送った。


「うわわわわ」

「るぱぱぱ」


 代わりに店長コンビが集中砲火を浴びているが、あそこはまぁ大丈夫だろう。


「タイチ、今みたいにナーシャをお前の念動力でがんじがらめにして無理やり連れてくってのはどうだ?」


 ドラゴンの背の上で得意の戦斧が振るえないリーリャは、現地調達した魔導銃で時折キメラのヘイトを逸らしつつ、俺に提案してきた。


「全身を拘束しても魔法は使えるし彼女を傷つける可能性があるから没。魔力切れはどうだ?」

「そうか、だが魔力切れは期待できん。エウゴアの時もそうだったが、ここはどうも敵側に戦闘をサポートする装置があるらしい。魔法の威力が落ちてないんだろ?」

「あぁ。S級ダンジョン自体の性質なのかもな。…じゃぁ、あれしかないか」

「何か案があるのか?」


 俺は店長と雪に聞かれないように、念話をリーリャのみに絞った。


『あぁ、今から俺が言う通りにしてくれれば、きっと上手くいく。いいか?」


 そして、今一番効果的と思える作戦をリーリャに伝えた。


『なッ、危険すぎる。到底認可できない』

『俺は今日すでに一回死んでいる。だから効果は高いはず』

『馬鹿野郎ッ、だからこそ危険なんじゃないか!』

『頼む。休眠に入ったオメガが俺が生きていることに気づいて、もう一発さっきのをやられたら、間違いなく全滅だぞ。時間がないんだ。店長は不器用だし、雪にこんなことを伝えたら絶対に賛成してくれない。お前だってわかるだろ?』

『…私なら賛成するといいたいのか?』

『あぁ、お前は立派な軍人だからな』

『…』

『頼むよ』

『…はぁ、くそ。失敗したらあの世に行ってもお前を呪ってやるからな』

『はは、ありがと、リーリャ』


 よし、リーリャの協力が得られたら、あとは上手くやるだけだ。

 また一本、ナーシャの放った水神召海七覇槍ヴィリカモリゼガルフスを躱した。

 今のは結構な威力だったな。

 当たってもたいしたダメージにならないと知って、数より質の作戦に変えてきたのかもしれない。


 ナーシャの姿を見た。

 額には何本も青筋が立って、今まで見たこともないようなその表情は、怒りに染まっている。

 充血というより、もはや真っ赤に染まったその両の目からは、涙のように流れた血が頬を伝っていた。


(俺の力不足で、ごめんよ。今楽にしてやるからな)


 俺は飛ぶのをやめて、地上に降りた。

 ナーシャと同じ目線だ。


「うあぁぁぁぁ!」


 飛んでくる超級水魔法を、片手で払いのけた。

 ナーシャに対して、歩いて近づいていく。

 あと20メートル、15メートル、10メートル…。


「あぁぁぁぁぁ!!」


 今度はまた極大魔法が飛んできた。

 だが焦っているのか、合成されていない、ただの一本の水の槍だ。

 空中でそれを掴んで、握りつぶした。


「おいおいナーシャ、俺を舐めてるのか?そんな爪楊枝みたいなナマクラが刺さるわけないだろうが」


 俺はトントンと自分の左胸を指さした。


「俺を殺りたかったら、七本全部まとめてここに当ててこいよ」


「ぐぅぅぅぅぅ!!!!」


 挑発が効いたのか、ナーシャは槍の合成を始めた。

 よかった、今の彼女にはたいした理性は残ってない。


「ちょっと、兄さん…?何をしてるんですか?」


 雪が気づいたらしい。

 だが、作戦は続行だ。


 ナーシャはやっぱり七本合成することは叶わなかったようだが、五本ほどの槍が一つとなり、俺の心臓を貫くことに特化するべく細く、鋭く、空中で回転しながらキリキリと引き絞られていく。


 やればできるじゃない。

 これくらいの威力があれば、念動力で性能を少し落とせば上手くくらってやれるだろう。

 すまないが、後処理は頼んだよ、リーリャ。


「あれ、太一くん?あれ?」

「兄さん!やめろ、アナスタシア!!」


 店長はただ戸惑っているが、いい意味で俺を信頼してくれているのか、そのままキメラのサンドバッグ役を続けてくれているようだ。

 反面、雪は俺の狙いに気づいたのか、キメラの相手をやめて、こちらへと急接近してきた。


 雪もごめんな。

 彼女はさっき随分と後ろに送ったからな。

 何とか間に合ったみたいだ。


「うわぁぁぁぁ!!!」




 アナスタシアが放った一本の水の槍が、太一の左胸を貫いた。


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