第70話 宇宙回廊
一本道をバイクで爽快に進んでいたところ、途中から敵がうじゃうじゃ出てくるようになった。
なるほど、油断させて誘い込んでから退路を断つということらしい。
S級ダンジョンからの帰還者がいないのも納得だ。なんともいやらしいことで。
罠も多い。レーザー銃とか、飛び出るスパイクとか、電気ショックとか、毒ガスとか。
まぁ全部バリアーで防げるから、ほんとに便利だ。
バリアーに取り付いてきた敵は、雪が鎌で削ぎ落してくれている。
右に左に。左に右に。ザクザク、ザクザク。
あれっぽい。車についてる自動の…。
「ワイパーっぽい?」
「い、いいえ」
エスパーか。
まぁこんな物騒なワイパーはうちだけですな。
と、しょうもない感想はそれくらいにして。
ここは本当に、ものすごく広いダンジョンだな。
もう随分と走ったが、全く景色が変わる様子がない。
唯一変わったといえば、つい数分前から敵の姿や罠がぴたりとなくなったことか。
「こういう、すっと雑魚が引いていくときって、たいていアレだよね」
「そうだな、これが親切な休憩地点じゃないとすると…」
ウィィィィン
俺達の進行方向の前方で、床に設置された大型ハッチが開いていく。
そこから、カタパルトでも通ってきたのか、勢いよく巨大な生物が射出された。
大きさだけでいえば、ドラよりも随分と大きい。
キリンのように長い首、小さな頭をもった、大型の猿のようなキメラだった。
『キェェェェェェ!!!!』
巨体に似合わない甲高い声で、そいつは咆哮をあげた。
う、うるさい。
ダンッ
俺の後ろで、バイクが少し揺れた。
雪が行ったらしい。
いつの間にか、彼女は登場したてのキリン猿の肩の上に乗っていた。
彼女は、スピードだけでいえば俺より上だ。
ステータスの問題じゃない。
体躯とそれを補助する風の扱い方が、もう異常な程に上手いのだ。
敏捷が限界突破していないモンスターなどは、もう彼女の動きには全く付いていけないだろう。
それと…。
「邪魔」
雪は風魔法剣を大鎌に纏い、神威を僅かに発動させると、その凶器を軽々と振るった。
一瞬の後に、キリン猿の頭部は粉々に爆散した。
まったく見せ場のないまま、登場したての中ボスは哀れに地面に沈んだ。
―風神の首飾りを手に入れたその時から。
雪の神威は完璧なまでに完成され、彼女と風神は息をするかのように自然にリンクされていた。
一段階目の神威はもうほぼノーコストで扱えるらしく、まだ誰も扱えていなかった四段階目までをも一跳びでマスターしたのだ。
素でそれだけの強さなのに、更には消滅の能力をもっている、と。
本当に、味方として今一番頼もしい存在は、間違いなく雪に他ならなかった。
鎌を頭上でヒュンヒュンと振るって血を落とした彼女は、すとんとバイクの後部座席に戻ってきた。
「雪、ありがと」
「うん。ああいうのは私がやるから、兄さんはバリアーの継続、宜しく」
「わかった。しかし、この道あとどれくらい続くんだろうな。俺の視力でも全く終わりが見えないんだが」
またバイクを走らせようとしたその時。
「太一君!!!」
俺は、本当に懐かしい声を聞いた。
広場の側面の扉が開いて、そこから出てきたのは俺がずっと会いたかった人達だった。
「店長、ルーパー、リーリャ!!」
「るぱぁぁぁぁぁ!」
勢いよく飛んできたルーパーが、大きな頭を俺の腹にぐりぐりとこすらせてきた。
「おぉよしよし、会いたかったよルーパー。寂しかったよな」
「るぱー」
「ほら、好物の黒炎だぞ、たんと食え」
「♪♪」
俺はルーパーに給餌しつつ、二人と握手を交わした。
「太一くん、よくご無事で」
「タイチ、お前不死身かよ」
「はは、店長達こそ、本当によく無事でいてくれた。助けに来るのが遅くなってすまない」
「いやいや。こんなところまで来てくれただけで、私は十分感激していますよ」
「店長、リーリャ、彼女が雪だ」
二人に雪を紹介した。
雪からの自己紹介は「雪です、宜しく」と一言だけだった。
まぁ彼女は人見知りだからな。
「無事救出できたのですね。さすがは太一くん。さて、雪さんの事も含めて積もる話はありますが、実は時間がありません」
そして俺と雪は店長から、彼らがここで知り得た情報について簡単に説明を受けた。
エウゴアが、ナーシャを実験台にしようとしているということも。
「あの、クソ野郎…」
雪をあんな目に合わせただけじゃなく、ナーシャにまで手をかけようというのか。
この状況下で、なぜ人間同士でそんなことができるんだろうか。
脳が沸騰しそうな程に激しい怒りを覚えた。
「太一くん…」
「なら一刻の猶予もないな。なぁ店長、このメイン回廊は、地図上ではずっと真っすぐだって言ったよな?」
「え?えぇ。最後にえらく広がった場所に至るまで、ずーっと一直線でした」
よし。
俺は五行錫杖を取り出して、はるか彼方へと狙いを定めた。
限界突破した魔力を『超魔導』で込められるだけ込めると、杖は白く眩く輝いた。
更に、魔法が減衰しないように魔神の神威を上乗せしていく。
エウゴアへの怒りのためか、神威はかつてないほど自然に発動できた。
「太一くん、な、なにをするつもりで?」
「ただの露払いだよ」
オメガ、受け取れ。
挨拶替わりだ。
ドンッ!!
フルパワーの『ペネト☆レイ』を放った。
広大な回廊を埋め尽くす程に巨大な白色破壊光線が、一瞬ではるか彼方へと消えて行った。
玉藻が使っていたグラビティブラストを意識したものだ。ん、黒化粧だっけ?
まぁ、スパロボでいうマップ兵器みたいなもんだな。
放った後は、妙に頭がすっきりした。
魔神の神威は即効性のストレス発散効果があるな。
その分中毒性がありそうで怖いけど、おかげで冷静に物事を考えられていい。
「行こうか」
「ま、待て。今のとんでもないのは、何だったんだ?」
リーリャが尋ねてきた。
「行けばわかるよ。さ、乗った載った」
前処置が済んだところで、カプセルカーを取り出した。
ルーパーは伸縮自在なので、屋根の上に乗る必要はない。
雪が助手席で、三人には後部座席に乗り込んでもらった。
大型のスポーツカー風の姿となった新タイチカーは、内部もリムジン以上に広々としていた。
黒いジェットを吹きながら、車は超速度で回廊を進んだ。
しばらく進んでも雑魚モンスターや罠の姿は見られなかった。
先ほどの熱血と集中をこめた直線型マップ兵器を放ったおかげだな。我ながらなかなかの威力だ。
物騒だった宇宙回廊は、都市高速よりもよほどスムーズな道路へと変わった。
「あたしらが進路変更を余儀なくされた強敵の群れが、あんたにかかっちゃ魔法一発でお掃除かよ…。つくづく規格外だな、あんたは」
「まぁ、否定はしないよ」
さっきみたいな中ボスが出ない限りは大丈夫だろう。
自動運転モードにして、俺はしばらく中ボスの対処を雪に任せることにした。
「うん、任せて」
むしろいきいきとしていた。
雪は、慣れない人達とはこれくらいの距離感が楽だろうからな。
俺は後部座席へと移った。
後部座席は向かい合わせになっていて、俺はまずリーリャと向かい合った。
その腕の傷は、敗北したあの日のままだった。
「リーリャ、お父さんのことは、残念だった」
「あぁ…ありがとう。父はあんたにとても期待していた。今のあんたを見たら大層喜ぶだろうよ」
リーリャは寂しそうに笑った。
「リーリャも、あれから随分と強くなったみたいだな」
彼女はあの頃と比べて随分とレベルが上がっているし、それに、とげとげしてつっぱっていたあの頃より、なんというか一皮向けたような感じがある。
「ここでは、随分と鍛えられてな。それでもお前には到底及ばないだろうが」
「いや、たいしたもんだ。筋力はもうじき限界突破が近そうじゃないか」
「そんな風に持ち上げても、もう二度とお前と腕相撲はしないぞ」
「腕を折ったのをまだ根に持ってるのか」
…自分で言ってなんだが、俺なら根に持つな。
「そこで、変わりといっちゃなんだが」
俺は初のアイテムクーポン特上を使った。
「これを使ってくれ」
「これは?」
「特級ポーションだ。これで部位欠損が治せる」
「そんな貴重なものを、私なんかが使っていいのか?」
「当たり前だ。これからの戦いで、君ほどの戦力を遊ばせておくわけにはいかないからな。それとも、実は病欠希望だったりするのか?」
「ぬかせ」
リーリャがごくごくとポーションを飲み干すと、千切れた右腕はみるみるうちに再生していった。
ナーシャを救出できれば、部位欠損は彼女の極大回復魔法で治せるしな。
彼女の救出前に、戦力は出来るだけ整えておきたい。
「これは…すごいな。久しぶりの両腕だ。ありがたい」
失っていた感覚を思い出すように、彼女はゆっくりと掌を開いたり閉じたりを繰り返していた。
「しかし太一君、あんなド派手に極大魔法をぶっ放しちゃって大丈夫なんでしょうか。ここ宇宙ですし」
「まぁ大丈夫だろ。なんたってここ、S級ダンジョンなわけだし」
「え、ここってS級ダンジョンの中だったんですか!?」
店長は気付いていなかったらしい。
リーリャは…そこまで驚いていなかった。察しがいいな。
「つまり、どのみち終着地点で待ち構えているS級ダンジョンのボスにぶちあたって消えたはずさ」
「な、なるほど。え、えす級の…ボス…ごくり」
「一回やり合ったことがあるんだ」
「やりあったですと!?」
「まぁ店長、一回落ち着こっか」
毎回びっくりされるのも面倒なので、俺もここいらでこれまでの経緯をざっと説明することにした。
雪の異形の腕には消滅の能力があること。精神を侵食されていた彼女の精神世界に入って引き戻したこと。
幻獣を倒して、更なるステータスの限界突破に至ったこと。
そして、ここの主であるオメガと戦って痛み分けとなった際に、なぜか店長たちがここにいるという情報を奴が語ったこと等について。
「そうでしたか、太一くんや雪さんはそんな大変な道のりを歩んでこられたんですな」
そう言うと店長は、バックパックからなにかを取り出した。
「どうぞ、あの日に回収したものです。これだけは何があってもなくすまいと持っておきました」
俺の相棒だった。店長がずっと持ってくれていたのか。
「ありがたい。正直、メイン武器なしでオメガに挑むのは無理があった」
おかえり、太極棍。
あぁ、やっぱり棒はいい。頑健さと繊細さが融合したこのフォルムがたまらん。
「なぁタイチ、あんた、S級のボスを倒すつもりなのか?それとも撤収するのか?」
棒身をすりすりしていたところでリーリャにそう聞かれた。
「それは、分からない。だが、ナーシャの救出が最優先であることは間違いない」
そして俺は考えていた作戦を伝えた。
内容はいたってシンプルだが、最善の布石だと思う。
「巨人は俺と雪で止めておくから、その隙に三人はナーシャの救出を頼む」
それを聞いてまた店長は驚き、リーリャはゆっくり頷いた。
「二人だけで無茶な、と言いたいが、きっとそのオメガの前には中途半端な力じゃ足手まといにしかならないんだろう。…本当はあんた自身の手で救いだしたいだろうに。あたし達も全力を尽くすよ。ナーシャのことは任せてくれ」
リーリャは察してくれたようで、そう力強く約束してくれた。
遅れて店長も同意してくれた。
ルーパーはずっとリーリャの膝の上で寝ているが、なぜかいつも全て分かっているようなので問題ない。
「恩に着るよ。だがそちらも気を付けてくれ。エウゴアの能力は未知数だから」
「十分気を付けるよ。だが、こちらにはジロウもいるしな。得体の知れなさでいえばジロウもなかなかのもんだ。言い方は悪いが、なぜあんな新米二等兵みたいな動きで音速の銃弾やミサイルが避けられるのか理解に苦しむ…」
「ほっほ、新米二等兵くらいの動きが出来るようになっただけ成長したものですな。大事なのは避けようという気持ちですよ、気持ち」
店長はむしろ褒められたように感じたらしい。
「気持ちって、あんた後ろから撃たれても当たらないじゃないか…」
しかし、リーリャの言うように、運は本当に謎の多いステータスだ。
加護の効果を除けばレベルアップで唯一成長しない部分でもあるし。
昔好きだったラッキーな某ヒーローはギャグマンガの世界だったからよかったものの、現実でああいう戦いを見せられると、違和感が半端じゃないからな。
まぁ現代は銃と剣と魔法の世界なのだから、今更ではあるが。
…お?
久々に店長のステータスを覗いてみたら、驚くべき内容が表示されていた。
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田村次郎(45) レベル:135
加護:七福神
性能:体力C, 筋力C, 魔力C, 敏捷C, 神通力Ⅰ
装備:打ち出の小槌, アンダーアーマー, ぷよぷよシールド, ミスリルの下駄, マジックタリスマン
スキル:お祭り
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神通力Ⅰ…。
おぉい、さらっと限界突破してるやん。
「え、店長、それ、運、どしたの?」
「え?」
「え、じゃないよ」
「あぁ、いつの間にか名前が変わっていた件ですか?格好よくなってますね。わたし、進化でもしたんでしょうか?ルーパーくんみたいに」
「いや、それが限界突破ってやつだと思うよ」
「ほー」
「反応薄いな!」
店長が自分のことに無頓着なのは相変わらずだ。
昔から他人のことにはすぐ驚くくせに、自分のことに限っては人を驚かせ続けるよな。
元々、地味に凄い人なのかもしれない。俺がいない間、リーリャと英語でコミュニケーションをとっていたらしいし。
あと、スキルまで変わってる。なんでそんな自由なんだ。
世代か?
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『お祭り』他奥義を併合した開運系極大魔法(魔力消費:小)。
七福神の足並みが揃ってきたおかげで実現した小規模のお祭り。
少し味方の運気を高め、敵の運気を削ぐ結界を展開する。
展開中は一度だけ、何が起こるか分からない低品質の【おみくじ】がひける。
効果時間30分/クールタイム無し
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結界か。
ナーシャの防御魔法も確かそんな感じだったが、これは範囲がもっと広そうだ。
どことなく今後もグレードアップしていきそうな雰囲気だし。
もし防衛戦なんかをする場合には、これはかなり凄いんじゃないか…?
「この新しいスキルはダンジョン内でも使っていたのか?」
「えぇ、割と早い段階でこうなりましてね。探索を行う地点を覆えるくらいの範囲はありましたので、毎回これを使ってから臨んでいましたよ。魔法というものを初めて使いましたが、心地よくない疲労感がありますな、はっは」
そうか。
三人が四カ月に渡って無事だったのは、これのおかげもあったのかもしれないな。
ズシィィン
防弾、防音に長けたタイチカーだが、時折外からは雪が中ボスを屠っている音が聞こえてきていた。
もう必要な話は出来ただろう。
車内は前側と後側で区切られているという謎のVIP仕様となっているから、そろそろ雪が寂しがっている頃だと思った。
「俺はそろそろ運転席に戻るよ。三人は戦いに備えて、これまで大変だったぶん、ゆっくりと休んでくれ。シートはリクライニングできるから。最後尾にユニットバス製造くんを置いたし、お腹がすいたら食糧製造くんに頼んでくれ」
「何から何まですまないな」
「太一くんってよく自分で純戦闘系とか言ってますけど、何気にもてなし系として万能ですよね」
そうかも。
まぁ彼らは能力じゃなくてアイテムだから。壊れたら替えがきかないんだけどね。
「じゃ、ごゆっくり」
俺は運転席へと戻った。
「雪、おつかれさん、面倒な仕事を頼んですまないな」
「いいんだよ。ゆっくり話せた?」
「あぁ。雪のこともいいように伝えておいたから。地球に戻ったら、改めて皆と話そうな」
「…うん」
「皆クリスみたいないい人ばかりだよ。心配いらない」
「ううん、違うの」
そう言う雪は、どことなく暗い表情だった。
ちょっと引っかかったので、しっかりと彼女の目をみて、続く言葉を待った。
「…兄さんって、本当に、皆さんと仲間だったんだなって。ちょっと寂しくなっただけ」
あ、そういうことか。
今や数少ない気を許せる存在である俺が仲良さげに話してるのをみて、寂しくなったんだな。
まぁそうだな、雪はしっかりしてるし強いけど、まだたったの17歳の女の子だもんな。
「元気だせって」
俺は雪の頭をごしごし撫でた。
「雪はまだ17歳だもんな。心配しなくても俺はお前の家族なんだから、どこにもいかないよ」
「…うん」
「なんだかんだ疲れたんだろう。しばらく中ボスは俺がやるから、雪はちょっと後ろでシャワーでも浴びておいでよ」
「…わかった。十分気をつけてくださいね」
「ちょちょいのちょいだ」
そう言って、太一は車を出て行った。
彼は久しぶりに帰ってきた武器を振いたくて仕方がないようだった。
その元気な後ろ姿を見送った後、雪は思った。
兄はいつも私のことをよく分かっている様に振る舞うが、全く分かっていない。
―私が彼のことを、欠片程にも、親とも兄とも思っていないという事を。
…それでも。
それでも、家族という肩書きは、私だけのものだ。
雪はぽつりと呟いた。
「私、もう17歳なんだよ?…太一兄さん」
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何日も止まることなく進み続けたことで、スタート地点から数万キロは離れただろうか。
この奇妙だった宇宙の旅にも、終わりが見えてきた。
とても宇宙空間に作られた建造物とは思えないくらい、もうそこは一つの世界だった。
屋根は続いているのだろうが、次第にそれは透明なドームのように変わっていき、空には星が浮かんでいた。
コロニー。宇宙に浮かぶ、生命が居住できる建造物。
空想の世界のものかと思っていたが、本当にあったんだ。
科学と空想が融合して、認識がごっちゃごちゃになりそうだった。
車から降りた俺達は、歩いた。
向こうには、俺達がミニチュア人形に見えるくらい、遥かに上のスケールの巨人が座している。
店長たちは、あれが動くだなんてことは想像もしたくないだろう。
でも、あいつは動く。
それどころか、足元に転がっている岩の塊は恐らくクーポン特上に匹敵するレベルの脅威をもった神器で、それを遠慮なく俺達目掛けて振り回してくるわけだ。
俺の横には雪が。
大鎌を強く握りしめて立っている。
「店長、リーリャ、ルーパー」
俺は後ろを振り返って、三人へと呼びかけた。
「ここはあいつのテリトリーだ。きっと前に戦った時よりも、あいつは数段強い」
全員が息を呑んだのが分かる。でも俺はこう続ける。
「でも、ナーシャが待っているんだ。きっと俺達のことを信じて待っていてくれている。俺が絶対に時間を稼いでみせるから、その隙に三人は回廊を抜けてくれ」
「私も頑張りますから」
俺と雪の言葉に、三人はしっかりと頷いた。
俺達はそれを見て、また巨人へと振り返ると、駆け出した。
巨人までの道のりはまだ長いが、やけに短く感じてしまう。
ふと、目の前の地面に不思議な紋様が現れた。
「太一君!雪さん!ささやかですが、私の結界をこちらに残しておきます。どうかご武運を!!」
「タイチ、後で会おう!」
「るぱ!」
店長、ありがとう。
リーリャとルーパーも、頼んだぞ。
俺は振り向かず、親指を立ててそれに答えた。
巨人の元にたどり着いた俺は、意思疎通を通じて、大きな声で呼びかけた。
『オメガ、お前が言う通りに来てやったぞ!』
巨人の目がゆっくりと開いた。
そして底の見えない大きな大きな両の瞳が、俺を真っすぐに捉えた。
『仲間の情報を渡したからには、俺がここに来るように誘ってたんだろ?だが、ナーシャのこともちゃんと返してもらうからな』
オメガの口がにやりと笑みに変わった。
『よく来たな、小さき者よ』
確かな知性を感じる声が、脊髄まで震わせてくる。
まったく、ぞくぞくするね。
『なんだ、ちゃんと喋られるんじゃないか』
『我はここでしか己を保てないし、この狭い世界でしか力を十分に振えないつまらない存在だ。我は、長く、様々な星に打ち込まれたこの杭の端で、様々な挑戦者を屠ってきた』
オメガはゆっくりと立ち上がった。
腕に握られた大きな柱の岩肌に、ひしめくように紋様が浮かび始める。
『強き者よ。貴様達と戦うことだけが、我の生きる意味だ』
ズシィィィンン!
そして、俺達のいるこの空間は、あっという間に檻のようなもので囲まれた。
『心配せずとも、我は最初から巫女の救出を邪魔する気などない。我の目的はただ一つ、全力で貴様と殺し合うこと、ただ一つ』
逃げられない、ということらしい。
あぁ、そうかい。
『だが貴様らが死んだ場合は、仲間達も、後で殺す』
…だろうな。
『ステータス閲覧』
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オメガ LV.??
種族:渡来種
性能:生命力Ⅹ, 理力Ⅹ, 魔力S, 敏捷SSS, 運S
装備:理力の柱
【スキル】??
==========
まったく、想像はしていたけど。
強くなっても強くなっても上がいるんだから。
嫌になっちゃうなもう。
「兄さん、あのデカブツ、何て?」
雪は冷静だ。この状況で大したもんだよ。
…おかげで俺も少し頭を冷やすことができた。
彼女と完璧に力を合わせないと、こいつを倒すことはできないだろう。
「あいつ、趣味はバトルしかないんだって」
「ふぅん?で?」
「それだけだ。暇人を返り討ちにしてやろうぜ」
「うん。付き合ってらんないね」
それぞれの武器を構える。
「出し惜しみはなしだぞ、雪。死なない限りはナーシャが後で治してくれるから」
「ええ、やりましょう」
『さぁ、小さき者よ。全力でかかってこい』
うるさいな。
言われなくても。
俺をここに呼んだことを、必ず後悔させてやる!!
歪な二人の兄妹が、それぞれの想いを胸に戦いに挑む。
片方は想い人を救うために。
片方は想い人をただ死なせないがために。
決死の戦いが始まった。




