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第69話 絶望と、そして。

 私達は、この第四拠点を、探索の中心とすることにしました。

 

 そして文字は分かりませんが、この監視モニターを徹底的に操作してみることにしました。

 なんせ、四カ月も探索して初めて得られたナーシャさんの手がかりです。

 そもそも彼女がここにいて、生きていると分かっただけでも大きな前進です。


 ただ、あの様子だと恐らく眠らされているのでしょう。その理由はよく分からないものですが。

 とにかく私達はここで数日を過ごしました。


 そして貴重なデータを発見しました。


 ここはかなり管理権限の高い区画なのでしょう。

 施設の全体マップを入手することができたのです。

 私達が喉から手が出る程欲していたものでした。

 携帯電話があったら即パシャだったのですが。

 残りページの少ないメモ帳に、全体の地図の記入を始めました。


 ですが、私は、途中で書くのを中断せざるを得ませんでした。

 

 私達には、分かったことがありました。

 その内容には、良い要素と、非常に悪い要素がありました。


 良い要素としては、彼女が施設の最深部に囚われているということが分かったことです。

 最深部には巨大な装置―リフレクターのようなものでしょうか―が存在しており、その脇道を進んだところに、彼女が眠る部屋が存在していることまで知ることができました。


 悪い要素としては…。


 今私達がいる場所は、私達がスタートした地点から最深部まで、まだ百分の一程しか進んでいなかった、ということです。


「…」


「ま…まぁ、最近じゃぁ随分効率も上がってきていたし!なんとかなるよ!」

「る、るぱ!るぱ!」


 二人が盛り立ててくれます。

 しかし、それでも、時間が、時間がかかりすぎます。

 このまま脇道を進めば、これまで進んだ道のりを稼ぐのにどれだけ効率を上げても一カ月以上はかかる。そうなると、最深部にたどり着くのにかかる時間は…十年です。

 十年後にもナーシャさんが無事でいる保証なんてどこにもありません。

 リーリャさんの武器だって、たった四カ月で刃こぼれが目立ってきているのです。

 さらに、一度でも重症を負ってしまえば、もうポーションはありません。

 

 さらに…。さらに…。


 …。


 メイン回廊を進む?無理だ。

 いくらレベルが上がったところで、あの通路を進めば、数刻のうちに大けがは必須だ。

 脇道側の位置感覚を失えば、今だって餓死する可能性はある。

 そんなのは御免だ。


 …私には、無理なんじゃないか?


 私なんかじゃ…。




「ジロウ…」




----------


 これまで、いつも前向きに私達を先導してくれたジロウが…。

 ジロウが、膝をついて座り込んでしまった。


「少し…休ませてもらえませんでしょうか」


 そう言って、彼はモニターの前から動かなくなった。

 何かを考えているようだったが、その胸の内は教えてくれなかった。

 モニターの向こうでは、ナーシャが綺麗な姿のまま、微動だにせず横たわっていた。

 

 私達はここに来て以来初めて、歩みを止めることとなった。


 私に彼を叱咤激励する権利などない。

 私は彼がいなければ、最初の場所で惨めに野垂れ死んでいただけだ。

 ここまで探索を続けてこられたのも、ひとえに彼の能力と知恵によるところが大きい。


 ここらで、休息が必要なのだろう。


「ふぅ」


 私は硬質な椅子に座り、行儀は悪いがテーブルに足を組んで載せた。

 ここにパイプでもあったら最高なんだけどな。

 キューバ産の、あのキツい奴をもういちど吸いたいなぁ。


 目を閉じる。


 死んだ父の最後の姿を思い浮かべた。

 彼は軍人としても、父親としても、尊敬できる人だった。愛情もあった。

 怒り、憎しみ、悔しさ、そういった感情はもちろんある。でも今はしまっておく。

 父は、グラジエフ将官は、自ら前線に赴き、立派に死んだ。

 今はそれでいい。


 私は軍人として、いや、今はただの一人の武人として、自分の可能性を試してみたい。

 そうして、いつかルシファーをこの手で倒すことができるなら。

 それは、悪くない結末だ。


 アレクにもらった大事な戦斧バトルアックスの代わりに、アンドロイド兵をばらした素材で作った簡易のハルバードを手に取って、管理区画を出た。


「る、るぱ!」


 ルーパーが後を追ってきた。

 不思議とこいつは、言葉が「る」と「ぱ」しかなくても考えが伝わってくるところがある。

 どうやら心配してくれているようだ。


「心配すんな。ちょっとそこらの敵を綺麗にするついでに、レベル上げだ。直近のやつらだけでも片付けとかないと、あの区画に入り込んだらジロウに危険が及ぶからな。…もし生きようとする意志のない人間がいたとしたら、神様は守ってくれないかもしれないだろう?」


「るぱ…↓」

「サンキュ、ジロウの傍にいてやってくれ」


 ルーパーをなでて、その尻を押した。

 かわいい神獣ちゃんはふよふよとジロウのいる所へと戻っていった。


 なぁに、私は決して自己犠牲なんかでこういう事をしているんじゃないのさ。

 片腕しかなくても、どんどん強くなっていく自分が楽しいんだ。


 今日はつい先日授かったばかりの新しい戦技を試してやろう。


 そうして、時折リーリャは区画を抜けては、戻ってくるという生活を続けた。


----------


 何日か過ぎたのでしょう。

 情けない私に、リーリャさんは何も言いませんでした。


 私は妻子の姿を思い浮かべていました。

 会いたい。すごく会いたい。

 タッチパネルを操作して全体マップをみると、私達がスタートした地点のすぐ傍に、門のような構造物があったようです。

 そこは、どうやら地球に最も近い端の部分に位置していました。

 もしかしたら地球への転移門かもしれません。

 四カ月かけてやってきた道のりは、今では二か月もあれば戻れるでしょう。

 ただ会いたいのであれば、そうすればよい。 

 

 …ナーシャさんを放っておいて逆走する?

 ありえない。

 そんなことをするくらいなら、私は死んだほうがましだ。


 じゃぁ、進むしかないっていうのに。

 今までの百倍の行程、その一歩を踏み出す勇気が、なかなか湧いてこないのです。

 それに、今までと同じ方法でがむしゃらに進むのはもはや現実的ではない、ということもまた事実です。

 なにか良い案がないか、私はそれだけを考えてモニターを眺め、とくに収穫のないままに無為な時間を過ごしていました。


 いつものように私は、自責の念にかられながらぼんやりとモニターを眺めていました。

 すると、そこに信じられないものが映りました。


「人間…!?…まさかあれは、エウゴア…!?」


 彼は薄着一枚のナーシャさんに無遠慮に触れ、何かを話しかけていました。

 そして彼女の血液を採取すると、部屋から去っていきました。


 それはほんの一瞬で、以後、モニターに彼女以外の人間が映ることはなく、今まで通りに、時折大きな機械が動くのみでした。

 しかし、彼女が今どういう状況に置かれているかを理解するのには十分でした。


 彼女は、人体実験をされている。


 私達が会いに行く予定だった、雪という女の子の話を思い出しました。

 村人は異形の姿に変わり果て、彼女自身は片腕を機械に替えられたという話でした。


 脳が沸騰するのではないかというくらいの怒りを覚えました。

 このままではいけない。

 太一君の大切な彼女まで、モルモットにされてしまう。


 私は先ほどまで自堕落であった自分のことなど忘れて、すぐにリーリャさんに報告しました。


「エウゴアの奴が…くそ!あいつも人間のくせに!ナーシャに何やってくれてんだ!」

「一刻の猶予もありません。そこで提案なのですが」


 私は、メイン回廊をルーパー君の背に乗って突っ切るという案を提案しました。


「それは、最初に何度も話しただろう…。あの罠やモンスターの集団の中を突っ切ったら、私達もルーパーも、五分でハチの巣だ」

「ですが、もうそれしかありません。私の盾を最前列に構えて、死にかけたら脇道に避難する。それを繰り返すしか…」

「リスクが高すぎる。ジロウ、元気になってくれたのは嬉しいが、冷静になってくれ。ポーションはもうないんだぞ」

「…しかし、他に方法がありますか?」

「…私にも考える時間をくれッ」

「はい。すみません」

「…こちらこそ、すまない」


 私達は、またお通夜のような雰囲気になってしまいました。

 打つ手のない、先のみえない状況。

 焦りだけが強く強くのしかかってきます。

 

 …吐きそうです。





ビー!ビー!ビー!ビー!ビー!


ドォォォン…。

ドオォォン…。


 そんな時、けたたましくアラームが鳴り響きました。

 同時に、どこか遠い場所で爆発のような音と、僅かな振動が伝わってくるのを感じました。

 私達がメイン回廊を通った時も、ここまでのアラームは鳴りませんでした。

 なにか、施設にとって大きな脅威が出現したかのような雰囲気です。

 私は、急いで該当場所のモニターを確認しました。


 そこには、メイン回廊で大きな爆発があった様子が映し出されていました。

 なにかとなにかが戦っているように見えます。


 思わずルーパー君の姿を探します。


「るぱ?」


 彼はちゃんと傍にいました。


「じゃぁ、誰が…?」


 リーリャさんが当然の疑問を口に出しました。

 

 私は、心臓がバクバクしていました。

 たとえ味方ではなくても、何らかのアクシデントが起きたのであれば、それを利用できるかもしれない。

 

 もし…味方であったなら?

 ここがどこかは分かりませんが、こんなところまでやって来られる人間がいるとすれば、限られています。


 私達は食い入るようにモニターを見つめました。


 私達があれだけ苦戦したメイン回廊の大型アンドロイドやキメラ、そして罠の数々が、まるで羽虫のように蹴散らされています。


 そして、その中を疾走する一機のバイクが映し出されました。


 もう随分久しぶりに見たその雄姿に、私は年甲斐もなく興奮し、そして涙が溢れました。

 後ろに見たことのない女性を載せているようですが、その姿は紛れもなく…。


「太一君が!来てくれた…ッ」


 これだけは無くすまいと、あの日から預かっていた彼の大切な武具。

 それを主人の元へ還せる日がまた来ようとは。


「タイチ…ほんとに生きてたのか…」

「るぱ!るぱ!」


 いつまでもモニターに見とれているわけにもいきません。

 私達は、すぐにでも彼に伝えないといけない事があるのですから。


 人生ってのは本当に、捨てたもんじゃない。




「行きましょう。私達の、本当のリーダーの元へ!」


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