第67話 突入
海面を撫で、雲を突き抜け、ドラゴンは縦横無尽に飛んだ。
飛行速度はワイバーンと同程度だが、体力面では当然ながら圧倒的に上だ。
俺と雪を乗せたドラゴンは全く休むことなく、東へ東へと飛行を続けた。
途中、アメリカ大陸から流れてきたであろう悪魔系モンスターとか、どぎつい色をした飛竜とか、空を飛ぶスライムとか、とにかく色んなモンスターが襲ってきたのだが、その悉くをドラゴンが長射程から撃墜してくれたおかげで、俺たちに攻撃が及ぶことはなかった。
風が強いのが難点だったが、快適空間製造くんが対流を生み出してほぼ完全に遮断してくれた。イヤホンのノイズキャンセルみたいな理屈だ。たぶん。
こうして多少の揺れはあるものの、空の旅はすこぶる快適なものだった。
いやぁ、ドラゴンをテイムしておいて本当によかった。
「ドラ、ご褒美だ。そのまま頼むな」
『グオ♪』
炎を食べさせればよかった神獣ルーパーと違って、幻獣ドラゴンは普通に肉食動物だ。
先ほどちょっかいをかけてきたアルゲンタヴィス風の怪鳥を念動力で捕まえて皮を剥いで丸焼きにしたやつを食べさせてやった。
ちなみにドラっていう名前は出発前に俺がつけた。
むしゃむしゃと鳥肉をほおばるドラの立派な角から手を放して、俺は簡易錬成で作成した大型サドルの上へと戻った。
アメリカ大陸が見えてくるまで、もう少し時間がある。
今のうちに、ひとつ雪と話しておきたいことがあった。
「なぁ雪、S級ダンジョンを見たことあるか?」
座席の上でリラックスしている雪に、俺はコンビニアイスを手渡しながら訪ねた。
今は北半球は夏だ。アイスがうまい。
雪は嬉しそうに受け取った。甘いものは全般的に好きらしい。
異形の左腕が何もしなくてもエネルギーを食うので、基本的に雪はよく食べる。
「はぐ…ないよ。私は大災害が起きてから村が襲われるまでの間、一度も村から出てないから」
「俺も実物はない。なら本部基地でのレクチャー、覚えているか?」
「衛星写真を見せられた時のだよね。確か、中国、アメリカにあるS級ダンジョンのどちらの入り口にも、ただの門しか存在しない。だっけ?」
雪はペロリとアイスを食べ終わると、無言で二本目を要求してきた。
「そう、A級以下のダンジョンは漏れなく、普通に地下の洞窟に繋がっているのにだ」
「S級に入って生きて帰った人間が誰もいないから、中がどうなっているのかは分からない、だったね」
「あぁ、写真で見た門は、日本B級ダンジョン内にあった小転移用の鳥居とどことなく雰囲気が似ていた気がする。科学者たちも、S級の入り口は相当な地下深くに存在するジオフロントへの転移門ではないかと考えているらしい」
「でも、兄さんは違うと思ってる?」
「分からない。疑問を抱いたきっかけは、今回俺たちによって初めて観測されたアメリカS級のダンジョンマスター、オメガだ。あんな超大型の巨人が生息できるようなジオフロントをそう何個も作れるだろうか?強度的になんというか、地球やばくない?」
「はぐ…そう言われれば、そうかも。快適くーん」
肝心なところで、やばいって言葉しか出てこない俺の学のなさが恨めしい。
雪に呼ばれて、快適くんは二本のアイスの棒を回収した。
「本部でもきっと議論されているだろう。だが調べる術はない。無人の小型偵察機ですら、門から半径百キロ圏内に入った時点で、帰属意識の高いモンスター達に全て撃ち落されてきた訳だからな」
「そうだね、中、どうなってるんだろう」
ここまで問題提起しておいてなんだが、結局はすべて推測でしかない。
俺は立ち上がって腰に手を当てると、キンキンに冷えたコーラを取り出して、ぐいっとあおった。
ぷは!
やっぱコーラは本家に限るな。
「はは、いい飲みっぷりだね」
「いやぁ、空の上で飲むコーラは格別だな」
アイテムボックスは本当に便利だが、このダンジョンだらけの世界で特にそれを実感するのは、やっぱり絶対的な食糧確保の点だ。
店長たちのことで心配なのは、モンスターのことと同じくらい、食糧面のことだ。
四カ月もの間、ダンジョンの中で無事に水や食糧を確保できただろうか。
ルーパーがいるから火は使えるはずだが…。
特にリーリャは、ルシファーに大怪我を負わされている。とにかく一刻も早く合流しないといけない。
「ぶっつけ本番上等だ。まぁ俺が言いたいのは、ダンジョンに入ってから、たとえそこがどんな場所であってもビビるんじゃないぞってことだ」
「もちろん。害虫は巣から駆除。巣が大物であればあるほど、獲物も充実してる筈だもんね?」
「う、うん。まぁ、そゆこと」
雪の切れ味抜群すぎるコメントに、今日も俺はちゃんとつっこめなかった。
そしてその後も安定してドラは飛行を続け、俺たちはアメリカ大陸の西海岸線を通過した。
大した脅威ではないのだが、大量の地上モンスター達から怒涛のようにビームやら投石やらの攻撃が飛んでくるようになったため、ドラは自然と雲にかかるくらい上空を飛んでくれるようになった。
賢い子で助かる。
S級周囲のモンスターの帰属意識、防衛意識が高いというのは本当だったらしい。
日本のB級も、ロシアのA級も、ここまでじゃなかった。
―そうして、ついに俺たちは目標物を視界に捉えた。
黒く脈打ち、巨大な根がひしめく巨大な門が、広大なクレーター状にへしゃげた地面の真ん中にそびえたっている。
これがS級への入り口だと、一目でわかった。
門の回りにはイナゴの大群かという程に大量のモンスターがひしめいていた。
「ドラ、このまま降下してくれ。攻撃は俺が止めるから」
『グオゥ!』
ドラをすっぽり包めるくらいのサイズのバリアを展開した。
ドドドドドドドド!!
空から地上から、怒涛の攻撃の嵐がとんでくるが、雷影を倒した今、俺のバリアを貫通できる程の攻撃を放ってくるものはいない。
「このまま門をくぐるぞ、雪」
「はい!」
「雪、俺は必ず皆を助ける。そのためにお前の力を貸してくれ」
「はい。兄さんの望むままに」
そう言って雪はとても嬉しそうに笑った。
俺たちは、門を潜り抜けた。
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門を抜けた途端、先ほどまでの攻撃が嘘のように、あたりに静寂が訪れた。
そして俺達は、信じられない光景を目の当たりにした。
「な、なんだ、ここは…」
「なんなんだろうね。兄さん、もしかしてビビッてますか?」
「ビビってない。…びっくりしてるんだ」
「…そうだね。びっくり」
俺たちは先がぼんやりとしか見えないくらい、長い長い回廊の端に立っていた。
天井も、はるか高くにある。
相当規模の大きなダンジョンであることは間違いない。
後ろを見ると、先ほど通ってきた門と瓜二つの巨大なキモい構造物が蠢いていた。
どうやらモンスター達はここまでは入ってこないようだ。
あたりを改めて見渡した。
ここは土でできた洞窟などでは、決してない。
壁は金属製に見える。そしてよく分からないが、配管のようなものまで張り巡らされている。
これは明らかに、文明がもたらした、人工物だ。
もはや、SF映画に出てくるような近未来の建物、といった表現がシンプルにしっくりきた。
俺たちの背でも届くところに窓があったので、外を覗いてみた。
一瞬、言葉を失った。
「…なぁ雪」
これは、ひょっとすると…。
「うん…宇宙…だよね。で、あの明るいのが」
「地球…なんだろうな。丸いな」
「丸いね。どうする兄さん。思ったよりも予想外の事態だけど」
雪がじいとこちらを見てきた。
俺は自分の両の頬をパンと叩いた。
「はは、予想外なんて今更だよな。進もう」
「そうこなくっちゃ」
通路は、地球らしき明るい星から離れる方向へと向かっていた。
考えないといけないことは山程あるだろう。
だがここがどこであろうと、やることは一つだ。
不測の奇襲に備えて、ドラには俺の魔物牧場の中で休んでおいてもらうことにした。
俺たちは各々武器を取り出して、全身の感覚を研ぎ澄ませながら、通路の奥へと進んでいった。




