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第63話 サプライズ

「…」

「…」


 クリスと二人きりだと、あまり喋ることがない。まぁ正確にはもう一匹旅の連れがいるにはいるのだが、今はこの輸送機の燃料という美味しいジュースをたらふく飲んで、俺の頭の上でぐっすりと寝ている。

 彼は火の妖怪ボイタタ。移動中は神威の修行くらいしかやることがないので連れてきたのだ。


 俺たちは今、遠くブラジルを離れて、東ユーラシアへとやってきた。弾丸よりも速く飛ぶ二人乗りの戦闘機を運転しているのはクリスだが、みるみるうちに世界を股にかけての移動を可能にする。俺が全力で空を蹴って飛ぶのとどっちが早いだろう。

 人類の科学はそれだけでは人類を守れなかったが、やはり凄いものだ。

 なぜ俺たちがブラジルを離れたかというと、アレク達から要請があったからであった。曰く、彼はアジアを守るためのアルプスラインを増築中なのだが、そこに邪魔なモンスターがいるというのだ。そのモンスターこそ、あの一帯で生ける災厄ともいわれる幻獣『ドラゴン』である。中国に少しでも近づいて機械壁を建造したならば、次の日には奴によって半壊の憂き目に遭うのだそうだ。


『僕とマリオ…じゃなくてジャンの二人がフル神威で脳みそパンパンにして戦えばギリやってやれないこともないだろうけどねー…今僕はあんなのに構ってる暇も余裕もないんだよね。ロシアがS級化しちゃったからユーロラインの強化も必須だし。そこで太一!君とクリスは体力の限界突破が必要だろう。なんといっても仲間達を助けるためにね。君達がドラゴンをちゃちゃっと殺ってくれれば、君達は強くなるし、僕はメキシコの壁を一刻も早く直しに戻れる。ウィンウィンだろう?』


 いつものように捲し立てられた。確かにS級に今のままで挑むことへの不安もあった。店長達のことが非常に気がかりではあるが、この三か月を生き抜いてきたということは、何らかの生きる術を見出している可能性が高い。より確実に救出するためにも、限界突破は必要と判断した。

 ちなみに雪は、途中から別行動をとった。故郷の山村へと戻ったのだ。理由は、俺が彼女の記憶の世界の中で見つけた、母親からの最後のプレゼントを探しに行きたいからとのことだった。


『勝手を言っているのは分かっている。でもあれは風の一族に代々脈々と受け継がれてきたブローチで、もしかすると今の私に何か役立つものかもしれない。それに…雷影もたいしたことなかったし…ドラゴンは神威を使わなくたって兄さん達だけできっとなんとかなるよね?』


 雪はあんまりドラゴン退治に乗り気ではなかった。アメリカの中枢を単身で壊滅させたという雷影は、確かに蓋を開けてみればあっさりと倒せたわけではあるが…。ドラゴンも同じかどうかは分からない。でも、雪にあんなに一生懸命お願いされたら、兄としては断れなかったんだよ。まぁ、俺たちのレベルがどれくらいまで上がるのかは知らないが、雪の体力が限界突破することはないだろうしな。

 …まぁつまり、俺は上目遣いに弱いのだと分かった。


「悪いなクリス。まぁ今の雪なら一人にしても大丈夫だから」

「フン、甘いな」

「そっくりそのまま返すよ」


 クリスだって、全然反対しなかったじゃん。


「あの子は確かに随分と持ち直したし、強くもなった。が、まだまだ脆い。お前の存在だけが心の拠り所のようだ。この戦いの最後の時まで、あの子を支えてやってくれ」

「いわれるまでもない。家族だからな」

「…よし」


 それからは、ボイタタの寝言のほかに、会話はなかった。

 男二人のむさい空の旅だったが、たまにはこういうのもありだろう。


――――――――――――――――――――――――


 広大なヒマラヤ山脈に沿ったヒマラヤラインの本拠地は、ベトナムの海岸沿いにあった。

 元々は都市部に近かった場所だが、そこは中国S級のスタンピードに対する最前線でもあった。人々は南へと疎開したため、一帯はゴーストタウンと化していた。テレビでよく見た活気ある屋台街や人々の喧騒などは、今はもう見る影もない。

 基地につくと、基地や軍の責任者と軽く挨拶を交わした。こういうのはブラジルで過ごすうちに随分と慣れた。今や俺についての情報規制は引かれていないため、俺はダン協の中では当然ながら超が付くほどの有名人である。多くのスタッフや軍人達から握手を求められた。

 ミーティングルームで俺とクリスを待っていたのは、アレクではなかった。

 クリス程ではないが、背が高く体格の良い男だ。


 あと、化粧が濃い。


「ハァイ、あなたが渡瀬太一ね。地味だけどちょっと可愛い顔してるじゃないのよ」

「…どうも。あなたがジャンですね」

「ええ、会えて嬉しいわ、太一ちゃん。硬い言葉はなしよ」

「あ、あぁ。よろしく」


 オネエだ。TVではよく見たが、実物を見るのは初めてだ。しかも外国人。インパクトあるな。


「ボイタタちゃんもひさしぶり」

「おージャン。相変わらず雄だか雌だか分からん出で立ちだナー」

 ふよふよと浮きながら、ボイタタがいきなり爆弾発言を放り投げたので、思わずジャンのほうを見た。


「ふふ、それって最高の誉め言葉よ。相変わらず可愛い生き物ね、ハグしましょ」

「やめれー」

 いい感じでじゃれ合っていた。相性が良さそうだな、うん。


「ジャン。アレクはもう発ったのか」

「えぇ、クリス。あなた達が来るなら大丈夫って。少し前にね」

「そうか、あいつは本当に、せわしない奴だな」

「非力なただの人間達を救える、唯一の英雄ですもの。身体が十あっても足りないわ」


 クリスとジャンは、元はアレクを補佐する立場として働いていた。

 彼の身を案じているのだろう。


「俺に出来ることは、戦うことくらいだ。ジャン、早速だが前線に案内してくれ」

 俺は俺で時間がないんだ。手早く済ませたい。


「龍狩りに向けて既に気合十分みたいね。でもその前にこの今の重要局面について再確認させてちょうだい」

 赤い×と斜線が沢山書き込まれた世界地図を指差しながら、ジャンが話を続けた。


「太一ちゃん、あなたはお仲間達をS級から救出したら、一度撤退するつもりかしら?」

「…最初はそう考えていた。だが巨人の話を聞くに、ナーシャは恐らく最下層に囚われている。奴らにとって彼女は重要なサンプルのようだから危害は加えられていないと思うが…一刻の猶予もない。俺は仲間達を救出した足で、あの巨人と決着をつけて、S級を落とすつもりだ」


 クリスが一度だけ驚いたような目で俺を見たが、すぐに頷いた。

 ジャンも、最初からそのつもりだったらしい。


「よく言ったわタイチ。実際もう地上もギリギリでね。A級を全て落としている余裕はないのよ。出来れば新たなロシアS級のダンジョンマスターが生まれるまでにカタをつけたいの。だからね、あなたと雪、救出した仲間達でアメリカS級に挑むと同時に、ワタシとクリスは他の幻獣を倒してから、日本のA級を攻めるわ」

「あんた達が強いことは勿論知ってるが、2人だけで大丈夫か?アレクは?」

「アレクを穴倉なんかに閉じ込めてたら、その間に人類は全滅するわ。大丈夫、もう一人、日本に縁がある、心強ーい協力者がいるのよ。いい?びっくりしないでね?タマちゃん!入って!」

 

 タマちゃん。猫みたいだな。

 そうしてドアが開いた。

 開いたドアから入ってきたのは、とても綺麗な十代くらいの若い女性だった。

 色鮮やかな和服に身を包み、こちらに歩いてくる。

 ドアが閉まると、栗色の長い髪が風になびいた。絵画みたいに端正な顔立ちには、どこか見覚えがあるような…。

 よく見ると、時折背中からふさふさの黄色い尻尾がちらちらと顔をのぞかせている。

 …しっぽ?


「お、お前まさか!きゅ、九尾!?」

 反射的にフォースリンガーを構えて、九尾の頭部に狙いを定めた。

 なんでここに!生きてた?!


「マリアよ。事前に説明していなかったのか?」

「サプライズ好きなの。いちお、驚かないでねって、ちゃんと言ったわ」


 それは驚かせたいのか驚かせたくないのか、どっちだ。

 いやそんなことより…こいつ、敵じゃないのか?

 くっく、と笑いながら、九尾が俺に話しかけてきた。


「その無粋な銃を下ろせ、太一よ。わらわはもう侵略者達アイツラとは切れている。あの時お主に負けてから、もう力を追い求める気概も、人間を恨んだ気持ちも、どこかへと消えたよ」


 静かに笑うその表情を見て、俺は銃を下ろした。


「そうか。敵じゃないならいい。玉藻前だっけか。でも致命傷で、ダンジョンが崩落して、あの後どうやって生き伸びたんだ?」

「お主らはだんじょんで猫神と会ったろう?あやつとは、古い縁があってな。何の気まぐれか知らぬが、残った僅かな力でわらわに加護を授けて脱出させよった。代わりに、あやつは八百万神の元へと還ったよ。生き延びたわらわは、生まれ故郷のこちら方で再び力を蓄えておったところを、こうしてそこの良い女にすかうとされたというわけじゃ」


 いやんいやんとクネクネしているジャン。

 スルーだ。スルーがよろしい。


「お主とは色々あったが…いや、色々あった故、お主さえよければ、わらわは今より人間たち、そしてこの星のためにこの力を振おう」


 玉藻前が、手を差し出してきた。

 ダンジョンでの死闘の記憶が蘇ってくる。店長も俺も死にかけた激しい戦いだったが、幸いにも犠牲になった仲間はいなかった。それに俺は、彼女のことが嫌いではなかった。


「俺は細かいことは気にしない方だ。お前が味方なら心強いよ。よろしく頼む」

「ふふ、承知した。今後はお主のことを主君と思おう。わらわのことは、どうか玉藻と、気安く呼んでおくれな、太一殿」


 玉藻と握手を交わした。

 ここにきて心強い味方が増えたことは、素直にうれしい。

 こんなほっそりとした腕だが、彼女の力は別格だからな。

 背も低いが…あれ、こんなに低かったっけ。


「なぁ、一つ聞きたいんだが、玉藻」

「なんじゃ?」

「おまえ、前より縮んでない?というか、全体的に幼くなったというか…」


 ダンジョンで遭遇した時は背も高く、妖艶な魔女といった風体だった気がする。


「それはな、力を失って幼体に戻っておったからじゃ。今はもう猫神の加護のおかげもあって万全なのじゃが、まぁ、そこはあれよ。主殿の好みに合わせようかと思っての。そっちの成長を止めておいたのじゃ」


 ん?俺の?


「主殿の連れの女子たちはみな若々しいからの。ふれっしゅな方がお好きなんじゃろうと思ってな。違ったかえ?」


 …違わない。

 そして美人の上目遣いには弱い俺。


「まぁ、いいんじゃない」

 

 かろうじてこんな言葉を返した。


「くっく、僥倖僥倖。ではまずは、龍狩りでわらわの有用さを再確認してもらうとするかや」

「話はまとまったみたいね。太一ちゃん。彼女はいったんはA級攻略に借りるけど、その後はあなたの右腕として使ってやってちょうだい。では行きましょうか、ドラゴン退治」


――――――――――――――――――――――――


 その後、俺たちはジャンに案内されて、飛空艇でヒマラヤラインの建造地帯へとやってきた。

 飛空艇の広いデッキに出て、皆で眼下に広がる景色を眺める。

 メキシコの壁よりもはるかに長い、存外の長さの人工壁群地帯。周囲の大山脈に伴う起伏にもびくともせず、それはもう一つの山脈であるかのように、縦横無尽に立ち連ねていた。

 壮大さと冷酷さと、雄大さが入り混じったかのようなこの建造物は、平和な時代ならひとつの重要文化財にでもなっていただろう。そんな圧倒的な存在感を放つこの壁群が、今や人類の最後の砦なのだ。アレクの力は本当に凄いと思う。俺も頑張らないとな。

 砦の内側に沿って敷かれた線路の上を、電車が走っていた。人員や資源、モンスターから採取した魔素核などが次々と往来している。


「これが彼が作った新たな秩序の番人よ。この機械の壁は、今や主人アレクがいなくても自動的にマッピングした場所へと伸びていくわ。金属といっても超硬化カーボンが主体で、二酸化炭素から作っているんですって。エコねぇ」


 よくわからんが、オーバーテクノロジーなのは分かる。 

 ジャンの楽しいガイダンスが入りながら、景色は移り変わっていく。

 デッキの上では、玉藻とボイタタがなにやら楽しそうに話していた。今や絶滅危惧種の生き残り同士だけに、弾む話もあるのかもな。


「さて、この壁はできれば北へ北へと伸ばして行きたいの。人類は随分沢山の領土を奪われたから。そのためには、ドラゴンを排除しなければならない」


 飛空艇が、壁が途中で途切れている場所で静止し、そこでゆっくりと降下を開始した。


「今から中国へ、北へ北へと向かって、壁の生成を再開するわ。恐らく明朝までにはドラゴンがやってくるでしょう。それまで、英気を養っておいてね♪」


 ガイダンスの終了とともに、作戦開始のカウントダウンが始まった。

再登場となりました。

どうしても某きつねキャラと被るので、やっぱりわらわにします。わら

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