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第61話 第二のS級①

 何人もの顔写真を重ねると、美人画が出来上がるという通説がある。突出した部分や至らない部分が修正され、標準的な顔になっていくというロジックである。 

 今まさに彼らの眼前にそびえたつ巨人も、様々な遺伝的要素を取り入れられていたのだが、その顔は、何者にもなり切れなかったというような容貌を呈している。つまるところ、気味が悪いような、物悲しいような、そんな能面のような顔だった。


ズシン、ズシン


 そんな捉えどころのない顔から下では、筋骨隆々の身体が、一歩歩くたびに大きな地鳴りを轟かせ、片腕には小さな商業ビルほどもありそうな大きさの黒光りする石柱のようなものを握りしめており、その表面には見たこともないような光る文字(ルーン)が刻まれていた。


ズシン、ズシン


 巨人はゆっくりながら確実に防壁へと近づいてきており、その方角は、まっすぐにブラジルのA級ダンジョンへと向けられていた。その圧倒的なプレッシャーと、何より巨人が向かっている方角をみれば嫌でも、ある確信じみた仮説が思い浮かぶ。それは、その巨体を今まで隠し通せてきた時点で信じ難いが、今回初めて俺たちによって観測されたあのビルよりもでかい存在が、アメリカS級のダンジョンマスターだということ、そしてロシアで起きたような未曽有の惨事をまたもや引き起こそうとしているに違いないということだ。


「兄さん、一応、確認するけど…」

隣で元々白い顔を一層青白くさせている雪も、どうやら同じように感じたらしい。

「S級のボス、なんだろうな。雪の復讐相手ルシファーとは似ても似つかないが」

「いいよ、同類だもの。…でも、すっごく大きいね」

「おっきいだけじゃないぞ、あれは…」


 解析をかけようとすると、ズキっとこめかみが痛んだが、かまわずに続けた。格上だからスキャンできないということはこれまでの戦いから起こりえないことが分かっている。おそらく解析をガードするような能力をもっているのだろう。だが、ルシファーの時は奴の強さの一端をも計り知ることができずにやられてしまった。今度はそうはいかない。


=======================

オメガ LV.??

種族:渡来種

性能:生命力イグニスⅦ, 理力フォースⅦ, 魔力E, 敏捷A, 運A

装備:??

【スキル】??

=======================


 かろうじて閲覧できたステータスは、あの巨人の見た目通りとも言えるし、ある意味で想像を超えてきたともいえるか。限界突破の七段階目というのが、どれくらい絶望的な差であるかは分からないが…。多分今の俺たちでは、その生命力を削りきることは不可能だろう。あれで弱体化してる筈なんだから、ダンジョン内ではどうなるんだ。あれが身動きできないくらい狭いダンジョンであることを願うよ。


「ワタセタイチ、解析結果はどうだ」

いつの間にかクリスが壁上へと上がってきていた。クリスも自分で『閲覧』をかけて既に確認したようだが、やはり見切れなかったのだろうか。

「名前とステータスしかわからなかったが、オメガというあの巨人は、体力と筋力が限界突破のなんと七段階目だ。あとは……」

分かった範囲で二人に説明する。魔力は低いが、あれで素早さはクリスよりも上だ。そんな相手がもはや惑星ごとぶん投げてきそうな膂力で襲い掛かってくるというわけだ。

「見た目以上に化け物なのね」

「だが、俺の方からもう一つ悪いニュースだ。こちらの解析によると、あれの持ってるバカげたサイズの獲物は、どうやらあちらさんの『主』とやらの魔力が込められた逸品のようだ。込められたパワーがそっくり魔力に転換、上乗せされる仕組みらしい」

なるほど、つまり…。

「つまり、掠っただけで粉粉(ミンチ)になるってことだ。ただの人間であろうと、そうでなかろうと」

クリスが淡々と答えた。


 ちなみに俺は粉々になっても復活できる。そう、魔人〇ゥのように。


「兄さん、こんな時にニヤけた顔して…。あ、ごめんなさい、意思疎通ダイブの使い過ぎで既に脳が…」

雪が勝手に廃人扱いしてきた。

「失敬な、俺はまともだ。つまりクリス、命を天秤にかけずにあいつを巣へと追い返すためには、神威による防御手段が必須、ってことだろ」

「その通りだ」

二人の視線が雪に集まる。雪はまだ攻撃の神威しか使えないからな。

「な、なに。私なら大丈夫よ。当たらなければどうということはないわ。それに私の異能なら、あいつにだってダメージを与えられるはずよ?」


ズシン、ズシンッ


「その能力は広範囲は消せないだろ。相性が悪い。雪は極力、魔法中心で援護に徹してくれ。バリアはかけるが、初見の相手で、それも掠っただけで死ぬのが分かっているのに、接近戦は危険すぎる」

「えぇ、私だって敏捷が限界突破したばっかりだから、あいつで色々試してみたいのに…」

「だめだ。ほら、あいつを追い返したらブラジルA級に挑戦してみよう。そこで存分にそのゴツイ鎌を振るってくれたらいいさ」

「はーい…。兄さんの言うことには従うわ」


 太一と雪のやり取りを、クリスは傍で見守っていた。あの廃人同然だった雪が、この短時間でよくぞここまで人間らしくなったものだ、とクリスは思う。すべては、太一の功績だ。

 もともと自分は、アレクから二つの依頼を受けていた。一つは、太一の能力を行使して雪を現実に引き戻させること。もう一つは、才能の塊ではあるが、まだ技術的にも精神的にも未熟な太一を見守り、指導してやってほしいとのことだった。

 確かに太一は、ルシファーに敗れた後自暴自棄になっていたし、戦闘技術も完全に我流といった風体だった。だが彼はこの三ヶ月で間違える程に逞しくなった。元々高かった戦闘技術は、軍隊で基礎から叩き込まれたことで随分と向上している。

 もはや自分が教えられることは、神威のことくらいのものである。


「ワタセタイチ。何か策はあるか」

そんな内心をわざわざ伝える気もないクリスは、だが、指示を仰ぐように彼へと尋ねた。

「あぁ、あいつもあれでダンジョンマスターなら、拠点を長くは離れたくないはすだ」


 おさらいだが、ダンジョンマスターがダンジョンを離れた時、三つの制約が生じる。

一、大幅な弱体化。二、生命力の消費。三、ダンジョン外での死によるダンジョン崩落。

 最近まで知らなかったのだが、ダンジョン内でダンジョンマスターを倒しても、そこに封じられた神を解放しない限り、ダンジョンは完全には崩落しないらしい。時間をかけて新たなダンジョンマスターが生まれ、ダンジョンは生きながらえる。

 つまり、ダンジョンマスターが外に居るという状態は、地球人である俺たちにとっては千載一遇のチャンスに他ならない。他ならないのだが…。


「殺しきる必要はない。無理はしないように。足止めさえできれば、あいつは帰っていくだろう。追い返せれば十分だ。しかし、中途半端な攻撃では、あいつの歩みを止めることも出来ないだろうな」

俺の判断としては、こうなる。


「神威か」

 そう、クリスの言う通り、攻撃の神威を当てる。これしかない。

 神を媒介として星から受け取ったエネルギーを常帯させるのが防御の神威、一気に放つのが攻撃の神威だ。当然、タイミング的には攻撃のほうが難しい。特にクリスの扱う三段階目は。


ズゥゥゥゥン、ズゥゥゥゥンッッ


 既に、破損して内側が露出した防壁がパラパラと崩れ落ちるほどにオメガは接近していた。間近で見ると本当に巨大であり、それがわずか後にはその手にした異質な石柱を振って俺たちを屠らんと殺意を向けてくるに違いない。身体の巨大さは、生物としてのランクと直結する。明らかに、圧倒的に上位の存在と対面することは、人類がDNAレベルで忘れ去っていた体験だろう。奴にとっての俺たちは、俺たちにとっての、昆虫のようなものだ。

 

「なーんてね…何て意味のない」


 破局的な思考を押しやるように、自虐的に呟く。そんな古臭い、DNAだなんて観念にまだ囚われていたことに失笑する。この新たな世界の仕組みは、ステータスがすべてだ。その面で、俺たちは奴に勝っている面すらある。ツキノワグマだって、今じゃプードルより可愛らしい存在なんだ。


「クリス、雪、やるぞ」

「「応」」


 二人に『バリア』をかけると、開幕の合図とばかりに、特大の黒炎球を練り上げ始めた。そこで俺の魔力に反応したのか、初めてオメガの眼球がぎょろりと、こちらに向けられた。それだけなのに、体の芯まで冷たくなるような重圧プレッシャーを感じる。だが巨人は視線を戻すと、お構いなしに一定のペースで南下を続けた。そしてついにその巨大な足の先が壁にごつんとあたると、壁上は激しく揺れた。オメガは蹴り壊すのも面倒なのか、よいしょと足を跨げて壁を乗り越え始めようとしていた。まるで無防備だ。…隣にいる俺を無視して。


「舐めるなよ」


 相当量の魔力をこめて特大の『イン★フェルノ』を放った。奴の敏捷では回避は不可能、直撃だ。

 そう思った次の瞬間、今までノロノロと動いていたオメガの首がぐるんと回ってこちらを向いた。そしてその腕が膨隆するくらい強く石柱を握りしめたかと思うと勢いよく振るわれて、俺の極大魔法はまるでろうそくの火のようにかき消されてしまった。

 少し遅れて、突風が巻き起こった。その突風によって、あたり一面の防壁は殆どが崩れて瓦礫の山と化した。もうアレク本人でない限り、修復は不可能だ。

 

「おいワタセタイチ、あれは、思ったよりヤバいな」


 地面に降り立った俺たちは、興味を失ったかのようにまた前を向いてマイペースに南下を再開したオメガの姿をしばし呆然と見送ってしまう。あいつはきっと俺の魔法を脅威と見なしたのだろう。だからこそ、手に持った手段をもって対応した。だが、俺たち自体を大した脅威とは感じていないらしい。危機察知能力は高いようだが、知能はあまり高くないのだろうか。


「どうしたものかね」

「…私の鎌を、耳の穴にでも刺してみる?」


うーん。

「あまりオススメしない…」


地響きをたてて立ち去るその背を見やる。危機的状況は確実に進行している。

やはり、おれたちの取りうる手段は一つしかないようだった。

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