第58話 雪
現実世界へと戻った俺と雪は、クリスに出迎えられた。
ずっと待っていてくれたクリスに感動して、俺は思わず感謝の意を伝えたのだが、とても反応が薄かった。
それには訳があって、俺は精神世界に何日も潜っていたような感覚だったのだが、実は現実ではたったの1時間程しかたっていなかったらしい。
なんだかちょっと損した気分だった。
何ヶ月も幽閉されていた雪は弱り切っており、ストレッチャーに乗せて運び出された。俺がもう暴走することはないと強く説得したかいもあってか、ようやく医療棟でまともなリハビリが受けられるようになった。左腕に巻かれていた鎖も包帯も、今はもうない。
それ以降、毎日病室へお見舞いに行った。
目が醒めてからの彼女は口数少なかったが、身体の回復とともに、少しずつ本来の笑顔を見せてくれるようになっていった。
4月も終わりが見え始めた頃、彼女のリハビリは終了した。
というよりも、彼女の身体は常人よりも遥かに優れた身体能力を発揮するまでに至っていた。
リハビリスタッフが皆びっくりしていたのも無理はない。
ただ「俺のリハに、こんな力が…」と呟いていた担当の人はちょっとマンガの見過ぎかもしれない。
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そして今、俺は本部の中にある道場を借りて、彼女と向かい合っている。
パーティ全員でブラジルに来るはずだった本来の目的を、俺一人で始めるのだ。
雪を鍛える。
自分の身を守り、そして他人を守れる人になるために。
「じゃぁ雪、いよいよ今日から始めるぞー」
「はい!えと、に…兄さん」
「なんだ、まだ恥ずかしいのか。俺は形式上、雪の保護者になったんだから、なんならパパって呼んでくれてもいいよ」
「えと、見た目が二十歳位の人をパパって呼ぶのはちょっと…抵抗が…あるかなって…」
世界が混乱の真っ只中にあるせいか、未成年後見人の手続き自体は、本当に簡素なものだった。
彼女の祖国の国家機能は失われてしまったため、新たな国籍は日本ということにさせてもらった。
生来孤独の身の上だった俺に、本当に家族が出来たと思うと、とても感慨深かった。
しかも、妹。
幼い頃は兄妹というものに正直憧れていたので、グッとくるものがある。
だが、クールに。クールに振る舞う。それが兄の威厳というものだろう。
「冗談だ、俺もパパはちょっと抵抗ある。なんたってまだ結婚もしてないんだし…」
「そ、そうだよね。けっこん…」
「まぁそれはいいや。本題!雪が今後、どういうスタイルで戦っていくか、についてだ」
「う、うん。兄さんは棒と銃を使っているんだよね」
「そうだね。まぁ俺は神様から格闘センスと射撃センスを貰っていたから、最初からある程度なんでも選べたわけではあるんだけど」
「そ、そうなんだ。ちょっと…参考にしづらい…ね」
がーん
こんなところに棚ぼた式戦闘マシーンであることの弊害が潜んでいたとは。
教えられて育ってないから、人にも教えられない…。
兄の威厳…粉砕。
いや、そりゃ何だかんだ努力もしてきたから、少しは教えられることもあるんだけど。
「まぁ困ったら、とりあえず…『見て』みるか」
「うん」
いつものパターンだ。
『ステータス閲覧』
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渡瀬 雪(16) レベル:1
加護:風神
性能:体力E, 筋力E, 魔力E, 敏捷E, 運G
装備:なし
【スキル】
戦技:反物質的掌打撃
魔法:なし
技能:なし
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『風神の加護』時の最上位の一柱。
レベルアップ時の成長補正(体筋-微小, 敏捷-大)
成長に伴い攻撃系奥義1種,攻撃系/補助系魔法1種ずつを取得する
『反物質的掌打撃』 消滅系奥義。
掌で触れた範囲面積の物質を消滅させる。生命力を消費する。
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おぉ…レベル1なのに、基本ステータスがEもある。
凄いな。店長換算でいくと、Eになるのに80レベルくらい必要だった筈。
つまりあの異形の左腕からもたらされる身体機能の底上げだけで、通常の人間の80レベル分の効力があるってことだ。
「どうかな、私。見込み、ありそう?」
雪が不安そうな顔でこっちを見ている。
「あぁ、大したもんだよ。雪は神様の適性上、スピードファイターだな。それでいて、決まれば必殺の一撃を持っている。正直、将来が末恐ろしいレベルだよ」
「あは!良かった!私、強くなれるんだね!」
らんらんと、こんなにはしゃぐ雪を、初めて見た。
思わず嬉しくなる。
-だがそれも、続く言葉を聞くまでだった。
「そうじゃなきゃ、あの悪魔達を八つ裂きにすることなんて、出来ないもんね!」
雪は、笑っていた。
心の底から、嬉しそうに。
(リハビリは終わっただなんて、ずいぶん呑気だったな)
彼女の傷は、開ききったままだった。
「…そうだね」
彼女の頭に手をおく。
「じゃぁまずは色んな武器を集めたから、俺と組み手をしながら、君のスタイルに合いそうなものを決めていくことにしよう」
「うん、宜しくね、兄さん」
そして、様々な武器の中から雪が選んだ物は、大鎌だった。
理由は、一番あいつらが苦しんで死ぬような道具を選んだ、とのことだった。
最も扱いが難しい類の武器だと思うのだが、不思議とよく、彼女の手には馴染んでいた。
(一応、人助けのためにって、言ったんだけどなぁ)
お兄ちゃんとしての仕事は、長い長い仕事になりそうな気がするよ。
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そうして、縁もゆかりもない南米大陸で、二人の修行の日々は始まった。
任務がない時にはクリスも参加して、大陸中の様々なダンジョンを制覇していった。
そこでコスパの良いモンスターを見つけては捕獲して、首輪付きで世界各国に生物兵器として送り出した。
平行して、神威の修行も毎日欠かさず行った。
雪は精神状態が不安定なせいか、神威は特に苦手なようだった。
しょっちゅうボイタタの火を燃え上がらせては、右の掌を焦がしていた。
さすがに女の子なので、頭頂部をこんがりさせるのは勘弁してもらった。
アレクは相変わらず世界各国を飛び回っていたが、一度だけブラジルに戻ってきた。
俺はそこで初めて、ようやく彼と直接の対面を果たしたんだ。
「太一、君に直接伝えておきたかった」
とアレクは言った。
「ナーシャはルパ吉を使って仲間を一カ所に集めていたらしい」
アレクが『希望を捨てるな』と言った意味は、その目撃情報から来ていたらしい。
「目的は十中八九、テレポートによる離脱で間違いない。ナーシャなら間に合ったと信じられる。恐らくぎりぎりで奴の消滅魔法が干渉して、不測の事態が起きたのだろう。もし手がかりを見つけたら、すぐ連絡するからね」
俺も、雪の修行が終わればすぐにアレクの元へと駆け付けることを誓った。
雪の心を解放したことに感謝をされたが、俺も彼女に引き合わせてくれたことを心から感謝した。
二人で、今まであった色んなことを話した。
そこにナーシャがいなかったことだけが、ただただ残念だった。
一晩泊まってすぐにアレクがブラジルを発った後も、修行の日々は続いた。
雪は貪欲に、強さを追い求め続けた。
風の神を守る一族というのが関係しているのかは分からないが、彼女は殺しの天才だった。
みるみる成長していく彼女。
いつしか俺が彼女を守る場面も少なくなっていった。
初めてあげたプレゼントを、彼女はとても喜んでくれた。
最後の、装備(上)クーポンを使用したのだ。
それが死神之鎌という名前であったことが、俺の新たな頭痛の種となったのだが。
仲間を失った喪失感を抱えながらも、新たな家族と共に過ごす日々は楽しかった。
こうして、瞬く間に日々は過ぎて行った。
ナーシャ達の情報は、依然として何も見つからないまま。
-三ヶ月もの月日が流れた。
またまた友人が書いてくれました。第二ヒロインの雪ちゃんです。か、可愛い。
月日は流れて、次回から4章となります。




