第52話 反転③
―同時刻。イギリス。
アレクはロシアを離れて、この地で敵を追い詰めていた。
情報提供により、エウゴアと思しき男が市街地での武装蜂起を指揮していると掴んだのだ。
仲間と協力して亜人集団を壊滅させて、今、アレクは単身でエウゴアを追い詰めている。
美しい街並みが見下ろせる丘の上。
そこで、戦いは続いていた。
「奴がダン協のトップ、オリヴェイラだ!あいつは人類を滅亡へと誘導せんとする、大罪人だ!エウゴア様を守れ!そして奴を殺せば俺達は、ルシファー様から大いなる力をいただけるぞ!!」
「「殺せ!殺せ!」」
「はぁ、誘導だなんてそんな。自分の頭で物事を考えようとしない人が多すぎるよねぇ―」
エウゴアに改造された人間、もはや亜人と呼ぶべきか。
半分モンスターだったり、半分機械だったり、殆どモンスターだったりと多種多様だ。
特筆すべき点は、身体能力が随分と向上している点と、個体差はあるが知性を残しているため、こうして銃器なども扱えるという点。
まぁ、それくらいのものだ。
「-なぁんて、元社畜が言えたことじゃないか」
『魔導機械生成』で、アレクはこれまでに数多の要塞を築き、人類反撃の拠点としてきた。
スキルの熟練度は、とっくに頂点に到達しているといえるだろう。
「こんな風に、戦闘にも応用できるくらいにはね。『生成』」
「撃てェ!!!」
エウゴアの数十人の護衛達。きっと選りすぐりの亜人なんだろう。
彼らがもつ魔導銃が、一斉にアレクに向けて放たれる。
その秒間にして何千発もの銃弾の雨が到達するより前に。
ガシン!ガシン!ガシン!
地面から巨大な機械の壁が生えて、銃弾からアレクを守った。
そしてそのまま、壁はずんずんと伸びてドーム状になり、護衛達全員をその中に閉じ込めた。
「な、なんだ、囲まれたのか?」「何も見えない」「いいから撃て!」
中で銃を乱射しているのだろう、こもった金属音が聞こえてくるが、壁はびくともしない。
パチン
アレクが指を鳴らすと、ドームの内側から一斉に、無数のガトリング砲が生えてきた。
「アディオス」
教徒たちは一瞬で、ハチの巣と化して全滅した。
あたりは急に静かになり、丘の上には、アレクとエウゴアのみが残された。
「あぁ、なんと残酷な事を。我々は同じ人類じゃないか」
「ハハ、君たちに人らしさが僅かでも残っているのなら謝罪もするさ。だが君たちは、そうではない。この地球に寄生し、食いつくさんとしている化け物。あれの細胞を己の体内に迎え入れた君たちは、狂っている。いやそんな言葉でも生ぬるい。よって、駆除することに何のためらいもないのさ」
「なんと乱暴な言いようだ。このような危険人物が今、世界のリーダーなどと称されているとは。あぁ、それこそ世界の終末が近い証と言えるだろう」
殺気を交えて挑発してみたが、全く臆することなく、男は飄々とした態度を崩さない。
このまま話していてものらりくらりと躱されるだけだろう。
アレクはひとつ、カマをかけてみることにした。
「はぁ、エウゴア、君も分からん奴だな。…元は同じ『ガチャ』を引いた仲間じゃないか」
その瞬間、二人の間の空気に亀裂が走ったのをアレクは感じた。
それまで飄々としていたエウゴアの雰囲気が、一気に張り詰めたのだ。
「…貴様、なぜそれを」
アレクは読みが当たったことを内心ほくそ笑んだが、表情には出さなかった。
「ただの勘だけどね、間違ってたら謝罪するよ。なぁに、魔導機械を作るだなんて特異なスキルが、奴らの細胞を混ぜたところで得られるとは考えづらいということさ。そして、武装集団への魔導銃の流通が早すぎた。僕みたいに、『大災害』より以前から準備していないと、なかなかこうはいかない。つまり、『大災害』より前に未来を知り得た人間、それは『ガチャ勢』のみだ。あ、もしくは、ナーシャの狂言を鵜呑みにした馬鹿正直な人達も、かな」
しばし睨み合う二人。
エウゴアは、もはや殺気を隠そうとしなくなった。
「成る程、さすがは、会長どの。殆ど正解だ。私は地球の神より、僅かな期間だがギフトを手渡され、今はそれを神殺しのために用いているといえる。少し違うのは、私が作るのは『魔導機械』ではない。『魔導兵器』のみだというくらいか!」
ジャキッ
直後、エウゴアの背後から、千手観音を思わせるような無数のロケット砲が形成され、それら全てが自律してアレクを標的に定めた。
「では、始めようか」
ドドドドドドドドド!!
砲口は、一斉にアレク目掛けて火を噴いた。
「こい!『愛銃』」
アレクが形成したのは、レーザー砲。
拡散して放つことができるため、迎撃にも有効だ。
かなり砲身が巨大なので両腕で支えるのがやっとだが、威力はお墨付きである。
まばゆい光と共に放たれたレーザーは、攻撃の悉くを撃ち落とした。
だが。
「こりゃまずいな、煙幕が…」
アレクが標的を見失ったその一瞬の隙に、エウゴアは燃える刀でアレクに切り掛かった。
「ヒャハァ!」
ギィン!
「!?」
エウゴアの斬撃は、思いもよらぬ衝撃により阻まれた。
「ふふ、アレクちゃんはヤラセないわよぉ。あんたと違って、替えがきかない存在なんだからァ」
「おお、ナイスフォローだ、ジャン。あぶないところだったよ」
煙幕に紛れたのはエウゴアだけではなかった。
傍らに潜み、密かにエウゴアの首を狙っていたのは、アレクを補佐する懐刀。
その1人である、ジャンであった。
彼もまた、ガチャ勢の1人である。
「ふふ、どうせ自分で何とかしたんだろうケド。愛をこめて、マリアって呼んでくれてもいいのよ、ア・レ・ク」
『ステータス閲覧』
===================================
ジャンマリオ・ガブリエーリ(非公開) レベル:100
加護:女神
性能:体力B, 筋力B, 魔力B, 敏捷B, 運D
装備:ポイズンダガー, パラライズウィップ, 魔導スーツ
【スキル】
戦技:バッド・ギフト, 隠形, ナイフの心得
魔法:初級(氷,風), 中級(氷), 超級(氷,回), エターナルフォースブリザード
技能:状態耐性, 魔法耐性-中
===================================
===================================
『女神の加護』:バランス型において最上位の一柱。
レベルアップ時の成長補正(体筋魔敏-小, 運-微小)
氷属性魔法(~極大)、回復魔法(~超級)、デバフ系奥義を会得する。
『バッド・ギフト』直接触れた相手の筋力,魔力,敏捷の何れかを低下させる。
『エターナルフォースブリザード』とある伝説をもつという極大級氷属性魔法。
===================================
ジャンはなかなかにハンサムなイタリア人であり。
なかなかに筋金入りの、オネエであった。
「そうか、助かったよ、マリオ」
「マ・リ・ア!つってんでしょうが!!ジャンはともかくマリオって呼ぶな!!」
二人から距離をとったエウゴアは、再び冷静さを取り戻していた。
「さすがに2対1は不利か。ここいらで退散させていただくとしよう」
「何を言っているのよ、ここまで追い詰めてみすみす逃がすワケないでしょーが。確実に殺すわ」
「ふふ、私の役割はあくまで陽動と時間稼ぎ。今頃、ロシアにいる貴様の仲間達は全滅している頃だろうな」
「「な…!?」」
その一瞬の隙をつき、エウゴアは飛行型モンスターの背へと飛び移った。
「ははは、全知全能なる真の神の軍門に下りたければ、いつでも許しを請うがよい!ではさらばだ!」
そう言い残して、エウゴアは空の彼方へと飛び去っていった。
「アレクしゃん、追わなくていいのん?」
「…あぁ、だって君、飛べないし。それより、今すぐロシアの状況を確認する必要がある!」
---------------------------------------------------------------------
アナスタシアは、目の前で太一の頭部が吹き飛ばされるのを、見た。
まるで悪夢を見ているかのようだった。
その後の自分がとった行動は朧げだ。
生き残るために、きっと必死だった。
まず、太一をテレポートで、とある場所へと送った。
「ほぅ、死体を回収したのか?アイテムボックス持ちということかな?」
「あなたなんかに、太一の身体のひとかけらだって、渡すものですか!」
「はは、成る程…君はあの男のことを異性として好いていたんだね。それは悪いことをしたよ」
…
「ルパちゃん!」
「ルパぉー!」
ゴゥ
「へぇ、この黒炎は、あのワタセ君のものか。忘れ形見ということだね。だが僕の能力の前では、あらゆる攻撃も、あらゆる防御も、無意味なんだよ」
…
「なに、あの龍、いつの間に仲間を集めて…まさか先の消えた死体…主と同じ、転移魔法の使い手なのか?」
「ルパちゃん!」
「ちぃっ、逃がさないよ!」
ボッッ
アナスタシアのテレポートが発動したのとほぼ同時に。
ルシファーの放った消滅魔法が、全員を飲み込んだのであった。




