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第49話 狩る者、狩られる者

 敵に見つからなさそうな場所を探して、太一は森林へと降り立った。

見上げると、背の高い木々が生い茂り、薄暗い。

足元にはもっさりと雪が積もっている。

少し遅れて、ルーパーが3人を乗せて着地した。

ルーパーは目立つが、『隠形』を使えるナーシャが薄い水のヴェールを張っていたので、見つからずに来られたようだ。

 すぐに市街地のある第1層へと突入しなかったことには理由がある。

本作戦では、街の人々や囚われた兵士たちの、人命救助が最優先となる。

今回はA級を落とすことが目的ではない。地表のモンスターを薙ぎ払うのは、その後でいい。

街に突入して人々を解放したところで、第3層へと向かう際に背後、つまり壁外から再び攻め込まれてはかなわない。

また、もし既に、市街地にモンスターが雪崩れ込んでしてしまっているとすれば…。

少しでも多くを救うには、避難路を用意しておく必要がある。

したがって、まずは壁外の教徒を全滅させる。気取られないよう、静かに。

 

 無くてはならない万能スキルとなった『念動力』を発動した。

薄い網目状にどこまでも拡散させることで、教徒たちの居所を探るためのソナーとなる。

壁外には…全部で50名程が展開しているようだ。十数キロメートルも離れた第2、第3層の周りまで探知を飛ばしたが、そちらの壁外には展開していないようだ。やはり西からの派兵を警戒しているのだろう。こちらにとっては、実に好都合だ。

数十メートル離れた場所に、3名潜んでいるようだ。ここからは念話のほうが良いだろう。

敵の配置も共有しておく。

『近くに3人いる。まず俺が行ってくるから、皆はここにいてくれ』

『待ちなさい。あんた人を手にかけたことないでしょう?躊躇していきなり警報鳴らされたら目も当てらんないから、私も行くわ』

リーリャが早速かみついてきた。

『いいけど、足音をたてるなよ。遅れたら置いていく』

『く、相変わらず舐めてくれるわね。私は雪原で育った対人戦闘のプロよ。あんた達素人集団とは違うんだから!』

腕相撲で負けた瞬間は、しおらしかったのに。

すっかり元の調子になった彼女は、俺の前をズンズンと進んでいった。

(おいおい、隠形もないのにそんなに雪道を走ったら…)

少し焦る。だが、それは杞憂だった。

彼女の歩みには、俺の耳でぎりぎり聞こえる程度の音しか伴っていない。

どんなテクニックを使っているのか不明だが、これがシステマとかいう格闘技のなせる技なのか。

それが本当に格闘技の範疇なのか甚だ疑問ではあるが。

神様に与えられたスキルとセンスを駆使してこれまで戦ってきた俺だけに、彼女に学ぶところは多いのかもしれない。

すぐにその背中を追いかけた。


 教徒が3名、林の中でキャンプを張り、3人揃って辺りを哨戒していた。

捕まった兵士たちの居所はもう探知してわかっている。叫ばれたら困るし、尋問する必要もない。

あとは、殺るだけ。

自分の両手を見つめる。つい数か月前まで、ただのフリーターだった自分の両手。今では、下手をすると核兵器よりも危険な存在となってしまった自分という存在。

そんな自分が、殺意をもって、ただの個人に接近しようとしている。

これは正義のための戦いなのか、それとも、ただの虐殺か。

『今更びびってるんじゃないでしょうね』

『ん、いや…』

(なんだろうな。覚悟したつもりでいたんだが)

人間社会の倫理を守ろうとしている?

…違うだろうな。

多分、あいつらの首を一回転させるのは、ただのフリーターがペットボトルの蓋を開けるよりも簡単だ。

だからこそ、それをした瞬間、自分が本当の意味で人間を辞めてしまったと認識してしまうのが、怖い…そう、怖いんだな。

 俺が戸惑っていると、リーリャがまたずんずんと戻ってきた。

ほっぺたをつねられた。…地味に痛い。

『いいか、私は既にあいつらとやり合ったことがある。あいつらとまともな会話は不可能だ。そしてあいつらの死体を解剖した結果、中身がどうなっていたと思う?服の下にはわけのわからない触手みたいなものが生えていた。頭の中は、脳の半分が取り出されて、わけのわからない機械に変わっていた』

思わず教徒のほうを見る。見た目は、人間そのものだ。

今度は、その事に安心感を覚える。

『初めて人を殺すことに抵抗感を覚える気持ちはよくわかる。その気持ちを忘れるな。そして、つらいとは思うが、それでもあいつらを人間と思って、殺してやれ』

リーリャの眼を見て、悟った。

(あぁ、俺は本当に。何もわかっていなかった)

『…見ていてくれ。あいつらは、俺が片付ける』

『…あぁ、ちゃんと見ているよ』

 念動力でも初級魔法でも殺すことは簡単だった。

だが初めては、自らの手でやろうと決めた。

アイテムボックスから対人用の軍刀を取り出す。モスクワ基地でもらった、通常武器だ。

剣や銃の訓練も、瀬戸基地で一通りは受けている。

とんとん、と。

数歩で3人の背後に降り立った。

「え」

1人が気づいたようだが、こちらに振り返る前に、一刀で全員の首をはねた。

ドサドサと3対の塊が雪の下へと沈む。

出来る限り苦しまずに、綺麗な形で終わらせた。

今は、それ以上に出来ることはないはずだ。

「太一、大丈夫?」

「あぁ、ナーシャ。うん…大丈夫」

「人間同士でなんて、悲しいね」

「うん。でもこれで、尚更後戻りはできないな」

「そうだね。私達が信じる方に、進んでいくしかない」

「…きっと正しいよ。俺達は」

「…行こう」


 2人の話を、リーリャは少し離れたところで聞いていた。

彼女は、太一の一振りを見た時に思った。

軍人であった自分が最初に人に手をかけた時よりもよっぽど、躊躇なく執行していた、と。

それ以後、彼女が皆のことを素人集団と揶揄することはなくなった。


 隠密行動に不得手な次郎とルーパーを置いて、太一、アナスタシア、リーリャの3人で順々に教徒達に対処していった。アナスタシアも人殺しは初めてであったが、『隠形』と『テレポート』、『ナイフの心得』をもつ彼女は、3人の中で誰よりも静かに、教徒達を雪の下へと沈めていった。

散開した50人の教徒を全滅させるまでにかかった時間は、わずか数分程度であった。

そして、始めから、なんとなく気配で分かっていたことではあったが、捕虜となった兵士たちは全員が無残な姿で発見されたのだった。

(雪の中に、なにか魔物でも住んでいるんだろうか)

あるいは、自分が一番の魔物か。


 北西の広大な針葉樹林を抜けると、広大な壁が見えた。そして見渡す限り全て、壁だ。

万里の長城よりも長いらしい。これをたったの数週間で作ったっていうんだから。

アレキサンダーって男の能力は、本当に、異次元レベルだな…。

「あの、すみません。皆さん。つらい役目を…」

店長がふいに口を開いた。

先程、留守番だったことを気にしているらしい。

「適材適所さ。あんたら全員だが、ペシミストの真似事はそれくらいにしときなよ。門の中ではジロウ、あんたも覚悟しておいたほうがいい」

「はい、これでもこの中では随分年長ですから。君達だけにやらせるわけにはいきません」

店長は答えた。

リーリャは的確にフォローしてくれている。

突き放すような言い方ではあるが、実に的を得ている。現状を悲観するのは、後まわしにすべきだ。

彼女は無骨なようでいて、とても世話焼きだ。

軍人たちをまとめ上げるのは、それだけ大変なことなんだろう。

そういう面でも、とても貴重な存在だ。

この作戦が終わったら、もう一度勧誘しないとな。


 体力を温存するため、ルーパーの背にのって、門までやってきた。

見上げる先には、高い高い門の上に、多数の重火器が設置されている。

正面には、大きな鉄の扉がある。ダンジョンで見たものと同じくらいには、重厚な扉だ。門番となるべき兵はいない。きっと全員、先の林の中だろう。

無線でグラジエフ将官に、門までの道を確保したことを伝えると、門に手をかけた。

当然だが、内側から閉ざされているようだ。

破壊するのは簡単だが…。

「リーリャ、門から行くか、それとも上から行くか?」

こういったことのプロであるリーリャに確認する。

「いや、中が教徒達に掌握されているのであれば、最も破壊されやすい門には当然見張りが多いはず。そして上を超えるのも、システムが乗っ取られているならば、集中砲火に遭うだろう。ここは少し回り込んで、南西のオビ川沿いの壁を壊して入ろう。破壊方法は、ナーシャ、あんたの水魔法で切断するのが一番スマートだろう」

「わかったわ」


 リーリャの素早い判断で、広大な川に沿って築かれた壁ごしに再びルーパーに乗って移動する。

今のところ壁上に教徒達の姿も兵士の姿もないが、中からは断続的に銃声や悲鳴が聞こえてくる。

教徒達と兵士が戦っているのは確実だろう。

ナーシャは壁に向かい、手刀を形作った。

「『エクス・アクア』」

何度も見たレーザービームのような超級水魔法は、水魔法の熟練であるナーシャの制御により、全く揺らぎのない鋭利な水の刃へと姿を変えた。

「アレクの作った壁さん、今だけごめんね」

ナイフを扱うような自然な所作で水刃を振るい、ナーシャは壁に人が通れるだけの小洞穴を作った。

「ヒュウ!さすがは聖女様ね」

「もぅ、茶化さないでよ」

提案したリーリャも思わずうなる程、切断された分厚い鉄壁の断面は、丹念に磨き上げられたかのような光沢を放っていた。

見事なもんだな。俺じゃこんな芸当はできない。


 再び無線で侵入経路を伝えてから、小型化したルーパーと共に全員が内へと入る。

壁内は地獄絵図…には至っていないように見えた。

元々ロシアの街は日本ほどゴミゴミと建物が密集しておらず道路も広いが、少し進むと、大きな聖堂が傷つかずに残っているのが見えた。

だが、その下で早速、教徒に連れされられそうになっている小さな子供の姿がみえた。

誰よりも早くリーリャが反応し、教徒を殺し、子供を解放した。

「ボク、怪我はない?」

「あ…ありがとう。ねぇ、お父さんとお母さんも助けて!さっき聖堂の中に連れ去られたんだ。あいつら、生贄とかいってモンスターにみんなを食い殺させてるんだ!さっき友達も…」

(訂正、十分地獄だ)

「分かった、ボク、すぐ助けに行くからね。…皆、聞け」

リーリャがすぐに指示を出す。さすが、先の行動といい、冷静だな。

「ここからは班を分ける。タイチ、一番速くて強いあんたは、このまま真っすぐ10キロメートル先の北東の第2層の門を目指せ。門に着いたら辺りを制圧し、第2層からモンスターが入ってこないように見張れ。私は正門を解放しながら西から、ナーシャは東から、ジロウとルパは中空から門を目指し、柔軟に教徒とモンスターを仕留めろ。壁上の自律兵器からの銃撃を受けないようにな。市民には避難して救助を待つよう指示しろ。以上だ。散れッ」

「「「応!」」」

飛び出すように真っ先に聖堂に向かって走っていくリーリャの手は、血が滲むほどに握りしめられていた。


(奴らの目的はなんなんだ?)

広い道路のど真ん中を疾走する。

ドパンッドパンッ

所々でモンスターを引き連れた教徒達が襲い掛かってくるのを、二丁拳銃フォースリンガーに魔弾を込めて、一撃で頭部を撃ち抜いていく。

一般市民を拉致して、それで何になるんだ。

風穴の開いた教徒の頭蓋から零れ落ちるのは、脳漿と血、金属片と黒光りしたオイルだ。

「南西の壁穴と正門から救助がきます!避難してください!」

大声で呼びかけながら第2層を目指す。

俺達が急に現れたことで奴らは大混乱に陥っているようだ。壁上の通常兵器を扱うための人間は登っていないし、迎撃の準備も出来ていない。隠密行動は間違ってはいなかったようだ。

(いつの間にこんなに増えていたんだ?)

あいつらは原色のような緑のローブを羽織っているからすぐに分かるのだが。

これでもう30人は殺っただろう。うじゃうじゃといやがる。

引き連れているモンスターは雑魚ばかりだが、B級レベルではある。

今のところ俺は兵士を解放できていない。建物内を探索している余裕もないしな。

生きているのかどうか。もしくは市街を捨てて、第2層を死守しているのか。

そちらは、皆に任せよう。


 数分以内に第2層へと到達した。

そこは死屍累々、屍の山を土嚢のように積んだ、文字通り死地だった。

その殆どが兵士と、教徒の死体だ。第1層内で、教徒が門を開けるのを阻止していたようだ。

「お前は誰だ!!」

3人の軍人たちから一斉に銃を向けられた。

ここに来て初めて生存している軍人を見た。目は血走って揺れ動いている。

「助けに来ました。俺は聖女アナスタシアの仲間です」

「嘘をつけ!お前も教団の仲間なんだろう!撃てぇぇ!!」

FPS好きなら誰もが知るカラシニコフ製の名銃が、一斉に俺目掛けて乱射される。

(まぁ、この状況じゃ無理もないか)

飛んでくる銃弾は、イビルウィードが吐く溶解液くらいにはゆっくりと飛んでくる。

全て指で掴みとって、足元に落としていく。

新品同様の空薬莢の小山が築かれてから、ようやく銃撃は止んだ。

「ば、ばけもの…」

(へいへい)

「俺がその気なら、貴方たちは今の間に100回は死んでますよ!銃をおろしてください」

「ほ、ほんとに聖女アナスタシア様の仲間なのか?」

「ええ、じきに彼女や他の仲間もここに来ます。あなた達は助かりますよ」

そう伝えると、兵士たちは力が抜けたようだ。地面に膝をついたり、涙を流すものもいる。限界だったようだ。

「そ、そうだったのか。すまない。どうか市民を、この街を助けてくれ!」

「ええ、そのために来たんです。状況を教えてください」

「状況は…」

ドンッ!!

兵士が言おうとして、背後の門が大きくわなないて音をたてた。

「「「ひぃぃぃぃ!!」」」

よく見ると、壁門はこちら側から閉ざされており、軍用車などで向こう側からの攻勢をせき止めているようだ。

…つまり。

門の向こうにはモンスターが溢れている。

第2層の兵士たちは、恐らく全滅だろう。

市街にモンスターが流入する一歩手前だったな。

生き残った兵士たちは、ここにいる人たちだけか…。

アイテムボックスからほかほかのピロシキを取り出すと、門を守っていた兵士達に手渡した。

「皆さんのおかげで市街は守られました。市民は今、アナスタシア達が救助して回っていますし、後ほど増援もきます。よく頑張られました。この数日間、支援もない中、お腹が空いたでしょう。どうぞお食べ下さい」

「あ、あったかい。うまい…」

兵士たち全員を避難させてから、第2層への門に向き合う。

アレク印の鋼鉄の扉が、もうじき破られそうだ。

さすがA級のスタンピード、そこそこ強い奴が溢れてそうだ。

皆が来るほうが先か、門が破られるのが先か。

どちらにせよ、ここで戦ってもリーリャへ経験値は配られるだろうが、門が破られるのは兵士たちの精神衛生上良くないな。

「『バリアー』」

バリアーで強化すると、以後、門が音を立てることはなくなった。

空を見上げてみる。上空から飛来してくるタイプはいないようだ。

教徒達がいくらモンスターを引き連れているとはいえ、スタンピードの中に入って人間が襲われないとは思えないので、第2層の中にはモンスターだけだろう。

…いや、そもそも、あいつらは人間と認識されないのか?

まぁいい、あとは、皆が到着するのを待つだけだ。

太極棍と五行錫杖を取り出す。

 太一は、その時を待った。

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