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第46話 異国の基地にて

 ノヴォシビルスク要塞開放作戦に向けて、俺たちはモスクワにある軍事基地に入った。

基地内には多くの軍人が慌ただしく行き来し、その多くは魔導兵器で装備を固める精鋭兵たちのようだった。彼らの装備もまたアレクが造ったものだろうが、工場建設当時のアレクのレベルに影響されるのか、日本に流通しているものとは造形が少し異なるようだ。鈍色に光るそれは、古めかしいピストルという風体だ。

「どうぞ、お入りください」

 衛兵に案内され、複数のセキュリティを越えて、ブリーフィングルームに通された。

防音がしっかりしているのだろう。二重ドアから中に入ると、途端に大きな話し声が聞こえてきた。話し声というよりも、怒声に近いか。

広く無機質な部屋だが、ロシア国旗と共に掲げられたダン協の旗が、室内の熱気にあてられたかのように、ゆらゆらと揺れていた。

(ダン協の旗…)

 緑色の布生地には、背景には黄金色に輝く大きな木、中央には赤黒いかがり火、そしてそれらを取り囲む青い輪が描かれている。デザインは2人で話し合って決めたのかと以前ナーシャに聞いたことがあるが、返事はノーだった。ナーシャのスキル『ダンジョンマップ』は分厚い一冊の本として物理的に顕現させられるのだが、その表紙に描かれているのが、この絵であるからという理由だった。

(ガチャ神様ってほんと、意味深な存在だよな)

 俺達の一番の味方…の筈なのだが、その実態は結局のところ、殆どわかっていない。神様のくせにガチャで力を授けたりする時点で、最初からノーマルなイメージはない。その点では、俺の頭の中で少し話しただけだが、龍神は比較的まともな神様のように思えた。

「太一くん、置いていきますよー」

旗を眺めて固まっていると、少し先で、仲間達が怪訝そうにこちらを見ていた。

「あ、ごめんごめん」

ザワザワ、ザワザワ

 広い部屋には、ダン協関係者が数人と、大勢のロシア軍の高官たちが集められていた。その中で、軍服に沢山の星印をつけた男が、地図が広げられた作戦立案用の大きなテーブルを叩き怒声を上げながら、演説を行っている様子が見えた。

「あのカルト崩れの反逆者どもは!あろうことか、国家に、人類に反旗を翻し、災禍にあえぐ国民達の多くの命を奪い、略奪を行った。やつらはモンスター以上に生かしておけぬ!そうであろう!!」

オオオオオー

(大盛り上がりだ)

その豊かな口ひげがくるりとカールした巨体の男はマクシーム・グラジエフといい、ロシア連邦軍のトップであると衛兵が教えてくれた。

 人類にとっての最重要拠点である要塞が人間によるテロのせいで制圧されているなどという状況は、まさに悪夢そのものだ。そして更に最悪なのは、反乱を起こした人間達の一部が暴徒となり、モンスターを引き連れてノヴォシビルスクの街で略奪から殺害に至るまであらゆる暴動を働いていることだった。ダン協のみの問題にあらず、それは軍にとっても恥辱の極みだろう。奪還は喫緊の命題というわけだ。

「グラジエフ将官!対ダンジョン協会副長のアナスタシア・ミーシナ様をお連れしました」

「そうか!お連れしろ」

重厚な声色で男が返すと、軍の高官たちの視線がこちらにくぎ付けとなった。

「お初にお目にかかります、グラジエフ将官。アナスタシア・ミーシナです。彼らは私と共に戦う仲間です」

「おお!お会いできて幸栄だ。我が国の英雄よ!」

大男はずんずんとナーシャに近づき、大きな手で彼女と握手を交すと、太い大きな声で話を続けた。

「B級ダンジョン単独踏破を成し遂げたという、他の追随を許さぬ武勇は聞き及んでおる!若い身上で、大したものだ。ふむ、だがそうか、『聖女パーティ』とは、そんなに少数なのか」

「ええ、仲間は必要ですが、いずれS級に挑むに足るだけの加護を持つ者は、本当に稀少ですから」

「で、あろうな。加護者個人のもつ力と強大なモンスターたちは、戦の常識を完全に塗り替えてしまった。万を越す軍勢はおろか、ミサイルでさえもが過去の遺物と化した。国土を蹂躙されたアメリカが領土に水爆を投下してなお、氾濫した多くのモンスターが生き残ったという話は、世界を絶望の淵に叩き落とすのに十分であった」

ここまでを淡々と語った後、彼の顔は、ぐにゃりと怒りと憎しみで歪められた。

「…だが!あの反逆者どもは、こともあろうに、そのモンスター達を率いて同じ人間を殺している!正気の沙汰ではない!…率直に聞く。そなたであればA級のモンスターどもを一掃できるか!?」

グラジエフは、鋭い目でナーシャに尋ねた。

「…溢れ出た魑魅魍魎とはいえ、A級に属するモンスター達を一人で一掃するのは、私では難しいと思われます。ですが、彼であれば可能でしょう」

そう言い、ナーシャはまっすぐに俺を指さした。

(え…)

「B級ダンジョンの攻略も、私の功績のようになっていますが、実際は、彼の絶大な戦闘力に依るものです」

軍人たちはざわざわと動揺の声を上げだした。

まぁそうだよね、俺の存在って、付き人くらいにしか思われてなかっただろうし。

「彼は…日本の加護者のひとりか。そんなに強いのか」

グラジエフも驚きを隠さずに、俺の方をちらちらと見ながらも、ナーシャに説明を求めた。

多分ロシア語を話せないから俺が黙っていると思われているのだろう。

うん、このまま黙っておこう。

「私とアレキサンダーが特別な能力を多数所持しているということは、皆さんご存じでしょう。ですが、特別な加護を受けた人間は、実はもう一人いたのです。彼、太一は、私たちに特別な能力を授けた八百万神の、直接の加護を受けています」

ナーシャが俺のウルトラパワーについていきなり暴露したことで、ざわめきはいっそう顕著なものとなった。俺のこと秘密なんじゃなかったのか。まぁいいけど。

「静まれバカども!」

グラジエフが一喝すると、喧噪はとたんに止んだ。さすがは訓練された軍人たちだ。

あなたたちが静かになるまで、一秒もかかりませんでした。

「無礼を許せ、ミーシナ、それにワタセ」

グラジエフは言葉が通じない(と思っている)俺にも謝罪の意を伝えてきた。

案外、良い人のようだ。

「だが皆、今の言葉にそれだけ衝撃を受けたのだ。まさか、聖女とダン協のトップという抜きんでた能力者二人に並ぶ…いや、それ以上の能力を持った人間がいただなんてな。どうして今まで隠しておったのだ?」

「それは…私達が独自で掴んだ情報から、まさにこういう事態が起こる可能性が捨てきれなかったからです。最悪の想定でしたが…こうして人間同士で殺し合うという、事態が」

少し逡巡してから、ナーシャは答えた。

その途端、収まりかけていたざわめきが、再びより大きく沸き起こった。

(まさか、そんな理由だったのか)

ナーシャもアレクも、この事態を予測していただなんて。

だが、この発言はひと悶着起こるかもな。

「ええぃ黙らんか!ぬぅ…それを黙っていた功罪については、今は問わぬ。ではなぜ今このタイミングで初めて、大勢の前で公表したのかね。こと理由次第では、世界中でダン協への反発を招くことにもなりえるぞ?」

再び問われたナーシャは、凛とした佇まいのまま、続けて答えた。

「理由は一つ、この愚かな暴動を一秒でも早く握り潰すことです。カルト達の勢力は大きく、脅威ですが、ロシアにはその内のかなりの人員を動員しており、逆にチャンスです。ここを速やかに制圧してダン協の『力』を示すことで、新たな反乱分子の芽を摘むことができるでしょう。将官、要塞内部への突入は、私達だけに行かせてください。そのほうが、太一が遠慮なく力を振えますから。将官にお願いしたいことは、現地の兵たちの撤収や救助、その後の要塞の復旧です」

「ぬぅぅ、我々は足手まといだと申すか」

「そのようなことではありません。ただ、彼の力がひたすらに抜きんでているということです。将官…親愛なる祖国のためでもあります」

グラジエフはしばし眼光を滾らせてナーシャを睨みつけていたが、彼女の強い意思を込めた瞳と、そして彼女自身から感じる強者の威圧に、ついには根負けした。

「…分かった。アレキサンダー殿には多大なる恩があり、アナスタシア君は祖国に忠を尽くした。君達の言葉を信じないで、他の何が信じられようか。ワタセ殿の『力』とやらを、この目でしかと見せてもらうこととしようじゃないか」

「将官…ありがとうございます」

 ナーシャとロシア連邦軍の将官の対話は、無事に和解に至ったようだ。

俺には何だかでっかいプレッシャーがかかったようだが、まぁやることはシンプルに、盛大に暴れるだけだ。場も次第に穏やかな雰囲気になってきたし、あとは現地に向かうだけ―。

「ちょっと待ちなさいよ!」


―とはならなかった。


-----------------------------------------------------------------


 軍人たちの中から、耳がキーンとなるような甲高い大声が発せられ、フロア中に響き渡った。

なんて声量だよ。ていうか誰だよ。いい雰囲気でまとまりかけてたっていうのに。

声の反響が収まるや否や、一人の軍服の女性が、空から舞い降りてきた。

というか、軍人たちの上をジャンプで飛び越えて現れただけだが。

「はぁ、おまえは、頼むから会議中は黙っていてくれって言っただろうが…」

「いいえ将官!とても看過できる状況ではないわ!聖女サマが要塞奪還の先陣を切るという話だったから黙って聞いていたのに、あろうことか我々の軍を足手まとい扱いして、その上言葉も分からないようなぽっと出の日本人の男に全てを任せろですって?聖女サマに自信がないのなら、その役目はこのロシア軍特級魔導兵部隊隊長の、この!私でしょうが!」

声の主は、俺達の眼前で仁王立ちしつつ、グラジエフに向かって怒声を浴びせた。

その咆哮のような叫びにより、辺りに衝撃波のような突風が巻き起こり、壁にかけられた2本の旗がばさばさと揺れた。

(また凄いのが来たな。しかしこれは…)

キラキラした白金の長髪を編み込んでカチューシャでまとめた、碧眼の美女が目の前にいた。

同じロシア美女でも、おっとりとしたナーシャに対して、こちら様はかなり勝気なタイプだ。キリリと目じりが吊り上がっている。身長は175cmくらいあるだろうか、スラリとした体躯から伸びた長い手足に堂々たる立ち振る舞いは、一流のモデルを見ているようだ。それと同時に、なかなかに強そうな気配を感じる。

「リーリャ!やめんか!はぁ…すまない。こいつはリーリャ・グラジエヴァといって、私の実の娘なのだが…男手一つで育てたせいか、あらん方向にねじ曲がってしまって…」

先程までの堂々たる将官姿を娘に取って代わられたかのように、グラジエフは急にしぼんでしまった。

「今はそんなことはどうでもいいでしょ!そこの日本人!私と決闘しなさい!『力』だかなんだか知らないけど、そんなお伽話には付き合ってらんないの!そして負けたら、あんた達はさっさと国に帰りなさい」

「リーリャ少尉!この緊急事態下で、いい加減にしろ!これ以上挑発的な発言を続ければ謀叛とみなし独房へぶちこむぞ!」

「いいえ!将官!緊急事態下で、必ず成功させなければならない任務だからこそ、素性の知れない相手に全てを任せるなどという行為は、軍を任された人間として余りにも無責任であると進言させていただきます!!」

がやがやがや


 急に親子喧嘩が始まってしまった。

そして急に蚊帳の外にされてしまったナーシャの方を見やると、ちょうど俺と目が合った。

ナーシャが視線で「すみません、何とかしてください」と訴えてきているのを感じる。

こういう展開、何だかデジャビュ…。

ただ今回は俺が当事者というのが、面倒な事この上ない。


 はぁ、まぁ一応『見て』みるか。

こちらに絶賛ガン飛ばし中のリーリャとかいう軍娘を見やる。

「なによ。何か言いたいことがあるならさっさと言いなさいよ!ってくそ、ロシア語喋られないのか、メンドクサイなぁ…」

「いや、ロシア語わかるよ」

「なんで話せるのよ!」「話せるんかーーい!」

(あ、はもった。さすが親子)


『ステータス閲覧』

====================

リーリャ・グラジエヴァ(24) レベル:70

加護:男神

性能:体力C, 筋力A, 魔力E, 敏捷D, 運G

装備:魔導サーベル、魔導銃、魔導鎧

スキル:MMMメタ・マキシマムマッスル

====================

============================

『男神の加護』:力の最上位の一柱。

「本当の漢らしさというものに、性別は関係ないわ。byオガちゃん」

レベルアップ時の成長補正(体力-中、筋力-大、敏捷-微小)

成長に伴い奥義2種を会得する。

============================


「ぶふーーー!」

いかん、思わず盛大に吹き出してしまった。

「あ、あ、あんた、今度はなにいきなり人の顔見て吹き出してんのよ!いいわ、今ここでおっ始めようってのね」

「いやだって、きみ女なのに、付いてる神様が…お、おが―」


「スト―――――ップ!!!!」


-----------------------------------------------------


 そのようにして、紆余曲折あった訳だが。

今俺達、俺とリーリャは、テーブルに向かい合って座っている。

彼女の白くすらりとした上腕が肘をついてこちらに向けられて、俺は少しどきどきとしながらその手を取った。俺の掌を強く握り返す彼女の瞳はまっすぐこちらに向けられており、真剣そのものだ。

今から俺達は決闘により、人類の明暗を分ける戦いに挑む権利を勝ち取る。

勝負は一度きり、その方法は、腕相撲だ。

なぜ腕相撲かと言うと、俺が提案したからだ。


『さすがに決戦直前に本気で仕合うのはないだろう。君はどうやら加護的に…その…お…』

『言ったらぶっ殺すわよ。ていうか何で知ってんのよ!!』

『その…力に特化しているようだから、腕相撲で決めよう。ただし言っておくが、俺と、ナーシャもだが、レベルは150を超えている。…当然だが、一切手加減はしないぞ」

『ひゃ、150…ふ、ふん、望むところよ!私は最強の格闘技“システマ”を極めているし、何よりもあのスキルがある。せいぜいレベル差にあぐらをかいていなさい。力勝負にしたことを後悔させてやるわ!』


 先ほどまで理路整然と並んでいた軍人たちが、歓声を上げながらテーブルの周りを取り囲んでいる。

「やってやれ!」「日本人の男なんかに負けんな!」「はぁはぁ、リーリャちゃんのちからこぶ…」「レベル150超えってまじかよ…くそ、リーリャ頑張れ!!」

どうやら、この娘は皆によく慕われているようだ。慕われてるっていうか、殆ど全員タメ口だけど。

この若さで一尉なんて位なのも、あながち伊達じゃないのかもね。

この先一緒に戦えるなら戦力になるかもしれない。だが、今回の戦場はこの娘の力じゃ無理だ。

「太一くーん!頑張ってくださーい!」「太一、格の差を見せてやって!」「るぱ♪」

ふふん、悪いが、速攻で決めさせてもらうぞ。

ちなみにテーブルは鋼鉄製で、床ごと俺のバリアーで強化してあるので、全力を出しても絶対に壊れることはない。


「はぁ、なんでこうなってしまったのやら…。まぁよい、レフェリーは私、グラジエフが務める。それぞれ、全力で己が力を証明したまえ!それではレディ…」

「ぶっつぶしてやるわ」

「最初からスキルを使ってこないと、その細腕がへし折れるぞ?」

「言ってなさい…!」


「ファイ!!」


男神がいるということは…。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「ぬぅぅ、我々は足手まといだと申すか」 「そのようなことではありません。ただ、彼の力がひたすらに抜きんでているということです。将官…親愛なる祖国のためでもあります」 これからも、太一人で多…
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