第42話 太古の妖怪 参
わたくし、元フェアリーマート田町店、店長の次郎でございます。
妻子があり、壊れた店舗のローンは残り20年余。まだまだこの人生、頑張らねばなりません。
現在岩陰からドンパチを見守っておるところであります。
随分慣れてきた筈なのですが、よもやこの世のものとは思えぬ光景です。
幸か不幸か人類最高峰のパーティーに入れていただいたおかげで、かつての大空寺君の倍程ものレベルまで育っているわけですが、私の身体能力は太一君が25レベル位の頃のものだそうです。
これは、そんな私単体でどうこうできるレベルの戦いではありません。
だが私の唯一誇れる運の力もSにまで上り詰めてきたことが影響しているのか、不思議と目の前の光景の当事者でありながら、恐怖心のようなものは殆どありません。達観してきたというか、なんにせよ良いことです。
…さぁ、私に出来ることをやろう。
私の能力は2つ。最大の武器である仲間の運を強化する能力(太一君は運バフと表現していたのでそれに倣いたい)は、一度きりしか使えない。この発動タイミングは出来るだけ仲間と図って決めることになっている。つまり私が攻撃面においてどう立ち回るかは、敵の運を吸い取る能力、デバフをどう強敵に当てるかという一点に尽きる。今は特に決め手に欠けている状況と見えるが、あの妖狐の運をEにまで落としてやれば、運Aのルーパー君であればクリティカルも発生してくる筈。
当初は相手に直接手で触れる必要があった能力も、今は武器を通じてでも発動できるようになった。
だが問題は九尾の暗黒障壁。あれを私の攻撃で突破できるとは到底思えない。
…となれば…。
そうして店長は戦況を見極めながら、一気に行動に出た。
「ルーパー君、私を背に載せてください!」
念話ではなく、当然九尾にも聞こえる大きな声で、岩山から参戦の狼煙を上げた。
やや意表をつかれた九尾と違い、次郎の意図をなんとなくだがくみ取ったルーパーは、急反転し次郎の元へと飛んだ。
九尾はその背を一瞬目で追いながら。
「そういえばあんなのも居ったな。あれには元より何の脅威も感じぬ。雑魚であろう。この戦いに水を差す前に退場してもらおうかの」
九尾は、ルーパーを追い越すように、次郎めがけて即座に、隕石さながらの巨大な岩の砲撃を放った。
「ほほ、直線的な攻撃は得意でして」
あらかじめ予測していた次郎は、攻撃とほぼ同時に盾を構えた。足場にしていた岩山は粉々に砕けちったが、次郎にはエネルギーは伝わらず、その身体はふわりと宙を舞った。
「ほッと!感謝ですルーパー君!ここからは私も参加させていただきますぞ!」
「ルパ!」
そのままルーパーの背へと着地した。ルーパーは次郎が火傷しないよう、既に火纏いを解除済だ。
「魔法を奇妙な盾で回避した…。ち、面倒な。あやつ稀少な運勢力の使い手か。直線攻撃が得意というのであれば、範囲攻撃をお見舞いしてやろう」
「あぁしまった!バカわたし!余計な事を口走ってしまったぁ!」
「…なんなんじゃあれは」
『ルパ君、風刃や爆風の範囲攻撃が来ます。指示通りに飛んで!』
『ルパ!』
「諸共塵と化せ!」
九尾は扇を仕舞い、直接2人が飛ぶ座標へ目掛けて、空を埋め尽くすかのような広範な超級魔法を次々と放った。
『今です!!左上40°中ブースト!直上大ブースト!反転静止!左方に黒炎ブレス!そのまま右方20°下方へ飛んで!』
「な!?」
ドォォォンッ!
大花火大会さながらに、空は色取り取りの爆炎で埋め尽くされていくが、ルーパーは次郎の指示により九尾の範囲攻撃を次々とかわしていく。
『いいですよ、辺り一帯の視界が煙幕で遮られつつあります。この隙に…』
「ええぃ、ヒラヒラと鬱陶しい、これだから運野郎の相手は嫌なのじゃ!落ちろ!落ちろ!」
魔法が全て回避されているという状況がよほどストレスなのか、先程までの優雅な振る舞いをかなぐり捨てて、九尾は乱射を始めた。
すぐ横で、ギロチン刃のようなかまいたちや爆風が狂ったようにに暴れまわっている。
(あれらが一発でも直撃すれば、ルパ君は耐えられるのだろうが、私は木っ端みじんに消滅してしまう)
次郎は額を伝う冷や汗に気づくこともなく全身全霊を予見と回避に傾けて、見事に九尾の猛攻を掻い潜っていく。
座標指定の範囲魔法には扇が使えず、九尾の魔力は僅かずつだが消耗されていく。
「さてはわらわの消耗が目的か!?舐められたものだな。生命を超越した今のわらわが、お主ら如きに魔力切れなど起こすと思うか!疾くと諦めて仕掛けてこぬか!」
『しびれを切らしてきたようだが、我々もそろそろ限界です。ではナーシャさん…お願いしますね』
『了解。どうか無理はしないで』
「ルパ君行きますよ!突撃ぃーーッ」
「ルパ!」
ドッと急降下したルーパーは、最高速で地面すれすれを九尾目掛けて「一直線に」飛翔する。
「クク、ようやく観念したか。わらわをここまで手こずらせた輩は主らが初めてよ。褒美に、主従揃ってわらわの極大魔法で消滅させてやろう!」
再び扇を取り出し構えた九尾の周囲を、六色の魔光が舞い始め、次第にその輝きを増していく。
光は扇の魔導核へと集まり、一つの白色の光となる。
燦然と輝く光はやがてヂカヂカと激しくスパークを走らせ、大地は恐れ嘶くかの如くに震え始める。
古代魔導兵器を介して、太一が受けた一撃よりも更に威力を高めた必殺の魔導砲は、さながら古の破壊光線である。
「ルアァァァァァァァァン!!」
ルーパーは本能がかき鳴らす警告をかき消すために今一度大きく雄叫びを上げ、できるだけ煙幕の濃いルートを選んで滑空する。
「煙幕如きで逃れられると思うか!わが奥義を受けてみよ。『六色季葬』!」
ビカッッ
ーーーーーーーーーーッッ!!!!!
白光は一瞬にして眼前へと迫る。
ルーパーは、視界とともに思考をも白く白く染め上げる光を前に、何も考えられなくなる。
万物を面影なく永久へと消し去る死の光が、白龍を飲み込む。
その一瞬の僅か先で、アナスタシアが『界絶瀑布』を発動させた。
神界から降り注いだ碧い水幕は、蒸発するまでのほんの一瞬ではあるが、ルーパーの命を繋ぐ。
その一瞬で、アナスタシアはルーパーの背中にテレポートし、共に死の軌道線上から外へと転移し逃れた。
「な!転移魔術だと!?」
「ハフッハフッハフッハフッ」
武器を介してであれば運を奪取できる。
それはつまり、対象の肌に直接接する物質であれば、触れることでスキルを発動できるということだ。
「ハッハッハッハッハッ!」
煙幕に紛れてルーパーから飛び降りた次郎は、スライウルフに跨り側面から九尾に接近していた。
大技を放った直後の僅かな硬直と、ナーシャのテレポートを初見した驚きが、その察知を数舜だけ遅らせた。
スライウルフの背を蹴って九尾の目前まで接近した次郎は、その手に持つ扇を素早く素手でつかんだ。未だ白熱の余韻を帯びた扇面を掴む両手は、ジュウジュウと焼けただれる。
痛い!痛いが、これを離しては二度と反撃の機会はない。
「ようやく隙を見せましたね!『ラッキーキャプチャー』!!」
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数百年前、半人半妖として生を受けた。
人にも化生にも成り切れないこの正体は、生きづらかった。
一方で、大地より祝福されたこの身はいかなる刀傷を負うことなく、数多の術を操った。
人間の世界に身を置き、術と美貌で数多の男を惑わし、殺めた。
そんな自分が唯一愛し、愛し合った男がいた。時の王。
己の油断からあやかしである事を知られ、止む無くその最愛の人を殺めた時。
その瞬間から、目に映る全てが憎くなった。
何故か今、その時の事を思い出していた…。
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「このォッ、下郎がぁぁぁ!」
幸を奪うような呪いを、よりによってこの自分に食らわせおった。
嗚呼、嗚呼、憎い!憎い!
玉藻前という一人の半人半妖は、元は土の精霊の化身であった。
怒りのままに、次郎へと土石の弾丸を浴びせる。
運Sに対する運E。
足で、盾で、必死に回避し離脱を図る次郎。
だが、その圧倒的な性能の差は、運の力だけでは埋められなかった。
弾丸の嵐が弾け、四方から次郎の身体を襲う。
「ルアアァァァァァァァ!!!」
黒炎を上げながらルーパーがたどりつくそのほんの前に。
次郎の身体はぼろ雑巾のように朽ち果てた。
ザシュッ
「あ………?」
ルーパーが放った渾身の爪撃はクリティカルとなり、初めて九尾の障壁を打ち破った。
吹き飛ばされて転がる九尾の額から、赤い血がしたたる。
「わらわが…血を…」
「ルハ…ルハ…」
放心する九尾だが、放ったルーパーも、もはや追撃する余裕すらなく、満身創痍である。
「て、店長さん!店長さん!」
その横で、アナスタシアは、ぼろぼろになった店長の身体を前に膝をついた。
心臓が動いていない。
必死に超級回復魔法をかけ続ける。
だが千切れかけた手足や腹部からは湧き出る泉のように赤い血が流れ続け、身体からはどんどん体温が失われていく。
(嫌だ、嫌だ!)
まだ私たちの戦いは始まったばかりだ。
臆病だが心優しい、私の大切な仲間。彼には帰りを待つ家族もいる。
こんなところで、こんな場所で、絶対に死なせるわけにはいかない。
(お願いします。治癒の神様。どうか、どうか。私に傷ついた仲間を救えるだけの力を…。どうか、どうか…!彼を助けてください!!!)
一番つらいのは、自分が大切な人のために何もしてあげられない存在であること。
幼少期から何度も夢に見た、あの日の光景。
何度も何度も苛まれるうちに、いつしか現実であることを受け入れた。
地割れに巻き込まれて消えていった両親を探すとても幼い私。それを飲み込む緑色のバケモノ。
怖かったし、それ以上に、何もできない自分がただただ情けなく、悲しかった。
今の私は治癒術師。
そんな私が、死にゆく仲間を看取ることしか出来ないなんて、そんなのあんまりだ。
(神様…ッ)
(良いでしょう)
(…っ!)
アナスタシアの視界が、突如真っ白に染まる。
顔を上げると、いつも気配だけは感じていた存在が、穏やかな緑光として漂っていた。
(あの日と変わらない、あなたの深い悲しみ、しかと受け止めました。あなたに更なる力を授けます。この先あなたがこの世を強く憂う時、私は何度でも、あなたの力になりましょう)
「…あなたが、治癒神様ですね。私に仲間を助け、人々を守れる力をください!私、もっともっと、頑張りますから!」
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アナスタシアは
極大級回復魔法『原初回生』を覚えた!
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『原初回生』脳を除くあらゆる欠損を全快する。脳が無事であれば蘇生も可能
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「極大魔法…!これなら!」
神威召喚は授からなかったが、アナスタシアは、ついに一つ目の治癒系極大魔法を授かった。
「彼の者に慈悲の灯火をお与えください。『原初回生』」
店長の身体を淡緑光が包み込み、みるみるうちに身体は元通りに再生していく。
胸に耳を当てると、心臓は力強く拍動を取り戻していた。
「店長さん!よ、よかった!」
ザッ…ザッ…
「死にかけを生き返らせるとは…。その若さで大した回復魔法じゃな…。じゃが、わらわを呪いおったそこの中年は、今すぐ再び息の根を止めねば我慢ならぬ」
ルーパーから受けた傷でふらつきながらも九尾は立ち上がり、再び次郎を手にかけようと扇を振りかざす。
アナスタシアは全ての魔力を使い果たし、昏睡一歩手前の状態。
ルーパーは、無茶な火纏いの連用と炎を使い果たした反動で、一歩も動けない。
「や…!やめて…!!」
「相手が悪かったな、まとめて死ね!」
そしてアナスタシアと次郎に向けて、容赦なく炎の嵐が放たれた。
「る…るぱぁ…」
「あとはお前だけだ。安心しろ、すぐ主たちの元へと送ってやる」
その時、空から、懐かしい声が聞こえた。
「いーや、そうはいかないな」
炎が過ぎ去ったあとには、透明の膜に包まれて無事な、アナスタシアと次郎の姿があった。
「『バリアー』が間に合ってよかった。開始早々リタイアしてすまなかったな」
太一は空を蹴って、2人を守るように大地へと降り立つ。
「みんなよく頑張ったな、後は任せろ」
「太一!!」
「ルパ!!」
「…生きておったとはな。しかも『六色季葬』を受けて傷一つないとは、お主、何者だ?」
「…さぁね(本当は腹に風穴あいてたけど。服直しといてよかった)」
「太一…信じてはいたけど…本当によかった…。ぐす。もうだめかと…何度も…」
太一の外套をつかみ、涙と鼻水でぐちゅぐちゅになったアナスタシア。
その横には、おそらく致命傷を受けたのをナーシャが何とか治したのだろう、装備がボロボロになった店長が倒れている。
ルーパーも、立ち上がれないくらい消耗したようだ。
…あと少し到着が遅ければ、全員殺されていた…。
ギリリッと歯ぎしりする。敵への、そして己の不甲斐なさへの怒りに。
「九尾よ、ここからは俺が相手をしてやる」
「戯けが!先程同様に一撃で消し飛ばしてやるわ!」
アナスタシア達を巻き込まないよう、太一はひとっ飛びで距離をとる。
「死ねぇ!」
ドウッ!!
ルーパーの黒炎を消し飛ばしたものと同じ、三位一体の魔砲撃がはなたれる。
対する太一は、それを避けようともしないように見える。
砲撃は太一の胴体を直撃し、またもや身体に風穴を…。
「ふはははは!……は?」
「なぁ、今の俺の動き、見えたか?」
九尾には一瞬、太一の身体が揺らいだような気がした。
だが、次に瞬きをした時には、太一は同じ場所に無傷で立っているだけだった。
太一は太極棍をクルクルッと回して手に馴染ませる。
辺りに烈風が巻き起こった。
その口元がニヤリと嗤った、刹那。
ゴッッッ!
太一が放った薙ぎ払いは、その場の誰の目にも映らなかった。
ルーパーでさえも、見えなかった。
九尾の障壁は無霰し、その身体は神社のお社まで吹き飛び、ガラガラと音を立てて瓦礫の下へと埋もれた。
「不意打ちされた分は、これでおあいこかな?まぁ尤も…これだけでは済まさないけどな」
極大回復魔法のネーミング…今ひとつしっくりくるのが思いつきませんでした。
ルビはまぁまぁ気に入ってるんですけど、漢字って難しい。
次で長かった九尾戦と、B級ダンジョン編は終わりです。




