第36話 アクアメイデン
「ここは私にやらせて」
そう言ってナーシャは一歩前へと歩みでた。
その先には、全身甲冑を身に纏った鎧武者が中座している。
般若の面の下で、赤黒い光を放つ眼球がギョロリと動いて彼女に視線を固定させた。
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上級武将 レベル:70/80
種族:擬人
性能:体力A, 筋力S, 魔力B+, 敏捷B+, 運E
装備:魔導大刀、魔導小刀、魔導甲冑
スキル:空破斬, 轟撃, 瞬歩, エクスフリーズ
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「ナーシャが強くなったのは分かるけど、こいつはちょっとやばいんじゃないのか。俺が手こずったあいつとほぼ同格だぞ」
「うん、私も『ダンジョンマップ』で見えてるよ。でもこの階層以降、恐らくこのクラスの敵が複数体出てくるわけだよね。私が1体でも相手に出来ないと、多分攻略は難しいよ」
ナーシャの言う通りかも。今の俺だけでは、『念動力』でリミッターを外したとしても、同時に戦えるのは5,6体までが限度だろう。10体同時に来られたら間違いなく死ぬ。まぁスキルで1回は死ねる筈だけど。なぶり殺しに会ってすぐ2回目の死を遂げるだろう。それは嫌すぎる。
「分かった。ただ危なくなったらすぐ加勢するからな」
「うん。ステータス差はあるけど、なんとかなる気がする」
すごい自信だ。それほどまでに凄いのだろうか、新しい極大魔法は。
俺みたいに、ドッカーンってなるタイプだとは聞いていないのだが。
いや、俺が極大魔法を使いこなせていればドッカーンってならずに済むんだけど。
「じゃ行ってくるね。…『水神召海七覇槍』」
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発動すると同時に、私の周囲には渦が生まれた。
碧い、神秘的な輝きをもった、水の渦だ。
その数3つ。
頭がクラっとした。魔力が空になってしまったみたい。
それでも今の私では3つが限界のよう。
7本ぜんぶ召喚できるくらい、まだまだ強くなれるってことならいいのだけど。
そうして次の瞬間、渦はギュルリと形を変え、虚空より現世へ、巨大な3本の槍が顕現した。
一本一本に、消費した量より遥かに強大な魔導の圧を感じる。
なにより、まるで意思をもっているかのように、私の命令を今か今かと待っているように感じる。
ハイエーテルのアンプルを1本、パキっと折って口内に流し込んだ。
強敵に向き直る。
既に私のことを脅威と見なしていたようだ。2本の刀を構え、臨戦態勢にある。
今にも飛び掛かってきそう。
槍達それぞれに命令を出す。
出せる命令はシンプルに4種。直接操作、自律攻撃、自律防御、融合。
直接操作が最も威力が出せるが、最も集中力を要する。
槍は融合により強大化していくが、今の私では扱いきれないかもしれない。現状では1本ずつ役割を割り振るのがベストだろう。まずは防御に…。
そう決めた時点で、敵の姿がふっと消えた。
ガキィィィン!
私の顔の寸前のところで、水の槍と刀が激しく交差した。
ごく僅かな水しぶきが顔にかかるのを感じた。
即座に鎧武者は飛び退き、私の周囲を高速な立体駆動で取り囲んだ。
重厚な外観からは想像出来ない足捌きで、目で追うのがやっとだ。
視覚が敵を見失った瞬間、死角から飛ぶ剣閃や超級氷魔法が放たれる。
敵の姿を求めて色褪せる意識の中、飛んでくる殺意の数は瞬く間に膨れ上がった。
極大魔法が発動されていなければ、既に私は細切れになっていただろう。
だが、無傷だ。
鈍型に変化した自律防御の槍が、その悉くを防ぎきっている。
危なかった。よかった、最初に防御を命令しておいて…。
念のためいつでも『界絶瀑布』を貼れるよう準備はしておくが、必要なさそうだ。
通常水は氷と相性が悪いが、水神の宝具は表面を僅かに凍らせたのみで、全く速度を落とすことなく飛び回っている。
1本は全く問題ない。よし。
「次、行って!」
自律攻撃の槍を飛ばす。攻撃を命令された槍は、命を吹き込まれたかのように槍先が鋭く変形し、うねりを上げながら超高速で敵に向かっていった。
『グガァァァァァ!』
さすが武芸に秀でた鎧武者は、二刀を用いて槍を防ぎ、残る一刀で槍を破壊しようとしてくるのだが、攻撃に転じた瞬間に防御に徹する丸太のように厚い槍に阻まれている。
2槍対2刀で拮抗状態のようだ。
既に敵は機動力を失いその場に釘付けで、苛立っているのか咆哮を上げ出した。
私そっちのけに剣戟を繰り返している。
武具もだんだんと破損箇所が増え、確実に敵を消耗させているのが分かる。
反面、槍の方は少し水が散って小さくなったかもしれないが、その程度だ。
仕上げね。
戦況は余裕があるが、2本の自律駆動は長引けば脳に負担がくる。すぐ決着をつけたい。
最後の一本には、特別な命令を下す。
『私の心意為す一槍』
直接操作を受けた槍は、一瞬姿がぶれたかと思うと、サイズや形は元のままだが、白く見えるほどの目映い光を放ち始めた。
その存在感はこの世のものとは思えないほどに神々しい。見た目は真逆だが、どことなく太一の黒炎を彷彿とさせる。
槍の制御の為に脳のリソースの大部分が当てられ、かつてない疲労感を覚える。
細かい狙いはつけられない。鎧武者の胴体ど真ん中を突破する命令を下した。
「いっけぇぇぇぇ!」
放たれた瞬間に、槍は私の制御から外れた。
脅威が差し迫っていることを感じたのだろう。
思わず心意の槍に向き合った鎧武者は、自律する槍に両足を貫かれ、地面に縫い付けられる。
そして後悔するための暇を与えることなく、白光する巨大な槍は、敵の胴体を根こそぎ喰い尽くし、虚空へと消えた。
急に訪れた静寂の中で、兜を被った首から上の部分が、地面に落ちてカランカランと音を鳴らした。
「はぁっはぁっ」
集中力が限界を迎えたようで、残る2本もすぐに姿を消す。
敵の姿がサラサラと消えて、勾玉がひとつ残されたことを確認すると、ようやくアナスタシアは緊張を解いた。
「私が…勝った!!」
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「す…すごい。あっという間に終わっちゃいましたね。な、なんでしょう、あれ。」
「あ、あぁ。7本じゃなくて3本しか出てなかったけど、それでも半端ない強さだったな」
ナーシャ凄い。めちゃめちゃ強かった。
対人型との戦いだと、もはや短時間ブーストタイプの俺より戦闘力が安定してるんじゃね?
「それでいて回復も支援も出来るなんて…ナーシャさん、どんだけぇ!!」
「う、うん。戦闘特化型でもないのに、すごいよね」
あれ、俺って何型だっけ。
まぁそれはいい。
何にせよ、ようやく俺は自分と同等の強さの仲間を得たことになったのだ。
俺と店長は、華々しく圧勝を飾ったナーシャのもとへと駆け寄っていった。
久々になってしまいました。




