第32話 一騎打ち
第9階層へと転移してきた。
ずらりと並ぶ鳥居たちの、最後の一門に刻まれる文字を確認する。
『鎌倉ノ門:一の魂を捧げよ』
『制限:一騎打ち』
これはもう間違いなく中ボスだ。
合戦で一騎打ちが主流だったのは、鎌倉時代頃までだと聞いたことがあるが。
一対一で戦って撃破しなければ、勾玉を得られないのだろう。
「こ、これは、ゴクリ。当然うちからは…」
「お、店長行っちゃう?」
「行っちゃうわけないでしょうが!?」
「じょ、冗談だよ。俺が出るよ」
「太一、気をつけてね。最悪の場合、援護するから、撤退しよう」
「オーケー。なぁに、こんなところでつまづいてたまるかよ。しかし…」
対ダンジョン協会の戦略では、各国のB級は、いずれ各国それぞれの成長した精鋭加護者部隊+軍隊でごり押しで攻略してもらうことになっているわけだが。
こんなイレギュラーな制限がかかるダンジョンがもし他国ダンジョンでも出たとしたら、まず攻略なんてできないぞ。
日本ならではだと思いたい。難易度の高さにおいても。
俺たちが200近いB級ダンジョンを順次攻略して回る事態だけは勘弁だ。
背中のルーパーをよいしょっとナーシャに預ける。
いつもは大概寝ているのだが、じっと、くりくり眼で俺を見てくる。
「大丈夫だよ」と、くしゃくしゃ撫でておいた。
いつもは洞穴が開けているだけの正面の壁面に、銀色の巨大な重扉が鎮座している。
ふぅと一呼吸おく。
魔力は、最大まで回復してある。
自分が使えるスキルも、改めて把握し直した。
三種の武器は全てアイテムボックスから出して、手には杖を持っておく。
ふぅ。よし、行こう。
銀色の扉を、勢いよく開け放った。
「ワァァァァァァ!!」「ワァァァ!!」「ワァァァァァァァァ!」
途端に、割れんばかりの歓声が響き渡った。
「な、なにこれ」
フィールドは、コロッセアムのような、円周状に周囲が盛り上がった広大な草原だった。
眼球だけゴロゴロと肉付いた下級武士たちが、観客として何百体と取り巻いて座っており、刀や槍を振り上げながら歓声を上げている。
「ど、どうやら、見世物になっているようですな」
「すごい数…」
一対一の戦いが守られなかった場合、こいつらが雪崩れ込んでくることになるのだろう。
万が一撤退する場合にも、できる限り援護はしないよう、ナーシャに念話で伝えておく。
草原を歩いて進む。
敵の陣営と思われる場所に、黒い般若の半面を被った侍が、腰に2本の刀を携えて座っている。
2人を扉の位置に残して俺一人で進むと、奴はすっと立ち上がり、こちらに静かに近づいてきた。
ビリビリと、これまでに感じたことのないような、肌に刺さるようなプレッシャーを感じる。
こいつは、オーガ以上だろうな。
『ステータス閲覧』
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上級武将 レベル:MAX/80
種族:擬人
性能:体力A+, 筋力S, 魔力A, 敏捷A, 運E
装備:鬼丸国綱(運デバフ効果),蜘蛛切丸(猛毒付与効果), 金紅ノ甲冑
スキル:空破斬, 轟撃, 瞬歩, 身体強化, 陽炎, エクスフリーズ
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ステータスの高さは、想定以上だ。
腰布に刺さった刀は、何れも禍々しい紫のオーラを纏っている。呪われているのだろうか。
毒には耐性がある筈だが、運のデバフの方は何度も斬られるとまずいだろうな。
スキルは、名前以上の詳細は分からない。
こいつは油断した瞬間に頚を刎ねられかねないぞ。
「ソウホウ、マエへ!」
弓矢を持った黒装束の審判が、前進を促してくる。
草原の中央に歩み出て、100メートル程離れたところで対峙する。
「なぁ!一応聞くが、穏便に済ませるつもりはないか!?」
倒さないと進めないのは分かっているのだが、今回も一応対話をしてみる。
人類の真の武器は剣ではない。ペンなのだ。
仮面の下で、僅かに口元がニヤリと歪み、黒ずんだ歯が覗く。
地獄の底から響いてくるような、低い不協和音の混ざった声で、それに対する返答が返ってきた。
「カカ。後ロノ娘ノ心臓ヲエグッテ捧ゲレバ次ニ進メルゾ。…代ワリニヤッテホシイカ?」
ナーシャを指差して、奴はこう言った。
んー。よし、滅ぼそう。
鎌倉時代にペンはなかった。
審判が鏑矢を弓につがえて宙へ向けたところで、手に持った杖に大量の魔力を込め始める。
開始と同時に、煩い観客達ごと蒸発させてやる。
ピィィィィィィ!
甲高い音を立てながら、赤い矢が宙へと放たれた。
「ワァァァァァァァァァァァ!」
瞬時に五行錫杖を構えて、黒い炎を凝縮した。
よし、こいつをお見舞いしてやる。
一瞬炎に目を離してしまっただろうか。
それを放とうとしたところで、奴の姿は陽炎のように消えていた。
代わりに、カマイタチのような斬撃が猛スピードで飛んできている。
自分の失策を呪う。
油断しないと決めていた筈なのに。
この相手には知性があるのだ。スピードで勝っているからと、溜めの必要な大魔法を安易に選択すべきではなかった。
黒炎ごと杖をしまい、斬撃をサイドステップでかわしたところで。
ザクッ
猛烈な悪寒を感じると同時に、背中に強い熱を感じた。
「ぐぅぅ、くそ!」
背後の大きな気配に対して、闘気を纏った棍を全力で薙ぎ払う。
振り返った先では、黒い般若が2刀をもって俺の一撃を真っ向から防いでいた。
禍々しい刀との間でガチガチと火花が上がる。
裂けそうなくらい大きく口を歪めて黒ずんだ歯を全て見せる般若と、武器を挟んで目前で対峙する。
既に奴は強化済みなのか、力で競り負けている…ッ。
即座に俺も『身体強化』し、ようやく均衡を取り戻したところで。
奴は2刀のうちの1刀を接面から滑らせて、俺の足を斬りつけてきた。
ガクッと力が抜けかける。
痛いそしてやばい。今のは運斬りのほうだ。
二刀流ってこんなに厄介なのか。
さらに一刀を振りかざしてくるが、もうこれ以上斬られるわけにはいかない。
「フォースリンガー!」
二挺拳銃を『念動力』によりファンネル状に宙空に展開する。
自身で射つ程の連射はできないが、マズルフラッシュと共に、大量の魔弾が放たれた。
不意をつけたことでかなりの弾数がヒットし、奴の装甲を削り取った。
たまらず距離をとった奴にそのまま銃撃を続け、こちらもバックステップでさらに距離をとる。
ギンギンと刀で全弾叩き落されているようだが、これは時間稼ぎだ。
もう奴から一瞬も目を離さないようにしつつ、今のうちに斬られた部分の治療をする。
防具のおかげもあってか、幸い傷は深くないようだが、背中の切面はジュワジュワと嫌な音を立てている。こちらは毒の刀で斬られたようだ。耐性のおかげで、この程度の侵食で済んでいるのだろう。
『超魔導』による全開のヒールとキュアを掛け続ける。
…オーガの時は、こういう拮抗したタイミングで、魔法にやられたんだよな。
ふと思い浮かんだ次の瞬間、奴の口が顎まで大きく裂けて、氷のビームが放たれた。
ドンピシャか!
勘と経験が活きたことにより回避は余裕ではあるが…。
奴との間へ『超ファイア』を巨大な壁状にして展開し、それに『バリアー』を付与する。
複合技『火炎障壁』だ。
展開された障壁は、放たれたエクスフリーズを見事に防ぎきった。
そして、今あいつは攻撃直後の硬直と目くらましにより、まだ次の行動に移れていないはずだ。
ようやくだが、俺の番だ。
二挺拳銃を仕舞った後、宙を蹴って一気に飛び上がった。
雲に届く高さまで上昇してとどまり、強化された視力で地上を見下ろす。
空には涼しい風が吹き、一瞬、ここがダンジョンの中であることを忘れそうになる。
奴は障壁に視界を阻まれたことで俺を見失い、地上でキョロキョロしているようだ。
仕掛けるならまさに今だな。
『火事場の真剛力』を発動させ、倍増した脚力をぐぐっとバネのように引き絞ると、全力で宙を蹴った。
パンッと踏み鳴らした空の炸裂音を残して、彗星のように地上目掛けて急降下する。
みるみるうちに地上が迫ってくる。
『超集中』を発動する。
移りゆく空の色が、幾層にも分かれてグラデーションのように見えるようになった。
狙うは奴の頭部もしくは胴体、で充分だ。
太極棍を正中に強く強く握りしめ、十分に闘気を行き渡らせる。
地上から数十メートルまで降りてきたところで、最後にもう一度だけ空を蹴り回転を加え、必殺の戦技を発動させた。
『龍の爪』
赤熱した棍身は更に加速され、巨大な一振りの理力となって、一体の擬人へと襲いかかった。
奴は直前で気付き刀で防ぐような挙動をしたが、特に意味をなさなかったようだ。
ぐしゃりと兜が潰れたかと思うと、あとは一瞬の連鎖だった。
上級武将の全身は、上空から落とされたトマトのように、赤く破裂して、散った。
受け身をとって着地すると、そのまま即座に次の行動へ移した。
もし数百の野良武士たちが散開して襲いかかってきたら危険だ。
後顧の憂いを絶つために、地面に降り立った太一は、杖に残されたまま燻っていた黒炎を、そのまま指向性のみを持たせて開放した。
ボンッと炸裂した黒炎が、ブレス状に爆風を発生させる。
超高熱の爆風と黒のカーテンに蹂躙された数百もの野良武士たちは、武将の後を追うように、一体を漏らすことなく黒い灰へと姿を変えた。
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『ハイヒール』
ぽつんと一つだけ残されたりやや大きめの勾玉を回収してから、治療を受けている。
ナーシャの中級回復魔法で、足と背中の傷は綺麗さっぱり治った。
「背中の傷は、剣士の恥だ」なんて某名言もあるし、綺麗に治ってやっと一安心だ。
まぁ俺剣士じゃないし、痕が残っても別にいいけど。
「太一、お疲れさま。何度も斬られた時は本当に心配したけど…さすがだったね」
「治療ありがとう。あの鬱陶しい観客武士たちも消滅させたことだし、結構経験値も手に入ったよな。ある意味、ボーナスステージだったとも言えるか」
「あの数を全滅させようなんて思うの、太一くらいだよ」
「団子みたいに纏まってたからね。じゃないとさすがに無理だわ」
「あ、あの~。お二人とも」
「ん?」「店長さん、どうしたの?」
「どうやら、新しい加護スキルを授かったみたいです」




