第29話 レッツトーキング
鳥居が3門になっていることには、もはや特に驚きはなかった。
ただ、鳥居連なる鍾乳洞に光射す様は、かなり見応えのある光景だ。
ここがダンジョンでなければ、日本が誇る観光地になったであろうに、残念だ。
3つ目の鳥居に、文字が刻まれてある。
『縄文ノ門:三の魂を捧げよ』
『制限:火属性攻撃 威力半減』
門の名前が日本の史実に沿っている事と、階層の分だけ敵を倒す必要がある事は、これでほぼ確定だ。
敵も強くなっていくだろうから、階層が進めば、指数関数的に難易度が上がっていくんじゃなかろうか。
そして、ついに制限とやらが発動しだした。
小道を抜けた先のフィールドでは、火属性の攻撃が弱体化させられるようだ。
当然、出現する敵がもたない攻撃手段が対象となるんだろう。
ルーパーのブレスは弱体化するだろうな。
まだ総力戦という程敵が強くないので、大した影響はないが。
攻撃手段が水魔法に特化したナーシャは、いずれ来たる苦難が予想されて、微妙な顔をしている。
運をとったら何も残らない店長は、もしものパターンを想像して、悲壮な顔をしている。
もし店長が運を抑えられるようなことがあれば、ただのレベルの高い一般人だから、殆ど護衛対象だな。
身体能力に劣る店長には、そのうち手足となり得る強力なモンスターをテイムしてプレゼントしたいところだ。
希望的には、いずれは多数のモンスターをテイムし、世界中に攻略パートナーとして提供できればいいなぁと思っている。
現状、一匹たりとも目をうるうるさせたモンスターとは遭遇していないが。
モンスターを経験値としてしか見なしていない俺に問題があるのかもしれない。
これからは、一つの生命体として彼らを尊重していくとしようじゃないか。
このダンジョン、今のところ黒いの以外出ないけど。
また壁面の中央のみに開いた入り口を通って、小道に入っていく。
「二人とも、提案があるんだけど」
「太一、どうしたの?」
狭いトンネルの中では、声がよく反響する。
鈴の音のようなナーシャの綺麗な声が、高価なディスクオルゴールのように耳に響いて心地よい。
「あー、俺の『意思疎通』スキルなんだけどさ、一応URの。熟練度が上がってきてるのか、最近人外の言ってることがちょっと分かるんだよね。それで、このフロアの人間もどき相手に、ちょっと対話を試みてみたいなーと思ってて」
「な、なんと!太一くん、常人では考え及びもしないことを平然と!そこにしびれる…」
「あ、店長、そういうのいいから」
「面白い試みだと思うけれど、どうしてまた?」
隅でうなだれている店長は放っておいて話をすすめる。
「うん、どうも、ダンジョンが人間について何か探ってる気がするんだよな。マンモスや狼を再現できて、なぜ人類だけあの中途半端な黒尽くめなのか。なぜわざわざ原初の時代からの模造品を作って、俺たちにぶつけてくるのか。あいつらの思考を読み取ることで、何か情報が得られるんじゃないかと思ってさ。あの奉魔協会とかいうダンジョン擁護派のカルト集団も気になるしさ」
「そっか…。私も最近、ダンジョンは何らかの『意思』で統一されているんじゃないかと思う。ただのモンスターの集団とその巣ではないような。
さすが太一、なにも考えてないようだけど、実はいつもよく物事を見てるよね」
「一言余計だよ、聖女さま♪」
「ぅぐ…わ、悪かったからもうそれ言うの禁止!」
「そ、そんな陰謀めいた存在があろうなんて。急にこの洞窟が恐ろしく思えてきますな…」
復活した店長は、今度はぶるぶる身震いしている。
最年長のオッサンが一番表現豊かって誰得だよ。
「そう、だから、2人にはちょっと、攻撃せずに様子を見ててほしいんだ。体力Sの俺ならまぁ、あいつらに何十発殴られようと大したダメージにはならないだろうしさ」
「なんて懐の広いというか胸板が厚いというか…そんな太一くんならば、きっと彼らとも分かり合えましょうぞ」
「あぁ、任せてくれ」
「るぱ?」
ルーパーをナーシャに預けて、小道からフィールドへと出た。
気配察知には、相変わらず目ぼしい反応がない。
辺りを見渡すと、今までと似た森林フィールドなのだが、鬱蒼としたジャングルという感じではなく、所々で木々が伐採されたように開けている様子が伺える。
『ファイア』と唱えると、通常よりもだいぶ小さな火球が空へと飛んでいった。
なるほど、フィールドに吸収されているって感じだな。
半減くらいなら使えないことはないが、強敵相手にはやめたほうが良さそうだ。
ルーパーから『もったいない』って感じの目線を感じた。
店長はダンジョン産の自然がお気に召したのか、ぬほほーと駆け出していく。まだ敵が弱いと分かって、余裕が出てきたようだ。
「ほーやはり空気が美味いですなぁ。1万年程前の日本の森ですか。えぇと、30年以上前の社会科の記憶が正しければ、茅葺きの竪穴住居に縄文ど…ぬぉっ!?」
言い出した途中で、店長の姿が地面の下に消えていった。
「て、店長さん!?」
慌てて2人して駆け寄ると、底が見えないくらい深い深い落とし穴が掘られている。
店長はかろうじて両手で地面にぶら下がっており、無事だ。
ぷるぷるしてるけど。
「ほっ、さすが店長。危機察知と回避にかけては右に出るものなしだな」
いちおう身体能力においても一般人最強クラスの店長は、ひょいっと落とし穴から抜け出してきた。
「はぁ、はぁ、あれで回避したと、はぁ、はぁ、言えるのかどうか。し、死ぬかと思いました。罠だなんて、ひ、卑劣な!太一くん、もう対話なんてやめてぶち○してやってくだされ!」
「まぁまぁ店長、争いからは何も生まれないよ。それよりも…」
店長の運って、罠避けにも使えるな。
「なにか、物騒なこと考えてません?」
「気のせいだよ。それよりも、気をつけて進もうか。店長は罠の気配を感じたら教えてくれ」
明らかに侵入者に対する悪意と知性が上がっていることが確認されたため、最初の和やかムードは消え去った。
慎重に進んでいく。
『念動力』による探知はいろいろ消耗することが分かったので、浅層で乱用するのはやめた。
歩いていると、所々で未作動の落とし穴と、作動済みの穴のはるか底に落ちて絶命している動物を見つける。
「落とし穴、深く掘りすぎでしょ…。明らかにこれ、狩猟用じゃなくて、攻撃用だよね」
だんだん対話することが不安になってきたが、そこは俺オブ紳士、麗しのレディの前で不様な動揺は見せないのだ。
罠や生活の痕跡を頼りに歩くこと数十分、大きな茅葺き屋根の家が建つ草原へと辿り着いた。
ひゅっと魔力糸を伸ばす。
いるな、1…2…3体。
家の中に全部揃っているようだ。
2人に静止のサインを出す。
「太一頑張って!今日という日が、ミレニアムデーになりますように…!」
「太一くんが帰ってきたら、歓迎の音頭をとる用意をしておきますぞ…!」
ヒソヒソとフラグ立てるような声援やめてくれる?
ゆっくりと広場の中央まで歩く。
ここまで近づくと、家の中から微弱な気配がせわしなく動き回っているのがわかる。
すーっと息を吸うと、大声で呼び掛けた。
『ごめんくださーい!』
家の中の気配がピタッと止まったのが分かる。
なんか、オーガと闘ったとき並に緊張してきた。
少しして、ゾロゾロと三体が家から出てきた。
相変わらず某推理漫画の犯人みたいな出立ちだが、ちゃんと藁の服のようなものを着ている。
揃って、手には巨大な石斧を握りしめている。
『タマシイノニオイ?』『タマシイキタ!』『タマシイクウ』
三体とも、斧をにぎにぎしながら、足並みを揃えてじりじりと近づいてくる。
既に嫌な予感がする。
『えーと、初めまして。悪い人間じゃ…ナイヨ?』
呼び掛けたのを皮切りに、どどっと押し寄せてきた。
ぶんぶんぶんと斧が矢継ぎ早に振り下ろされる。
かわし、いなし、手で受け止める。
生活水準が上がって体格が良くなったというか、身体能力がだいぶ上がってるな。
ってそんなことはどうでもいい。
『ストップストップストップーー!』
呼びかけを続けながら、紳士に攻撃を受け止め続けるが、一向に手を弱めてくれる気配がない。
流石に三体同時に来られると、時折は攻撃がかする。
受け止める手も身体もたいして痛くはないのだが、ヨダレを垂れ流しながら狂気的に襲い掛かってくる黒のっぺらぼうはかなり怖いので、結構な勢いで精神的なストレスが溜まっていく。
こちとらストレス耐性なんてないんだぞ!
『話を聞いてくれ!ダンジョンはどこからやってきたんだ!ゲートとはなんだ!お前たちの目的はなんだ!魂って一体なんなんだ!?』
『アアアアアアアアア!』
『アアアアアアアア!』
『アアアアアアアアアアアア!』
ボコッ ゴチン
敵の一体が放ったであろう土魔法が、岩のハンマーで俺の後頭部をこづいた瞬間。
喚き声の喧騒の中で、プッチンと音が聞こえた気がした。
「うるせェーーーーー!!」
バリッ!!
「あ、太一…」
「あっ」
「あ」
思わず全力で放った魔法。
初級ではあったものの、それまで対話を試みた対象を、纏めて炭にしてしまっていた。
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「ええっと、太一、お、お疲れ様!頑張ったね!
一体どんな話し合いがなされたの…かな?」
「ええ、確かな対話がそこにはありましたとも、ええ!」
「…お腹減ったってさ」
3つの勾玉を拾うと、フラフラと次の階層へと向かった。




