第28話 歪な魂
鳥居をくぐると、一瞬身体が浮くような感覚を受けた後、広い鍾乳洞の入り口部分に出た。
天井は高く、さんさんと光が差し込んでおり、その下には赤い巨大な鳥居がそびえ立っている。
ものすごく、デジャヴだ。
今後もワープする度にこの空間に出るのかもしれない。
ただ、先ほどと大きく異なるのは、全く同じ外観の鳥居の数が2門あることだ。
バカでかい鳥居が倍の数になると、その迫力もまさに倍増だ。
手前の門には何も書かれていないが、奥の門には、先ほど同様に文字が刻まれていた。
『新石器ノ門:二の魂を捧げよ。』
『制限:なし』
鳥居と合わせて、捧げる魂の数も倍になっていた。
「今度は新石器…ですか。またさっきの気味の悪い黒づくめが出るんでしょうかねぇ」
「かもな。はぁ、気配察知が効かないジャングルステージだなんて面倒な。」
「ふふ、今のところ敵があんまり強くないことを喜びましょ」
奥の壁には、1階同様に中央に抜け道が開けており、3人は小道を進んだ。
開けた先には、先程と寸分違いのない、広大なジャングルが広がっていた。
「案の定、お目にかかったことのないような、立派なジャングルだな」
「太一、まだ敵が弱い今のうちは、効率重視で2手に別れましょ。中~超級魔法を運でバーストできる私と店長さんが組むから、太一はルーパーちゃんと行って。念の為、すぐ合図できるように、念話は繋いでおいてね」
「あ、あぁ。わかった」
「ナーシャさん、宜しくお願いしますぞ。では太一さん、また後で」
じゃっ、と2人はジャングルの中へと消えて行ってしまった。
後に残された俺と、寝ている神獣。
少しの間固まってしまった。
「ま、まぁ戦力配分的に妥当だってことはよく理解できるんだが。…そこはかとなく寂しい」
「うぱ?」
ちょっとだけしょぼんとしていると、ルーパーが気づいたのか、口の先で俺の頬をぐりぐりしてきた。
『だいじょうぶ?』って言っている気がする。
「はは、ありがと。意外と気遣いのできる奴だったんだな。まぁ、よく起きてくれた。ちょうどそろそろお前にも一仕事してもらおうと思ってたところだ。次の敵はお前が倒すんだぞ?」
「るぱ!?」
C級ダンジョンでせっせと訓練に勤しんだ店長と違い、ルーパーは本当に、ずっと寝ていた。
時折指示した時のみ、俺が食べさせた『ファイア』を濃縮したブレスを吐いたが、それだけだ。
ルーパー本体の戦闘方法はまだ見たこともない。
黒いやつは『閲覧』できなかったので、安全のために小手調べはしたほうがよいかもしれないが、問題なさそうであればルーパーにやらせよう。
脱・怠惰な神獣だ。
「すぴすぴ…」
さっそく寝た振りをしているようだが、今日は起こすからな。
森の中をルーパーをおんぶして進む。
ダンジョンの中であることを忘れそうになるが、上には青空が、地面には木や草花が生い茂っており、かき分けながら進む。
マンモスみたいな象や、狼みたいな犬をちらほら見かけるが、軽く威圧をすると散っていった。
ていうか、あれ、本物なのかもしれないな。
ただ、少なくともそれらは魔素で強化されたモンスターではなく、ただの動物のようだった。
新石器…時代ってか?
わざわざご丁寧に昔の生態系を模写するなんて、ダンジョンマスターも暇だな。
ん?
絶滅した動物の模写なんて、ダンジョンといえど、普通できるのか?
『地球の動植物の遺伝子情報』をもってでもないと、できないよな。
持ってるんだろうな、気味の悪いことに。
…じゃぁ、人間を模写したであろうあいつが、黒いのっぺらぼうだったのはなんでだ?
『魂』とか言われていたが。
うーん、わからん。
まぁいいや。さっさと片付けて、ナーシャと合流したいのだ。
それに店長は、予測力によるひらめきですぐ敵を見つけちゃったりするかもしれん。
俺がナーシャにフォローされる事態だけは、避けなければ。
気配は察知できなくても、やりようはある。
「ふー」
大きく息を吐ききって、集中する。
『念動力』を発動し、ナーシャ達とは別方向へ、糸状にした魔力を手指から放つ。
それをさらに網目状に細分化させ、ドッと勢いよく拡散させた。
このミクロの魔力網に物理的な強制力は皆無だが、触れたものを感知することができる。
最初の頃はなんの役にもたたなかった念動力スキルだが、今では攻撃に拘束に探知と、使い勝手も良い上、身体強化の主力も担う、超重要スキルになった。
神経を研ぎ澄ませて、数キロメートルに渡って探知網を広げていく。
気配察知と違って時間も魔力も集中力も食うが、得られる情報は比にならない。
様々な動植物の息遣いが感じられる。
大いなる生命の放つ瑞々しさや、そのものの『魂』のようなものまで感じられる気がする。
まるで、森の管理者にでもなったかのような気分だ。
さらに糸を伸ばしていく。
集中のあまり、額を汗が一滴つたい落ちる。
は…はやく見つかってくれ。
念願かなってか、10キロメートルほど先で、糸が歪で空虚な存在に触れた。
輪郭を描出すると、どうやら人型の生物のようだ。
「見つけた!ルーパー、しっかり捕まってろよ」
放出した糸をすべて1本に集約し、強制力をもって敵に纏わりつかせると、手繰り寄せるようにしながら木々の上を疾走する。
数十秒のうちに標的にコンタクトした。
1階層と同じく、黒尽くめの敵が石の斧のようなものを持っている。
体格も1.3メートル程と小柄で、変わりない。
少し違うとすれば、石の先がより鋭く尖っている程度か。
正直弱そうだ。
細い魔力糸をまだ身体に纏わりつかせているため、動きづらそうにしてこちらを睨みつけている、気がする。
目玉がないからよくわからんが。
「よし、ルーパー。糸は少し残しておいてやるから、お前が戦ってこい。あと、炎の使用は最小限で頑張ってみてくれ。大丈夫、危なそうだったら援護してやるから」
「る、るぱ!」
やる気になってくれたようだ。
俺の肩から降りると、小さな羽根をぱたぱたさせながら、後ろ足で立ち、ファイティングポーズをとった。
「るぱぁぁぁ」
なんか、ボクサーみたいだな。あの貧弱そうな前足で殴るのか?
ぶっちゃけ、ブレス抜きであいつがどうやって戦うのか想像がつかない。
なんせ、ルーパーには歯がないからだ。噛みつくことはできない。
「るぱーー!」
タンっとジャンプし、羽根でホバリングしながら勢いよく黒のっぺらぼうに接近していった。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
敵は鈍器を構えると、嫌悪感のする金切り声を発しながらルーパーめがけて振り下ろした。
少しひやっとしたが、ルーパーはいつもの怠惰さが嘘のように機敏に反応し、ひらりと宙返りしながら打撃を避けた。
そのまま背中側へと着地する。敵の背中はがら空きだ。
「行けっそこだ!」
「るぱーー!!」
思わずテレビで日本人ボクシング選手の応援をするオヤジみたいな声援を発してしまう。
構え的に殴るのかと思いきや全くそうではなく。
太い後ろ足で敵を宙へと思い切り蹴り上げた。
「るッパ!」
胴体並の太さをもつ尻尾をビキビキと細く硬化させると、
そのまま空中で激しく回転し、強烈な尾の一撃を敵の首目掛けて振り下ろした。
「ア゛?」
スパッと、あっさりと敵の首は地面へと転がった。
シュウシュウと魔素の霧が死体から立ち上り始める。
「おお、蹴りと尻尾で戦うスタイルだったんだな。やるじゃないか、ルーパー。さすが神獣と言われるだけあるな」
最初のファイティングポーズに意味があったのかは知らないが。
「るぱるぱ♪」
よしよしすると、嬉しそうに尻尾や角のふさふさをふりふりしている。
今後とも是非やる気をだして頑張ってもらいたいところだ。
敵の死体があった場所から、赤い勾玉を回収しておく。
さて、あっちの進捗状況はどうかな?
『もしもしナーシャ。こっちは一体片付けたよ。そっちはどう?見つかってないようなら手伝いにいくよ』
『あ、太一。ちょうどこっちも終わったところよ。店長が、「なんかあっちが怪しいですぞ~」ってあっという間に見つけてくれてね。かなり早かったのに、太一もさすがね』
『あ、あぁ。じゃ、入り口で合流しよう』
危ないところだった。さすがは店長だ。
まぁ、ルーパーが頑張ってくれたおかげでもあるな。
「よし、戻ろうか」
「すぴ…」
早くも人の頭の上で寝息をたて出したルーパーを背負い直して、鳥居のあるフロアまで引き返した。
途中で合流すると、ナーシャ達も同じ赤の勾玉を手に入れていた。
2つの『魂』をかかげると、それぞれが鳥居へと吸い込まれていく。
ゴゴゴゴと謎の低い駆動音が鳴り響いた後、2つの鳥居をつなぐように、トンネル状の次元の歪が現れた。
…『魂』ね。むしろあいつら黒のっぺらぼうにこそ欠如しているものに思えたけどな。
ダンジョンは、完全な人間を作り出すことはできないってことだろうか。
「ほほ、まさに不思議のダンジョンですなぁ。太一くんは、考え事ですか?君はよく考え事をしていますねぇ」
「あぁ、店長。そうだな、また休憩の折にでも話すよ。今はとにかく、先へ進もう」
太一と店長は、歪の中を歩いて行った。
ナーシャは、少しの間、鳥居を眺め、呟く。
「…太一くんも、薄っすらと気づいていそうだね。『ダンジョンが人間を研究している』ことに。私達の本当の敵は、どこにいるんだろう。…なんにせよ、『力』は、可能な限り敵に知られないようにしないと」
ナーシャも遅れて、歪へと吸い込まれていった。




