第27話 和
兵士たちの声援を背に、
ついに太一たちは、B級ダンジョンへと足を踏み入れた。
入ってすぐに、3人はその異質さに気がついた。
C級ダンジョンは全て無機質な黒壁だったが。
このダンジョンは、ずいぶん容貌(様相?)が異なっている。
壁面全てが、木目調だ。馴染みのある木の匂いすら感じられるような気がする。
しかし質感は、土のような、金属のような感触だ。
指で押すとやや柔軟性を感じるが、俺が全力で指圧しても、一定以上はへこまない。
相当強固な材質でできているようだ。
やや下りの一本道を、コツコツと足音を響かせながら、真っ直ぐに進んでいく。
それから少しして・・
バタンッと突然大きな音がして、急にあたりが真っ暗になった。
「わ」「きゃあ!」「ほぁ!!」
「・・すぴ」
手に『ファイア』を灯し、薄明かりの中で皆の安全を確認する。
ルーパーは俺の後頭部の温もりでわかるから大丈夫だ。ちなみに、こいつ、寝てる。
「2人とも、無事か?」
「び、びっくりした・・。な、なにが起きたの?」
「・・どうやら、門のような物が閉められたみたいだな。ナーシャ、テレポートは使える?」
「・・地上を意識すると、頭がクラクラする。どうやら、かなり強固な結界が張られたみたい」
「・・つまり、攻略するまでは戻れないってことか。2人とも、覚悟はいいか?」
「ええ。元よりそのつもりよ」
「は・・はひ」
店長はちょっとへっぴり腰になっていた。
そのまま暗い中を3人で固まって進む。
すると、次第に通路が明るくなってきた。
両側の壁に備え付けられたぼんぼりの灯りが、一斉に灯ったようだ。
色とりどりのぼんぼりの灯りが、反響し合うかのように、通路を鮮やかに照らしている。
神社の境内を歩いている内に神隠しに遭ったかのような、そんな光景だ。
「・・きれい」
ナーシャの感想と同意見だ。
無機質だったC級ダンジョンと比べると、全然違う。
それに・・なんというか、すごく日本らしい。
もしかして、各国に1つずつっていうのは、そういうことなのか?
その国々の特徴を色濃く反映しているのだろうか。
光景や色合いを堪能しながら歩いていると、古い銅色の扉が見えてきた。
2人に合図をして、ドアをギギギギと開く。
扉の隙間から光が差し込んでくる。
中に入ると、どうやら、広い、鍾乳洞のような場所に出たようだ。
天井は見えないくらい高い・・というより、眩しくて見えない。
洞窟の中のはずなのに、上から強い光がフロアへと差し込んでいる。
そこに、光に照らされて。
高さ30メートル、横幅20メートルはあろう、巨大な赤い鳥居が1門、そびえ立っていた。
「ほぇー、これは・・大したもんですな」
「あぁ、宮島のより一回りはでかいな」
「ねぇ2人とも、この鳥居の下から、なんというか、薄い時空の歪みのようなものを感じるの。ただ、今は・・作動していないみたい」
ナーシャには何かが感じられるらしい。
俺も店長も何も感じないのだが・・どこでもドアみたいなもんか?
テレポート使いならではの感覚があるのかもしれない。
今は作動していないという鳥居に近づいてみると、柱の一部が色濃く縁取られた所があり、そこに文字が刻まれていた。
『旧石器ノ門:一の魂を捧げよ。』
『制限:なし』
・・ふむ。
「旧石器・・?なんだか原始的な響きの、武器ですかな。一の魂・・?制限?」
「魂は、さすがに私達のってことはないだろうから、敵がいるのでしょうか。奥に道が続いているみたい。進みましょう」
「ああ、罠かもしれないけど、行くしかないな。まったく、階段を下るだけのC級と打って変わって、えらく手が混んでるよ」
光に照らされた巨大な鳥居がポツンと佇む、更に広大な洞窟の奥は、一面に壁がそびえ立っているが、正面に、ぽつんと小さな抜け道が空いている。
俺を先頭にして中を進むと、広く視界が開けた空間に、木々が鬱蒼と生い茂っていた。
はるか頭上に天井が、はるか向こうに壁がぼんやりと見えはするが、相当に広いようだ。
頭上からは光が射し込んでいるし、虫や鳥、哺乳類のような動物の姿もある。
なんというか、普通に森だ。
「もうダンジョンのオーバーテクノロジーには一々驚きませんが・・いやぁ、これは驚いた」
店長はたいがい驚いてるよ。
と思ったがツッコまず、あたりを見渡した。
『一の魂』とやらがいるはずなのだが・・。
「今のところ、そこらへんの動物以上に突出した気配は感じられないな」
「んー・・そうだね。あんまり強い相手じゃないのかな?仕方ないね、森に入ろう」
皆で森に入っていった。
森には非常に動物が多く存在しているが、見たことあるようで、ないような動物が多い。
湖のような場所や、滝の流れる場所、洞窟のような場所、様々な自然がそこにはあった。
ナーシャの『ダンジョンマップ』によるマッピングがあるから、迷うことはないが・・
「こんなに広いのに、気配が分からない敵が1匹だけなんて、とても探せないな。まだ一階層だっていうのに。・・イン★フェルノで森ごと焼き払うか?」
「さ、さすが太一くん。自然相手でも容赦がない」
「うーん、『魂』を捧げよっていうのが、ただ倒せばいいってことなのかどうか・・。
もう少し探してみよう?」
慎重なナーシャの提案でもう少し探してみることにした、丁度その時。
かなり遠い場所で、動物の悲鳴のような音が聞こえた。
「行こう!」
木々を避けては速く走れないので、2人を抱きかかえて空中を蹴り、空から一気に近づく。
「太一、あそこ!」
声のした場所へ行くと、像(象?)のような動物が、そこにいる『何か』に攻撃されたのか、息絶えていた。どうやら一撃で頭蓋を割られたようだ。
『何か』は、動物の腹の部分を引き裂いて、その肉をムチャムチャと食べている。
人の様な形をしているが、全身はのっぺりとしていて、真黒だ。
手には、石の斧のような武器を持っている。
こちらに気づいたようで、それは食事をするのを止めた。
よし、『ステータス閲覧』
・・ん?
『ステータス閲覧』
・・え、見れない?
「2人とも気をつけろ。こいつ、ステータスが見れない。こんな奴初めてだ」
『何か』は、黒い歯と黒い舌を見せながらニィッと笑うと、こちらに向き直った。
今にも飛びかかろうと、臨戦態勢をとっている。
「なななんと」
「不気味。でもこいつが『魂』で間違いなさそうね。先制放つから、動いたら太一お願い」
「ああ」
「いくわ。『ハイアクア』『ハイアクア』『ハイアクア』!」
ナーシャは素早く杖を取り出すと、奴の周りを囲むように巨大な水泡を発生させ、破裂させた。
『アアア!?!?』
奴は驚愕したような気味の悪い声をあげたが、
ドンドンドンと激しい水の衝撃波に襲われ、小柄な身体は弾き飛ばされるままになっている。
「攻撃効いてそうッ。『サンダー』!」
『アアアアアアアアア!!!』
ずぶ濡れの全身を駆け巡るように高電圧の電流が流れ、奴は四肢を硬直させながら低いくぐもった悲鳴を上げている。
『アア・・』
そのまま体中から焦げ臭い煙をあげて、ドサッと仰向けに倒れた。
「太一!トドメよろしく!」
応ッ!
と敵に接近する。
取り敢えず頭を潰すか!
と武器を振り上げた・・のだが。
・・ん?
「え、太一、どうしたの??」
「太一くん?」
なんか、ピクリとも動かないな。
太極棍でつんつん、と突っついてみるが、反応がない。
身体からは、速くも魔素の霧が立ち上り始めている。
「・・はは。どうも、倒したみたいだ」
----------------------------------------------------
思ったよりも弱かった黒尽くめの人型モンスターは、魔素核を落とさなかった。
代わりに、身体が消滅した場所には、勾玉のような形状の小さな赤い石が落ちていた。
「これが、『魂』とやらなんでしょうかな」
それを持って、最初の鳥居まで戻ってくる。
ナーシャが石を鳥居へ掲げると、石は霧となって鳥居へと吸い込まれていった。
すると、先程まで何もなかった鳥居の下に、虹色の鏡のような平面が生まれた。
平面は、幾何学的な模様が波打っているようで、いかにも『ワープ』って感じがする。
「ここを通ると、どうやら別の次元へテレポートさせられるみたいね」
「これで2階層に行けるってことか。ほんと、ここは不思議のダンジョンだな」
「と、通る時に身体がバラバラになったり・・いえ、なんでもないです」
「・・すぴすぴ」
3人は、鳥居をくぐった。




