第24話 教祖と少女
後半はやや残酷な描写がありますので、ご注意願います。
2021年2月1日
インターネット上に、ある1つの動画が投稿された。
5分程の短い動画だが、あらゆる言語に対応し、数百とある動画投稿サイトに投稿された。
どういう訳だか規制は働かず、それは、少しずつ人々の目についていく。
動画を再生すると。
十秒程、画面には真っ黒な背景が映し出される。
映像からは、一切の音が聞こえてこない。
視聴している者は皆、誰かに見られている様な違和感を覚える。
淡い照明が点灯すると、男性が椅子に座って足を組んでいるのが分かる。
カメラが男性に近づくことはないが、壮年男性に見える。
男性はまっすぐに『こちら』を向くと、低い低い声で、話を始めた。
「世界の皆様へお伝えします。
あの日を境に多くの物を失った皆様、今まさに失おうとしている皆様へ、お伝えします。
私は、この未曾有の危機から人間を救うための団体の代表を務めているモノです。
団体の名前は『奉魔教会』、私の名前はエウゴアと言います。
ひとつ、皆様にある認識の齟齬を解きたい。
『ダンジョン』と呼ばれている建造物があります。
あれは、ただの異形の生物たちの巣などではない。本質は、結晶化した地球のエネルギーそのもの。
あれは、地球に住まう人類を、次のステップへと誘うための、試練です。
我々は、その試練に打ち勝つための『武器』を、持っている。
我々は、その試練を人の糧とするための『手段』を、持っている。
若し。ただ闇雲にダンジョンを滅ぼさんとする行為が行われようとしている、とすれば。
その行為は、ただの環境破壊のようなものです。
我々は、皆様の命を守り、人類の未来を救うために、活動を始めています。
人類をさらなる高みへと導くために。
またお会いしましょう」
その言葉を最後に、動画は終了した。
内容からは、ダンジョン根絶を目指すダン協を、暗に批判するような意図が見え隠れする。
多くの人は、ただのカルトだろうと取り合わなかった。
実際に人々の命を守るために懸命に働いているのは、間違いなくダン協であるからだ。
しかし、心に傷を負った人々にとって、その言葉は小さな楔となって残った。
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同時期、中国の某山間部にて。
アレキサンダー・ド・リオ・サレス・オリヴェイラは、単身で、とある廃村の調査に来ていた。
S級ダンジョンによって、本土の北半分が覆われた中国、東半分が覆われた米国。
ダン協による両国への支援は殆どが最前線へと集中しており、その他の地域への魔導工場の設置支援は大きく遅れていた。
特に中国では、核ミサイルの直撃を耐えるという最強クラスの飛行系モンスター『ドラゴン』による被害が散見しており、目立つ復興活動をして補足されれば、全ては破壊されてしまう。
アレクといえども太刀打ちできる相手ではない。
だが、一人であれば、逃げ切られる可能性はある。
よって今回の目的は、残念ながら、あくまで単身での、調査だ。
ではなぜ危険を冒してその廃村へ調査にやって来たかと言うと。
聞き逃すことのできない情報が、中国で未だ活動を続ける情報局の面々からもたらされたからだ。
その内容とは。
高度の衛星写真により撮影された、『異形の人型』の存在である。
顔は人間様だが、アンバランスに大きく盛り上がった四肢をもつ生物が捉えられていた。
アレクも、奉魔教会にまつわる伝聞と、例の動画の内容については確認している。
だが、そこには示されていないものが。
自分の預かり知らないところで、もっと何か恐ろしいことが起こっている。そんな気がする。
少しでもその一端に触れるべく、やってきたということだ。
場所は湖南省。突出した無数の岩山が雲をつらぬく、険しい山岳地帯。
仙人が住まうと言われれば納得するような、荘厳な雰囲気がある。
そこに、情報にあった村がある。
S級ダンジョンからはやや離れているが、恐らくは飛行系モンスターの被害に遭ったとされ、現在では廃村になっているという。
ここで…何が…。
「…ハァ、やだねぇ、奇抜なモンスター達にやっとこさ慣れてきたかと思ったら…異形の人型だなんて、ホラーゲームの中だけにしてほしいもんだよ。まぁ、日本のバイホハザードは大好物だったけどね」
低い空域を飛行し、情報にあった座標へ到着する。
元々村があったと思われる、崩れた建物や瓦礫の山が連なる場所を見つけた。
速やかに近くへ着地し、村の調査を始める。
恐らく生き残りはいないだろうが、異形の人型とやらの存在は確認しておきたい。
自分自身ともいえる、愛銃を召喚する。
薄緑と黒を主体とするライフル銃だ。
最大の特徴は、魔素核を専用スキルで加工し生成した弾薬・弾倉を使用することと、アレクの成長に合わせて銃の形態が進化するということだ。
最初はハンドガンのみだったが、アサルトライフル、スナイパーライフル、グレネードランチャーとして形態を選択できるようになった。現状、燃費も取り回しも良いアサルトライフルを選択することが多い。
「やぁ僕の女神様。今日も頼りにしてるよ」
銃身にキスをすると、魔素核小で作った弾倉をセットする。
アレクにも『アイテムボックス』はないが、予め作っておいた弾倉であれば、スキルから呼び出すことができる。
やや戦闘に消極的であったナーシャと違い、彼は世界を飛び回りながらも、魔素核を収集するため、モンスターを狩りまくっていた。今一度、自分の状態を確認しておく。
『ステータス閲覧』
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アレキサンダー,D,R,S,オリヴェイラ(31)レベル:80(EXP+250%)
加護:製造神, 銃神
性能:体力B, 筋力C, 魔力D, 敏捷B, 運E
装備:リバレット, サンダーナイフ, アンダーアーマー, ボディアーマー, 魔導機械式盾, 魔導機械式戦闘靴, 幸運のタリスマン
【スキル】
戦技:マシーナリー, 隠形, 超集中, 銃の心得
魔法:初級(火雷回), リーサルウェポン
技能:魔導機械生成, アイテム生成, ステータス閲覧, 鑑定, 飛行, 状態異常耐性, 物魔耐性小, 言語理解
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【製造神】製造系技能2種, 製造系極大魔法1種, 成長補正(体-中, 筋魔-小)
【銃神】銃系奥義1種, バフ系奥義1種, 成長補正(敏-中, 筋運-小)
【マシーナリー】リバレットの召喚、銃弾の生成を行う奥義。
【銃の心得】銃の扱いが上手くなりやすい。
【リーサルウェポン】魔力をのせた強力な銃弾を放つ。放つごとに魔力を消費する。
【魔導機械生成】魔素核を用いた魔導兵器や魔導ロボットを生成する。
【アイテム生成】魔素核を用いた消費アイテムを生成する。
【鑑定】物を正しく識別できる。
【飛行】重力から解き放たれて、自由に空を飛べる。魔力は消費しない。
【物魔耐性小】物理・魔法のダメージを1割程度軽減する。
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「さぁ、何がでるやら、ね?」
銃を構え、慎重に気配を探りながら廃墟群を進む。
建物は、強い力で引き倒されたような壊れ方をしているものや、銃痕があるものなど、様々だ。
原型が残った家屋に入ってみるが、特に住人の死体などは残っていない。
崩壊した家屋の瓦礫をどけてみても、同様に住人は発見できなかった。
いったいここで何があったのだ。村人は…どこに消えたんだ?
警戒を緩めずに村の奥まで進む。
どうやら、最奥の村長の家まで来たようだ。この家だけ、殆ど破壊されずに残っている。
平屋の、大きな住宅だ。
…中からは、生物の気配は感じられない…か。
家の中へと侵入した。
広々とした玄関から、客間、子供部屋、寝室など、全ての部屋を確認していく。
ギシギシと、自分の足音だけがやたらと大きく聞こえる。
最近人が生活していたような様子はないが…先程から、微弱な気配を感じる…気がする。
ガタ
ッ!!
最奥の部屋から、確実に何かの物音がした。
気配を殺して、銃の感覚を確かめながら、素早くドアの前へと向かう。
これは、中に、いるね。
ドアを蹴破って中に身体を滑り込ませた。
中は広い広い書斎になっているようだ。正面クリア右クリア左クリア。
上…いた。
壁に張り付きながら、こちらを凝視している生物が一体。
アジア系のハンサムな顔立ちの男性だが、目が6つある。幾つかは瞳孔が開ききったかのように真っ黒だ。首から下にいたっては…人間の面影はない。蜘蛛のような身体になっており、体表にびっしりと赤黒い毛が密生している。体長は2メートル近くありそうだ。四肢の一部に爪のような機械が埋め込まれている。
総じて、まさしく化け物だ。
蜘蛛男は口をぷくっとふくらませると、緑の液体をブッと吹きかけてきた。
瞬時に、左腕のガントレットに内蔵してある機械盾を展開する。
ジュッという音とともに毒液は防がれ、床の木に黒いシミを作った。
蜘蛛男はキィィィィンという音をたてながら爪をドリルのように回転させて、まさにこちらに飛びかかってこようとしている。
「ジィィィーーーーーザス!!!」
対話は不可能なようだ。
化け物の全身くまなく弾丸を浴びせるべく連射する。
1秒間に50発を超える連射速度で強化徹甲弾を100発程放つと、書斎の天井は屋根ごと吹き飛び、青い空が見えた。
ドサっと音がした方を見ると。
蜘蛛男が床に落下したようだ。下半身が吹き飛んでおり、赤い血をどくどくと流している。
ヒューヒューと、虫の息のようだ。
戦闘能力は失っているように見えるが・・注意して近づいていく。
蜘蛛男と目が合う。
死の間際で正気を取り戻したのか、口で何かを伝えようとしているように見えた。
「・・め・・・む」
蜘蛛男は死んだようだ。小さく祈りを捧げた。
再び書斎の探索を行うと、デスクの裏に、奇異なものを見つけた。
金属製の蓋だ。開けると、地下へと階段が続いているようだ。
「いよいよホラーだね。先の蜘蛛男はここから出てきたということで間違いないだろう。殲滅戦になる可能性も覚悟しとかなきゃ…ね」
予備の弾倉が問題ないことを確認し、地下へと降りていく。
元々シェルターか何かだったのだろう。
中は金属質な箱型のスペースになっている。
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ザッザッザッ
やや長い階段を降りきると。
そこには、この世のものとは思えない光景が広がっていた。
まず目についたのは、厚いガラスに覆われた巨大な水槽だ。
うす濁った緑色の液体が充満しており、ヴヴヴヴと機械の作動音が聞こえる。
中をよく見ると、沢山の人間がふよふよと漂っている。
その顔や身体は、他の動物や昆虫の遺伝子を無理やり移植されたかのように、見るも無残に変異している。
「う…」
思わず吐き気がした。
それと同時に、ここで何が行われているのか、否応なしに理解する。
「ここは…実験施設だ…人体実験の」
漂っている十数人もの人々は、もう皆、元には戻れないだろう。
何人かと目が合うが、せわしなく眼球がぎょろぎょろと動き回っている。
人としての意識は、既に失われているように思えた。
奥へと進む。
次に見えて参りますのは…機械化コーナーってか。
10代後半と思われる男性が拘束され、既に四肢が金属製のアームに転換されている。
今は、頭蓋を割られて、直接脳にズブズブと何かを埋め込まれているところだ。
トレイには、既に半分近い量と思われる男性の脳が、切り取って捨てられているのが見える。
「あ…あ…あ…あ…」
目の焦点は合わず、口元からはヨダレが垂れ流されている。
隣では、中年の女性が…同様の状態のようだ。
「ひどい…ひどすぎる。なんなんだここはよぉ…!」
正気の沙汰ではない。
無人の人体改造基地、しかもこれら全て、魔導機械製だ。
誰がやったか。
『鑑定』によって、作った存在の名前が表示されている。
更に奥へと進むと、終着点に着いた。
ここだけ、魔導機械設備が特別製のようだ。
俺でも、どう作られたのか全く理解できない。
『鑑定』非常に高度な人体改造用魔導機械。製造者:ルシファー。
ルシファー…?誰だそれは。人間なのか?
…今はいい。
10代半ばくらいの女の子が胴体を拘束されている。
その左腕は、既に肩から機械に置き換えられている。
だが、見る限り、頭や他の部位は未だ無事なようだ。
機械のアームは、『次は頭ね』とばかりに頭上でギュルギュルと作動している。
「キミ、分かるかい!?助けに来たよ!」
肩を叩くと、女の子はぼんやりとこちらを見る。
大量の麻薬が投与されているのか、焦点が合っていない。
だが、彼女は、まだ人間だ。
ドンッドンッ
急いで拘束具をハンドガンで破壊すると、彼女を抱きかかえる。
ガリガリに痩せ細っているが、脈はしっかりとある。
機械から距離をとると、アーム達は改造相手を失い、宙空でさまよっているようだ。
「可愛子ちゃんに逃げられてそんなに寂しいのなら…いいもんくれてやるよ」
フロア中を埋め尽くすマズルフラッシュとともにアサルトライフルの徹甲弾を500発程お見舞いして、ようやく機械は動作を止めた。
頑丈すぎだろ。
こんな場所は一刻も早く脱出しないと。
だが、彼、彼女らは…残念だが、このままにしてはおけない。
…すまない。
しばし祈りをささげる。
裸体の彼女へ厚手のコートをかけると。
ボンッボンッボンッボンッ
グレネードランチャーで複数弾を『リーサルウェポン』で魔力強化して打ち放つと同時に、『飛行』で地下を脱出し地上へ、さらに先程天井に空けた大穴から空へと退避した。
次の瞬間
ドッガーーーン!!
放った高威力の炸裂榴弾が、まとめて弾けた。
地上の建物ごと地面を吹き飛ばし、火山の噴火のような大きな土石流を巻き上げた。
地下施設は、完全に破壊されたことだろう。
火葬場の煙突から立ち上る煙のように、
もくもくと土煙が空へと広がっていく中で。
アレクは振り返ることなく、彼女を抱きかかえて、仲間の元へと飛び去っていった。




