第22話 開運
日本が誇る対ダンジョン要塞、その高度セキュリティエリアである魔導兵区画において、
夕日を背にして下を向いて歩く冴えない中年。
彼は、俺の元雇い主、『フェアリーマート』の店長、田村次郎その人だった。
「・・驚いた、店長じゃないですか。ご無沙汰していました。その・・一応お聞きします。ここは一般の方は入れないセキュリティエリアなんですが・・迷い込まれた訳ではないですよね?」
「ち、ちがいますよ!まぁ私もよく分からないんですが、何だか地球の神様から『加護』というものを授かったということが判明しましてね。『人類の未来のためにその力を役立ててほしい!』と、家族の安全の保証と多額の金銭をいただいて、こちらにやってきたという訳なんですよ・・。」
なんと、日本に20人もいないであろう加護者の一人が、まさか店長だったとは・・。
しかし、そんな運命的な境遇の割には、何だかうかない顔だな。
「じゃあ、何でこんなところでリストラされたサラリーマンみたいに歩いてたんですか。他の加護者の皆さんがされているみたいに、訓練を頑張らないといけないんじゃ?」
店長はヒクッと顔を引きつらせた後、「ハァァァ~~」とひときわ大きな溜息をついた。
「聞いてくれますか、渡瀬くん・・この情けない中年の、一人語りを」
何だかやな予感がした。
「あの日、地震が起きて飛び起きた後・・。
そもそも、私が授かった加護っていうのがね・・。
私にだってやれる、そう思っていた頃もありました・・。
くぅぅ、なんで私はこうダメなんでしょうか・・・!!」
ため込んだ感情を吐き出すように始まった店長の一人語りは、かなり長かった。
頑張って最後まで聞いた話を要約すると。
得られたのは、運を司る神様の加護だった。
その他の成長補正はなく、魔導兵器をもってダンジョンに向かい、試しに頑張ってレベルを上げてみたのだが、一般兵と身体能力や魔力に差は出なかった。
多額の資金や魔導兵の命をかける価値は低いと判断され補欠的扱いになったので、身の置き所がなくなって途方にくれている。
以上である。
「うぉぉぉん太一くん。あんまりじゃないですか。地域のために何としても再起しようとした私たちのフェアリーマートは訳の分からない根によってぐちゃぐちゃにされるし。国のため世界のためですかそれならば!と、この次郎、一世一代の決意と覚悟をもってやってきた場所では早くもお払い箱ですし!家族を養ってもらっている手前辞退するわけにもいかないし・・他の加護者たちからは『おめでたオジサン』とか馬鹿にされる始末!もう自分が情けなくて情けなくて・・くふぅぅぅぅぅ。」
鼻水と涙で顔がぐちゃぐちゃになった店長からは、何ともいえない哀愁が漂ってくる。
ナーシャが視線で「何とかしてあげてください」と訴えてきているのを感じる。
俺にどうしろと。
まぁ一応『見て』みるか。
『ステータス閲覧』
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田村次郎(45) レベル:10
加護:七福神
性能:体力G, 筋力G, 魔力G, 敏捷G, 運F
装備:なし
スキル:なし
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ふーむ。
『閲覧』によりもう一段階見てみると・・
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『七福神の加護』運を司る最上位の神群。
開運系奥義2種、開運系極大魔法1種を会得する。
成長補正:運-大。
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確かに運しか能がない、とも言えるが。
しかし、加護のクラスは最上位、獲得スキル数も最大である3種だ。
・・ラックドインプ戦で、運のもつ力は嫌というほど味わった。
加護者養成所の教官たちは、『運が良ければ戦いに勝てる』可能性について、きちんと理解していないのだろう。
これは・・ひょっとすると・・ひょっとするかもしれない。
ナーシャに彼の『加護』の内容について『念話』で伝えて、ひとつの提案をした。
彼女からはコクンと。俺の目をみて、同意の意思表示が返ってきた。
「よし・・店長!俺とナーシャは、あなたを正式にパーティへと招待させてもらいます」
「ふぐ・・わ、渡瀬くん?それに隣の外国の女性は・・もしかして、かの聖女さんじゃないのかい。
渡瀬くん、君はいったい・・?」
「こっちの事についてはおいおい話します。一つ言えるのは、あなたには希有な才能があり、俺たちであればその才能を開花させられるかもしれない、ということです。一緒に行けばこの先危険な目に遭うことは避けられないでしょう。後悔するかもしれません。最終的に選ぶのはあなただが・・俺たちの仲間になって、俺たちの手で地球上から全てのダンジョンを駆逐しませんか」
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店長は戸惑いつつも、パーティへ入りたい、と希望してくれた。
顔の表面をなんとか整えた店長を連れて、加護者養成所へとやってきた。
彼をパーティへ転属させるための許可をもらいに来たのだ。
他の加護者たちは訓練を終えたのか、充実した表情でロビーでくつろいでいた。
若い加護者や魔導兵たちは、入ってきたナーシャの姿を見ると、
「え、聖女様?」「お美しい・・」「隣の怪しい男誰だよ」「おめでたオジサンもいるじゃんw」
などとヒソヒソ話を始めた。
加護者や兵士の中で、ナーシャ人気はかなりのもののようだ。
ナーシャはそれらを気にもとめず、ここの責任者である魔導兵士長に声をかけた。
「対ダンジョン協会世界連合、副会長を務めております、アナスタシア・ミーシナです。あなたがここの責任者の方でしょうか」
「ええ、アナスタシア様。勿論ご高名につき、存じております。私が責任者で間違いありませんが、如何用でございましょうか」
「用件は1つです。彼、田村次郎さんを、私の専属パーティへと転属させたいのです」
急にあたりがザワザワとなる。
共通しているのは、なぜ?あいつが?という疑問だ。
ただ、責任者としては、連合副会長の要請に応じないわけにはいかない。
困惑しながらも、「え、ええ。そう言われるのであればどうぞ・・」と応じようとしたところ。
「お待ち下さい!アナスタシア様!貴女のパーティにその人では、大いに力不足かと!この僕にも、アナスタシア様と共に悪と戦うためのチャンスをください!僕は大空寺聖須那、かの大空寺財閥の御曹司にして、神より唯一無二の加護を授かりし者です!」
そう言って、キラキラしたイケメンが名乗りでてきた。
大財閥の御曹司にしては、名前もえらくキラキラしている。
なんというかとりあえず、すごく自分に自信がありそうだ。
ナーシャが、「どうしたらいいの・・」と、平静を装いつつ僅かに困り顔でこっちを見てくる。
俺にどうしろと。
まぁまた一応、『見て』みるか。
『ステータス閲覧』
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大空寺聖須那(22)レベル:35
加護:刀神
性能:体力E,筋力E+,魔力F,敏捷E,運G
装備:魔導刀, 魔導鎧
スキル:呼応法(闘気による身体強化)
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『刀神の加護』日本刀に宿る上位神。
超級戦技1種, 刀系奥義1種を取得。
成長補正:体敏-小, 筋-中
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彼は、言うだけのことはある。
刀の神様だなんて、日本では相当上位の神様だろうし、
経験値補正なしでレベル35は、この1ヶ月程、絶えず努力してきた証だ。
でも、やっぱり、突出したものはないというかな。うーん。
・・そうだ。
これはむしろ、店長の意識を変え、強くさせるための、絶好のチャンスじゃないだろうか。
思いついた内容をナーシャへ『念話』で伝える。
「・・はぁ、仕方ないですかね」と言った感情が伝わってくるが、実行することにしたようだ。
「貴方の意思はよくわかりました。その申し出をありがたく思います。
では、明後日の正午、修練場において大空寺さんと田村さんの決闘を執り行います!勝利した者を、私のパーティへと迎え入れることとしましょう」
大勢の前で、こう宣言した。
会場が最高にざわめきだった。
「まじか」「決闘だって」「聖女様、凛々しい・・」「結果なんて見えてるよねw」・・様々だ。
「僕と、その人で?・・はは、いいだろう。サンドバッグにするみたいで心苦しいけど、これも一つの精神の試練と思って、真摯に役を務め上げるとしましょう!ははは!」
店長は目が点になっていたが、叫びださなかったことを内心褒めておいた。
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「どどどうなってるんですかアナスタシアさん!なんでこんな話になっちゃったんですか!む、無茶ですよ!彼はそりゃもう人間超えてる強さなんですから!銃弾を刀で弾くような相手に、私なんかが勝てっこないですよ!死んでしまいます!すみませんが仲間になる話はなかったということでひとつ、宜しくお願いします!」
店長はとりあえず、パニックに陥っている。
ナーシャは「それはですね・・」と、店長の勢いに押されて説明に困っているようだ。
まぁ彼の境遇を鑑みると、同情もするが・・。
俺は僅かな『威圧』をにじませながら彼の前へと立つと、静かに問いかけた。
「店長、悔しかったんじゃないんですか?あんな若造にコケにされっぱなしで、少しでも腹がたたなかったんですか?今逃げたら、この基地の中でずっと、世界が終わる間際までずっと。後ろ指さされながら飼い殺しの人生を送るだけですよ?」
うっ、と彼は言葉を詰まらせる。恐怖と焦燥が沸きだして、顔がひきつっている。
かわいそうなくらいに、目が泳いだ。
だが、いっときの逡巡ののちに、きっとこちらに正面から向き直ると、その心の内を、言い放った。
「わ、わたしだって!私だって!!悔しい!!変わりたい!あんな若造、ぶちのめしてやりたい!困っている人達の為に何かができる存在になりたい!でも、どうしようもないんですよ!!」
・・やっと言えたじゃないか、本音を。
威圧をふっと解除すると、言葉を続けた。
「ごめんなさい。でも俺は、店長に強くなってもらいたい。あなたは、高校を卒業したばかりなのに将来の夢もなく、適当に面接を受けに行った俺に対して『一緒に地域の皆さんのために、私と君とで、いい店を作っていきましょう!』と、キラキラした目で俺を採用してくれた。・・まぁだからといってそんなにやる気があった訳ではないけど・・。10年以上もあの店で働き続けられたのは、居心地が良かったからです。店長に加護が授けられたことには、きっと意味がある。店長なら、きっと強くなれる」
これは、本心だ。
「わ・・渡瀬くん」
店長の目がうるうるしている。
「もう、私たちの愛したフェアリーマートは存在しないのに。君はまだ私のことを、店長と呼んでくれるのかい?」
「も、勿論です。あなたは、いつまでも俺にとっては店長だ。一緒に頑張りましょう、店長!
大丈夫、2日もあれば、見違えるくらい強くしてみせます」
「渡瀬くん、ありがとう!うぅ、ありがとう・・!私も、頑張りますから・・!」
こうして男2人はひしと抱き合い、必ず強くなることを誓ったのであった。
アナスタアシアは、少し距離をとってそれを見ていた。
ちなみに俺が愛しているのはどちらかというとあの店というより、お世話になっている廃棄弁当だ。
ということは勿論言わなかった。
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その日のうちから、特訓が始まった。
特訓と言っても、こっちにはナーシャの『経験値等分配』がある。
レベルを上げるだけなら、俺とナーシャでモンスターをぶち殺しまくればいいだけだ。
豊岡ダンジョンへ、ナーシャのテレポートで全員一気に飛ぶ。すぐにダンジョンの中へと入った。
第1~3階層の敵は雑魚ばかりなので、俺の魔弾や、順調に魔力上昇中のナーシャの初級魔法で薙ぎ払っていく。
試してみたいことがあった。
俺の後頭部に腹を押し当てて顔を出している怠惰な生物は、神獣、ルーパー。
彼は『火吸収』したエネルギーを、その角についたピンクのふさふさに蓄えることができるのだが、
進化によって、そのエネルギーを『火放出』で高密度に解き放つことができるようになったのだ。
今、彼には俺の『ファイア』を100発分ほど食わせてある。
3階層のイビルウィードたちの群れの前に来ると、号令を出した。
「ルーパー、放てェ!」
「るぱォーーー!!!」
ゴゥッと。
オーガが放ってきたエクスファイアに匹敵する、超特大の炎のブレスがその口から放たれた。
部屋にいたイビルウィード達が、一瞬で全て消し炭になった。
これは・・『ファイア』がこの威力になるのなら・・更に進化すれば、もしかすると・・。
神獣と言われるだけの可能性を秘めた存在であることが分かった。
出てきたモンスター達を全て倒しながら、第4階層へとやってくる。
フロアに敵の姿はない。
これは中ボスパターンだな、と内心ガッツポーズをする。
中ボスは経験値の入りが美味しい。フロアは1パーティずつしか攻略できないようだが、上の階層へと上がれば何度でもリポップする。非常に効率が良い。ここで稼ぐこととする。
大部屋へと足を運ぶと、見つけた。これは新種だな。
『ステータス閲覧』
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ジャイアントフット
種族:モンスター(猿巨人)
性能:体力C, 筋力B, 魔力G, 敏捷E, 運G
スキル:筋力強化
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4メートル程もありそうな、巨大な猿の化け物だ。
なかなかに迫力がある。
魔銃掃射により、一瞬で蜂の巣にした。
俺からすると等しく雑魚だ。
ナーシャのテレポートで一瞬で上の階層まで戻り、また徒歩で中ボス部屋まで行く。
フルバーストする。
これを、延々と、ナーシャの魔力が尽きる寸前まで繰り返すことにした。
途中から、毎回毎回ボロ布のように散っていく類人猿型モンスターが、哀れに思えてくる。
ゲームでは同一モンスターを集中して狩ってレベル上げをするってのは定番だが、現実だと胸に迫るものがあるな。
だが、後ろで震えて小さくなっている店長のためにも、一切妥協するわけにはいかない!
「おらぁぁぁ!」
容赦なく魔弾を放ち続けた。
俺がかつてオークを倒してレベル上げをした時は、何日もかけて無心で15匹を倒し続けたものだが。
今回は半日ほどで、50匹のジャイアントフットを魔素の霧へと変えた。
ナーシャのレベルは、70から78へ上がり。
俺のレベルも111から112へ上がり、
『ステータス閲覧』
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田村次郎(45) レベル:40
加護:七福神
性能:体力F, 筋力F, 魔力F, 敏捷F, 運B
装備:打ち出の小槌、ぷよぷよシールド
スキル:ラッキーキャプチャー(触れた相手の運を一時的に奪い取る)
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店長は、見違える程に強くなった。
運以外に補正がないといっても身体機能も元と比べてかなり上がり、メタボな見た目のまま、オリンピアン顔負けのスピードで走れるようになった。
運に至っては、俺の魔力と同等の驚異的なスピードで上昇している。
以前ダンジョンで得た、運に特化した装備も持たせた。恰幅が良いためか、様になっている。
そして、待望のスキルを得た。
やはり、彼自体の戦闘力は低いが、彼の特性は、この先の強敵相手に大きな強みになる可能性がある。
「お、お二人も、その可愛い白い子も、む、無茶苦茶な強さですね。世界で3人しかいない、1/1の前にスキルと複数の加護を得ていた存在、ですか。それで渡瀬くんは、あの時あんな忠告を・・。しかし、ここまでの敵もそうでしたが・・あんな巨大なモンスターが、まるで赤子のように・・」
「これくらいは普通ですよ。店長も自信をもってください。ステータスはかなり強くなられました。これでレベルに関しては大空寺を上回っています。一旦レベル上げは終わり、ここからは、実戦訓練です。店長、モンスターを倒したことはありますか?」
「え、ええ。レベル10まで上げるために、魔導兵が弱らせたスライムやゴブリンを、何度も倒しました。そ、それが?」
「なら話が早くて助かります。仕上げです、店長。3階層に戻ってイビルウィードで練習したのち、あなたがジャイアントフットを倒してください」
「な、は?・・えええええええ!!??」
今度こそ、店長の絶叫がフロア中に響き渡った。




