第19話 休息
ダンジョン攻略を公表した日。
さすがのアナスタシアも、徹夜での攻略からのマスメディア対応などによって疲れ切っており、
「明日からがんばりますので…」
と言い残してVIP区画の奥へと消えていった。
なので今日の俺は、一日オフの日となっている。
何だかサラリーマンみたいな台詞だ。
今の職業が何かと聞かれたら、「無職」もしくは「聖女の下僕」と答えざるを得ない状況なのだが。
どっちも微妙だ。
あちこちで突貫工事をしている基地内を眺めながらぷらぷら歩く。
幹部用のフリーパスをもらったので入れるエリアの制限はなくなったのだが、広大な瀬戸基地は、以下の区画に分かれている。
最外層は、一般兵区画。
入出管理を行う東西南北の門から、側壁に囲まれた一本の道路が生活区画へと伸びる。それなりの距離があるので、移動用モノレールが設置されている。
その他のエリアは全て、現代兵器で武装した一般兵の詰所や訓練所、武器庫、工場等が占めている。
外層は、居住区画。
一般スタッフやその家族のための住居棟、事務的なビルディング、農業工場、小売店、学校、食堂、地下シェルターなどが建ち並ぶ。随分工事も進み、いっぱしの町並みを呈してきている。さすがに娯楽施設はないようだが、工場での農産物を用いた飲食店を、避難者達が有志で開くためのスペースが提供されているようだ。美味しいうどん屋とかできないかな。
中層は、魔導兵区画。
ここからはセキュリティが強化される。
貴重な魔導兵器を扱うために選別された、レベルの高い兵士からなる魔導兵部隊の駐留地だ。
加護者養成所、特殊訓練所、魔導兵器庫、魔素核発電所などがここに存在している。
加護者養成所には、既に日本各地から数名の加護者が集まってきていた。
日本に十数人しかいないであろう超稀少人種達である。
彼ら・彼女らを絶対に死なせないための訓練と、レベルが上がるまでの間、護衛を務める魔導兵たちとの連携訓練などがここでなされる。
・・まぁ無論、加護者であろうと死ぬときは死ぬのだろうが。
アナスタシアもロシアで一通りの訓練は受けたそうなので、俺も受けたほうがいいかなと聞いてみたら、「太一さんは…もういいんじゃないでしょうか」と言われてしまった。
もうってなんだよ。こちとらガチャでもらったセンスだけを頼りに戦ってきたようなもんだぞ。
…ん?今一瞬、見知った顔がいたような気がしたけど…。
気のせいか。
内層は、中枢区画。
セントラルビルには、司令室、会議室、情報室、幹部の居住フロアなど様々な基地の中枢機能が含まれている。
その周囲には幾らかの空きスペースがあるが、ダン協の技術の粋を集めた魔導兵器工場が稼働しており、新たにアイテム工場というエリアも出来つつあった。もしかすると、アレクって人がレベルアップした結果産まれた技術だったりするのかもな。だとすると、相当万能だな。
三人の中では最も断トツで人類に貢献しているだろう。
二番目三番目はまぁ…あえて明らかにしなくてもいいじゃないか。
相当忙しいのだろうが、そろそろ一度、彼とも話をしてみたいものだ。
今度アナスタシアに聞いてみよう。
一通り基地を見て回って満足したので、家に帰ることにした。
アナスタシアもいることだし、俺がこっちに越してきたほうが効率がいい気もするのだが…。
彼女もここだと息が詰まるのか、今の所そういった誘いは受けていないので保留にしている。
バイクにまたがって、殆ど車も通らなくなった道路を疾走する。
ガソリン車は石油の輸入が途絶えてほぼ全滅し、稀に走っている車は電気自動車だ。
これまたアレク博士の発明で、魔素核を用いた発電所は既に日本に何箇所かできている。
大型の設備を要さず、魔素核のもつ魔力を電気に替えるだけで、何十万世帯分の電力を賄えるという。要は大型のサンダー系魔導銃みたいなものだろうが、短期間でぽんぽん量産させちゃう手際といい、本当に凄い人だよ。
世界が平和になったら、各ご家庭用の魔導コンロなんてものが出来る日もくるのだろうか。
ただ、平和=ダンジョンのない世界とすると、そもそもモンスターがいないので魔素核がとれなくなるな。
そうなると、比較的安全なC級ダンジョンを幾つか確保に走る国も出てきたりして…。
A級がS級になる可能性が警告されているのだ。いつC級がB・A級になってもおかしくない。
ダンジョンは全て、速やかに殲滅すべきなのだ。
魔素核に依存し過ぎるのも、危険だろうな。そもそもこいつは、ダンジョンが地球のエネルギーを吸い上げて作ったもので、俺たちの体内で自然産生される魔力とは別物だ。この技術は、期間限定にすべきだろう。
まぁ製造技術は今の所アレクさんにしかないようだから、大丈夫だろうけどね。
ブロロロロ
そんなことを考えていると、いつの間にか故郷の町へと戻ってきた。
途中でふと気になって、バイトしていたコンビニ『フェアリーマート』に寄ってみたのだが。
『根』が運悪くも店内のど真ん中に飛び出しており、店は大きく崩れ落ちていた。
あぁ店長かわいそうに…。運のないオッサンだな。これじゃ再開は無理だな。
佳奈ちゃんも、受験どころじゃなくなっただろうしな。皆、今頃なにしてるんだろうな。
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家に帰ると、ただいまーと声をかける。
返事をくれる人は、今は当然誰もいない。いるのは卵だけだ。檻の中に。
すっかり相棒となった快適空間製造くんを設置すると、基地のものより遥かに安物なソファに腰掛けた。
疲れを労ってくれるかのように、温かいそよ風がふき、穏やかなカフェミュージックが流れる。
ふぅ、落ち着くな。
製造くん印のなんちゃってカフェオレを飲みながら、しばし優雅な昼下がりを満喫した。
そういや、これってリクエストとかもできるのかな?
「ねぇ快適空間製造くん、ちょっとレゲェな曲をかけてみて」
パッパリヤーヤパパリーヤ
へぇ、リクエストした曲もかけてくれるのか。
呼びかける名前がちょっと長いことを除けば、立派なスマートスピーカーだよ。
パッパリヤーヤパパリーヤ どんどん
へぇ、なんか凄い低音も効いてるな。下の階の人大丈夫かな。まぁ昼間ではあるけど。
パッパリヤーヤパパリーヤ どんどん
…ん?
なにげなく気配を感じて視線を流すと、卵が音楽に合わせてぐらぐら揺れていた。
中から殻をベチベチどんどんしているようだ。
なんというかこの卵、ノリノリである。
えぇ、なにお前、そういうジャンルが好きだったの?
そりゃ今まで地味なヒーリングソングばっかり流してて悪かったなぁ。
よし、今日は楽しい休日だ。存分に聞いてくれ。
レゲェで踊る卵が可愛らしかったので、そのままに音楽を流し続けた。
こうしてじっくり聞いてみると、レゲェも悪くないじゃないか…。
明るいバックグラウンド・ミュージックを背に、買ったままになっていた娯楽小説を読むことにする。悪くない休日だ。
ズズズ…あぁ、糖なしカフェオレうまい。
切りの良いところまで読み終わると、いつの間にやら数時間が経過していた。
窓の外を見ると、空はほんのりと暗がりを呈してきている。
卵を見てみると、まだまだ元気に揺れていた。
そんなに体力が有り余っていたとはなぁ。
よーし、運動不足は発育によくないもんな。
「快適空間製造くん、もっとハイテンションな曲をかけて」
リクエストに答えて、今までの倍くらいのテンポの曲に切り替わった。
卵も、曲についていくべく、今まで以上にぐらぐらと揺れだした。
ビキッ
卵の殻に亀裂が走る。
ビキッ ビキビキ
それでも卵は、踊るのをやめない。
ビキビキビキビキ
やばいこれ音楽のせいで卵割れるぞ。大丈夫か?
ドロドロのが出てきて死産!とかなったら俺加護取り上げられちゃうんじゃないか。
曲を止めるべきか続けるべきか決めきれずハラハラと見守る太一の前で、ついに卵は真っ二つに割れた。
「お、音楽とめて!」
太一が思わず音楽を止めると、割れた卵はこれまでの活発さが嘘のようにゴロンと横に転がり、
卵の中の住人が、割れた殻の口から、のそのそと這い出てきた。
「るぱー」
そのようにして、俺とこの世界に対して、彼はその最初の産声をあげたのであった。
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卵から出てきたのは、なんとも形容しがたい生き物だった。
特徴を挙げると、以下のような感じだ。
全身真っ白
まんまるの黒い瞳
ふさふさなピンクの毛を生やした双角
透明に輝くタテガミ
おまけのように小さい翼
長い尻尾
四足歩行
もそもそと動くと、俺の方へやってきて、足にへばりついてきた。
「るぱ」
なかなか可愛いじゃないか。
しかし、こいつが神獣?とても戦えそうにないんだが…。
『ステータス閲覧』
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名前なし 幼体
種族:神獣(フレアサラマンダー)
性能:体力G, 筋力G, 魔力G, 敏捷G, 運G
装備:なし
スキル:火吸収
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案の定、よわよわだ。
種族的には、ドラゴンのようなものなのかな。鱗はついてないけど。
昔飼ってたウー●ールーパーにちょっと似てるな。
よし、お前の名前は、今日からルーパーだ!
よしよしルーパーおいで。
「るぱるぱ」
ソファに座って抱き上げると、くるんと丸くなって大人しくしている。
つるつるの触り心地が、とても気持ちいい。
俺のことを親だと思っているのか、スリスリと顔をこすりつけてくる。
「ほら、お腹すいてるんじゃないのか?製造くん印の美味しいパンだよー」
バグッッ
顔の前にちらつかせると、スローリーな動きが嘘のような素早いスピードでパンがバキュームされた。
モムモム
はは、お前、食べるスピードだけは早いのな。
宝箱には与えちゃいけない物とかは書いていなかったので、アイテムボックスに入っていたコンビニチキン等を含めて色んな物をあげてみたが、特に好き嫌いはないようだ。
そういえばスキルに唯一、『火吸収』ってのがあるな。火からエネルギーを取り入れることが出来るみたいだ。
『ファイア』と唱えて指にシュボッと火を灯して近づけてみる。
パァァァ、と顔を輝かせると、音速みたいな早さで指がモムモムされた。
♪♪♪♪
なるほど、これが一番の好物なようだ。
「おじゃまします。すみません、遅くなりまし…て…」
暫く親子のお食事兼スキンシップを楽しんでいると、アナスタシアがやってきた。
新しい住人の姿を見ると、びっくりしたのか、固まっている様子だ。
「あ、アナスタシア。ついに産まれたんだよ、タマ…」
「な、な、な、な!」
なななな?
「なななんですかその子は!?超キュートじゃないですか!!私にも紹介して下さい!」
宝箱を開けた時とは比べ物にならないくらい興奮していた。




