第18話 攻略と、世界
カツーン カツーン
少し長めの階段を2人で降りる。
階段の長さのぶんだけ、ボスの居るフロアが広いであろうことが予測される。
最下層へと降り立った。
前回ほどではないが、壁面は整えられており、重厚な鈍色の鉄扉が鎮座している。
「ここからはパーティ戦だ。俺が前衛、君が後衛。最初から全力で行くよ。早く倒して、ここから出よう。」
「ええ、行きましょう」
目線でお互いに合図を交わすと。
ゴバンッ
勢いよく扉を蹴破った。
野球ドームほどの開けた空間に、いるな。何やら。
『ステータス閲覧』
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ラックドインプ
種族:モンスター(中級悪魔)
性能:体力B, 筋力D, 魔力B, 敏捷B, 運A
装備:インプフォーク, ぷるぷるシールド(運差により攻撃を弾く確率が上昇)
スキル:ハイファイア, ハイエアリアル, 敏捷強化, 会心の一撃
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『キキキキキキ』
1.5mほどの黄色い小型の悪魔が、バサバサと上空を飛び回っている。
性能やスキルにそこまでの脅威はないが…。
俺の運はE。運のみが格上の相手との戦いは初めてだな。
攻撃が当たれば一撃で倒せる程度の体力だが…。
敏捷に特化した強化もちか。一筋縄ではいかないかもな。
「ナーシャ!あいつはラックドインプだ」
アナスタシアはちょっと長いので、戦闘中は愛称で呼ぶことにした。
モンスター名を告げて、彼女にも『ダンジョンマップ』で敵の分析を促す。
まずは捕捉するか!
『念動力』
ギンッと上空のインプを睨むと、不可視の魔力枷がインプの周りを取り囲む。
魔力差はそこまでではないが、動きの抑制くらいにはなるだろう。
『キキ!?』『キキキキキキ』
ビクッと身体を震わせると、その反動で奴は枷をすり抜けた。
何もなかったかのようにビュンビュンと上空を飛び回ると、散発的に魔法を放ってきた。
か、かわした!?
うそだろ。効果発現までのディレイが殆どない攻撃だぞ。
攻撃に対する勘のようなものが鋭すぎる。
「太一さん!『ハイアクア』『身体強化支援』!」
ナーシャが魔法を相殺しつつ、身体強化をかけてくれたようだ。
身体の周りにうっすらと赤いオーラが纏われており、少し身体が軽くなる。
「さんきゅナーシャ!あの野郎め、待ってろよ!」
『身体強化』を重ねがけすると、地が砕ける程の勢いで蹴り出し、弾丸さながらのスピードでインプめがけて跳躍した。途中で一発ハイファイアをもらったが、屁とも思わない。
空を自由に飛べるあいつと相対すると、さすがに空中戦では多少の不自由を感じるが、彼我にはそれなりのスピード差がある。食らいついてやるぞ!
「オラァァァ!」
太極棍を5m程に伸ばし、息付く間もないほどに連続の突きを放つ。
『キキキ!』『キキ』『キキィ』
やつはまるで風にまかれる葉っぱのように、ひらりひらりとそれらを躱す。
さらに横に、縦に、斜めに、あらゆる角度から薙ぎ払うが、ことごとくが躱される。
どういう理屈でこれが全部避けられてるんだ。これが圧倒的な運の差ってやつか?
それなら!
一定の距離をキープしながら、奴の呼吸を読み、一瞬の静のタイミングを探り当てると。
フォースリンガーを取り出し、奴目掛けてフルバーストで打ち放った。
今ではリロードは完全に無意識下に行われるようになっており、連射スピードも更に上がっている。
面制圧ともいうべき、巨大な弾幕が瞬く間に現れ、奴を飲み込まんとする。
これはさすがに避けられんだろう!
奴は回避を諦めたのか、若干ぷるぷるとした謎材質のふざけた大盾をこちらに向けてかざした。
盾は、小さく身を縮めた奴の全身を覆い隠すと、そのまま何百発の魔弾の嵐へとさらされた。
…消し飛んだか?
…
…まじか。
弾幕が過ぎ去った後には、なにもない空間が…ではなく。
無傷の盾が宙に浮いていた。
当たった魔弾は全て、あの謎のぷるぷる材質が弾き、いなしたらしい。
奴は盾の外へと身を乗り出して、盾を片手に持ち直すと、もう片手でぶんぶんとフォークを振り回して、憎たらしい笑顔をこちらへと向けてきた。
『キキキ♪』
イラッッ
そうかいそうかい、そんなにブンブン振り回して、肉弾戦がお好みってことだな。
いいだろう、何としてでも盾の裏から、そのだらしない体中、棒で穴だらけにしてやるからな。
絶対食らわせてやるとばかりに『超集中』をかけようとして・・
「太一さん!」
!?
急にナーシャに呼ばれた。
大きく手招きしているナーシャが見えたので、すぐに彼女の元へと戻る。
『キキ?』『キキキキキキキキキ』
やつはこちらが攻撃を諦めたととったのか、えらくご満悦の様子だ。
んの野郎…待ってろよ。
「どうしたナーシャ?俺今すぐあいつのことぶちのめしたい…」
「太一さんちょっと落ち着いてください。
運の差は思ったよりもバカにできないようですよ。回避率が異常です。しかもあの盾、ああ見えて中々の業物のようです。ああ見えて。
物魔問わず、攻撃は盾に弾かれる可能性が高いかもしれません。全力の太一さんならそのうち倒せるとは思いますが…ここは一気に、範囲魔法攻撃で決めませんか」
「一気に決めるっていうと…『イン★フェルノ』か?あれはまだまだ調整が効かないから、下手するとこちらまで誤爆するし、ダンジョンが崩れるぞ?」
「はい、太一さんの黒炎がインプの近くで炸裂する直前に、私があいつの周囲に『界絶瀑布』を貼ります。半分以下程度まで威力を抑えてもらえれば、なんとか私の魔力でも抑え込めるかと」
なるほど。
そのような複合技が存在したのか。
命名するとすれば・・『界絶★フェルノ』か。うん、却下。
俺は残念ながらあの黒炎を完全に御する自信はないが、彼女の防御に対する自信は高いようだ。
俺としても出来るならば速攻で決めたいので、賭けに乗らせてもらうこととした。
「じゃぁ、やるぞ、援護よろしく」
「ええ!」
彼女はエーテルを1本服用すると、奴の目を逸す意味で、中級魔法を連発した。
『ハイアクア』『ハイアクア』『ハイアクア』!
巨大な幾つもの水球が空中で弾けて、指向性をもってインプを襲う。
『キキキキ』
やつは軽々とそれらを避ける。
ただ、今はそちらに目がいっているようだ。
棒も銃もしまい、アイテムボックスから俺の身長ほどもの長さのある黒い杖を取り出す。
巡業する修行僧の錫杖のように、黄金色の楕円形の先端部分に幾つもの小環が取り付けられている。
『五行錫杖』という。
今後のダンジョン内での使用を想定して、クーポン上で交換しておいた魔法用の新武装だ。
魔法の増幅機能もあるが、制御力を上げる効果のほうが格段に高い。
シャンッと小気味良い音をたてながら地面へと杖をつきたてると、魔法を発動させた。
『イン★フェルノ』
途端、杖の先端部分に膨大な魔力が吸い取られようとしていく。
集められすぎないように必死に抗おうとすると、それに応えてシャン、シャンと小環が一鳴りするたびに、魔力の流れが静謐なものへと変わっていく。
いける!なんとかコントロールできる。範囲は狭く。爆発は最小限に、炎の力をもって。
ボンッ
以前よりも高密度な黒の炎の塊が、勢いよく発射された。
消費半減のスキルを以てしても、それでも三分の一に近い魔力をもって行かれた。
奴はまだ炎に気づいていない。
「ナーシャ!」
「ええ!『界絶瀑布』!」
『キキィ!?』
途端、透明に輝く大量の水が、意思をもつかのようにうねりを上げて鳥籠形の広範なフィールドを形成し、炎と敵をまとめて飲み込み、その口を閉じた。
『バリアー』を2人分にかけて、彼女に覆いかぶさるように、来る衝撃へと備えた。
カッ
ドォン!!!!!!!!!!
くもったような、地鳴りのする超低音の炸裂音が響くと、聖水による瀑布の結界は内部から激しく押圧されてやや形が変わったが、爆発には耐えたようだ。第2段階は、あの黒の炎の絨毯だ。
ジュウジュウとみるみるうちに水が蒸発して壁圧が減っていっているのが分かる。
もう十分だ、そろそろ消えろ…!
数秒後に彼女の魔力は尽き、水の結界は解除された。わずかな温風がフロア内に届いたが、黒の炎は消失していた。
爆煙が完全に開けた後。
そこには何もない空間が広がっていた。
さすがに倒せたようだ。
「ふぅ、なんとか…なったね。あの結界は見事なものだったよ、ナーシャ」
「え…ええ。…なによりです」
そういえば、普通に腕の中で彼女を抱きしめたままだった。
即座に解除する。
「ご、ごめん。緊急事態だったから許して」
「も、勿論です。ありがとう、あなたに守られていると、とても安心でした」
少し頬を赤らめながら、にこっと笑って応えてくれる。天使か。
2人で並んで、フロアの最奥へと向かう。
女の子らしい良い匂いがまだ腕の中に残っている気がするが、そこは意識しないのが紳士ってもんだ。
そうだろ。
ドキドキ。
インプが飛んでいた場所の近くに、黒焦げになったぷるぷるシールドが落ちていた。
すごいな、あの炎の中で焼け残ったのか。
確かに、中々の業物なのかもしれないな。ぷるぷるだけど。
『何でも修理くん』に聞くと、なんとか直しマス。的な感じだったので、崩れないように注意しながら修理くんの口のなかに納入しておいた。また使えるなら、役に立つときもくるかもな。
玉座のある最奥へとやってきた。
少し待っていると、主を失った影響なのか、次第に台座ごと玉座が溶けていく。
最終的に、一つの宝箱と脱出用の魔法陣が出現した。
前回俺が気絶していて見られなかったものだな。不思議なもんだ。
「これがクリアの証ですか。開けてみましょう!」
珍しく彼女が年相応にはしゃいでいる。
「どうぞどうぞ。まぁ万が一爆発したとしても、さっきかけたバリアーが残ってるから安心だよ」
「もぉ、夢がないですね。ではまぁ、お言葉に甘えて」
ガチャリと箱を開けると。
前回とは違い、白光する霧のようなものがもくもくと上空へと昇っていく。
そして、そのまま消えていった。
…なるほど、あれがきっと、封印されていた神様だったのだろう。
何の神だかさっぱり分からんかったけど。
これで今日初めて、地球の何万もの神様の内ようやく一柱目を、ダンジョンの魔の手から解放したのだ。
箱の中には、小ぶりなハンマーのような装備が収められている。
こうしてC級ダンジョンを攻略していけば、パーティにも旨味があるようだ。いいね。
『打出の小槌』と書かれた取扱い説明書がついている。ご丁寧にどうも。
柄は15cm~2mまで伸縮。300回に1回ほど、攻撃力10倍の超クリティカルヒットが発生。運により発生率が上昇。
ふむふむ。俺やアナスタシアには、完全に無用の長物だな。
まぁもらっとこう。いつか使える加護者が現れたら渡すとしよう。
ポイっとアイテムボックスに収納しておいた。
こうして、2人の手によるC級ダンジョン初攻略は、成った。
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アナスタシアと共に地上へと脱出すると、ちょうど日が昇ろうとしている所だった。
ダンジョンの中で、一夜が明けていたようだった。
すぐにバイクで基地へと向かった。
2人とも疲れきっていたのでテレポートで行きたかったが、アナスタシアの魔力が尽きていたので無理だった。俺の超回復よりは少し回復が遅く、最低1時間は休まないとテレポートが使えるようにはならないようだ。
1.5時間ほどかけて基地へ着くと、疲れ切っているだろうに、アナスタシアは即座に幹部を集めてミーティングを始めた。ダンジョンの情報や、攻略の宣言についてが議題のようだった。
「太一さんは、英気を養っておいてくださいね」
と天使の笑顔で送り出してくれたので、即座にお言葉に甘えることにした。
VIPルームでお茶をいただきながら、昼寝をしたりしながらのんびり過ごさせてもらった。
こんなに沈むソファは、小学校の校長先生の部屋に忍び込んでた頃以来だな…。
zzzzzz…。
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その日の内に、C級ダンジョン初攻略の知らせが、全世界へと届けられた。
世界中は歓喜し、久方ぶりに、明日への希望を取り戻したかのようだった。
国内のA級や近隣のS級等の脅威が少なく、経済や戦力に余裕があるヨーロッパ諸国やインド、南アフリカ共和国などの国々では、C級攻略を見据えた優秀な加護者筆頭部隊の編成が進むとともに、接収された魔素核や製造された魔導兵器・魔導ロボットを、世界各国へと輸出し始めていた。
最も犠牲者が出ているS級周囲のスタンピード抑止部隊へも、ダン協を通じて続々と支援が送られようとしている。
アナスタシアはあまり良く思っていないようだが、未来予知の件とそれに対するロシア政府からの公式な支援表明などの経緯を経て、彼女はもはや世界の終末を救いに召された聖女のように謳われ始めている。
ダン協としても彼女の存在は運営上非常に有り難いので、あまりヴィジュアルが公開されないよう気遣いながら、名前は大々的に使わせてもらっているようだ。
その日の記事の見出しには、こう記載されていた。
『聖女アナスタシアとその従者1名が、日本の小さな一都市から、人類反撃の狼煙を上げた』と。




