最終話 過去から、未来へ
静かな波音を聞きながら、約250年ぶりの瀬戸内の沿岸をひとり、歩く。
海沿いだけが、人工物の手が殆ど入らずにそのままにされている。特に手を入れる余地が多くないためなのか、自然を残しておきたいという人々の思いからそうなっているのかは分からない。
地球は、俺の予想など軽々と超えて、圧倒的な発展を見せていた。
科学と魔導科学が融合し、科学の殆どの部分を魔導科学が紋章ひとつで容易に再現した。特に、魔導科学資源が魔素という極めて普遍的なものであることから、地表の貧富の格差がほぼ解消された点が革新的だった。
だからこそ、国家の撤廃という極めて民族的管理の難しい状況下においても、人類は上手くやっていけているのだろう。
そして、やはり共同の敵という存在が大きいのだろう。地球全体でますますの軍事化を推し進めていた。
昔アレクが使っていた強力な強化外骨格、紫電といったか。あれに近いレベルの兵装が、もはや一般兵レベルにまで浸透しようとしていた。
厄龍の存在は広く認知され、来る未来を勝ち取るために人類は一丸となって……と思いきや、やはり根本の部分は変わらないようで、陰謀論が出回ったり、宇宙に逃げるための技術が発展したりとあらゆる方向性に人の手は伸びていた。
バリバリバリッ
いろいろ思案していると、突然に雷鳴が空へと立ち昇っていったかと思うと、花火のように弾けて空中を七色の光が埋め尽くした。
今日は人と会う約束をしていた。こんな派手な魔法は、彼女の仕業だろうな。
現在は唯一の生ける伝説として、軍部の最高顧問というポジションについているらしい。
『よぉ玉藻、面白い手品を覚えたもんだな』
「……むぅ。主殿はますます傑物になって帰って来たようじゃな」
そこには、出発の時と変わらない、玉藻の姿があった。
彼女は言葉を交わすなり、勢いよく飛びついてきた。
「おかえり、主殿。みんな、ずっとそなたの帰還を待っておったのだよ」
『そうか。玉藻、待っててくれてありがとうな』
そう顔をぐりぐりと胸元に押し付けてくる妖狐がかわいくて、頭を撫でてやった。
『お前は変わらないな、出発の時のままだ』
「主殿が思ったよりは早く帰ってきてくれたからの。まだもう500年は生きられるさ」
『そう言わずに龍退治まで頑張って付き合ってくれよ』
「どうかのぉ、あ、ご主人の精でも食らえば、長生きできたりして?」
『はいはい』
「ぶぅ、主殿のいけずぅー」
適当に誤魔化しながら、俺は彼女の肩をおした。
『今日はお前に一先ずのただいまを言いに来たんだ』
「というと?」
『今から、期間限定だが、あの日の皆に会いに行ってくるよ』
「おぉ、そうか。お主、とうとう時渡の術まで……」
『いや、これは貰い物の、一回ぽっきりなんだ。行った先でも、未来が大きく変わってしまわない程度の事しかできないんだけどな』
「せっかく行くのに可愛い正妻とはっするできないと?」
『お前と考えるレベルが同じと思うとなんか残念だな……。まぁ、ナーシャや雪、皆の顔をしっかりと見てくるよ』
「そうか。雪は仲間達の中でも特段長生きしたぞ。おぬしの顔を見せてやれば……きっと喜ぶ」
なんか今間があったような、気のせいか?
そっか、雪、長生きしたんだな。
霊魔神様、きっとあの子に良い腕をつけてくれたんだろうな。
『そうかもな。でも一番は、俺がみんなに会いたいから行くんだわ』
「はは、そんなものじゃろう。しっかり目に焼き付けてこい、主殿。そしてまたここへ帰ってきておくれ」
『あぁ。そうだな』
玉藻に聞き出したかったのは、とある出来事の日時。
俺とナーシャ、俺達の娘にとって一番大切なその日に、俺は帰ることにした。
クロノスは去り際に1週間……とか言ってくれてはいたが、余裕もって前日入りした結果1日で帰ることになったら目も当てられないからな。
きっちりと過去の座標を見つけるのは結構難渋したのだが、何かが検索を手助けしてくれたような感覚があり、既に俺は当日の朝に跳躍先を定めていた。
『じゃぁ、行ってくるよ、玉藻』
「あぁ、行ってらっしゃい」
華のような笑顔で手を振る玉藻に見送られながら、俺は過去へと旅立つための魔法を唱えた。
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今日は、よき日だ。
娘の、リツカの、結婚式の日である。
場所は水の神殿の中にある祭事場で。
お相手はなんと、リツカの3つ年下の、アレクとリーリャの一人息子だ。名をマテウスという。
そう狭くはない祭事場だが、沢山の人に囲まれて祝福されて、2人は嬉しそうだ。
乾杯の音頭はクリスがとった。
教え子の結婚式ということで、リツカが優秀な生徒であったこと、そして彼女の父親が不器用ながらも一生懸命に頑張り、英雄となったことを讃えていた。心に響く素晴らしいスピーチだったと思う。
次郎は終始泣いたり笑ったり忙しそうだ。魔素加工業、復興支援業、S級ダンジョンから構想を得た宇宙エレベーター開発ならび卸売業、レンタルモンスター屋、運貸し屋、危険物消滅屋などなど彼が手がけた事業は多岐にわたる。とても忙しそうだ。歳も70近くなり、身体機能の祝福が少ない彼は見た目も少し老けたが、まだまだ元気そうで安心した。
雪は、あの別れの日を境にみるみる体調が回復した。今では現代最強の兵士であり魔導研究所の所長を務めると、至高の二つ名を欲しいままにしているが……。
彼女はあの日から、笑わなくなってしまった。
ワープ装置の開発に携わっていると聞いたことはあるが、もう話をする機会もない。
今日も、友人席は固辞されて政府関係者の末席で静かに佇んでいるという様子だ。
はぁ、ほんと太一……なんでせめて一言でも彼女に声をかけてあげてから行かなかったのかな。
おっとと、今日のこのめでたい日に私が勝手に暗い顔してちゃだめよね。私は舞台に目を戻した。
舞台では水滴を模した碧いドレス、得意な龍神の神威をまとったサプライズバトルドレスなど、活発な娘らしい二度のお色直しがあった。
そしてウェディングドレスも。
どれも、とても綺麗だった。
神殿の外に出て、滝の前に設置された次郎特注の鐘を鳴らせば、タマモが魔法を駆使して空に極彩色の極大花火を打ち上げた。その光は大気圏を超えて弾け飛び、地球上すべての場所で観測されたという。
タマモはかかかと笑い、新しく出来た極大魔法じゃとネタばらしをして周囲はやや肝を冷やした。
リツカとマテウスの生い立ち、出会いのムービーは、軍に務めるマテウスの友人が作成した。
政治や軍の関係者、学園、親しい友人、沢山の人々に囲まれて育ったマテウスと比べて、リツカの映像は静かなものだった。それでも、彼女の眩しい笑顔のためか、不思議と見るものに寂しさを感じさせることはなかった。
そして楽しく時間は過ぎて――。
最後のトリといえば新郎父の挨拶だ。
地球で最も偉大な指導者アレキサンダーの挨拶ということで、関係者各位は自ずと背筋が伸びた。
だが、アレクが息ごんで閉幕の辞を述べる前に、突如、リツカはマイクを握った。
「アレクお義父さん、ちょっとだけ、ごめんね。えー、本日は私達の門出をお祝いいただき、本当にありがとうございました。ここで私から皆さんに、最後のサプライズがあります。お母さんにも内緒にしてた、お・父・さ・ん・からの手紙を朗読させていただきます」
「え……」
(今、リツカは何て……?)
会場もざわめき始めた。
リツカの父といえば――。
いやはや彼は20年以上も前に――。
「はは、お母さんビックリしてる。じゃあ、読み――」
『あ、ごめん、それ読むの、ちょっと待ってもらっていいかな?』
「へ?」
突然、マイクを通した男性の声に中断され、リツカはきょとんとしている。
会場の誰もが突然のサプライズと更にそれを相殺する謎の男性の声にまったくついていけていない。
「もう、誰よ!今いいところなのに!」
とっても感動的な流れを中断されたリツカは怒り心頭といった様子だ。
隣の花婿のマテウスも軍人らしく努めて平静を保っているが、内心は意味不明だろう。
(今の声――)
リツカ達は声を聞いたことがないから分からないのだろう。
だが、私は思わず椅子から立ち上がっていた。
「え、お母さん?え?え?なになに?」
『ごめんごめん、でも手紙よりも、直接お祝いの言葉を伝えたくて』
そして、声の主である男性は――誰にも気配を察知できなかったが――突然舞台のすそに現れた。
なんだか、20年前と全然纏っている雰囲気が違うが、見た目は変わっていない。
「太一!!!」
私は思わず飛び出していた。
「ナーシャ!!」
そして私達は、娘の結婚式であるにも関わらず、壇上で思い切り抱き合ったのだった。
「え……もしかして……お父さん…………本物?」
太一はリツカに呼びかけられて、初対面の娘の花嫁姿に若干照れ臭そうに頷いた。
『初めましてだね、リツカ。俺は未来からやってきたんだ。長くは居られないんだけど、今日が君の結婚式だと聞いてね。おめでとう。お母さんに似て、とても綺麗だね」
それを聞いて、リツカはみるみる目に大粒の涙を作ると、太一に抱き着いた。
「お父さん……!!来てくれてありがとう……」
結局私達家族三人は、舞台上で抱き合って喜んだ。
会場は暖かく、割れんばかりの拍手が鳴り響き続けた。
その後太一は、宴会の席ではあるが、仲間達としばしの間色々なことを語り合った。
とても語り尽くせるものではないだろうし、彼は全てを語るつもりはないように見えたが、それでも、未来からやってきたということは、きっと彼は勝ったのだろう。
彼が挑んだ、大いなる者達に。
――そして、最後の挨拶の時間がやってきた。
「太一、僕はとても締めの挨拶をする気分になれないよ。君に任せた。ヨロシクね!」
そうアレクに手渡されたマイクを手に、太一は少しバツがわるそうに、スポットライトを浴びた。
『えー。どうも。未来からやってきました、新婦の父の渡瀬太一です。皆さまご存じですかね、【主】を討伐するために……20年前くらいかな?地球を飛び立ったものですが』
「知ってるに決まってるだろう!」
クリスから太い野次が入り、会場が爆笑に包まれた。
『どうもどうも。まぁあの後も、何年とは言えませんが戦い続けまして、その戦果としてこうしてここに立つことが出来たわけです。私が戦い続けられたのは、ひとえに私の家族を始め、それをサポートしてくださった皆様のおかげです。心から感謝申し上げます』
パチパチパチッ
また盛大な拍手が沸き起こった。
『……ではまぁ堅苦しいのはこのくらいにして。私がここにやって来たのは、単純な理由です。それは、ずっと私が、リツカにお礼を言いたかったからです。私は出立の日の最後に、妻から彼女を身籠っていることを知らされました。その時、頭をガツンと殴られたような衝撃は今でも忘れられません。人は生い先短くなると生存本能で子孫を求めると言いますが、私の場合は逆でした。私は半人半神になった時から、死が遠ければ遠い程に強い孤独を感じました。だから、リツカが産まれてきてくれなければ、きっと私は最後まで頑張りきれなかったと思います』
『ん?なんか重いかな。いや、孫まで要求しているとかそういうわけではなくてですね』
「もう、お父さんいい感じなんだから早く続き言ってよ」
涙目のリツカのツッコミが入る。
またひと笑いが起こる。私もつられて笑ってしまった。
ああいう人間臭いところは変わっていなくて安心した。
『はは。しっかりした娘に育ってくれてお父さん安心です。えーつまりですね』
くだけた様子の太一だったが、一呼吸置いた後で、にこりと笑った。
その表情は、何かをやり遂げた男の顔のように見えた。
『沢山のつらいことや悲しい事が起こりましたが、きっと地球は大丈夫。僭越ながら、私が保証します。だから新郎新婦の二人も、皆さんも、明日を信じて、どうか、かけがえのない人生を謳歌してください。――それでは、これにて祝辞と替えさせていただきます。本日は本当に、おめでとう』
パチパチパチパチ――――――!!
拍手はいつまでも鳴りやまなかった。
よかったね、リツカ。
最高の最高の、結婚式になったね。
そして私も。
もう二度と会えないと覚悟はしていたつもりだったけど――。
どこかの心優しい神様に感謝しよう。
この奇跡がたったひと時だけだとしても。
笑顔でまた、会えたことに。
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楽しい日々というものは、あっという間に過ぎていくものだ。
俺は未来が変わらないよう十分に気を付けながらひたすらナーシャとイチャイチャした。
20年経っても彼女は相変わらず美人で、更には以前にも増して大人の落ち着きと色香のようなものが加わっていて、いやぁ改めて惚れ直したね。
俺は一生分の愛を語り、彼女はそれを嬉しそうに聞いてくれた後で、ありがとう、幸せよ、と喜んでくれた上で――、
「本来のあなたがいる、私が死んだ先の未来では、タマモのことも幸せにしてあげてね」
と言われてしまった。
今では二人は親友なのだという。
勿論俺も彼女のことは憎からず思っているが、なんだか複雑な気持ちになった。
リツカと三人で家族世界旅行にも行った。
ナーシャのテレポートがあるが、俺の魔力が大きすぎて運べないとのことで、二人だけでぽんぽんと世界各地に飛んでいくのを、俺だけ全力疾走で地球中を駆け巡りながら追いかけることになった。空のテロリストにならないようにだけ十分に気をつけた。死者なんて出そうものならそれこそ出生以上のタイムパラドックスだ。
女の子が多い家庭の振り回されるパパって感じだったが、一度だけ未来予知を使って全力で飛び、テレポートよりも早く到着したときは達成感があった。ドン引きされたが。
そんなこんなで1週間は瞬く間に過ぎ去り――。
俺は、雪と二人で話をする約束を、なんとか最終日の前日に取り付けたのだった。
雪はなぜか俺を避けている様子だったので、ナーシャやアレクに無理言って取り付けてもらったのだ。
ナーシャには「しっかりお願いね、お兄さん」となぜか笑顔の下に圧を感じた。ふむ。
場所はどこでもいいと塩返事だったので、研究者である雪のラボがある東京一等地の超高層ビルの屋上に案内してもらった。摩天楼のような魔導都市群に煌々と灯り続ける光を見下ろしながら、俺達はベンチに座って夜風を浴びた。
『すごい眺めだな。まるでSF映画みたいだ』
「……」
彼女はつまらなさそうに景色を見下ろした。
「話ってなに。問題を全部解決したご褒美にたまたま過去に帰ってこられて、それで今更私に何の用?」
あれ、もうちょっと感動の再会になると思っていたんだが、そういう感じじゃないぞ。むしろ凄く刺々しい……。
『雪、お前が厄龍の存在に気が付いたんだってな』
「そう。エルに生かしてもらった後、【主】の記憶を解析した」
なるほど、そこまでは一緒なのか。
霊魔神は、極力未来が変わらないよう、エルの細胞と完璧に適合する機械腕に改造し、最終的に雪の命が救われる形をとったのだろう。
雪の外見は、17歳の頃と殆ど変わっていなかった。
それにしても、本当に愛想悪いな。こっちを見ようともしない。こんなもんだったっけ?
『雪は誰かいい人とかいるのか?」
「ッ!…………そんなの、兄さんには関係ないでしょ!!」
『あ、あぁすまん。そうだな』
雪は声を震わせながら、耐えるように叫んだ。
その目は、彼女が俺を恨んでいることを物語っていた。
……そうか。
俺が雪が気絶している間に黙って地球を去ったことを、許せないんだ。
恐らく、過去は僅かに変わっており、「俺が雪を救うから」と送ったメッセージは、無かったことになっているのだろう。なぜならあの時点で、雪の病魔は完全に取り除かれていたのだから。
俺はこの世界では、たった一人の家族に何も言わずに今生の別れを突きつけて、たまたま帰ってこられたから得意げに彼女を呼び出した、真性のクソ野郎なのだ。
――それは怒るわな。
「…………特に話がないのなら、私、忙しいから。もう行くよ」
確かに俺達には血の繋がりはない。
でも、こんなのを俺達の今生の別れとするわけにはいかない。
雪は俺にとって、大切な家族だからだ。
俺が彼女の気持ちを裏切ったわけではないことだけは、伝えておかなければならない。
――俺は帰ってきて、本当によかった。
あやうく、彼女の生涯を台無しにするところだった。
俺は去ろうとする彼女の機械の腕を掴んだ。
ごつごつと冷たい手だった。
彼女はこれに触られることを、極端に嫌う。
「何するのよ。今すぐ離さないと、兄さんとはいえ許さないわよ」
案の定、怒り心頭だ。
――もう、このスキルを使う事はないだろうと思っていたんだが。
はは、結局最初も最後も、この子となんだな。
『俺は今からお前に俺の250年分の過去を全て見せる。俺を恨み続けるかどうか、その上で判断してくれ』
「……え?ち、ちょっと」
有無を言わせず俺は雪を引き寄せた。
人の記憶を覗き見ることはあっても、自分の記憶を人に見せるのはこれが初めてだ。
多分、こうすればいいはずだ。
俺は彼女と額同士をコツンと触れ合わせた。
すぐ近くに彼女の顔がある。なんだか、雪と二人でもがいていたあの頃を思い出すな。
「に、にいさん」
急に雪がしおらしくなったおかげで、俺も能力行使に集中できる。間違って全然関係ない恥ずかしい映像とか送らないよう、並列思考を用いてしっかりと共有する記憶世界を構築した。
『じゃあ雪、また後で返事を聞かせてな』
ーーーーーーーーーー
あっという間に、太一がこの世界にいられる最後の日を迎えた。
太一がこの時間軸にいられる刻限までもうわずかというところで、かつての戦友たちが見送りに集まる中、滑り込むように太一と雪は現れた。
詳しく聞く時間はなかったが、太一は自分の記憶を見せていたらしい。
それよりも、雪は一晩中泣き腫らしたのだろう。面白いくらいに目が真っ赤だ。
「ふふ」
でも思わず笑みがこぼれた。
雪が、まるで子供みたいに、太一の服の袖を掴んでいたからだ。
完全に和解――したどころか、もう完全に惚れ直して別れを惜しんでいるやつだこれ。
「さすが」
私は太一にグーサインを送った。
太一もそれを見てグーを返した。
――しばらく、最後にまたあの日みたいに全員と別れの言葉を交わした後、刻限はやってきた。
『じゃあみんな。元気で、ていうのも変だけど、元気でな。店長ありがとう、1週間しか居られなかったけど、地球、元気になってたよ!アレク、クリス、リーリャ。この先たとえ命は途絶えても、自由な心はいつも一緒だ。じゃあ……またな』
「太一君!君は私の誇りですよ、ぐふぅぅぅん」
「アディオス太一。僕たちの英雄よ」
「ふん、最後まで慌ただしい奴だ」
「達者でな。親戚のおじちゃん。ふふ」
店長は年甲斐もなく涙でぐちゃぐちゃになった。
クリスはサングラスを外して、笑った。
アレクはリーリャの肩を抱き寄せた。
太一はそれを見てにこりと笑うと、こちらに向き直り、大きく手を広げた。
『ナーシャ、リツカ、雪、おいで』
ーーッ!
この暖かい腕に抱かれるのも、これで最後だ。
最後だ。
そして太一の体温は次第に薄れていき――。
いつしか、時の向こうへと消えてしまった。
「兄さぁん!!!」
突如、雪は叫んだ。
「地獄から救ってくれてありがとう!家族にしてくれてありがとう!戦い方を教えてくれてありがとう!……命まで救ってくれて、ありがとう。私はずっと兄さんに憧れて……私は、私は、ずっとずっと、兄さんの事が大好きでした!!」
それはずっと秘めていた雪の、告白だった。
雪は立ち尽くしたまま、静かに泣いた。
――どれくらい経っただろう。
喪失感で胸がいっぱいになり、同じく呆然と夕日を見上げていた仲間達の中で、雪はごしごしと涙を拭い、私に話しかけてきた。
「ごめんね、ナーシャ。私……」
「ううん。そんなことない。あの人、ああ見えて律儀だったもんね。割と助平だし雪ちゃんのこと絶対好きだったのに、妹だからって、手を出さなかったんだろうね」
「ぐす。ありがとう。妹にしてくれなんて、頼んだ覚えないんだけどね」
そう言って、雪は実に久しぶりに、あどけのない笑顔を見せてくれた。
「ねぇ雪ちゃん、太一が命を救ってくれたって、どういう事だったの」
「……私、ほんとはこの腕のせいでもうとっくに死んでいた筈だったんだけど、兄さん、壮絶な戦いの末に宇宙の果てまで行って、この世界を創ったとかいう偉い神様に頼み込んで、わざわざこの腕の欠陥を治してくれたんだ。兄さんの旅路の、長い長い記憶を見せてもらったの。もう、何してるんだろうね。ほんと、わざわざ…………ぐす」
ははは。
そっか。
それは――惚れ直しもするよ。罪な男だなぁ。
「でもそっか。頑張ったんだね、太一」
「うん。兄さんは、頑張ったんだ」
綺麗な夕日を眺めながら。
私たちは、見合わせたように笑い合った。
ーー完ーー
これにて完結と成りました。
亀執筆のため長らくかかってしまいましたが、お付き合いただいた読者様には感謝でいっぱいです。
ありがとうございました。それではまた。




