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第133話 旅路の果て

『生命神イグニスの過ちを正してくれて、ありがとうね。小さな巨人さん』




 四大創造神との対話は、この霊魔神スピリスの一言から始まった。


 玉藻も凄かったが、スピリスはなんというか直視できないくらいの圧倒的な美貌だ。


 そんな美女神がそう言って優しく微笑むものだから、思わずドキリとしてしまう。


 お姉さん力が100分の200パーセントって感じだ。


 ――あ、一応言っとくけど、俺の中で一番かわいいのはナーシャですよ。だから客観的にというか、そういう話ですよ。俺は誰に断りを入れてるんだろう。


 まぁとにかく、ドキッとする以上に、そういう事を考えられるくらいには、まずはその一言で随分とほっとしたのである。




『我らが同族を討つとは、不遜な半神半人デミゴッドめ、消えなさい!』


 とか言われる可能性もあると思っていたからだ。




『たいしたものだ、ただの弱っちい人間からこんなイレギュラーが産まれるとはな。――どうだ坊主、俺とひとつ闘技場コロッセオで互いの武具でもかけた勝負などしてみるか?』


『は、はは、ご冗談を……』


 ケンタウロスみたいな半獣半神といった風貌の理力神フォースは、筋骨隆々な腕に持ったヤバそうな槍で地面をとんとんと叩き、ニヤリと笑みを浮かべながらそう言った。


 超怖い。なにこのひともう間違いなくありえないくらい強いじゃん。キレられそうで怖いから解析なんて出来やしないが、たぶん槍を使わなくても指先ひとつで俺は爆散死させられるだろう。現に、勝負を想像しただけで未来視は視界中に無数の臨死警告を発した。


 ……ただまぁ、冗談で言っていることくらいは俺にも分かる。


 まだ少し話しただけだが、四大創造神はみな基本的に、ずいぶん良識のある神々だ。


 あの残念神イグニスがほんとにぶっとんだ奴だったのがよく分かった。




『ほんとに、蜘蛛の糸のようにか細い道標を、よくここまで辿って来られたものだねぇ。君のような事例が起こり得るからこそ、世界は面白い』


『……恐縮です』


 大きなフォースより更に大きな身体をしたのが、サンタクロースみたいな帽子をかぶった好々爺といった感じの運命神フェイスだ。カ☆ゴンみたいな感じというか、デカ可愛い。


 ただ、皆さんいちいち声かけしてくる内容のスケールがデカいから、返答に困る。見当違いなこと言ったら願い叶えてくれなさそうだし。




 挨拶が終わると、彼/彼女らは俺が経験してきたことについて、しきりに聞きたがった。


 俺としてはささっと用件だけ叶えてもらいたかったのだが、福引コーナーのアンケートみたいに片手間に答えて応じてもらえるようなものではないのだろう。求道者がどうとか言ってたしな。


 だから、差し出したつもりの神無矛について誰も触れてこないことについても、俺は言いあぐねていた。




『太一くんは、好きだった人達が皆先に死んでしまって、悲しい?』


 あらかた俺の旅路の経緯について陳述し終わったところで、途中から太一くん呼びに変わったスピリスがそう尋ねてきた。


『……それは勿論。悲しいですよ』


『ではなぜ、神様になろうと思ったの?』


『……そうしないと、地球の未来を守れなかったからです』


『アナスタシアさんは、貴方がこっちに来たほうが幸せだったのかな?』


『……それは…………』


 分からない。


 俺が【主】を追いかけてこなければ、ただ地球側の出口を破壊してしまえば、少なくとも俺もナーシャも、寿命を全うしてそれなりに幸せに死ねただろう。だがそれでは……。


『そうではなかったかもしれません。でもそれでは、雪も救えないから』


『貴方の義理の妹さんね。貴方がここに来た最大の目的ね』


『はい。どうか、雪の腕として取り付けられてしまった呪いを、解除してください』


『それは簡単だけど、よく考えてみて。40年程で死んでしまった彼女の寿命が、たかだが80年、長くて100年程に伸びるだけよ。私達や貴方から見れば、一瞬。願いの半分がそれでいいの?』




 ――そうか、雪は40歳までは生きたのか。


 じゃあ、そこまで悲惨な最期でもなかったのかもしれない。


 きっとエルのおかげなのだろう。




『……俺は今でも自分は、人間だと思っています』


『そうなの?貴方はもう寿命で死ぬことは決してないわよ。私達と同格になった時点で、そこの時制神クロノスの理の下から外れたのだから』


 そう言ってスピリスはクロノスに視線を送った。


 クロノスは、深淵のような深い眼差しで、ずっと何も言わずに俺を見据えている。


『そうかもしれません。でも誰かと比較して長い短いは関係ありません。……俺にとっても彼女にとっても絶望的だったあの状況下で、彼女はあの時、俺の唯一の生きる希望でした。雪が、人として生を全うできるのであれば、神と成った甲斐があったと心から思います。だからお願いします。この願いを叶えてください』


 おれはもう一度、深々と頭を下げた。




『――そう』




 ……なんか、失礼したかな。


 ずっとニコニコしていたスピリスが急に真顔になってしまった。


 生意気だったかも……。


 慌てている俺に、スピリスが突然近寄ってきた――。


 あわわわわわやばい――。




『あぁぁぁぁなんて健気なのぉ!!!これだから知的生命体は良い!良い!!もうイグニスの馬鹿、こんな素敵な種たちを滅ぼそうとするなんて、ほんとあの馬鹿は滅んで正解だったわ!!!』




 俺は凄い勢いで、女神様に抱きしめられた。




 ――――おふ。










 はっ。


 なんか一瞬意識が飛んでた。記憶も少し飛んだかも。


 めっっちゃいい香りがした気がするし、豊満なお胸で顔が埋め尽くされて息も止まってた気がする。


 記憶が曖昧なのが悔やまれる……。


 


 気が付くと、スピリスはにこにこ笑顔を浮かべている。


 調子は元に戻っていた。


 あの、もっかい盛り上がってもらってもいいんですよ?




『いいでしょう。貴方の切なる願いを叶えましょう。ただし、雪ちゃんの運命そのものを変えてしまうと確実にタイムパラドックスが起きるから、私とフェイスの二人分の力を使います。よろしいですか?』


『はい……それは勿論』


『フェイスもいいですね?』


『ふぉふぉ。余計な仕事が増えなくて済むし、構わぬよ』


『じゃあ決まりね』


『あの、願い、いいんですか。俺はまだ矛の……』




 言おうとして、スピリスはしぃ、と指を唇に当てる仕草を返した。


 そのまま、内緒話をするかのように耳元で囁かれた。




『大丈夫、その話は最後でいい。願いは叶えてあげるわ』




 ゾクッ




 ――この瞬間、俺は完全に骨の髄までお姉さん属性を植え付けられたことを自覚した――。




 いや違うんだ、あくまでお姉さん枠だから――。




 そして俺が呆けている内にスピ姉さんはそのままふわりと元の列まで去っていった。




『さぁ次は俺の番かな』


 入れ替わりにやって来たのは、フォースだった。


 近くに寄られると、本当にでかい。


 虚像なのだろうが、実体にしか見えない。それだけ、その立ち振る舞いには圧倒的な迫力があった。


 浮かれていた気持ちを締め直すことにする。




『亜神タイチよ。お前は既に一個体としては相当に強い。並ぶところ敵なし……と言いたいところだが、ひとつ弱点がある。それは【主】から奪ったエネルギーを除き、力の源の大半を地球という一つの星に頼っているところだ。お前が討伐するつもりの厄龍バハムートは星の霊脈を全て掌握した状態で産まれてくるが故に、お前の攻撃は吸収されてしまう可能性が高い』


『……はい』


 それは八百万神も警告していたことだ。




『だが、俺の力の一部を授けることで、お前は龍を討伐できるようになる。加護が欲しいか?』


『はい!欲しいです!』


 そりゃ即答だ。いくら強くなっても攻撃が通用しないのは勘弁してほしい。




『クク、素直でオーケー。では俺からも聞こう。お前はルシファーに殺された時、仲間達も全員生死不明となり、想い人は捕らえられ人体実験をされ、強いと思っていた己の無力さを呪った。ルシファーはお前が最も憎んだ相手だっただろう。そのルシファーを殺した時、お前はどんな気持ちだったんだ?』


『それは……』


 なかなかエグイ質問だな……。うーん。


 少し考えてから答えた。


『最初に殺された時は、多分あいつは俺のことを虫けら程度にしか思っていなかった。そのまま次会った時にリベンジ、であれば復讐できてスカッとしたかもしれません。でも、途中からあいつは俺の能力意思疎通を知り、利用価値を考え始めたのでしょう。次に会った時、あいつは俺のことを殺す気はなかった。まぁそれはそれで腹は立ちましたが……。最後にあいつを倒した時、俺は復讐を果たしたとは思いませんでした』


『それは結果論だろう。たまたま全部上手くいったからだ。雪の心を救えず、仲間はダンジョンで野垂れ死に、洗脳されたアナスタシアを己の手で殺さざるを得なくなったとしたら、お前は決してルシファーを許さなかっただろう。それら全部やつが仕掛けた事だぞ。お前はそういった世界線を無視して、自分さえよければそれでいいのか?』


 ふーむ。


 世界線……ねぇ。いちいち話が大きいんだよな。


『先程申しました通り俺は人間です。別の世界の事も運命の事も、俺には分かりません。起こり得た全ての事象の分岐点に全ての責任があると考えてしまうと、何も出来なくなってしまいます。俺は運命に身を任せてきたつもりなんて勿論ない。全部、自分で選び、勝ち取って来たことです。だから、ルシファーは結局、俺の大事な物を壊すことなんてできなかった、哀れな奴です。そう思えば、腹も立ちません』




『――そうかよ』




 ……なんか、失礼したかな。


 ずっと真顔だったけど更に真顔になってしまった。


 今回こそ結構生意気だったかも……。


 慌てている俺に、フォースは突然近寄ってきた――。


 あわわわわわ同じ流れだけど今度こそ絶対やばい――――――。




『ガハハハハハ!!たいした胆力だ!!そうだな、なまじ多くが見えてしまうと、因果や責任の所在なんてものを考えすぎる。よくないな、あぁ良くない』




 なんだか急に上機嫌になったフォースは、俺の頭をごしごしと撫でた。


 ボキリと音がして、俺は膝から崩れ落ちた。


 自分の頚の骨が折れたことが分かったのは、少し時間を置いてからだ。








 ―――fin――――








 ……はっ。


 なんか意識が飛んでたというか、え、死んだよね。気のせいじゃないよね。


 いつの間にかフォースはさりげなく定位置に戻っていた。




『お前の願いは叶えてやろう。まぁ、色もつけてやる。達者で励めよ』


『はっ、はい』




 やっぱフォース怖い……。


 ていうか世界を救った勇者の筈なのに……おれ、ぽんぽん死に過ぎじゃね?


 魔力吸い取られてるけど蘇生できたのは幸いだった。




『あー、最後はクロノス爺さんか。あんたもちゃんと、なんか喋れよ』


 誤魔化すかのように、フォースはクロノスの背を押した。




『クロノスは儂よりも最古参だからなぁ。坊主、お主も頑張れよ』


 フェイスはそう言い、高らかと笑った。


 それでも一歩も歩み寄ってこずダンマリのクロノスに対し、俺は自ら歩を進めた。


 クロノスは、無数のしわの刻まれた顔貌の奥深くから、突き刺すような眼光を俺に向けてきた。




『小僧……何を望む?』


 そう短く発された言葉は、今までで最も重く、冷たいものだった。


 俺は最後の正念場だと、襟を正して臨んだ。




『一度だけでいい。過去に帰って、最愛の人に会わせて欲しい』


『却下だ』


 俺の訴えは一瞬で切り捨てられた。


 だが、それでひるむ俺ではない。




『……なぜですか』


『凡愚だからだ。過去を改変する程ではないにせよタイムパラドックスを引き起こすリスクがある行為を行うにしては、理由が浅いに過ぎる。これでよいか?』


 凡愚、ね。


 言ってくれるな。でも、こればかりは説得できるとは思っていない。


 相手は最古参の創造神。存在が違い過ぎるんだ。だから、交渉だ。




『では交渉したい。交渉材料は、生命神の力を封じた矛です。いずれ新たな生命神を任命するにあたり、スキルの譲渡はあなた方としても非常に有用なはずだ』


『それも却下。お主が生きてここから還るには、その矛は置いて帰らねばならない』




『クロノス。それは……』


『黙っておれ』


 スピリスが援護射撃を送ってくれようとしたが、ぴしゃりと止められた。


 同格のようでいて、クロノスは四柱の中で絶対的な存在なのだろう。




『……では、矛はよいです。もう一つの交渉材料がありますが、聞いてもらえますか』


『言うだけ言ってみろ』


『俺の、神としての永遠の時間を、返還します』


『……なんだと?』


『過去に帰れる日は一日だけでいい。そして、俺が800年後に龍を討伐した暁には、俺はもういつ消滅してもいい』




 そこで初めて、創造神は考える素振りを見せた。


 眼光はますます鋭くなり、息をするのが苦しくなる。




『小僧、龍を打ち倒せば、お主は晴れて自由の身だ。その力をもってして、地球の守護者として、はたまた人の世の王として君臨するもよし、広大な宇宙を旅するもよい。ただ運命の奴隷として生きて死ぬなど、あまりに滑稽だ。考え直せ』


『ずっと考えてきた結論です。俺は、人として死にたい』


『ふざけるな。神を時間により消し去るなどと、前例のない……」




 そこで、クロノスの言葉は止まった。




『彼を認めてあげてよ★』




 俺の横から突然、懐かしい声が聞こえた。


 振り向くと、子供が一人、親しげにクロノスに話しかけていた。




 え、魔神じゃん。どうしたの?てか来られたのこんな所まで。


 あと龍神が来たら太一軍オールスターズじゃん。




『貴様……よくここに戻ってこられたものだ。この恥知らずめ』




 おいおいクロノス怒ってるじゃん。援護要因みたいな顔して魔神よ。俺が粘り強く交渉していたのに一気に台無しにするなよ。




『太一、この神ひとは交渉する気なんて端からないんだ。僕の援護射撃に感謝しなよ』


 え、そうなの?




『ハデス、貴様がのこのこ帰って来たところで結果は変わらぬ。儂は時間遡行など不埒な真似は絶対に認めぬ』


『行くも還るもバラバラだった世界の時間軸を纏め、混沌の世を時制の世に作り出した。時制神クロノスは偉大だよ。でも、生命神イグニスが狂ったきっかけを作ったのもまた、貴方だ』


『……』


『貴方が生命に等しく確定の死を与えるようになってから、生命が有り様を激変させたのは事実だ。それが理不尽かと言われれば、僕には分からないけどね』


『……何が言いたい、貴様』


『死が悪いものとは思わない。ただちょっとばかし、不公平じゃないかと言いたいんだ。生命体だけが明日にしか向かって歩いていけないのがね。そして痛快じゃないか。永遠の命を投げうってまで叶えたい願いが、たった一日過去に帰りたいだけだなんて』




 ……なんかすごい美談みたいになってるけど、俺は正直永遠に生きたいだなんて――。


 と考えかけただけで、魔神に睨まれた。


 いい所なのに台無しにするなよって感じだ。すんません。




『僕は短い間だけどこの元人間と共に歩んできた。彼はタイムパラドックスは起こさないよ。それに、全宇宙に理不尽をばらまいていた【主】を討伐した功績はあまりに大きい。これを無視したんじゃ、白恒星レウステラの名がすたるんじゃない?』


『……』


『頼むよ。貴方に頼むのはこれが最初で最後だ。お願いします。父さん』


 父さん!?


 思わずクロノスを見る。能面のように無表情だった顔が、僅かだが破綻していた。


 すっごい複雑そうな顔。過去に何があったんだ、魔神よ。


 まぁこんなひねくれた息子持ったら大変そうだよな。


 そう思うと、なんだかクロノスに同情心のようなものが湧いてきた。




『なんだ、その顔は』


『あ、いえ何でもないです』


 クロノスににらまれた。




『はぁ……もうよい。わかった。確かにお前の功績は買おう。フェイスよ、万が一タイムパラドックスが起きた場合は、この坊主の血族を【修正】しろ。それでよいな、ハデス』


『うん。ありがとう☆父さん。恩にきるよ』


『儂の仕事ってこういうトラブル関係が多いんじゃよな……』


 笑顔の魔神に対して、フェイスは悩ましい顔をしていた。




 ここにきてまさかの親子の確執を見せつけられてしまったが。


 魔神のおかげでうまくいったみたいだ。




『魔神、ありがとう』


『どういたしまして。ふふ、過去ではくれぐれも粗相のないようにね、太一?』


『……もちろんだ』


 なるほど、過去で盛大に小作りックスするのはNGだったみたいだ。危ない危ない。


 つまりこれが本当のタイムパラドックス……。


 笑いごとじゃない。一日だけだが、そっちの機会に恵まれたなら避妊には気を付けよう。




『話がまとまってよかったわ』


 パンパンとスピリスが手を叩き、俺はクロノスの前から離れ、魔神とふたりして並ぶ。




『それでは、大罪者イグニス封印の第一功をもってして、我ら四柱全員から亜神タイチの願いを聞き入れるものとする。求道者よ、己が道を信じ、このまま進みなさい』




 そして俺の身体はまばゆい光に包まれた。




『がんばってね、太一君』


『お前が厄龍をぶっとばすところ見てるぜ』


『ふぉふぉ、頼むから過去ではいい子にしておくれな』




 皆からエールをもらい、俺は神域を去る。




『小僧』


 最後の最後に、クロノスから声がかかった。




『……1週間やる。しっかり別れを告げて来い。では、良い時の旅をな』


 ほんの僅かだが、穏やかな顔をしたクロノスはそう言った。




 ――なんだ。


 魔神パパ、めっちゃいい人じゃん。




 俺は四柱に大きく手を振りながら、この白い結界から外の世界へと戻った。




==========




『おかえり、ご主人』




 外の世界に帰還すると、ルーパーがすぐに出迎えてくれた。


 いつのまにか魔神の姿は消えていた。




 ルーパーに促され少し歩くと、社の近くに森があった。


 木々の色は白く、葉が鮮やかな美しい森だった。


 その中には小さな泉があり、そのほとりに、横たわるアインと、寄り添う八百万神の姿があった。


 


『その様子だと、上手くいったみたいだね、おめでとう、太一』




 八百万神は、俺をみてにっこりと笑った。


 アインの目は閉じられている。


 


 ――そうか。




『アインは、逝ったのか』


『うん。ちょうどさっき、ね。太一に、自分にはもったいない最期の時を与えてくれてありがとうって……よろしく伝えてねって……アイン、言ってたよ』




 アインの手を握る八百万神は声を詰まらせながら、笑顔でそう言った。


 


『そうか』


 俺はアインの前に座った。




『君も、長い旅だったな……』


 俺たちはしばらく、彼女の激動の人生に思いを馳せた。










 ――俺たちは『神受の杜』と呼ばれるその森に、アインの墓を作ることにした。




 地球に運んでやるべきか迷った。内心では地球の守護神である八百万神が一番そうしたかったかもしれないが、最終的に彼女の心を解きほぐしたであろう、楽しかった旅路の果てこそが相応しいだろうとの八百万神の言葉に皆がうなづき、ここに墓標を建てることにした。




 錬成に頼らず、森に落ちていた立派な石を削り取り、墓標は完成した。




『戦士アイン・つぇらすとぅグニス)の過ちを正してくれて、ありがとうね。小さな巨人さん』


 四大創造神との対話は、この霊魔神スピリスの一言から始まった。


 玉藻も凄かったが、スピリスはなんというか直視できないくらいの圧倒的な美貌だ。


 そんな美女神がそう言って優しく微笑むものだから、思わずドキリとしてしまう。


 お姉さん力が100分の200パーセントって感じだ。


 ――あ、一応言っとくけど、俺の中で一番かわいいのはナーシャですよ。まぁ客観的にというか、そういう話ですよ。俺は誰に断りを入れてるんだろう。


 まぁとにかく、ドキッとする以上に、そういう事を考えられるくらいには、まずはその一言で随分とほっとしたのである。




『我らが同族を討つとは、不遜な半神半人デミゴッドめ、消えなさい!』


 とか言われる可能性もあると思っていたからだ。




『たいしたものだ、ただの弱っちい人間からこんなイレギュラーが産まれるとはな。――どうだ坊主、俺とひとつ闘技場コロッセオで互いの武具でもかけた勝負などしてみるか?』


『は、はは、ご冗談を……』


 ケンタウロスみたいな半獣半神といった風貌の理力神フォースは、筋骨隆々な腕に持ったヤバそうな槍で地面をとんとんと叩き、ニヤリと笑みを浮かべながらそう言った。


 超怖い。なにこのひともう間違いなくありえないくらい強いじゃん。キレられそうで怖いから解析なんて出来やしないが、たぶん槍を使わなくても指先ひとつで俺は爆散死させられるだろう。現に、勝負を想像しただけで未来視は視界中に無数の臨死警告を発した。


 ……ただまぁ、冗談で言っていることくらいは俺にも分かる。


 まだ少し話しただけだが、四大創造神はみな基本的に、ずいぶん良識のある神々だ。


 あの残念神イグニスがほんとにぶっとんだ奴だったのがよく分かった。




『ほんとに、蜘蛛の糸のようにか細い道標を、よくここまで辿って来られたものだねぇ。君のような事例が起こり得るからこそ、世界は面白い』


『……恐縮です』


 大きなフォースより更に大きな身体をしたのが、サンタクロースみたいな帽子をかぶった好々爺といった感じの運命神フェイスだ。カ☆ゴンみたいな感じというか、デカ可愛い。


 ただ、皆さんいちいち声かけしてくる内容のスケールがデカいから、返答に困る。見当違いなこと言ったら願い叶えてくれなさそうだし。




 挨拶が終わると、彼/彼女らは俺が経験してきたことについて、しきりに聞きたがった。


 俺としてはささっと用件だけ叶えてもらいたかったのだが、福引コーナーのアンケートみたいに片手間に答えて応じてもらえるようなものではないのだろう。求道者がどうとか言ってたしな。


 だから、差し出したつもりの神無矛について誰も触れてこないことについても、俺は言いあぐねていた。




『太一くんは、好きだった人達が皆先に死んでしまって、悲しい?』


 あらかた俺の旅路の経緯について陳述し終わったところで、途中から太一くん呼びに変わったスピリスがそう尋ねてきた。


『……それは勿論。悲しいですよ』


『ではなぜ、神様になろうと思ったの?』


『……そうしないと、地球の未来を守れなかったからです』


『アナスタシアさんは、貴方がこっちに来たほうが幸せだったのかな?』


『……それは…………』


 分からない。


 俺が【主】を追いかけてこなければ、ただ地球側の出口を破壊してしまえば、少なくとも俺もナーシャも、寿命を全うしてそれなりに幸せに死ねただろう。だがそれでは……。


『そうではなかったかもしれません。でもそれでは、雪も救えないから』


『貴方の義理の妹さんね。貴方がここに来た最大の目的ね』


『はい。どうか、雪の腕として取り付けられてしまった呪いを、解除してください』


『それは簡単だけど、よく考えてみて。40年程で死んでしまった彼女の寿命が、たかだが80年、長くて100年程に伸びるだけよ。私達や貴方から見れば、一瞬。願いの半分がそれでいいの?』




 ――そうか、雪は40歳までは生きたのか。


 じゃあ、そこまで悲惨な最期でもなかったのかもしれない。


 きっとエルのおかげなのだろう。




『……俺は今でも自分は、人間だと思っています』


『そうなの?貴方はもう寿命で死ぬことは決してないわよ。私達と同格になった時点で、そこの自制神クロノスの理の下から外れたのだから』


 そう言ってスピリスはクロノスに視線を送った。


 クロノスは、深淵のような深い眼差しで、ずっと何も言わずに俺を見据えている。


『そうかもしれません。でも誰かと比較して長い短いは関係ありません。……俺にとっても彼女にとっても絶望的だったあの状況下で、彼女はあの時、俺の唯一の生きる希望でした。雪が、人として生を全うできるのであれば、神と成った甲斐があったと心から思います。だからお願いします。この願いを叶えてください』


 おれはもう一度、深々と頭を下げた。




『――そう』




 ……なんか、失礼したかな。


 ずっとニコニコしていたスピリスが急に真顔になってしまった。


 生意気だったかも……。


 慌てている俺に、スピリスが突然近寄ってきた――。


 あわわわわわやばい――。




『あぁぁぁぁなんて健気なのぉ!!!これだから知的生命体は良い!良い!!もうイグニスの馬鹿、こんな素敵な種たちを滅ぼそうとするなんて、ほんとあの馬鹿は滅んで正解だったわ!!!』




 俺は凄い勢いで、女神様に抱きしめられた。




 ――――おふ。










 はっ。


 なんか一瞬意識が飛んでた。記憶も少し飛んだかも。


 めっっちゃいい香りがした気がするし、豊満なお胸で顔が埋め尽くされて息も止まってた気がする。


 記憶が曖昧なのが悔やまれる……。


 


 気が付くと、スピリスはにこにこ笑顔を浮かべている。


 調子は元に戻っていた。


 あの、もっかい盛り上がってもらってもいいんですよ?




『いいでしょう。貴方の切なる願いを叶えましょう。ただし、雪ちゃんの運命そのものを変えてしまうと確実にタイムパラドックスが起きるから、私とフェイスの二人分の力を使います。よろしいですか?』


『はい……それは勿論』


『フェイスもいいですね?』


『ふぉふぉ。余計な仕事が増えなくて済むし、構わぬよ』


『じゃあ決まりね』


『あの、願い、いいんですか。俺はまだ矛の……』




 言おうとして、スピリスはしぃ、と指を唇に当てる仕草を返した。


 そのまま、内緒話をするかのように耳元で囁かれた。




『大丈夫、その話は最後でいい。願いは叶えてあげるわ』




 ゾクッ




 ――この瞬間、俺は完全に骨の髄までお姉さん属性を植え付けられたことを自覚した――。




 いや違うんだ、あくまでお姉さん枠だから――。




 そして俺が呆けている内にスピ姉さんはそのままふわりと元の列まで去っていった。




『さぁ次は俺の番かな』


 入れ替わりにやって来たのは、フォースだった。


 近くに寄られると、本当にでかい。


 虚像なのだろうが、実体にしか見えない。それだけ、その立ち振る舞いには圧倒的な迫力があった。


 浮かれていた気持ちを締め直すことにする。




『お前は既に、一個体としては十分に強い。並ぶところ敵なし……と言いたいところだが、ひとつ弱点がある。それは【主】から奪ったエネルギーを除き、力の源の大半を地球という一つの星に頼っているところだ。お前が討伐するつもりの厄龍バハムートは星の霊脈を全て掌握した状態で産まれてくるが故に、お前の攻撃は吸収されてしまう可能性が高い』


『……はい』


 それは八百万神も警告していたことだ。




『だが、俺の力の一部を授けることで、お前は龍を討伐できるようになる。加護が欲しいか?』


『はい!欲しいです!』


 そりゃ即答だ。いくら強くなっても攻撃が通用しないのは勘弁してほしい。




『クク、素直でオーケー。では俺からも聞こう。お前はルシファーに殺された時、仲間達も全員生死不明となり、想い人は捕らえられ人体実験をされ、強いと思っていた己の無力さを呪った。ルシファーはお前が最も憎んだ相手だっただろう。そのルシファーを殺した時、お前はどんな気持ちだったんだ?』


『それは……』


 なかなかエグイ質問だな……。うーん。


 少し考えてから答えた。


『最初に殺された時は、多分あいつは俺のことを虫けら程度にしか思っていなかった。そのまま次会った時にリベンジ、であれば復讐できてスカッとしたかもしれません。でも、途中からあいつは俺の能力意思疎通を知り、利用価値を考え始めたのでしょう。次に会った時、あいつは俺のことを殺す気はなかった。まぁそれはそれで腹は立ちましたが……。最後にあいつを倒した時、俺は復讐を果たしたとは思いませんでした』


『それは結果論だろう。たまたま全部上手くいったからだ。雪の心を救えず、仲間はダンジョンで野垂れ死に、洗脳されたアナスタシアを己の手で殺さざるを得なくなったとしたら、お前は決してルシファーを許さなかっただろう。それら全部やつが仕掛けた事だぞ。お前はそういった世界線を無視して、自分さえよければそれでいいのか?』


 ふーむ。


 世界線……ねぇ。いちいち話が大きいんだよな。


『先程申しました通り俺は人間です。別の世界の事も運命の事も、俺には分かりません。起こり得た全ての事象の分岐点に全ての責任があると考えてしまうと、何も出来なくなってしまいます。俺は運命に身を任せてきたつもりなんて勿論ない。全部、自分で選び、勝ち取って来たことです。だから、ルシファーは結局、俺の大事な物を壊すことなんてできなかった、哀れな奴です。そう思えば、腹も立ちません』




『――そうかよ』




 ……なんか、失礼したかな。


 ずっと真顔だったけど更に真顔になってしまった。


 今回こそ結構生意気だったかも……。


 慌てている俺に、フォースは突然近寄ってきた――。


 あわわわわわ同じ流れだけど今度こそ絶対やばい――――――。




『ガハハハハハ!!たいした胆力だ!!そうだな、なまじ多くが見えてしまうと、因果や責任の所在なんてものを考えすぎる。よくないな、あぁ良くない』




 なんだか急に上機嫌になったフォースは、俺の頭をごしごしと撫でた。


 ボキリと音がして、俺は膝から崩れ落ちた。


 自分の頚の骨が折れたことが分かったのは、少し時間を置いてからだ。








 ―――fin――――








 ……はっ。


 なんか意識が飛んでたというか、え、死んだよね。気のせいじゃないよね。


 いつの間にかフォースはさりげなく定位置に戻っていた。




『お前の願いは叶えてやろう。まぁ、色もつけてやる。達者で励めよ』


『はっ、はい』




 やっぱフォース怖い……。


 ていうか世界を救った勇者の筈なのに……おれ、ぽんぽん死に過ぎじゃね?


 魔力吸い取られてるけど蘇生できたのは幸いだった。




『あー、最後はクロノスか。お前もなんか喋れよ』


 誤魔化すかのように、フォースはクロノスの背を押した。




『クロノスは儂よりも最古参だからなぁ。坊主、頑張れよ』


 フェイスはそう言い、高らかと笑った。


 それでも一歩も歩み寄ってこないクロノスに対し、俺は自ら歩を進めた。


 クロノスは、無数のしわの刻まれた顔貌の奥深くから、突き刺すような眼光を俺に向けてきた。




『……何を望む?』


 そう短く発された言葉は、今までで最も重く、冷たいものだった。


 俺は最後の正念場だと、襟を正して臨んだ。




『一度だけでいい。過去に帰って、最愛の人に会わせて欲しい』


『却下だ』


 俺の訴えは一瞬で切り捨てられた。


 だが、それでひるむ俺ではない。




『……なぜですか』


『凡愚だからだ。過去を改変する程ではないにせよタイムパラドックスを引き起こすリスクがある行為を行うにしては、理由が浅いに過ぎる。これでよいか?』


 凡愚、ね。


 言ってくれるな。でも、こればかりは説得できるとは思っていない。


 相手は最古参の創造神。存在が違い過ぎるんだ。だから、交渉だ。




『では交渉したい。交渉材料は、生命神の力を封じた矛です。いずれ新たな生命神を任命するにあたり、スキルの譲渡はあなた方としても非常に有用なはずだ』


『それも却下。お主が生きてここから還るには、その矛は置いて帰らねばならない』




『クロノス。それは……』


『黙っておれ』


 スピリスが援護射撃を送ってくれようとしたが、ぴしゃりと止められた。


 同格のようでいて、クロノスは四柱の中で絶対的な存在なのだろう。




『……では、矛はよいです。もう一つの交渉材料がありますが、聞いてもらえますか』


『言うだけ言ってみろ』


『俺の、神としての永遠の時間を、返還します』


『……なんだと?』


『過去に帰れる日は一日だけでいい。そして、俺がこの先、無事に龍を討伐した暁には――俺はもういつ消滅してもいいです』




 そこで初めて、創造神は考える素振りを見せた。


 眼光はますます鋭くなり、息をするのが苦しくなる。




『小僧……龍を打ち倒せば、お主は晴れて自由の身だ。その力をもってして、地球の守護者として、はたまた人の世の王として君臨するもよし、広大な宇宙を旅するもよい。ただ運命の奴隷として生きて死ぬなど、あまりに滑稽だ。考え直せ』


『ずっと考えてきた結論です。俺は、人として死にたい』


『ふざけるな。神を時間により消し去るなどと、前例のない……」




 そこで、クロノスの言葉は止まった。




『彼を認めてあげてよ★』




 その時俺の横から突然、懐かしい声が聞こえた。


 振り向くと、子供が一人、親しげにクロノスに話しかけていた。




 え、魔神じゃん。どうしたの?てか来られたのこんな所まで。


 あと龍神が来たらオールスターズじゃん。




『貴様……よくここに戻ってこられたものだ。この恥知らずめ』




 おいおいクロノス怒ってるじゃん。援護要因みたいな顔して魔神よ。俺が粘り強く交渉していたのに一気に台無しにするなよ。




『太一、この神ひとは交渉する気なんて端からないんだ。僕の援護射撃に感謝しなよ』


 え、そうなの?




『ハデス、貴様が帰って来たところで結果は変わらぬ。儂は時間遡行など不埒な真似は認めぬ』


『行くも還るもバラバラだった世界の時間軸を纏め、混沌の世を自制の世に作り出した。自制神クロノスは偉大だよ。でも、生命神イグニスが狂ったきっかけを作ったのもまた、貴方だ』


『……』


『貴方が生命に等しく確定の死を与えるようになってから、生命が有り様を激変させたのは事実だ。それが理不尽かと言われれば、僕には分からないけどね』


『……何が言いたい、貴様』


『死が悪いものとは思わない。ただちょっとばかし、不公平じゃないかと言いたいんだ。生命だけが明日にしか向かって歩けないのがね。そして痛快じゃないか。永遠の命を投げうってまで叶えたい願いが、たった一日過去に帰りたいだけだなんて』




 ……なんかすごい美談みたいになってるけど、俺は正直永遠に生きたいだなんて――。


 と考えかけただけで、魔神に睨まれた。


 いい所なのに台無しにするなよって感じだ。すんません。




『僕は短い間だけどこの元人間と共に歩んできた。彼はタイムパラドックスは起こさないよ。それに、全宇宙に理不尽をばらまいていた【主】を討伐した功績はあまりに大きい。これを無視したんじゃ、白恒星レウステラの名がすたるよ』


『……』


『頼むよ。貴方に頼むのはこれが最初で最後だ。お願いします。父さん』


 父さん!?


 思わずクロノスを見る。能面のように無表情だった顔が、僅かだが破綻していた。


 すっごい複雑そう。過去に何があったんだ、魔神よ。


 まぁこんなひねくれた息子持ったら大変そうだよな。


 そう思うと、なんだかクロノスに同情心のようなものが湧いてきた。




『なんだ、その顔は』


『あ、いえ何でもないです』


 クロノスににらまれた。




『はぁ……もうよい。わかった。確かにお前の功績は買おう。フェイスよ、万が一タイムパラドックスが起きた場合は、この坊主の血族を【修正】しろ。それでよいな、ハデス』


『うん、ありがとう。恩にきるよ』


『儂の仕事ってこういうトラブル関係が多いんじゃよな……』


 笑顔の魔神に対して、フェイスは悩ましい顔をしていた。




 ここにきてまさかの親子の確執を見せつけられてしまったが。


 魔神のおかげでうまくいったみたいだ。




『魔神、ありがとう』


『どういたしまして。ふふ、過去ではくれぐれも粗相のないようにね、太一?』


『……もちろんだ』


 なるほど、過去で盛大に子作りックスするのはNGだったみたいだ。危ない危ない。


 つまりこれが本当のタイムパラドックス……。


 笑いごとじゃない。もしそっちの機会に恵まれたら避妊には気を付けよっと。




『話がまとまってよかったわ』


 パンパンとスピリスが手を叩き、俺はクロノスの前から離れ、魔神とふたりして並ぶ。




『それでは、大罪者イグニス封印の第一功をもってして、我ら四柱全員から亜神タイチの願いを聞き入れるものとする。求道者よ、己が道を信じ、このまま進みなさい』




 そして俺の身体はまばゆい光に包まれた。




『がんばってね、太一君。地球へのワープは外に作っておいたからね』


『お前が厄龍をぶっとばすところ見てるぜ』


『ふぉふぉ、頼むから過去ではいい子にしておくれな』




 皆からエールをもらい、俺は神域を去る。


 ワープありがたい。




『坊主』


 最後の最後に、クロノスから声がかかった。




『……1週間やる。しっかり別れを告げて来い。……良い、時の旅をな』


 ほんの僅かだが、穏やかな顔をしたクロノスはそう言った。




 ――なんだ。


 魔神パパ、めっちゃいい人じゃん。




 俺は四柱に大きく手を振りながら、この白い結界から外の世界へと戻った。




==========






『おかえり、ご主人』




 外の世界に帰還すると、ルーパーがすぐに出迎えてくれた。


 魔神の姿は消えていた。




 いつになく口数少ないルーパーに促され少し歩くと、社の近くに森があった。


 木々の色は白く、葉が鮮やかな美しい森だった。


 その中には小さな泉があり、そのほとりに、横たわるアインと、寄り添う八百万神の姿があった。


 


『その様子だと、上手くいったみたいだね、おめでとう、太一』




 八百万神は、俺をみてにっこりと笑った。


 アインの目は閉じられている。


 


 ――そうか。




『アインは、逝ったのか』


『うん。ちょうどさっき、ね。太一に、自分にはもったいない最期の時を与えてくれてありがとうって……よろしく伝えてねって……アイン、言ってたよ』




 アインの手を握る八百万神は声を詰まらせながら、そう言った。


 


『そうか』


 俺はアインの前に座った。




『君も、長い旅だったな……』


 俺たちはしばらく、彼女の激動の生涯に思いを馳せた。










 ――俺たちは『神受の森』と呼ばれるその場所に、アインの墓を作ることにした。




 地球に運んでやるべきか迷った。内心では地球の守護神である八百万神が一番そうしたかったかもしれないが、最終的に彼女の心を解きほぐしたであろう、楽しかった旅路の果てこそが相応しいだろうとの八百万神の言葉に皆が頷き、ここに墓標を建てることにした。




 錬成に頼らず、森に落ちていた立派な石を削り取り、墓標は完成した。




『この世の不条理と一億年戦い続けた英雄、アイン・ツァラトゥストラの魂、ここに眠る』




 ――しばし、祈りを捧げた。




 (――なぁ、アイン)




 まだ俺には大切な大仕事が残っている。


 でも厄龍はもしかすると、千年後の人類が自力でなんとかするかもしれない。


 たかだが数年で魔導科学はあれだけ進んだのだ。


 俺が帰ったころには、きっと世界は一変しているはずだ。


 それだけの力が、人類にはある。


 もし聡い誰かが龍の存在に気が付けたとしたら、仲間たちはきっと俺に頼る前に、自分たちでなんとかしようと準備をするだろう。




 だから、自分は陰でこっそり見守るくらいがちょうどいいのかもしれない。




 だから――君と同じくして、俺の旅も、一旦はここで終わったのだなと思うよ。




 最後は、楽しい旅だったね。アイン。


 いい土産話ができただろう。


 向こうで、皆と達者でな。








 ――俺はゆっくり目をあけて、森全体を見回した。


 穏やかな白い光が、木々の間から墓標を暖かく照らしている。


 心が落ち着く、いい場所だなと思う。




『なぁ八百万神』


『なに、太一』


『全部片付いたら、またここに来ような』




 俺がそういうと、八百万神はまた泣きそうな顔になった。




『うん、うん。本当にありがとう太一……アインが幸せに逝けたこと。全部君のおかげだ』


『よせよ。俺たちの仲だろ』




 小突かれた八百万神はしばし照れくさそうにした後、満面の笑みで言った。




『ふふ、そうだね。じゃあ太一、ルーパー。帰ろうか、僕たちの地球へ』


『あぁ、だな!』


『るぱるぱ!』






 言うや否や、俺たちはルーパーの背に飛び乗り、ワープ空間へと入った。


 待ちに待った帰郷だ。


 きっとこれから先、地球でも色々なことがあるだろう。




 まずは、俺の子孫をねぎらってやりたい。


 よくナーシャの力を繋いでくれたね、本当にありがとう、と。




 そして俺自身も、残された、きっと長いようで短い時間を、大切に使おう。




 (だからこれからも、忙しくなるだろうな――)












 そうして地球を飛び立ってから200年余を経て――。


 俺たちは、未来の姿の地球へと、帰還した。



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― 新着の感想 ―
神々の話がちょうどループ内容でループしてたからちょっとだけ演出かと思ったw
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