第132話 白い旅路
何日か経って、アインは目を開けた。
最初はぼんやりとしていたが、次第に覚醒して、精神世界での彼女と相違ない状況にまで回復した。
ベトベトがへばりついたままは可哀想なので、ユニットバス製造くんを設置して綺麗にしてもらい、なるべく旧人類の衣装に似せた衣服を錬成して着させた。
その見た目は精神世界で見た1億年前の彼女そのもので。時を変えた邂逅に不思議な感覚を覚えた。
「太一様、本当にありがとうございました。なにからなにまであなたのお陰です」
清々しい顔をしたアインは、向こうと同じように、また深々と頭を垂れた。
『あぁいや、そんな畏まらないでよ。最大の功労者はあいつさ。おーい八百万神、そろそろ出てこいよ。この瞬間のために頑張ってきたんだろう』
外にも内にも呼びかけると、やっぱり遠目に見ていたらしい、八百万神はおずおずと姿を現した。
『アイン……!』
「和神!」
一人と一柱は、しばしの間、たどたどしくも多くの言葉を交わしながら、長い長い時を経た、奇跡にも近い再会を喜び合った。
――この光景が見られただけで、頑張ってきたかいがあったなと思える。
そして、アインに抱っこされてホクホク顔の八百万神は、締まらない顔のまま俺にこう告げた。
『さぁ太一。この戦いを勝利に導いた英雄よ!君の願いを叶えてもらう時がきた!』
『お、おう。ほんとに上手くいくのか?』
『僕たちにはソレがあるからね。きっと上手くいくさ』
そう言って、八百万神は俺の背に視線を送った。
神無矛は、その内部に創造神の力を封じて、淡くも優しい光を纏っている。
『さぁ神獣フレアサラマンダーよ!僕たちを乗せて、白恒星へと飛んでおくれ!』
あぁ、そんな立派な種族名だったな。
八百万神――の分身体らしい――は、びしっと白い恒星にむけて指差した。
「ん?誰それ?」
呼びかけられたるーぱーはきょとんとしていた。
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俺たち一行は八百万神の指さす方へと向けて出発した。
白い恒星は、近いのかと思っていたら、実はむちゃくちゃ遠かった。そのカラクリには、星そのものがデッカイからというだけでなく、いろいろあるらしい。
しかも単純に見えている方へ向かうのが最短距離ではないのだというから不思議だ。距離はここから地球に行くよりは流石に近いが、その半分近くはあるそうだ。
どうやって行くのかと尋ねたら、なんとアインのスキルが頼りだった。今の彼女は【主】のスキルを全て継承し使用可能らしいが、その中の一つに、あのエウゴアがルシファーに命じられてナーシャからコピーしようとしたテレポート……の劣化版があった。
スペースリープという。それを発動しながらルーパーが飛べば小ワープを繰り返すことが出来た。
あくまで神域内での移動なのだが、ちょっとした大冒険が始まったのだった。
『他にはどんなスキルがあるんだ?』
「他にはね……」
しばらく経つと、俺はアインと随分打ち解けた。
彼女は面倒見のよい性格で、聞いたことにはひとつひとつ丁寧に、色々と教えてくれた。
八百万神は彼女とくっついたままで、ふたりとも終始幸せそうにしている。
ルーパーは翼で飛ぶのに疲れると、足だけ火燃焼してまた器用に飛んでいたので、時々黒炎を食べさせてやった。
ある時俺は、気を害するかとも思いながら、アインに思い切って尋ねた。
『アドルフを完全な形で蘇生させたいか』と。
彼女は少し笑みを浮かべて、しかしはっきりと首を横に張った。
「あの力は人の手に余るもの。あの時の私はそれがまるで分かっていなかったの」
俺はそうか、とだけ答えた。
そう言うだろうと予想はしていた。でも誰かが確認してあげるべきだと思ったから尋ねた。
言い切ったことで、彼女の顔からまた、憑き物がひとつ落ちたような気がした。
俺は食事なしでも生きられるが、アインには水も食事も必要だった。
ルーパーは十分大きいので、その背中にツリーハウスみたいにカプセルハウスを固定し、彼女には衣食住を完璧に整えた。
『太一君って、本当に万能なんですね……』
賞味期限は200年ほど切れているがまだまだ新鮮なコンビニ弁当や、ルシファーに全滅させられた結果ふるまう機会を逃したアツアツのボルシチを提供すると、彼女は目を丸くしていた。
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出発してから3年が過ぎた。
ストックしていた食糧が尽きたので、食事の中心は食糧製造くんで作ったものに変わっていった。
襲ってくる敵もおらず、時折やってくる彗星を回避するくらいで、旅路は平和そのものだった。
そんな中において、アインの老化の進行は明らかに早かった。
出会った時は20代前半の外観だった彼女が、今では初老くらいにまで老いた。
おそらく魂の寿命に引っ張られているのだろうというのが八百万神の見解だった。
でも彼女はとても自然体に、旅路を楽しんでいた。
きっと、静かに終わりを見つめているのだろう。
幸い、山ほどあるスキルのおかげか病気とは無縁のようだった。
道中、水や食材の調達目的と、彼女の疲労も考慮し、いくつかの惑星に立ち寄った。
水がある惑星には植物も生え、当然のように動物が住まう星もあった。
木材を入手し、味気ないカプセルハウスをツリーハウス調に仕立てたりもした。
『もうすぐだよアイン。あとたぶん3つ程のワープを超えれば、白恒星にたどり着く』
「そっか。でも、この旅が終わってしまうのは、さみしいね」
『うん。……手、すっかりしわが増えたね』
八百万神が優しくアインの手をさすると、彼女は嬉しそうに言った。
「そうだね。それが生きてるってことだものね」
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――そして、更に2年が過ぎて。
俺たちは3つのワープを超え、ついに創造神たちが住まうとされる白恒星にたどり着いた。
アインはとうとう自力で歩けなくなったが……状態異常耐性スキルで目や耳はしっかりしているし、思考加速のおかげで意識も十分にしっかりとしているし、なんなら念力を使えばすたすた歩けるし、普通に空も飛べる。強い。
でも八百万神は最近特に、片時も離れずにアインにくっついている。
きっと、死期は近いのだろう。
『アイン、着いたよ。ここまでよく頑張ってくれたね』
「そうか。間に合ってよかった。私のスキルも、少しは役に立ったんだね」
『何言ってるのさ、アインのお陰だよ、ね、太一』
『勿論だ。俺の都合を手伝ってもらってすまないな』
彼女は嬉しそうに頷いた。
白い惑星に降り立ってみると、外から見たのとまったく違って、大地は普通に土色をしているが、見上げた空は一面が真っ白だった。
『じゃぁ太一、神々を呼びに行こうか』と八百万神が言った。
『……どこでも呼べるわけじゃないのか』
『あぁ。彼らは霊体だからね。いくら物理的に近づいたところで呼びかけには反応しないさ』
八百万神にいざなわれて、俺たちは望外に広大なこの星にいくつか存在するという霊脈を管轄する祠を訪れた。なぜそんなことまで知っているのかと尋ねると、実は魔神に教わっていたそうだ。魔神の出自はここなのだという。
なんとなくだが、そんな気はしていた。
祠までも普通に全速力ルーパーの背に乗って飛んで、数日かかった。広すぎ。
時の祠という名前がついたその場所は、日本のお地蔵さんくらいの規模の、ぽつんとしたお社だった。もっと凄いのを想像していたので意外だったが、偶像の意味合いがゼロならこんなものなのだろう。
ただ見た目に反して、星が持つ膨大なエネルギーを吸い上げているのだろう、うかつに触れると消滅してしまいかねない程の霊圧を感じ、俺は思わず合掌して首を垂れた。
『太一、呼び出しの作法はそうじゃないよ』
『分かってるよ、クセだよ』
ふふっと、ルーパーにもたれかかって座るアインが笑う声がした。
いつもなら寝ているであろうルーパーもさすがに興味があるのかじーっとこっちを見つめている。
俺は何回か深呼吸したのち、祠を見た。
これは最上位の神々が何万年に一度この地を訪れて、創造神に陳列するための儀式とのことだ。唯一の経験者である魔神はここにはいない。
少し、いやかなり緊張する。どうしよう、このエセ神めとか言われたら。
……ええいままよ、だ。
何かを捧げるお皿のような石が社に連なっている、そこに向けて両手を前にかざし、思い切り魔力を込めて、俺は声を発した。
『理に臨み、希を欲する、求道の門よ、開け』
そう唱えた途端、俺の身体中の魔力が吸い取られていき、祠が小さく震えたかと思うと、空の白光が地に降り注ぎ、地上もまた白に包まれた。
『ゼェ、ゼェ』
魔力をほんとに根こそぎ持っていかれたらしい。
――聞いてないぞ、こんなの。魔神めぇ、黙っていやがったなぁ。今死んだら起死回生できるのか、やばいんじゃないか。
強制武装解除状態にされ、地に手をついて呼吸を整えるので必死な俺の頭上から、声がした。
『よく来たな、求道者よ』
見上げると、四柱全ての神が宙に浮かんでいた。
理の神、フォース。槍をもった剛なる獣神。
霊の神、スピリス。杖をもった美しい女神。
時の神、クロノス。錫杖をもった老なる神。
運の神、フェイス。槌をもった豊満なる神。
俺の目にそう映る創造神たちは、観るものによりその姿を変えるという。
イグニスが新参だったという事にも納得だ。
どの神々からも、望外の力を感じた。
ちらりと見渡すと、アインたちの姿はない。
俺一人、ということらしい。
――まぁ、いいか。
なにはともあれ、お目通りは叶った。
献上するかのように背の矛を手前にそっと置く。
俺は創造神たちに、臆する事なく、俺の欲する願いを伝えた。




