第131話 決着
おおよそではあるが。
巨人が三体に騎士兵が十五体。五大属性の極大魔法を得意とする骸骨兵が五体に、植人弓兵が五体、植人砲兵が数体、他にも視認できていない暗殺兵が多数紛れていると思われる。翅擬人の数は二百超。
それが現在の敵軍の構成だ。つまり精鋭兵の数が膨れ上がっている。
この戦いの前から危惧していたことだが、悪い予感は当たった。それは、奴が同時使役できる兵士に上限はないということだ。つまりストックした兵を操っているのではなく、産まれた瞬間から奴の意思を汲んで働く、正真正銘の忠なる兵を生み出しているだけだということだ。
だから奴は、クールタイムと魔力の回復を待ちながら、無限に兵を生み出すことが出来る。
つまりこの領域における創造神は、予想を遥かに超えて正真正銘の化け物だった。
ルーパーと相談して作戦を立てる余裕などあるはずもなく、俺達は目の前の死線をひたすらに掻い潜ることしかできず、魂の解放はストップした。
俺たちが自力で倒せたのは幾らかの翅擬人と、騎士が一体だけだった。増え続ける敵軍を前に、いつしかイグニスには近づくことはおろか姿を視認することすら出来ないところまで俺たちは追いやられ、追い込まれていた。
そしてもう何度も死に、ルーパーには黒炎を食べさせるどころか彼の死のアラートがなり続けるため迂闊に外に出すことすら出来なくなっていた。
巨人にトドメをさすことに僅かだが固執してしまった結果、十体もの騎士兵に周囲を取り囲まれた時、俺は自身の消滅を覚悟した。
その諦めに近い絶望が偶然にも――。
この戦いにおける、たった一つの活路を見出したのだった。
――俺はあの時、絶体絶命の最中に、直感で試みたのだ。
『テイム!』
すると死に物狂いで弱らせた結果殺意剥き出しで俺を睨んでいた巨人が、仲間になりたいと言わんばかりにその強面に微笑みを浮かべたではないか。
『なにぃ!?』
イグニスが叫んだのも無理はない。
それくらい、あれが圧倒的なゲームチェンジャーとなった。
確かにこいつらはよく考えればダンジョン産の魔物みたいなものだ。だがまさかイグニスじきじきに召喚した兵士をテイム出来るとは思わなかった。
俺は巨人にすぐさま命じた。
『蹴散らせ』と。
たったそれだけと言ってしまえばそれだけのことで、大劣勢の流れは一気に変わった。
自身の戦闘力が失われているため焦ったイグニスが全ての騎士を呼び寄せ、突然寝返った巨人が信用できなくなった奴は巨人達を自身から離れさせて待機を命じたのだ。
俺はその絶好のチャンスに、とことん動いた。
まずはステータス閲覧で魔力の少ない兵士を見極めた。
巨人は圧倒的な膂力の割に魔力が少ないが、それでも聖痕を使うリソースを残すためにはニ体までが限度だった。
騎士や魔術師は不可。魔力が高すぎた。他の精鋭兵も似たりよったりだった。
一番コスパが良かったのが翅擬人だった。奴らはステータスの殆どが筋力と敏捷に割り振られた脳筋虫だった。そこで俺はルーパーを呼び、手加減が苦手な俺の代わりに広範囲ブレスを浴びせて瀕死の蚊みたいになった擬人を大漁にテイムして回った。
――その結果、今現在の戦況へと至る。
『いい加減にしろよぉー!羽虫どもがぁぁぁ!!』
はるか向こうでイグニスが叫んでいる。
それは俺に対してだろうか。翅擬人に対してだろうか。まぁどっちにもだろうな。
現在の太一軍
New!!
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俺 ×1
ルーパー ×1
巨人 ×2
植人兵 ×1
翅擬人 ×300
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俺がテイムした敵兵は僅かに強化され、巨人は一騎当千の働きをもたらした。
さらに、翅擬人の数が形勢逆転した。
というよりも、自軍の翅擬人に聖痕を刻み敵軍に紛れ込ませ闇討ちする作戦にイグニスは嫌気が刺したのだろう。とうとう奴が翅擬人を生み出すことを辞めた結果、自ずとそうなったということだ。
『も……もしかして、今精神世界で起きている異常事態も……全部お前のせいなのか??』
あら、混乱しすぎて逆に冷静になったか。
だが、気づくのが少し遅かったな。
『どうかな、そんな簡単に言うわけ――』
『やはりそうだったか畜生!全部上手くいっていたのに!キサマの、キサマのせいでボクはこんな目に!』
あ、心読まれた?おかしいな、読めないようにしていたはずなのに。まぁバレたなら仕方ない。それならそれで動きやすくなるだけだ。
精神防壁を担わせていた並列思考を呼び戻し、全力の一点ハッキングを仕掛ける。狙うは、騎士兵だ。
本気で操ることなど出来はしないが、イグニスの疑心暗鬼を増幅させることができれば――。
行け!!
バチバチッ!
過負荷に耐えかねた並列思考がショートして使い物にならなくなった代償に――。
イグニスの一番近くにいた騎士兵が偶然のようによろめき――その剣がコツンとイグニスの靴先に触れた。
それで、イグニスの中で何かが弾けたらしい。
『うわぁ!!ぜ、全員直ちに活動停止しろ!!』
ぶつかってきた騎士兵を爆裂魔法で吹き飛ばした挙句、イグニスは全軍に活動停止を命じた。
――それを見て、俺は即座に動いた。
これまで殆ど近づくことすら出来なかったが今やカカシ同然に突っ立っている精鋭兵たちの間を抜けて、翔ける、翔ける。
悪手を重ねたなイグニス。戦闘経験の少なさが完全に裏目に出たわけだ。
――ようやく、くるぞ。
溜まりに溜まった俺のフラストレーションを全解放させられる時が。
両の拳に『聖痕』を刻んで固く握りしめ、走り、鳴神をのせて最後の一足を大きく踏み込んだ。着地とともに上体を低く捻らせて――。
俺は、イグニスを真下から見上げた。
『え?』
バキッ!!
『ぶふっ』
顎に渾身のガゼルパンチが決まった。
次いで宙に浮き上がったその胴体に全力のストレートをめり込ませる。
『おうっ』
数発のジャブで顔面を殴打し半開きになった口を塞ぐようにアッパー。
『ぶふっ』
顎を粉砕したことを確認し、あとはワンツー、ワンツー、ワンツー、ワンツー。
『ぶっぶっぶっぶっぶ』
ワンツー、ワンツー、ワンツー、ワンツー、ワンツー、ワンツー。
『たぶっ、たぶっ、すぶっ、けぶっ、ろぶ』
そんなぶーぶー言葉じゃ兵士たちには通じないだろうなぁ。
ほらワンツー、ワンツー、ワンツー、ワンツー。
一発一発に聖痕の力を込めて――。
『オラオラオラオラオラオラオラぁぁぁぁぁあああああああぁ!!!!!!!!!!』
『ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ』
何で自発的に誰も助けに来ないか不思議か?
『オラオラオラオラオラオラオラぁぁぁぁぁあああああああぁ!!!!!!!!!!』
『ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ』
何でだろうな。
だが何となくこうなるような気がしたよ。
『るあぁぁぁぁぁぁぁぁりゃぁぁぁぁ!!!!』
『ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ』
親ってのは無条件で子供を愛してやるもんだろ。嫌悪感丸出しで自分を見る毒親の前なんかじゃ、足がすくんで動けなくもなるさ。
『どぅありゃああああああああああ!!!!』
『ぶぶぶばばばぶぶぶぶぶぶ』
何万発もの刻印が【主】の中へと吸い込まれていき、無呼吸下での拳撃と念力がその身体を宙に縛り付け続ける。
ドドドドドドドドドド!!!!
俺は道端のお地蔵さんにお祈りするくらい無心にイグニスを殴り続けた。
==========
白狼は駆けた。
蠢く根の悪魔たちの間をいとも容易くすり抜けて。
なぜなら、根の悪魔たちは百体がみな余さず、溢れ出た魂の亡者たちの大群に食われていたからだ。
ギギギギャ――
昔話に出てきた黄泉の川のように、飢えた亡者たちは食欲と……僅かにも理性を保持できた者達は亡郷の怨念とともに、列をなして根に群がった。
その数はとても数えられるものではないが、億に匹敵するものと思われた。
悪魔達の断末魔と相まって、アインはまさにここが地獄というに相応しいと思った。
――自分とイグニスの最期の場所として、おあつらえ向きだろう、とも。
操られていたとはいえ直接彼ら、彼女らに手を下したのはアインだ。だが誰もが不思議と彼女を狙うことはなかった。
『いい加減にしろよぉー!亡者どもがぁぁぁ!!』
威勢の良い声と裏腹に亡者に追い立てられて逃げ続けるイグニスを、アインたちは追いかけた。
そして亡者たちを阻む場所、エスの領域に再びイグニスは逃げ込んできた。アインがコアの半分を奪還した今や、ここはイグニスにとっても居心地の良い場所ではないはずだが、それはもう、真に後がない証拠だった。
いつの間にか、雨も止んでいた。
『ここまででいいよ。ゼル、リシェル』
エスの海の前で、彼女は白狼の背を降りた。
『私ももうすぐそっちに行くから、向こうでいろいろ話そうね。仇、討ってくるから』
ありがとうと小さく呟きながら二体の魔獣を抱きしめ、アインはエスの海へと潜った。
魔獣達は、いつまでもその後ろ姿を見守っていた。
不思議な感覚だった。
誰にも教わることなく、彼女にはここが自分の中枢なのだと理解できた。己の行動原理の根幹となる場所。一億年も操り人形にされていた彼女が追い求めていた欲は、最後にはただの一つだった。
――自由。
生と、死の自由だ。
海の底で、圧倒的加害者であるはずのイグニスの精神体は、背を丸めて子供のようにガタガタと震えていた。
「――返してもらうぞ。もう最後も最後だが……私の自由を」
イグニスはのそりと起き上がり、正座して祈るように手を組み、にゃりと薄ら笑った。
『時制神が悪いんだ。みんな寿命なんてもので死んでいっちゃうから、そんなだからどんどん別の生き物に変わっていって、最後には偽りの神に救いを求めて……。ボクは悪くない。役割をこなそうと必死だっただけだ。ねぇアイン、ずっと一緒だったキミなら分かってくれるよね。ボクが頑張っていたこと、ボクの苦しさ、全部!』
アインは、自分とは全く異なるスケールで、この目の前の神もまた苦悩を抱えていたのだと感じ取った。
その罪を裁くことなんて、自分には出来ない。
今自分が出来るのはただの一つで、その理由もひどく俗的なものだ。
だがここは欲を司る世界。
だから、今から自分のする行為の行動原理としてはこれ以上ないほどに、シンプルでいいだろう。
「知るか」
返し言葉とともに、アインは断空の剣で創造神の首を刎ねた。
『あ……』
ぼとりとその首が地面に落ちる音がして、その瞬間から虚構の世界は崩壊を始めた。
『待ってアイン……』
そうして、数多の魂を封じた膨大な牢獄は崩れていく。
囚われた全ての魂魄を内包したまま。
==========
……あぁ思えば全滅の憂き目にあい途中からはあまり華々しい勝利もなく勇者ぽくないと言われたりな俺の2年プラス200年に渡るこっちの世界やあっちの世界での戦いの日々――。
ドドドドドドドドドドドド!!!!
気持ちは新婚なのに俺は浦島太郎で。
平和な世界でデートもしたかったし。
なんなら英雄として凱旋パレードとかもしてみたかったし。
ドドドドドドドドドドドド!!!!
もう何発殴ったんだろう。
……いつからか全然無心じゃなかった。煩悩まみれじゃないか。
ドドドドドドドドドドドド!!!!
もうそろそろいいかな。魂残ってないでしょ。
さぁアインは上手くやったかな。
上手くやっていそうな気がする。なんか【主】、途中から白目剥いてるし。
『これで終いだ!!』
肺の中の空気を全部吐き終えたので、フィニッシュブローを腹にお見舞いして、俺は猛連打を終えた。
あーー、スッキリしたーー!
『が……あ……おぇ……』
翼を広げて【主】は倒れずに踏みとどまったが、その翼も瞬く間に崩壊していき――、
『GWAAAAAA!!!』
機械仕掛けの人形が痙攣したような奇怪な運動とともに猛烈に苦しみ出した。
そして白い能面の天使は、俺のせいではないと思うが顎が外れたかのように巨大に口を開けて、大きな何かを吐き出し始めた。
それは人だった。緑色のジェルのような粘液にくるまれたプラチナブランドの裸の女性。恐らく、人間だった頃のアインで間違いないだろう。
そうか。向こうも上手くやったんだな。
気絶している様子の彼女に外套をかけてやる。
アインを吐き出した【主】というか、もはやただのイグニスは、次第に天使のような外見も大きく崩れて、精神世界で見たような禍々しい集合体のような見た目になった。
『あーもーー、ほんましんど……』
そう呟くイグニスと目が合った。
といってもだいぶ視線は下だ。オリジナルイグニスの身長は50cmくらいしかなかった。
視線が交差し、お互いに固まる。
『や、やぁ、なかなかいいパンチだったよ。じゃ、ボクはこれで……』
さわやかに踵を返そうとするイグニス。
俺は背に背負った神無矛を逆手に握り、狙いを定めた。
『待て待て待て!本当に待つんだ!いいか、創造神を封じるということがどういうことか分かっているのか!?大罪だぞ!世の理は大きく揺らぐことになるだろう!お前如き矮小な存在が、そんなことをしていいと思っているのか!?――――――――――――――――!!??』
俺はしばらく続けられたその話を一応傾聴した。
でもそれは、この世を、生命を創り出したという創造神の最期の台詞にしては、どの言葉もあまりにも安っぽいものだった。
待って損した。
ま、結局『創生』ってスキルだったんだもんな。
『命乞いは終わったか。じゃあな、神様』
『待っ――』
ブチッ!!
俺は矛を思いきり突き立てた。
『あ……そ……んな…………このボクが……』
矛は地に深く突き刺さり、神の身体を縫い付けた。そして次第にその身体が点滅しはじめ、最後にはドロリと崩れて地の下へと消えていった。
あたりに静寂が戻る。
最後にイグニスが生み出した兵士たちは、人形のように微動だにしなくなった。
どうやら、まっとうな生命じゃなかったらしい。
それもそうか、テイム出来ちゃったわけだし。
だから、今ここに存在する生命は、俺と、彼女と――。
「ご主人、終わった……の?」
どさっ
俺は地に尻餅をついた。
なんだか、その声を聞いて、急に気が抜けたのだ。
『あぁるーぱー。そうだな……終わったよ』




