第129話 最後の戦い
「――――」
「おーい、ご主じーん」
…… 声だ。
「――ご主人、起きたの?半目で寝てるの?どっちなのー」
むふーと鼻息が顔にかかるのを感じ、俺はゆっくりと目を開いた。
……状況から判断するに現実世界に戻ってきたのだろうが、なんだか酷く現実味がない。
まるで今までいた場所が現実で、今がちょうど夢の世界に入ってきたかのような。
……そのせいだろうか。先程から身体が全く言うことを効かず、手足が動かせないのは。
――何とか、首から上は動くようだ。
すぐステータスを確認するが、特に状態異常は表示されていない。
ひとつ、見たことのないスキルが加わっていること以外には。
「るぱ……ただいま。あれからどれくらい経った?」
周囲をよく見ると、ダイブする前と寝ている場所が変わっているようだ。
ルーパーの見た目も、チャームポイントだったピンクのツノが白く染まっていて、結果、全身真っ白になっているではないか。
「おかえりー!長かったよーあれから。腹時計だと……200年は経ったんじゃないかな」
『……200年!?』
「ちゃんと数えられてるか分かんないけどね」
『あぁ……いや、信じるよ』
……【主】の深層世界に潜ったせいだ。時間の流れ方が全く違ったのだ。
俺が不老不死でなければ、肉体死によって永遠に脱出できないまま牢獄行きだっただろう。
「何度も何度も【主】に襲われて、ご主人乗せて必死で逃げ回ってそろそろエネルギーが切れかかった時に、ふと気付いたの。あの白い星の光、殆ど熱くないけど、吸収出来るみたいって。それでパワーアップして、ちょっとくらいは戦えたの。まあ基本は逃げたけどね。だから最近、トレードマークのツノも白くなっちゃったの。面白いよね」
『そうだったのか……。すまない、200年もよく耐えてくれたな。お前がいなけりゃ寝たまま死んでたよ、ほんとありがとうな』
「えへ、まぁそれ程でも」
本当に有能だなぁこの神獣は。
ここまで加味してルーパーを生み出したのだとしたら八百万神、策士すぎるが……さすがにたまたまだよな?
直接聞いてみたいが、こちらから自由には話しかけられない。融合したとはいえ八百万神の本体が地球にあるためか加護と同様に一方通行らしい。
……お。
よし。
手足は感覚がなかったが、次第に痺れる感じが戻ってきた。一度切れた神経が急ピッチで繋ぎ直されているらしい。
これは……無理な『意思疎通』を繰り返した後遺症状なのかもしれない。何度か試したが、回復魔法やポーションでは治らなかった。恐らく起死回生でも結果は同じだろう。
『それで、【主】は?』
「何度か様子が変になったことはあったし、つい数年前に襲われてやばかった時、突然苦しみだして逃げてったんだ。それからはぜんぜん襲われなくなったよ。あ、ご主人ぐーすか寝てるだけじゃないんだなーって分かってホッとしたよ」
『よかった、現実の援護にもなってたんだな』
つい数年か。ルーパーもたいがい時間感覚を超越してるな。
手足に力を込めると、ようやく少しずつ動かせるようになってきた。
――ここで俺は左手に大きな赤い矛を握りしめていたことに、ようやく気づいた。
「あーそのホコ、いっかいご主人をぶった斬ったやつだよね。気づいたらご主人が手に持ってたからビックリしたよ。夢の中でかっぱらってきたの?キヨーだね」
『もらったんだよこれは。……なぁルーパー、背中に乗せてくれないか』
「あ、うん。もしかして、動けないの?ご主人……」
いつになく心配そうに顔を覗き込んでくる。
『あぁいや、ちょっとばかし寝起きで頭がボケててな。すぐ元に戻るから心配いらない』
「そかそか、ご主人も頑張ってたんだもんね。わかった、よいしょっと」
ルーパーが短い手で俺を掴むと、ポイっと背中に放って載せてくれた。
ふわふわだ。
『この矛を突き立てれば、【主】を封印できる筈だ。ルーパー探せるか?』
「そうなんだ!んー、くんくん。これは、あの星かな。緑色のキレーな星。草がいっぱい生えてるの」
『……連れて行ってくれ。もうひと頑張りだ、ルーパー』
「分かった!一緒に戦うの久々だね!わくわく!いくよー!」
ルーパーは勢いよく地を離れ、加速した。
振り落とされないように手綱を握る。左手のずっしり重たい矛も、しっかりと握りしめる。
200年……か。
じゃあもうとっくに、ナーシャも仲間達も友人たちも皆、あっちの世界に行ってしまったんだろうな。
――そっと自分の胸に手を当ててみた。
――うん、間違いなく、八百万神の加護は生きている。
ナーシャが、俺の娘が、子孫が、ちゃんと能力を継承してくれている何よりの証だった。
『ナーシャ』
声に出してみた。眠りにつく前と今とでは、なんだか違う言葉のように響くのは気のせいだろうか。
……随分と俺は、遠い所へ来てしまった。
でも感傷にひたってはいられない。こうしている今も、アインはイグニスの支配を退けるために、魂の残火を燃やし続けている。
俺は急いで、身体の至る所で電気的短絡を起こした異常な神経系を念法力の力で可視化し繋ぎ直していく。
そうして到着するまでの間ずっと、元の身体を取り戻すためにメンテナンスを続けた。
それで万全とはいかないが、昔やったように念法力で直接身体を操れば元通りに戦える程度にまでは、身体を復旧させることができた。
ルーパーの餌やりも忘れずに丹念に行った。
200年ぶりの炎を、やっぱこれが最高、と嬉しそうに食べていた。
そして何日か飛んだ後、ルーパーはひとつの星へと降り立った。本当に一面が緑だ。
最近、緑にはあまり良い思い出がなかったが、この星はとても綺麗だと思った。
視界一面に、気泡を纏った柔らかそうな草が絶え間なく群生する大草原が広がっている。
ここまでくれば、俺も【主】の気配を感じることができた。
ルーパーの背を降りて、一歩一歩、近づいていく。歩くたびに空へとシャボン玉のような気泡が舞い上がり、綺麗だ。故郷の桜を思わせる光景だった。
【主】……いやイグニスは、逃げるのは諦めたのだろうか。
静かに胡座を組み、俺を待っていた。
『やってくれたねぇニンゲン。……いや、人類は最大限に警戒して対策してきた。侮ったつもりはない。アインの身体が強大になりすぎてワープに乗れなくなることを想定して時限爆弾まで仕掛けておいた。――どうせとっくに八百万神とやらから聞いて、それすらお前は取り除くつもりだってんだろう?』
アインの記憶では、言葉巧みに人を惑わせる術を使っていた。まともに答える必要はない。
神無矛はアイテムボックスに仕舞えなかったので、どうせ隠すことはできない。
俺はずしりと重いその矛を固く握り、肩にかついだ。
『チッ無視かよ。ちゃっかりとその忌々しい矛まで受け取ってるしさ。はいはいどうせボクが悪いんだ。作るだけ作って滅ぼす権利なんてないとか、どうせそういうことが言いたいんでしょ!』
……やけに人間臭いというか、まるでガキだ。
こんなのが本当に創造神なのか?
『見当はずれだな。ボクのこういう部分を色濃く受け継いだのがお前たちだった。だからこそ神卸しを為したんだろうさ。つまり逆なの逆!』
心を読むのか。タチが悪いな。
……と思ったが、俺も同類だった。
つまり俺たちがコイツ臭いって言いたいのか。しょーもない。
『勝手に心読んでおいてなんだけど、キミってボクをイライラさせるの上手だよね』
『なんで、豊かな心を、喜怒哀楽をもった子孫を滅ぼすようなことをするんだ。そこに伴う痛みを理解しようとしたのか、お前は』
『他己との共感性なんてものをこの唯一神に求めるほうがどうかしてると思わない?』
『……まぁ、そんなものか。じゃあこれで話は終わりだ、永遠に眠ってろ』
『ストップ。その矛でぼくを刺したら、確かにぼくは封印できるかもしれない。だがその瞬間にアインの魂は砕け散るだろうね。どうやら君は、彼女に深く同情しているようじゃないか。彼女とルシファーの関係に、自分とフィアンセの姿を重ねているね。アインを殺してしまってもいいの――』
隙を見て、神無矛で渾身の突きを放った。
当たればこれで終わりだった。
が、翼を展開したイグニスに紙一重で避けられた。
『うわぁ!君こそ良心がないのか!共感性はどうした!?』
残念、俺も半分神なんでな。
『あ、それもそっか』
追撃だ。
鳴神を発動し、イグニスの間抜けな返答を置き去りに瞬時に背後をとり、俺は矛を振りおろした。
ザクッ
『……かっ、は』
イグニスに突き刺そうとした矛は奴の寸前で宙に留まっている。
俺の身体のど真ん中で次第にマグマのように熱い感覚が出始めた。口からは血が噴き出る。
後ろを振り返るまでもなく、誰かにどでかい何かで胴体を貫かれたことが分かった。
すぐに銀極穂を召喚し、銀極閃でその何かを切り払い、俺は空へと離脱した。
『ッ『創生』か……』
『御名答。【主】としての力は確かに弱体化したけど、この星はぼくの領域であり結界なんだよ。だから当然――生命神としての力がここでは最大限に行使できる』
そしてイグニスの周囲に、次々に蠢く肉塊が産み落とされていく。
まず現れたのは三体の甲冑騎士と、二体の巨人。
甲冑騎士は白い翼を生やし、手には盾と別々の武器を持つ。先程俺を貫いた槍はあれの一体のようだ。
巨人はオメガ並の体躯に、手には巨大な石塊を携えている。恐らくそれぞれに魔術刻印が刻まれているのだろう。
そして、数えきれない程の飛行型の擬人が空に浮かび上がった。何百、いや、何千はいるだろうか。
創造神オリジナルスキルとはいえ、発動スピードも規模も、アインのそれとは桁違いだった。
『さぁニンゲン、種の存続をかけた代表戦を始めようか。ぼくが勝てば、君の身体を使って今度こそ地球ごとお前たちを絶滅させる。そして君が勝つことは、万が一にもない』
口元の血を拭う。腹の傷は完治済みだ。
『どうかな。俺が勝ったら、お前は永遠に魂の牢獄でひとりぼっちだ。覚悟しておけ』
『――消せ、雑兵たち!』
イグニスの言葉とともに、無数の擬人たちが俺に向かって殺到してきた。
『ルーパー』
「あい」
イナゴの大群に食い尽くされる前に、ルーパーに飛び乗り高速で離脱した。だが相手の群勢もかなりの速度で追随してくる。この星から逃がす気はないのだろう。
『相手は腐っても創造神。想定内だ、やるぞ』
「うん!でもひょっとしてアレ、無限に出てくるんじゃないの?」
『そうだな、限りなく無限に近い有限だろうな』
「んーとりあえずこの星から逃げる?」
相変わらずこう見えて頭がキレる。
だが今回ばかりは――。
『逃げない。俺たちには時間制限があり逃げられない。あいつもそれが分かってるから自分の守りを固めて王将みたいに待ち構えているんだ。想定通りにいくぞ』
「あい!」
俺は振り返りざまに、翅擬人たちの大群に向けて黒炎を投げ込んだ。空で弾けて相当数を屠る――が、規模が弱い。結界の中って言ってたな。ここでは俺達の力もいくらか弱体化させられているらしい。
チートもいいところだ。正攻法じゃ勝てない。それがあいつもよく分かっているからこそ、あの余裕なんだろう。アインにやられた時は全く本気じゃなかったわけだ。タチが悪い。
だが……。
====================
『いいかルーパー、もし一撃で【主】を倒せなかったり、『創生』で反撃を受けた場合を想定して、俺には切り札が二つある』
俺は【主】の星へと移動中、事前にルーパーと作戦を共有した。
「おお、いいね」
『ひとつは第五神威ー鬼ー。魔神由来の特殊能力で怒りで一時的に鬼神化し超強くなる。が、恐らく理性がほぼはじけ飛ぶうえに反動も怖いから出来れば使いたくない』
魔神って何者なんだろうな。さらりと地球の神じゃないって言ってたが今考えると割と大事な事だったのかもしれない。案の定こちらから会話はできないが。
「ふんふん」
『もう一つが本命だ。精神世界を彷徨い続けた結果、俺はついに俺だけのオリジナルスキルを獲得した』
「おお!さすがはんぶん神様!どんなスキルなの?」
New!!
==========
『聖痕』囚われた魂および精神を解放するための楔を物理攻撃に付与する究極魔法。クールタイムなし。一時的だが魂を削り、使い過ぎると修復できない。
==========
「いかにもヤバそうな副作用のわりに汎用性のなさそうなスキルだねぇ。でもこれは……ふむふむ」
汎用性がなくて悪かったな。
『あぁ、【主】をいくら弱体化してもあの創生は無力化できないが、囚われた幾万もの魂を解放してアインに加勢してもらえば――彼女にも勝機があるだろう』
「いいねいいね、外から内を援護して、内から外を援護してもらうと。作戦2000番、サンドイッチ大作戦だね」
まぁその通りなんだが。
その作戦名はやめよう。
「でもさ、わざわざそんな回りくどいことするより、擬人をかいくぐって矛で串刺しにする作戦をたてた方が早いんじゃない?」
『まぁな……。でも――』
「わかったよ。ご主人の世話焼きは今に始まったことじゃないもんね。付き合うよ」
『すまないな』
====================
『アインにはきっと意図が伝わるはずだ。能力を発動するために、俺はかなり【主】に接近する必要がある。――頼んだぞ、ルーパー』
「おっけー!飛ばすよ、ご主人!振り落とされないようにね!じゃあ作戦2000番……」
『聖痕大戦、開始だ!』
「おー!」
俺達は黒い雲となった雑兵の大群を、爆炎とブレスの一点集中で突破した。
そこで俺達を待ち構えていたのは、魔術刻印の輝く石柱をふりかぶった二体の巨人だった。あれの恐ろしさは身をもって味わっている。
『回避、頼んだぞ』
「うん!」
――並列思考、思念伝来。
あれはまぐれ当たりでもなんでも当たってしまえば一撃で二人とも死んでしまう程の威力である。
俺は本体と並列思考により敵二体の表層意識に同時にハッキングを仕掛ける。
この一瞬の交錯で出来ることはたかだか認識をわずかにズラす程度だが――。
ブォォォォン!!!!
頭上から、そして水平断に振るわれた必殺の一撃二段構えを、黒炎を纏ったルーパーは紙一重で回避した。
『よく避けた!』
「こ、怖かった」
大きな隙を見せた巨人二体の足の腱をすれ違いざまに槍で切り裂くと巨人達は地面に倒れ込んだ。
これで少しの間は無効化できるだろう。
視界に【主】を納めると、間もなく三体の騎士がその前に立ち塞がった。
先程のハッキングはもう使えない。なぜならイグニスに奥の手を知られないために、並列思考には俺の中にいてもらう必要がある。
二丁拳銃フォースリンガーを召喚し両手に持ち、イグニスめがけて立て続けに放った。いつもの魔法弾ではなく、あらかじめ錬成により作っておいた物理的な弾、つまり火薬弾だ。
ミカエルを習って雷魔法で全弾電磁加速させているのだが、近衛騎士達に盾と武器でたやすく弾き落とされた。
『巨人を躱したのは流石だったが、今更そんな鉛玉がボクに通ると思ってるのかい?』
まさか。
でもやってみないと分からないだろう。
新たに創生された馬の魔物に乗った騎士の一体が素早く距離をつめてきて、お返しとばかりに大剣を振り下ろしてきた。
こちらも騎乗したまま銀極穂で受け、数回斬り合った。巨人程ではないが斬撃は相当重い。
横目でイグニスを観察すると、二体の騎士はあの場を動くつもりがないようだ。守りとして二体は必要と判断したのだろう。
斬り合いながら消滅魔法を放ってみるが、手に持った盾で無効化されてしまった。無駄撃ちは避けなければならないので控えることにする。
俺達が斬り合っている間にしびれを切らしたのか馬の魔物が紫色の炎を吐いてきたが、すかさずルーパーがそれを相殺した。生まれた余波に乗り、大きく旋回して再びイグニスの背後をとった。
俺は『聖痕』を一発の特殊弾に込めて、左手に銃、右手に槍を握った。
背後からは、まもなく何千体の翅擬人が俺達を飲み込もうと押し寄せてくる。
俺達はイグニスの元へと飛翔した。
まもなく一体の騎士に気づかれたが超級氷魔法でわずかに武器の自由を奪っている。
イグニスに肉薄したところでもう一体の騎士が武器を振り上げてきたのを槍ではじき返し銃弾を放った。
『いくらなんでも舐めすぎ――ッ?』
避けられた弾丸はイグニスの背後で炸裂し、何発かの刻印を奴の身体に刻み付けた。
『――ちょっと痛かったけど、なにこれ、ボクのことおちょくってるの?死にさらせぇぇ!』
怒号と共に押し寄せる翅擬人たちに飲まれないように、俺達はまた大きく距離をとった。
『ルーパー、避けろ!』
いつの間にか立ち上がった巨人の一体が刻印輝く石柱を振り上げていた。
「まずい、むり――」
俺はすぐにルーパーを格納し金剛で一撃を耐え、二体目の巨人の攻撃を食らうまえに神鳴でその場を離脱、界絶で翅擬人たちの攻撃を耐えながら黒炎をばらまき、更に大きく離脱した。またイグニスの姿は見えなくなった。
気配を消していると、敵集団は俺のことを見失ったようなので、またルーパーを召喚した。
「るぱ」と鳴く前にすぐに炎を食べさせる。
「ご主人、こりゃ大変だね」
『あぁ、だが繰り返すぞ。勝利条件は、アインが身体の主導権を奪還することだ』
「……なんか、巨人が三体になってない?」
『作戦の練りがいがあるな』
「もしいくらがんばっても、どうしてもダメだったら?」
『……その時は、どんな手を使ってでも、矛で封印するまでだ』
「わかった。よっしゃ、こうなったらとことんやったろうご主人!」
『ありがとう。頼むな、相棒』
アイン、きついだろうけど、頑張れ。
俺も頑張るからな。




