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第119話 別れ


 アナスタシアは念話の中で、自分の本当の使命を聞かされた。


 ――最初から太一の使命が決まっていたように。

 彼女の使命もまた、最初から定められていたのだった。


 彼女は、泣き崩れた。

 それが何の感情なのかよくわからないままに。


 ――これから太一は、長い長い――。

 気の遠くなるくらいに、長い戦いを始める。

 永遠に近い時間をかけて、【アイン】と戦う。

 彼女が二度と地球を侵略しないために。

 だが太一は彼女には勝てない。

 だから何度も何度も死と蘇生を繰り返し、強くなっていく必要がある。

 八百万神の力を使い、少しずつ、少しずつ、彼女の力を奪う。


 いつか、【アイン】を滅ぼせるくらいに強くなる、その日まで。

 もしくは――気の遠くなるくらい僅かな確率だろうが――彼女の心の氷塊を溶かせる、その日まで。

 

 だがこの戦いには初めから一つの問題があった。

 それは、彼が地球から遠く遠く離れて戦わなければならないこと。

 そうなれば、地球の神の加護は働かない。

 かつて『和神』がアインと離れ離れになった時のように。

 加護がなければ太一は無力に等しい。瞬く間に【アイン】に滅ぼされてしまうだろう。


 だから――地球と彼とを繋ぐ者が必要だった。

 向こう側を破壊した後に一方通行となる【ゲート】のこちら側から、ただひたすら向こう側へと、地球からの加護を届ける存在が。


 URスキル『テレポート』は本来、そのためにアナスタシアに授けられたものだった。


 それは世代を超えて――いずれ彼女が死を迎える時には、自分の子孫へと、その役割を引き継いでいく。

 きっと何十年、何百年。もしかすると、何千年。


 いつか太一が、世界に真の平和を取り戻すその日まで。


 アナスタシアの涙は止まらなかった。

 初めてテレポートをもらったあの日、無邪気に世界を旅したあの頃。

 自分はどこへでも行ける。

 あの頃の彼女はそう思っていた。


「違ったんだ……」


 彼女と子孫…もしくは継承者はこれから先、この星を片時も離れることはないだろう。

 道半ばでその命を失うことも許されない。

 そうすれば太一が死んでしまう。

 そして今度こそ地球は滅びるのかもしれない。

  

 太一は強くアナスタシアを抱きしめた。


『ごめんな。つらい役目を背負わせて……』

「そんなの!あなた程じゃない!たった独りでずっと戦わなければならない、あなた程じゃない!!……でも、こんなの……ひどいよ…………」

 太一はアナスタシアの頭を優しく撫でた。

『ひどいよな。めちゃくちゃだ。俺たちの一生分、ちゃんとガチャ神様に文句言っとくから。――でもね、俺もたった独りってわけじゃないんだ」

「え?」

「るぱ」

 太一はソリド・テイムにより格納できるようになった幻獣体ルーパーを召喚した。

『こいつも一緒だ』

「るぱ、るぱ♪」

「るーぱーちゃん……」

 るーぱーは優しくアナスタシアの頬を撫でた。

「あなたも無事だったのね。――立派になったね。そっか……太一も、独りじゃないんだね」


 アナスタシアは涙をふくと、ルーパーの頭を撫でて、太一からそっと離れた。


「ごめん、時間がないのに。みんなも太一と話したいよね」

『ナーシャ』

「私は最後に、少しだけ。それで、大丈夫」

『分かった』



 太一はアレクへと向き合った。


『アレク、世界を守り続けてくれて、ナーシャを、雪を、助けてくれて。本当に今まで、ありがとう』

「よせやい。それはこっちのセリフだ。君は一目みた時から、ヤる男だと信じてたよ。――もっと君といろいろ語り合いたかった」

『まったくだ。――紫電、直せるといいな』

「あぁ。海底に沈んでいた壊れたコアは見つけてある。これから長い時間をかけて、必ず直すさ」

『でもあんまり機械いじりばかりしてないで、これからはちゃんとソッチのほうもがんばれよ』

「オウ、ハハハ、も、もちろんさ!」

『じゃあな、アレク』

「あぁ、来世でまた会おう、太一」


 太一とアレクは、がちっと腕を重ね合った。



 太一は次郎へと向き合った。


『店長、あなたには一番長い間、本当にお世話になりました』

「う……太一くん、それはこっちのセリフですよぉぉぉぉ」

 次郎の顔は既にぐちょぐちょだった。

 泣かせたい訳ではないのだが、なんだかいつも通りで、太一は安心した。

『フェアリーマートを全国チェーンにする手伝いができなくてすみません』

「いいんですよ。私はもっと、ぼろぼろになった地球を元気にするような、新しい商売を始めるつもりです。だから太一くん、安心してください。あなたが守るこの星を、私も生涯をかけて立て直していきますから」

『店長なら本当に出来そうだ。……どうか、宜しく頼みますね。店長』

「はいっ、任され……ぐひっ、任され…ぐひっ……ぐひっ……任されましたよ!」

『奥さんと、日名子ちゃんを大事にしてください』

「えぇ。日名子には、あなたのことをよくよく語り継がせますからね」

『そんなのいいのに』


 最後はびしっと敬礼ポーズを決めた店長と、太一は固く握手を交わした。



 太一はリーリャへと向き合った。


「私はいいよ。他の奴に時間使ってやんな。まぁ、達者でな」

『リーリャにはいろいろ面倒押し付けた。そして……親父さんの仇をとらせてやれなくてすまなかったな』

 それを聞いて、リーリャは太一のみぞおちを殴った。

「ちぇ、平気な顔しやがって。余計なお世話だバカ。いいんだ。あたしはあたしで、いろいろケリをつけたんだ。あんたも、ケリをつけたんだろ?ならそれで良かったのさ。向こうでも、しっかりやんなよ」

『あぁ。じゃぁな、リーリャ』


 リーリャはひらひらと手を振った。その顔はとても、晴れ晴れとしたものだった。



 太一はクリスへと向き合った。


『ルシファーにやられて全部を諦めかけていた時、お前が助けてくれたから、俺はここまで来られた。ありがとうな、クリス』

「フン、礼を言われる筋合いはない。それよりも、長い戦いになるのだろう?あの頃と今の気持ちを、しっかりと胸に刻みこんでおけ。そしていつかまた再び心が折れそうになった時は、思い出すんだ。いいな」

『……忠告、痛み入るよ。雪のこと、頼んだよ』

「フン、職務放棄……と言いたいところだが、仕方ない。任務ご苦労だった。まぁ、良くや――」

『雪の将来の恋人の監視や、結婚式のスピーチなんかも……』

「黙れ。いいから。お前も分かってるだろう。――安心して行け、タイチ」

『はは、ほんとに…。じゃぁな、クリス』


 二人は拳を突き合せた。



 太一は玉藻へと向き合った。


『まさかお前にこんなにも助けられることになるとは思わなかった。色々ありがとうな、玉藻』

「いいや、お主に出会えて、わらわは人の好いところを思い出せたのよ。礼を言うのはこちらのほうじゃ。もっとお主に仕えて働きたかった」

『もうみんながお前の仲間だ。これからも助けてやっておくれよ』

「あぁ。お主の言いつけは破らないさ。それに、わらわは長生きじゃからな、いつかお主がその任を終えて地球に帰ってくるその日まで、生き永らえてみせようぞ。……帰ってきて知り合いが誰もおらんかったら、寂しいじゃろうからな」

『はは、ありがとうな……』


 太一は玉藻を抱きしめた。彼女はハッとした顔をして――すぐに穏やかな表情で太一の背をさすった。



 太一はオナリンへと向き合った。


『あなたの功績はとても大きかった。最後、ダンジョン討伐が間に合ったのはあなたが戦ってくれたからこそだ』

「いいえ、私こそ、英雄の手助けが出来たのであれば、これ程誇らしいことはない」

『あなたには、俺が今までテイムしたモンスター達を余さず皆、受け取ってほしい。きっと皆、宇宙空間では戦えないし、これからの地球の復興や、新たな脅威が現れた時に役立つはずだ』

「いいのですか……それはとても、助かります」

『こちらこそ。面倒見てやってくれ』


 太一はオナリンにモンスターを転送し、二人は握手を交わした。

 太一はそれで随分と、肩の荷が降りた気がした。



 太一は最後に、アナスタシアに向き合った。


『これで本当に、最期だな』

「うん……。私、あなたにみっともないところばかり見せてきたのに、言葉にできないくらい、助けてもらって、沢山、愛してもらった。だから、最後はせめて、笑ってお別れしたい」

『君にみっともない所なんてなかったよ。綺麗で、いつも懸命な君が、大好きだった』

「……ありがとう。私も、優しくてカッコいい、でも、とても人らしい貴方が、大好きだったよ。――私ね、突然だけど、太一、あなたの子供を身籠ってるの」

『…え?』


 太一はなぜか、がつんと殴られたみたいに、頭の中が真っ白になった。


「まだ性別も分からないんだけどね。この子が戦いに生き残れる保証もなかったから、伝えてなかったの。でも無事。貴方に似て、強い子みたい。だから、よく頑張ったねって、触って褒めてあげて。パパ』


 太一はナーシャのお腹に手を当てた。

 まだ胎動もないくらい小さな命だが、そこには確かに、力強い鼓動を感じた。


『俺の子……か。この戦いの中をよく…よく……頑張ったね』

 太一は無性にこみあげてくるものがあり、涙がひとすじ、頬を伝った。

 亜神となって以来、ここまで強く心を揺さぶられたことはなかった。


「この子のことは私が責任もって育てるから、どうか安心してね」

『ナーシャ……ありがとう。ありがとう。俺はなんだかとても…救われたよ』

「ぐす……喜んでもらえて……良かった」


 二人は強く抱き合って、最後の時間を嚙み締めたのだった。





ーーーーーーーーーー



『それじゃ皆、元気でな』


 太一はルーパーの背に飛び乗った。

 彼の顔は晴れ晴れとしていた。

 皆、笑顔で太一に手を振った。


 雪と、我が子への()()も残した。

 これでもう、一切の未練はない。


 彼は最後に大きく振り返り、自分を育んでくれた大地と海、空を眺めた。

 ――こんなに綺麗な夕日を見ることは、もうないだろう。


 太一はそのまま振り返ることなく、【ゲート】の向こう側へと渡っていった。



 

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