表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
117/134

第117話 得た力

 雪は【主】に喰われて、身体の自由が効かないまま深く深く沈んでいった。

 真っ暗な暗闇で、何も見えないし聞こえない。

 その中で、ぽつぽつと声が聞こえ始めた。


『やっと来てくれた』

「え?」

『ようこそ、地獄へ』

『これで我々は解放されるだろう』

「え?え?なに?」

『いや我々は楽になれることはない』

『さっさと溶けてしまえ』

『呪われた地球人……お前は、これから永遠の地獄を彷徨え』『いっそ死ね』

『取り込まれる前に殺してしまおうか』『いやだめだこいつは我々以上の地獄を味わい続けてもらう』

『それで我々は救われる』『救われるものか』


「……なにこれ」


『殺せ』『殺すな』『殺せ』『殺してくれ』『殺せ』


「……なん……なの」


『――永遠に苦しめ』


 しわがれた怒声が四方八方から浴びせられ続ける。

 その声に一切の優しさや温もりはない。

 これは――怨念だろうか。

 【主】に取り込まれた無数の魂たちの無念が形作った、巨大な怨嗟の海。


(――寒い)


 握りつぶされて全身の骨が砕けた身体に、そこはあまりにも冷たい場所だった。


(――楽になりたい)


 雪は左腕を動かそうとするが、ぴくりとも動かない。

 それどころか、縛られたように全身に力が入らなかった。


(――この腕が、【主】に同調して――私から、自由を奪っているのか――)


 力を……使い過ぎたんだろう。

 腕は既に、自分の奥深くまで入り込んでいたのだ。

 自決することすらできない。


(復讐に囚われた末路が――――――これか)


 雪の身体の落下が止まった――。

 一番深い所まで落ちてきたようだ。

 そこはドームのように広い空間になっていた。

 雪の身体中が、毛細血管のように小さな緑色の根に、急速に浸食されていく。


 そして壁からゆっくりと、顔のない少女の像が現れた。

 巨大なその像は、ゆっくりと雪の上に覆いかぶさるように近づいてくる。

 その顔が裂けて、口が現れた。


a()u()i()f()d()s()a()f()d()a()s()i()f()j()s()a()d()l()f()j()s()a();()d()l()f()j()a()i()w()o()g()j()l()k()z()j()x()c(),()n(),()a()m()s()d()n()g()f()a()s()d()j()f()l()a()s()d()a()w()i()s()j()f()s()i()u()d()w()o()i()a()u()i()q()o()w()e()a()f()s()d()o()p()u()a()i()s()d():()f()a()s()d()j()f()a()s()k()g()j()s()a()d()k()g()a()s()d()k()g()n()/()z()p()o()d()f()u()a();()s()d()l()k()f()!!!』

 

 頭の中いっぱいに、声は響き続けた。

 雪の目から涙が零れた。


 酷い言葉を浴びせられたからではない。


(アイン……貴女がなにを言っているか、ちっとも……わからないよ)

 

 その声は、怨念たちの声を吹き飛ばしていた。

 だが、まだ怨念たちの声のほうがましだった。何を言われているのか、理解はできたから。


 目の前の少女の姿をした化物は、必死で自分に何かを訴えかけているのに――。

 鼓膜が何度も破れたんじゃないかってほど訴えてきているのに――。


 なにも、分からない。

 言いたいこと、伝えたいことが何ひとつ分からない。

 ただただ、自分なんかではとても受け止めきれないほどに、大きな大きな負の感情が渦巻いている。


 頭が痛い。

 怖い。


 私はこのままこの化物――アインの亡霊に取り込まれて――。

 死ぬまで――この化物の対話相手になるのか――。

 いや、死ぬよりとっくの前に、私の心は絶対にイカれるだろう。


 兄さんに助けてもらう前のような牢獄の中で……今度は、永遠を彷徨うのか。


 そんなのはいやだ。絶対にいやだ。

 

「うぅ、やだ……。助けて、助けて」

 身動き一つとれないまま、雪は泣きながら言葉を零した。


a()s()d()k()f()j()a()s()i()d()o()p()q()r()w()e()i()o()a()w()z()j()s()d()f()j()w()o()i()e()r()p()q()e()u()r()i()o()w()e()a()u()f()s()d()i()o()f()u()s()d()a()i()g()f()w()j()a()i()r()w()e()o()r()i()u()w()e()a()w()d()g()a()w()r()f()w()u()e()o()i()r()!!』


「兄さん!助けて!!!兄さん!!兄さん!!!!」


 雪は最後の力を振り絞って叫んだ。



『――』



 そのとき、懐かしい声が語り掛けてくるのを感じた。


 雪ははっと目を開いた。

 その声は、自分の内から聞こえていた。


 パチ、パチ、パチ、パチ。


「……エル?」


 声が何を言っているのかは分からないが、目の前で閃光花火のように弾けるか細い静電気が、エルが励ましてくれている証のように思えてならない。


「エル……うぅ」

 雪の瞳に、わずかだが活力が戻った。

 


 ――そして地上で、雪と同時刻に同じ声を聞いた者がいた。

 シェルだった。

 手に持つ宝剣に、急激に力が宿っていくのが分かる。


『――――』


「う、うあぁああああ!!」


 シェルは、己に残された全魔力を込めて、剣を振るった。

 雷は彼の四大属性結界と同調するように増幅され、放たれた。


 ヂガッ!!!!!


 四色の光を纏った凄まじい雷光は、【主】の顎から上を、消し飛ばしていた。


a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()!!!』


 雪の頭上の巨大な少女の像は、悲鳴を上げながら消え去った。

 

 雪には――空が見えた。

 無我夢中で手を伸ばす。


 そして空から何かが落ちてきた。

 気が付くと、目の前に大きな手が差し伸ばされていた。


「雪!!」


 何よりも待ち望んだ、それは兄の手だった。





ーーーーーーーーーー


「すまない、雪――」


 シェルが物凄い雷光を放ったタイミングで、俺は地上に飛び出した。

 鳴神で【主】の頭上に瞬時に移動するが、喉の奥から下は何も見えなかった。

 千里眼を使用し――僅かに捉えた雪は既に半物・半魂状態に溶かされていて通常の救出は不可能に近かった。

 だが、一瞬だけ雪が現世へと帰って来た。

 まるで誰かに手を引かれたみたいに、その手を天へと伸ばした。

 俺はその一瞬で、なんとか雪を地上へと連れ帰ることができた。


「兄――――さん」

「雪!」

 救出した雪の状態は、あまりにもひどかった。

 全身を『腕』に浸食されて生命活動がほぼ停止しかけている。

 なにかが彼女を、かろうじて生かしていた。


「にい……さん、ありがと――。きっとエルが……連れ戻して――くれた」

 そうして彼女は自分の胸に手を当てた。

 それだけで、俺はダンジョンで何があったのかを、全部理解できた。


「そうか、エルのおかげだったんだな……。雪、絶対に死なせないからな」

 俺は覚えたての極大級回復魔法を雪に当て続ける。

 それでも雪の身体は一向に快方に向かっていかない。

 まるで呪いだった。


「太一、私が代わるわ!」

 ナーシャだ。地上に送ってくれた後、待機してくれていた――。

「あなたは敵を!雪ちゃんは私が絶対に死なせないから!」

「すまない……頼む」

 俺は雪をナーシャに引き渡した。

 ナーシャの掌から、強い回復魔力の光が輝く。

「雪くん、雪くん。死ぬな、死ぬなよ」

 そしてシェルもなけなしのエーテルを口に含みながら、一緒になって治療を開始した。

 パーティきっての回復魔法の使い手二人だ。この二人に任せれば、雪は当分は大丈夫だろう。

 

 ――雪、待っててくれ。

 

「太一……」

 ナーシャに呼ばれた。


「ナーシャ。行ってくれ、ここは危ない。大丈夫。俺が勝つよ」


「うん。本当に、強くなったね。太一。――全部終わったら……いえ。絶対に、ちゃんと帰って来てね」


「あぁ、絶対に勝つからな」


 涙ながらに語るナーシャにそう告げて、俺は【主】の元へと飛んだ。


(前の世界でなにがあったのかは知らないが――)


 【主】は明らかに強い意思を以て雪を狙った。

 もしかすると、【主】は、あんな巨大で強大な力をもった化物が。

 あろうことか、ちっぽけな雪を標的に、地球を侵攻してきたなどということが――。


 そうだとすれば……。

 【主】をなんとかしなければ、雪は、世界で最も不幸な人間になってしまう――。 


a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()a()!!』


 【主】は顎から上が再生しないまま、俺目掛けて無数の極大魔法を放ってきた。

 だが全て『界絶』ですり抜けて行く。

 随分お世話になったバリアーだが、進化してナーシャの界絶瀑布並の防御性能になったようだ。

 魔法を退けられたとみて、天使は神槍を取り出した。

 俺も合わせて龍の神人と成る。


(撃ち勝つ!)


 真剛力のクールタイムが短くなったことで、うまく機動を交えれば常に筋力5倍で撃ちあえる。


 ドゴン!ドゴン!ドゴン!


 一発一発が山をも消し飛ばす程の衝撃派を引き起こしながら。

 巨大化させた銀極穂――それでも相手の神槍と比べると随分と小さい俺の槍は、互角以上にその攻撃を打ち払った。

 そしてついに、敵の獲物をはじき飛ばした。

 驚愕に目を見張る【主】に対し、俺は攻撃の手をゆるめない。


 ――行くぞ。俺の神髄。


「『銀極閃』!!」


 鳴神で音速移動しながら、必殺の一閃を放った。


a()a()……a()a()a()………………」


 【主】は10個の肉片と化した。

 だがまだまだだ!

 再生能力が半端ではないこいつを倒しきるには魔法で消し去るのみだ。

 だが天★照(アマテラス)は多分使わない方がいい気がする。

 直感でわかる。元々ヤバかったこのスキルは今や、地上の全てを蒸発させてしまうだろう。

 ならば。


「フンぬッ」

 【主】の肉片をまとめて渾身の念法力で空へと撃ち放った。

 ――両腕を天にかざす。

 五分の一になった消費魔力であっても身体から抜け落ちていく膨大な魔力を、球状に練り上げた。

 ――そして放つ。


「『月☆詠(ツクヨミ)』」


 ――――パシッ

 月光のように美麗な光が一筋、空へと立ち上った。

 

 バチバチバチバチバチバチ……ッ!!!!

 全ての塵と空気と熱が消え去り、そこになだれ込んだあらゆるものが衝突し火花を起こす。


 今まではひたすらに食らう側だったが。

 初めて放ったこれが――消滅攻撃か。

 

 【主】の身体は、跡形もなく消え去っていた。


 ――だが、これで終わりじゃないだろう。

 億の魂を取り込んだ生命力に加え――持っているはずだ。蘇生スキルを。


 俺は手を天に掲げた。

 もう一度撃って、再生した瞬間を滅ぼす。



 ――バシィ


 バチバチバチッ!!


 ――まぁ来ると思っていた。

 転移装置で現れたルシファーの不意打ちの消滅攻撃を界絶で防いだ。

 お礼に、神威を乗せた全力の蹴りを食らわせた。


「がふッ」


 ルシファーはぼろ雑巾のように転がっていった。

 生きてはいるようだが、かなりのダメージが入った。

 だが、横やりが入ったせいで、上を見上げると……。


「ちっ、再生と――あれは――」


 【主】を覆うように、再び巨大な繭が空に浮かんでいた。


「ぐっ。随分と、強くなりましたね。――それでも貴方にはどのみち母を滅することはできませんが――。あれが最後の進化です。母本来の力を――今呼び寄せました。そして、私も――」


 目の前のルシファーの姿が、【主】同様に天使を模した様な姿へと変わっていく。

 その力はこれまでのルシファーの比ではなかった。

 【主】並の力だ。

 こいつ……こんな力を今までずっと隠していやがったのか……。

 背筋を冷たい汗が流れた気がした。


「起きなさいオメガ。ついに、私達の本当の仕事がやってきたようですよ」

 天使の姿となったルシファーが、オメガに語り掛けた。

「…な……ルシファー貴様、ば、ばかな――――――」

 そしてルシファーの一声で、さっきまでダルマ状態になっていたオメガは急速に手足を再生した。

 まるでダンジョンの中にいる時の様な再生力だった。

「スマナイ……ルシファー」

 くそ、この感じはオメガだな。

 更に、手に持った石柱のルーンが強く光り耀き始めた。

 どうやらダンジョンで使っていた、【主】の力を引き出す第三スキルまで発動できるようになったらしい。ルシファーが力を引き出したのだろう。

「ちっ、あっさりとまぁ。エウゴアのやつはただの道化だったか」

「ええ、楽しい道化でした」

 さらばエウゴア。まぁ自業自得だな。

「八百万神から少しは聞いているのでしょうが、私達二人の目的は、【主】――アイン・ツァラトゥストラを孤独から救い出すことです。その選択した手段が、私は知で、オメガは武で、でした。だからオメガはずっと母と戦う理由を探してきたのですよ。母と対等に戦える存在であれば、対等な対話も可能であろう、とね。まぁエウゴアの強化方法が中途半端だったのでオメガは不完全燃焼だったでしょうがね」

 アイン――ってのが、【主】が人間だった頃の名前か。


「それで、二体一で俺を殺して、雪を生贄にして孤独から解消しようってか?」


 俺は目の前の化物たちに滾る怒りとともに『重覇』をぶつけた。

 デカいオメガは超重力が多少こたえるようだが、ルシファーは平然としている。


「私が今まであなたを生かしていた理由――それがこの戦いの勝敗の答えです」

「なんだと?」

「私達が勝てば、雪を母に捧げ、地球は八百万神ごと跡形もなく滅ぼします。だがもし太一、貴方が私達に勝ったならば――」


「その後に貴方が地球を救う方法はたった一つ。あなたが雪やアナスタシアを救ったように、長い長い時間をかけて、母を説得するのですよ。地球を諦めるように――ね」


「――――――」

 八百万神様――。

 もしかして、こいつらとグルだったのか?


『誓ってグルじゃない。……でも、目的は――近い。黙っていてごめん。僕にとっても、アインは――親友だった。だから出来ることならば……僕は、彼女の心を、救いたい』


 おい。

 なんで俺が、そんなことを手伝わなくちゃならないんだ?

 俺の両親を殺した……地球をめちゃくちゃにしたこいつらの、悪の――親玉だぞ。

 

 (……ハァ)


 と言っても――。俺もいい加減、大人になった。

 物事の清濁を綺麗に区別できない事くらい、分かってきたつもりだ。

 八百万神が、その目的のために地球に力を分け与えてくれなければ。

 本来の俺達はただただ滅びを待つだけの、羽虫のような存在に過ぎなかっただろう。


「……分かった。だが、雪の命が救えないようであれば、俺はひたすら【主】を殺しに行くからな」


『ありがとう太一……。君に委ねて、本当に良かった。大丈夫、もしゲートの向こう側へ彼女を追いやることが出来れば、それだけで雪ちゃんへの浸食力は極度に弱まる。ミカエルと融合した今の彼女なら、それだけで元通りに回復できる。そこから先に――君と僕、二人の長い戦いが始まる』


 長い――戦い。


(数千万年を生きた魔人であるルシファーも言った、長い長い時間って――俺の、ただでさえ魔神に削られて短くなったであろう残った寿命の中で、あのバケモノの説得なんて可能なのか?)


『――太一、まずは彼らに勝つんだ。強敵だぞ。話はそのあとで』


「では――参ります」

「イクゾ、チイサキ、ツヨキモノヨ――」


 二体の最強の魔人達が相手だ。たしかに俺に考える時間は与えられないらしい。

 いいだろう。誘いには乗ってやる。

 

 だが、さっきの言葉は許さない。

 生かしていた――だと。舐め腐りやがって。

 どこまでも俺達人間を馬鹿にしている。

 

「上等だマザコンのクソ野郎ども。クク、楽に死ねると思うなよ」





 このとき俺は正直、高揚していた。

 今の自分には更なる『上』があることが……無意識のうちに分かっていたからだろうか。




 ――勝敗が決するのは、思いのほか早かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ