第104話 シェルの躍進
10階のボスを倒してから2日が経過した。
まだ地上は無事だろうか。恐らく無事なはずだ。ちょっとした衛星並みの大きさがあるらしい敵が地球に張り付いたりすれば地下にあるこのダンジョンにいても揺れくらいは感知できるはず、というのが本部識者会の見解だった。今のところまだそのような兆候はなかった。
俺達は攻略を進め、今は24階にいる。20階ではボス戦はなかったので、ちょうど中間地点である次あたりでボスが現れそうな気がするのだが……。
メンバーは、万全には程遠い状態だ。
エルの傷は表面上は癒えたが、思った以上に内部の損傷が大きく完治には至っていない。
ジャンはなんだか萎れていた。あの魔力度外視な威力の極大魔法は随分と消耗するらしい。少なくとも次のボス戦で撃っちゃうと色々持っていかれちゃってまずいとのことだった。
雪も元気がない。理由は俺に責任がある。迷ったが、彼女に浸食のことを伝えたのだ。
心当たりはあったらしい。
異形の腕には元々、触圧覚はあっても温痛覚が一切ないそうだが、最近はその範囲が広がっていたことに気づいていたようだ。
ここに来て急に浸食が進んだ原因は分からないが、彼女は消滅や第四神威を使わなくても十分に強いので、その縛りは継続するつもりだ。
少なくとも、俺にとっては彼女を無事に地上に連れ帰ることが何よりも大切だ。
そんな中、シェルがだんだん変わってきていた。
元々彼には単体としては抜きんでて強力な加護が与えられていた。
性格がややヘタレていたため回復要員に甘んじていたところがあったが、メンバーの負傷に何か思う所でもあったのか、ここのところ見違えたように戦いに積極的だ。
11階以降、フロアの殆どは雪に覆われていた。どこから降るんだか知らないが通路にまで雪がうっすらと積もっている。正直こうずっと寒いと皆身体に堪えるし俺ですら不快になるが、ルーパーが最弱に調整した火纏いを継続してくれているおかげで通路はほんのり暖かかった。
移動も戦闘もしづらいフィールドではあるが、経験値によく遭遇するためレベルは随分と上がった。
23階において、シェルはついに魔力が限界突破した。
それにより以前はまともに発動すらできなかった極大魔法が使えるようになったそうだ。
眼前に広がる雪一面の広大なフロアは、キツネの標本みたいな魔獣で埋め尽くされていた。
『ステータス閲覧』
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フォネックス Lv.190〜200
種族:ゾンビ
性能:体力SS, 筋力SSS, 魔力A, 敏捷SSS, 運C
スキル:瞬歩, 顎筋強化
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身体は痩せたゾンビのそれだが、どれも小柄な体躯に不釣り合いな凶暴な牙を持っている。陸のピラニアって感じだ。
「私にやらせてもらっていいでしょうか。ボス戦に向けて、後でエーテルを頂くことになると思いますが……」
シェルが恐る恐る進言してきた。
試してみたくてウズウズしているといった感じだ。
「アイテムボックス内に回復薬の備蓄は大量にあるから気にしなくていい。任せた」
「ありがとうございます!」
「シェルちゃーんガンバー」
「お任せください!」
シェルは単身で堂々とフロアへと歩み出た。
一方、パーティメンバーである雪とエルはやや不安そうな表情で見送っている。
「やーシェルちゃんってなんか推せるわぁ」とジャン。
「え、なにが?顔?」
「違うわよ、あの頑張ってる感じよ。いかにも見習い勇者って感じじゃない?彼」
「ははぁ、なるほど、もしRPGみたいに職業なんてものがあったとしたらあいつがそうだったかもな。……ちなみに俺は?」
興味本位で聞いてみた。
俺も勇者みたいなとこあるじゃん?
「太一ちゃんはそうね……若作りした伝説の武闘派賢者」
「えぇ、もう過去の人扱いかよぉ」
勇者どころかOB枠だった。
「うそうそ冗談よ。太一ちゃんは誰よりも今を頑張ってる。みーんなそう思ってるわよ」
「……そりゃどうも」
あんまり褒められたことが無かったからちょっと不意打ちでキュンと来てしまったじゃない。
そうこう無駄話をしている間に、既にシェルは戦闘体制に入っていた。
そんな彼めがけて無数のゾンビ狐が牙をガッキンガッキン鳴らしながら一斉に襲いかかる。
もしこのダンジョンに潜る以前のシェルなら、俺たちが助け出す暇も無く肉片と化しただろう。
だが得意のハイアクアで素早く幾重にも水柱を築いて敵の群れを牽制した後、彼は本命を発動した。
『蓮華陣』
シェルが地面に手を触れてそう宣告すると、小さな円形の魔法陣が彼を囲うようにゆっくりと描かれていった。その円が周を締結した時、彼の眼は四色に輝き始めた。
そこから先は、圧倒的だった。
『トルネード』
大きな竜巻により、彼に接近していた群れは全てフロア奥へと吹き飛ばされた。
『ロックキャノン』
『エクスプロージョン』
次々と宙に現れる砲岩の嵐と爆炎が迫る悉くを押し潰し、爆砕していく。
玉藻と戦った時のようだ。目まぐるしいほど多彩な猛攻の嵐。
だがシェルは彼女とは違い、自身の魔力量とは不釣り合いに強大な魔法を連発していた。
魔獣達は為すすべもなく、確実に頭数を減らしていく。
「はは、シェル、すごいや」
「あいつ、こんなに潜在能力があったんだ……」
一番この光景に感じ入っているのはエルと雪のようだった。
「この雰囲気は、太一ちゃんやジロちゃんの魔法に通じるものがあるわね」
「結界ってやつなんだろうな」
あれだけ広い場所で戦いながら、シェルは最初の場所から一歩も動いていなかった。
恐らくあの小さな円陣の中が、結界になっているのだろう。
シェルから話には聞いていたが、どうやら本当らしい。
「一度発生させた円の中では、四大属性の極大級魔法が撃ち放題なんだそうだ」
「テラゴージャスぅ―。あたしが極大魔法一発打つのにどんだけ溜めが必要だと思ってんのよぉ」
「きみのあれも規格外だろ……。まぁそれなりの制約はあるんだろうさ」
土・火の極大魔法を湯水のように打ち続けてから、彼は猛攻を止めた。
運よく生き残ったゾンビ狐たちが未だ一定数散らばっていて、哀れにも恐怖を知らないために仲間の死骸を乗り越えて再度彼を食おうと結集してきている。
ここにきて初めて、彼は魔力を練り始めた。
大技はやはり得意の水属性らしい。
『ホリゾンタル』
死骸の上、低い軌道上を水の死線が一閃。
それでフロアに動く魔獣は一匹たりともいなくなった。
シェルの圧倒的な勝利だった。
25階層には、案の定、ボス部屋が待ち受けていた。
辺りの雑魚敵を一掃してから、小休憩をとることにした。
全員が汚れを洗い落としてから、暖かい飲み物を手に俺たちは輪になってひと時だけ話をした。
皆がシェルの活躍を褒めた。
「シェルはなんていうか、堂々としてきたよね」とエル。
「うん、最初の頃はもっと全然自信なかった」と雪。
「はは、そうかな」
シェルもそれを素直に喜んでいる。
そこで初めて、俺は気になっていたことを聞いてみた。なぜこんなに時間が経ってからダン協に入ることになったのか。戦闘技術やレベルはどこで身につけたのか、と。
シェルはぽつりと身の上話を語った。
「私は、母と妹と三人で身分の低い者達が多く住む地方集落に暮らしていました。B級ダンジョンが近く、時折モンスターがやって来ては村を荒らしました。私に武道を教えてくれた父も、モンスターに食われて呆気なく死にました。世はアレキサンダー総帥の壁のことで盛り上がっていましたが、辺境の村に時々飛んでくる飛行型モンスターへの対処なんて型落ち魔導銃の支給くらいで、協会も軍も見向きもしなかったのです。でも、ダンジョンは基本的に人口密集地に出来たのだから、混迷を極めたこの時代に比較的安全な地方から戦略的に手を引くことは至極当然で、不満はありませんでした」
シェルはふぅと息をついた。
「父の教えは私がモンスターと戦う術となり、次第に力となって私の家族、そして村を守れるようになりました。加護者が私だけだったこともあり、私はすぐに村の英雄となりました。いやぁ村中の女の子にモテましたね。かつて私に見向きもしなかった村のマドンナも私の……ごほん」
雪からの冷たい視線に気づいたのか、饒舌になっていた彼はそこで話のテンポを落とした。
「渡瀬大尉、あなたの演説も見ました。私はあなたに憧れました。力を正しく全ての人のために使っているあなたに。でも私は私の周りの一部の人のためだけに過剰に力を使い、チヤホヤされて、それで満足していました。恥ずかしながら……世界のことなんて関係ない、一生このままでもいいと、そう思っていました」
「買い被りすぎだ。俺も似たようなもんさ」
シェルは俺を見て、笑いながら首を横に振った。
「でも、全ては一瞬で崩れ去りました。まさか村人に奉魔教徒がいたとは……。あの日、ちょうど魔獣退治のために村を出て、帰って来たら村は既にゾンビで埋め尽くされていました。私は母や妹に何度も噛まれましたが私だけが理性を手放すことは遂に叶わず……。先ず私は、かつて私が守ろうとした村人であったゾンビを全て殺すことにしました。……母と妹を除いて」
「殺せなかったの?」
雪が尋ねた。彼女のそれはアレクの手によって行われたのだ。もし自分がその立場ならどうしただろうと考えたのだろうか。
「少し違うかな。母と妹が他のゾンビに食われることを恐れたんだ。だから他の者達だけ真っ先に殺した」
「……そう」雪は静かに顔を伏せた。
「とうに村なんてものは滅んでいたのに。考え方が閉鎖的すぎたんです。そして結局、二人も、私は楽にしてあげることしかできませんでした。……全ては一人よがりだった。私は自分自身にうんざりしました。その後、なんとか生き延びて都市部までたどり着き、協会に拾われました。そこで働く人達を見て、やり直したいと心の底から思いました。今の私は、ただそれだけです」
「……別にみっともなくないわ」
「そうよそうよ。まだ若いんだから。あなたはこれからよ」
雪やジャン、皆に励まされて、シェルは俯きながらもどこかほっとした表情をしていた。ずっと誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。
輪はそれで自然にお開きとなった。
俺もシェルのことを立派だと思ったし、話してくれて嬉しいと思った。
悪い雰囲気ではなかった。また一つ結束が深まったような感じがした。
ジャンは一体何歳なんだろうとか考えながら、俺は目を閉じる。すぐに眠気がやってきた。
ふと脳裏に、消灯際のエルの表情が浮かんだ。
思いつめたような表情をしていた気がしたが、どうだったろう。
疲労から、俺はすぐに眠りについた。
「来るぞ、構えろ!バランス型だ。遠近両方の攻撃スキルに気を付けろ」
「応!」
俺は全員に号令をかけ、即座に念話リンクを張り巡らせて、全員の連携を強化した。
『ステータス閲覧』
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雷帝 Lv.255
種族:幻獣
性能:生命力Ⅱ, 理力Ⅱ, 霊力Ⅰ, 時制力Ⅲ, 運C
技能:雷断, 電光石火, 雷纏, 磁界砲
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誰一人として欠けさせるわけにはいかない。
「磁界砲は俺が防ぐ。雪は雷断を魔法剣で相殺!」
「はい!」
スパークを飛ばしながら迫る砲撃をペネト☆レイでかき消した。光魔法はあらゆる属性魔法に対して有効だから、色々と万能だ。
こちらの視界がフラッシュアウトした隙を狙って繰り出された奥義を絶妙なタイミングで雪が弾く。
出来た隙をシェル、ジャン、ルーパーの援護射撃がより大きなものとする。
最後は俺が立派なタテガミごとその首を刎ね飛ばした。
雷帝は地に落ちる。
雪とハイタッチを躱した。
完全勝利だった。
勝因は主に二つだ。
一つは覚醒したシェルの魔法による援護の力だ。スピードのある敵に対し手数を稼げることは意義が大きい。
二つは、念話リンクだ。チーム戦をこなして来たことにより随分とスキルが発展し、今では全員の感覚を共有できるようになった。これにより多対一の戦いは随分と有利に運べるようになったと言える。視覚と聴覚を共有できることでこれ程戦いやすくなるとは思っていなかった。
バチバチといななく稲妻は次第に線香花火のように弱くなり、幻獣は完全に沈黙した。
「これでダンジョンも中間地点か、やったなエル」
雷同士で相性が悪かったため、ここでもエルは活躍の場が少なかった。
俺はエルに声をかけてみた。
「そうですね」
「浮かない顔だな。お前は強いんだから、元気になったら嫌でも働いてもらう。だから気にするな」
「……はい、すみません」
(ん?)
俺はふと違和感を覚えた。
覚えた……。そんな気がしたが、その感覚は一瞬で消えた。
なんだったんだろう。
そもそも何の感覚だ。
ステータス閲覧……でもない。
……念話リンクか?感覚……。
わからない。
まぁいい。些細なことだ。
「この調子で後半戦もいくぞ!」
「応!」
地上のことが気になる。
このままペースを落とさずに攻略を進めたい。
俺達は26階へと足を踏み入れた。
――【主】による地球再侵攻まで、あと4日――




